悪役従者

奏穏朔良

文字の大きさ
上 下
18 / 50

18

しおりを挟む
開始といい終了といい、あまりにも突飛すぎるニコラ教官の行動に、笑顔を保つ仮面も取れかかる。
従者としての意地でなんとか笑顔を保とうとするが、どうしても口角が引き攣る。

「……私では両手を使わせるだけに値しないと?」
「いやいやまさか!最初に言ったでしょ?実力を見たいってね。」

いやぁ、強いねぇなんてニコニコしながら、折れた木剣を腰に戻すニコラ教官。
相手にやる気がない以上、これ以上は暖簾に腕押しだと、僕も暗器を袖に仕舞った。

いつの間にか張り詰めていた訓練場の空気も、両者の武器が収められた事によりホッと緩んだのが分かる。1番分かりやすかったのはオリバーで、僕に怪我がなくてよかったと表情に安堵が滲んでいた。良い友人を持ったな、と少し口角が緩んだところで

「ハッ!卑怯にも足技まで出しておいて片手でいなされるなんて俺に偉そうなこと言っておいてその程度の実力じゃねぇか!」

と、明らかに嘲笑するイザック・ベルナールの声が響く。

「はぁ!?今ののどこがその程度なんだよ!?」

僕が反応するよりも先にオリバーが声を上げるが、イザック・ベルナールはそんなオリバーのことも鼻で笑った。

僕だけではなくオリバーも馬鹿にするその態度にはカチンと来たが、その後も一方的にずーっとギャンギャン騒ぐイザック・ベルナールを見ていたらだんだん必死に威嚇している小型魔獣に見えてきた。

人に飼い慣らされた小型魔獣の中には、大型の動物に向かってキャンキャン吠えて喧嘩を売るやつがいる。小さい体でぴょんぴょん飛んで威嚇する小型魔獣に、「えぇ……どうしよう……」というふうに困惑してされるがままになっている大型の動物の光景は中々ほっこりしてしまう。
まあ、人と共存している動物ではなくダンジョンにいるような大型魔獣にそんなことをしたら即行喰われて終わるので、ある意味野生を忘れた姿ではあるのだろうが。

ちなみにこの光景はダンジョン近くの居酒屋なんかでもよく見られる。冒険者がペットとして連れている小型魔獣が、居酒屋にいる番犬の大型犬に突っかかるなんて言うのは結構多いのだ。その時のワンちゃんの何とも言えない困った顔が、こう言うのも何だが中々に可愛い。

「お前もなにか言えよ!言われっぱなしで腹立たないのかよォ!?」

と、何故か僕以上に怒っているオリバーが、地団駄を踏むが、最早イザック・ベルナールが何を言っていたかもちゃんと聞いて居なかったので

「あぁ、すみません。(小型魔獣のことを思い出して)随分微笑ましい光景だな、と。」

と正直に答えれば、何故か場の空気が凍りついた。但しニコラ教官だけは吹き出した。咳払いで誤魔化してはいるが笑っているのがバレバレである。

「は、はぁ!?微笑ましいだと!?」

そう顔を真っ赤にしてイザック・ベルナールが声を荒らげるので、何をそんなに怒っているんだ?と思いながらも

「ええ、(小型魔獣が)頑張って威嚇しているのって可愛らしいと思いませんか?」

と、素直に答える。

すると視界に映っていたニコラ教官が崩れ落ちた。

「あはははっ!待ってそこまでにしておくれよ!私の腹筋が限界だよ!あはは!」

なんて涙を零しながら大爆笑するニコラ教官に内心首を傾げる。
何がそんなにツボだったのだろう?

「あっははぁ……はぁ、笑った笑った。いや、失礼、ベルナール君。でもね、今のを試合を見てその程度って言うのなら、所詮君も『その程度』って事だよ。」

と、表情を一転。酷く真剣に言うそのニコラ教官の気迫に、イザック・ベルナールが半歩後ずさった。

「剣はね、お遊びでも自己顕示の手段でもないんだよ。剣を持つっていう事は自分や大切な人の誰かを守る手段を手に入れると同時に誰かを殺す手段を得るって言うことなんだ。」

そう言って、よいしょとジジくさい掛け声をしながらニコラ教官は立ち上がる。

「多少のセンスの差はあれど、実力に貴族も平民も関係ないってのは分かっただろう?私は一応貴族の出身だけど、平民出身のロイ君はそんな私相手にここまで戦えた。」

ぐるりとクラスメイト全員の顔を見渡し、ニコラ教官は言葉を続けた。

「もちろん守る手段は何も剣だけじゃあない。だけど、平民である、ということを理由に諦めることだけは、私はしないで欲しいんだよ。」

ちょっとクサイかな、なんて言いながら先程の気迫はどこへやら。照れくさそうに頭を搔くその姿からはあの鋭い剣筋は想像できない。

(……にしても、この人もちゃんと教官だったんだなぁ……) 

平民の学園進出が増えているとはいえ、まだまだ平民と上層階級の人間との差は大きい。
貧困差を減らそうと王がかなり尽力してはいるが、それに対して貴族の平民への差別意識は相当根強い。その逆も然りだ。所詮貴族だから、所詮平民だから、という思想は平民たちにも根付いている。

恐らく、ニコラ教官の見てきた生徒の中で、平民故に騎士を諦めその才能を活かせなかった人物も多かったのだろう。
今の発言からは平民だから、という理由で才能の芽を潰したくないという意図が読み取れる。

「じゃあ、授業はこれで終わり。解散解散!」

と、ニコラ教官が手を叩いて宣言したので、さっさとオリバーに肩を貸して、訓練場を後にする。
イザック・ベルナールにこれ以上絡まれても困るし。

今だに鋭く睨みつけるイザック・ベルナールの視線を無視して、僕たちは更衣室へと向かった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

家ごと異世界ライフ

ねむたん
ファンタジー
突然、自宅ごと異世界の森へと転移してしまった高校生・紬。電気や水道が使える不思議な家を拠点に、自給自足の生活を始める彼女は、個性豊かな住人たちや妖精たちと出会い、少しずつ村を発展させていく。温泉の発見や宿屋の建築、そして寡黙なドワーフとのほのかな絆――未知の世界で織りなす、笑いと癒しのスローライフファンタジー!

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気が付くと見知らぬ部屋にいた。 最初は、何が起こっているのか、状況を把握する事が出来なかった。 でも、鏡に映った自分の姿を見た時、この世界で生きてきた、リュカとしての記憶を思い出した。 記憶を思い出したはいいが、状況はよくなかった。なぜなら、貴族では失敗した人がいない、召喚の儀を失敗してしまった後だったからだ! 貴族としては、落ちこぼれの烙印を押されても、5歳の子供をいきなり屋敷の外に追い出したりしないだろう。しかも、両親共に、過保護だからそこは大丈夫だと思う……。 でも、両親を独占して甘やかされて、勉強もさぼる事が多かったため、兄様との関係はいいとは言えない!! このままでは、兄様が家督を継いだ後、屋敷から追い出されるかもしれない! 何とか兄様との関係を改善して、追い出されないよう、追い出されてもいいように勉強して力を付けるしかない! だけど、勉強さぼっていたせいで、一般常識さえも知らない事が多かった……。 それに、勉強と兄様との関係修復を目指して頑張っても、兄様との距離がなかなか縮まらない!! それでも、今日も関係修復頑張ります!! 5/9から小説になろうでも掲載中

処理中です...