悪役従者

奏穏朔良

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19(ニコラ視点)

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(それにしても、まさかここまでとはねぇ……)

授業が終わり、生徒がいなくなった訓練場で1人、先の折れた木剣を眺める。

今年から王立学園で剣術を指導することになった俺、アダン・ニコラは元々ギルドに所属する冒険者だった。
型にはめられた生活が嫌いで、この国で生まれたものの、貴族生活を早々に捨て去り、海を渡った。
海を越えた先にある国で、冒険者として登録をし、この名を馳せたのも主には海の向こうだ。

だからこそ、あまりこの国ではあまり知名度がない俺は戻ってきた今、割と好き勝手にのんびり生きていた。
たまにダンジョンに潜り、依頼をこなして適当にフラフラ遊び歩く。そんな日常に満足していた。
それなのに、何故教官になったかと言えば、実は件の生徒、ロイ・プリーストが関係している。

事の発端は入学日翌日まで遡る。
いきなり知人であるラファエル・リシャールに呼び出されたかと思ったら、

「……は?平民クラスの剣術指導?俺に教官をやれって言うのかい?」
「ああ。恐らく君ほどの実力者じゃ無ければ抑え込めない生徒がいる。」

なんてあまりにも突飛な提案を渡された。

そういえばこいつ王立学園の理事長だかをやっていたな、と思い出しつつ

「言っておくけど、俺が騎士剣術を学んでいたのはもう30年以上前だしそれ以降はただの冒険者として活動していたんだよ?俺じゃあ適任とは言えないんじゃないかい?」

と、それとなく提案を断ろうと思えば、ラファエルは力無く首を振った。

「……ロイ・プリーストという少年の名前を、君は知っているかい?」
「ロイ・プリースト?プリーストなら神殿の出身者だよねぇ……うーん、聞いた事ないと思うけどなぁ……ロイって名前もプリーストっていう姓も決して珍しくはないから確かではないけれど。」

どこか疲れたように問うラファエルにそう答えれば「……実は、」と重々しくその口を開いた。

「第7王子のナテュール様の従者、ロイ・プリーストが正式に平民の特別進学枠を勝ち取り入学してきた。」
「……うん?珍しいけれどそれの何が問題なんだい?今の宮内情勢を考えれば、王が申請金を出し渋るのは予測できるし、試験に不正はなかったんだろう?」

あまりにも重々しい口振りだったので一体どんな難件に巻き込まれているかと思いきや、案外深刻では無い内容に拍子抜けする。

「ああ、問題はそこではない。入学した日の夜。ロイ・プリーストから直接交渉をもちかけられた。学園内の不審者や暗殺者の対応、及び処分等の警備を担当する代わりに、多少のことには目を瞑れ、とね。」
「それはまた……随分と威勢のいい子じゃないか。」

前言撤回。かなりの難件だ。
入学してきたばかりということはまだ15歳の子供のはず。
例えダンジョン等である程度自分の戦闘スタイルを確立していたにしても、『暗殺者の処分』も口にしているということはその歳で対人戦闘に慣れているということだ。そして、人を殺した経験もある、と。

「ただ大口を叩いているだけの可能性は?」
「いや、実力は昨晩の戦闘で確認した。昨晩は金目の物を狙った侵入者が3人。名前は伏せるが貴族子息を狙った暗殺者が2人侵入した。」

瞬殺だった、とラファエルは顔を節榑ふしくれ立った手で顔を覆った。

「……ああ、いや、殺すなとは言ってあったんだ。だから、殺してはいない。ただ制圧まで30秒とかからなかった……」
「なるほどねぇ……」

疲れた顔でそう告げるラファエルに、俺は顎に手を置く。
確かに、15歳でその実力はあまりにも不釣り合いだ。ましてや、第7王子は自国でありながらその出自故味方が居ない。訓練された従者を引っ張ってこれるだけの人脈もないはずだ。

「宮内ではどういう立ち位置に居たのさ、その子。」

恐らく、その子を第7王子の従者に手配したのは別の人間のはず。
とはいえ、今の情勢では敗戦国の人質でしかない側室とその子供を支援するような事をする人間がいるとも思えない。

