悪役従者

奏穏朔良

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確かに授業時間はまだ残っているが、何故突然そんなことを言い出したのか。
ニコニコと食えない笑みを浮かべているニコラ教官に、思わずため息が零れる。

(……それに、ニコラ教官と僕では体格が違いすぎる。)

僕も決して小柄では無いので身長差は10cm程度だが、如何せん筋肉量が違う。
育ちのいいニコラ教官は骨もしっかりしていて胸板や腕の筋肉量は隊服の上から見える以上にしっかりしているはず。
同じ木剣を振るだけでも、その威力の差は一目瞭然だ。

「だって、君全然疲れてないだろ?他の生徒がここまでヘロヘロなのにこれじゃあ不公平だからねぇ。」
「おや、私だけ教官と戦う方がより不公平なのではありませんか?私は他の方と同じだけの素振りをこなしましたよ。」

僕も笑顔を保ったまま、そう言い返せば、ニコラ教官は少し眉尻を下げて

「ええぇそうだけどもさぁ、君には1回も叱責しなくてつまんなかったんだもん。」

まるで子供のような言い分を言い始めた。それに「えぇ……」と不満そうな声を上げたのは地面に座り込むオリバーだ。

「あの教官……いい歳して『もん』とか言ってんぞ……」

とボソリと呟くのだから、思わず吹き出しそうになった。
なんとか顔面の筋肉に力を入れて吹き出さなかったが。

「……はぁ、わかりました。」

どう見てもニコラ教官には引く気がないので、ナテュール様の評判を落とさない程度には善戦しよう、と木剣の柄を握り直す。
するとニコラ教官はニコニコしたまま、

「あ、君の本来の実力が見たいから、隠し持ってる暗器で来ていいよ。」

と、あっさり言い放った。
その言葉に、無意識にピクリと指先が動く。
表情は変えていないのに、目ざとくその動揺に気がついたニコラ教官はにんまりとその笑みを深めた。

暗器を隠し持っていることも見破られているし、イザック・ベルナールとのやり取りと素振りだけで、僕の動きが暗殺者アサシンのものだと気づかれている。

(……この教官、思っていたより実力者だ……)

認識を改め、とにかく惨敗しないようにと袖に隠していた暗器をストンと両手の手中に落とす。暗器といってもナイフを使うわけにもいかないので、殺傷能力の低い細い鉄の棒だ。

それを見て「あ、やっぱり持ってた。」とご機嫌のニコラ教官に、半分カマかけだったのか、と思うがもう遅い。

僕がやる気になったのを見て、ニコラ教官は右手で1本、腰の木剣を引き抜いた。
「皆離れてねぇ~。」なんて軽い口調で言いながら、もう片方を抜く気がないそれに、僕は内心眉を顰める。

「……おや、私には得意武器を使え、と言いながらご自分は片手だけですか?」

と、暗にそれを責れば

「まあまあそんなカッカッしないで。気に入らないなら2本目を抜かせてご覧?」

なんて簡単にあしらわれてしまった。

ニコラ教官の本意はわからないが、無様な敗北はできない。オリバー達他の生徒が体を引きずりながらも退避したのを確認して、僕は地面を強く蹴った。

僕の動きは体重がない分スピード重視。一撃必殺とまではいかないが、極力少ない動きで相手を仕留めるための動きだ。

流石にそれはニコラ教官もわかっていたようで、僕が地面を蹴り上げると同時に教官も重心を落とし応戦の姿勢へと変わる。

1度ニコラ教官の視界から外れるために、上に飛ぶと見せかけて、速度を上げ、地面スレスレに体を落とした。そのまま、暗器で木剣の持つ手を狙うが、

「……なるほど、いい動きだね。」

流石に一撃で、とは行かず、身を引かれ暗器は木剣に阻まれる。

競り合いになれば僕に勝ち目はないので、すぐさま木剣を受け流し、身をひねり、回転をかけ上へ飛ぶ。その際に木剣には同じ箇所に3回、暗器の先端を叩き込んだ。

木剣にはピシリッと亀裂が入り、そこから剣身の3分の1が折れ、カランっと地面に転がった。

(……半分叩き折るつもりだったのに咄嗟に剣身を引いた……?判断が早い。相当死線をくぐり抜けている……)

逆に何故そこまでの実力者が平民クラスの剣術を指導しているのか疑問に思うが、今はそれに思考を割くだけの余裕は無い。

出来れば背後を取りたいが、この障害物も何も無い開けた訓練場で、ニコラ教官相手にそれは難しいだろう。

距離をとるにも暗器の僕の方がリーチが短いし、できれば今の詰めた距離から離れたくなかった。

折れた事を気にせず、すぐさま振り下ろされた木剣を暗器で撫でるように受け流し、相手の足を目掛けて回し蹴りを入れる。
すると外野から「おい卑怯だぞ!!」と声が飛ぶが、戦いに卑怯もクソもあるものかと内心毒づく。

「いいね、予想以上だ。」

と、蹴ろうとした足は逆に分厚いブーツで受け止められ、木剣は暗器を弾き飛ばそうとその剣身が絡めるように入れられる。

ならば、と暗器を自ら手放し、弾き飛ばすために力を入れた剣身が宛をなくしブレた所を肘でたたき落とす。
足は掴まれると困るので直ぐに引き、剣身が下に向いたことにより、見えた手首にまだ持っている方の暗器を叩き込んだ。

「……危ないなぁ。今の骨折る気だったでしょ?」
「……どうせ折れていないのでセーフでは?」

(……嘘だろ、今のを止めるのかよ……)

暗器を持つ手を掴まれ、その手から剣を手放させる目論見は外れてしまった。

掴まれたままいる訳には行かないので手首を回し、相手の拘束を解き、一旦後ろに飛び退き距離を取る。

距離を取るのを避けたいなんて言っている場合では無い。お行儀のいい騎士道しか知らないように見せかけて、意外と手や足を出すことにも慣れている。あのまま距離を詰めたままでいれば、いずれは拘束されて終わってしまう。

(……この暗器では限界があるか……)

いや、ナテュール様をお守りするのに、武器の性能は言い訳にならない。仮にこの教官がナテュール様を殺そうとしたとして、生け捕りの必要があれば、それを意地でも成し遂げるのが従者というものだ。

次はどう動くかと暗器を握り直した、その時だった。

「……うん。実力はわかったし、やめにしよっか!」
「…………はい??」

相変わらずの軽い口調で、教官から終わりを告げられたのは。

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