「調べさせたが宮内入りしたのが9歳。そこからただの下働きだったにも関わらず、11歳になった頃、突然第7王子の従者となったそうだ。」
「まず、9歳で宮内入りするのも珍しいよねぇ……しかも突然第7王子の従者になるなんて、そこそこ上の人間じゃなきゃ決められないはずだよ、一体誰が決めたんだい?」

そう問えば、ラファエルは少し視線をさ迷わせ、そして紅茶を1口飲んでから意を決したように口を開いた。

「……国王だ。」
「……はい?」
「だから、国王が手配したらしい。」

1番ありえないと思っていた人物の登場に、思わず口をぽかんと開けてしまう。

「……ちょっとそれは予想外だったなぁ……国王だって、正妃や大国至上主義の貴族たちを敵に回したくないはずだろう?そこまでの実力者をわざわざ第7王子に与えるなんて、こっちの護衛に回せ!と怒られそうなものだけど。」
「ただ、表面上はただの平民だ。」
「……なるほどねぇ、実力を知らない人間からすれば身の丈にあった従者と思われているわけか。」

つまり国王は誰にも知られず、密かに第7王子を守る必要があった、ということになる。

「あの国王が今更子供に対して愛情が芽生えたってわけでもなさそうだし、理由がわからないねぇ。」
「宮内入り前の記録も探ったが、ロイ・プリーストは孤児で神官見習いをしていたのも7歳から9歳までの2年間だけ。それ以前の記録は一切見つからなかった。」

8年前となれば、国境沿いがまだドンパチと騒がしくしていた頃だ。
戦争孤児の可能性もあるが、国境付近の神殿ならまだしも首都の神殿で見習いをしていたのなら、どちらかといえばその可能性も低いだろう。

「……王家の『陰』の噂を聞いたことは?」

不意にラファエルが口を開いた。
突然だな、と思いながらも、ラファエルの質問に答えるために俺も口を開く。

「まあ、噂くらいならね。王家の暗部……つまり暗殺や工作を担う影の部隊。とはいえ現国王はその存在を否定しているけどね。よくある噂として、構成員は一切不明で、子供の時から訓練を受けていて……」

そこまで言ったところで、はたと気づく。

子供の頃から訓練をされている。
暗殺を担う。
構成員の情報は一切不明。

そして2年間の神殿での生活。
対立している今、王家は神殿の情報が欲しいはず。
その情報を集めるための2年間だとしたら?

「まさか、そのロイ・プリーストって子が王家の『陰』だって言うのかい……?」

次々と繋がる情報に、声が少し震えてしまった。

「可能性は高いと、私は思っている。」

これは思っていたよりも大事だぞ、と俺はソファの背もたれに身を預ける。
出された紅茶を飲む気分にも慣れずに、視線を天井へと向けた。

「……あー、それで、俺はどうすればいいんだい?」
「私は、生徒を殺させたくない。必要とあれば恐らくロイ・プリーストは迷うことなく同級生を殺すだろう。それに、あの子だって生徒だ。まだ、学ぶことが沢山ある子供なんだよ。……私は、学園内にいる間はせめて誰も殺さないようにしてあげたいんだ。」
「それで、俺に言った言葉に繋がるんだね。ほら『君ほどの実力者じゃなければ抑え込めない生徒』ってやつ。」
「ああ……国王の考えが読めない以上、対策は取っておくべきだろう?いざと言う時、あの子を止められる人材が学園内にいて欲しいんだ。」

受けてくれるかい?と今更伺い立ててくるが、これだけの情報を知ってしまった以上、無かったことには出来ないだろう。

「わかったよ。君の頼みだし、その子の事も気になるしね。」

と、ひらりとおざなりに手を振れば、ラファエルはどこか安堵したように息を吐いた。


****

「あ、あと君、教官やるなら一人称くらい直しなよ?もうおっさんなんだから。」
「えぇ……君とそんなに変わらないだろう?」
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