悪役従者

奏穏朔良

文字の大きさ
上 下
16 / 50

16

しおりを挟む
「君の動きはまるで玄人だねぇ。今のも軽い脅しに過ぎない。全然本気じゃなかっただろう?」

そう言って手を叩きながら訓練場に入ってきたのは剣術の指導を担当する教官、アダン・ニコラだ。軽く着崩した隊服には2本の木剣が左右の腰に携えられている。

「これはニコラ教官。お褒めいただきありがとうございます。しかしまだまだ私も未熟者。精進あるのみでございます。」

と、鋒を引き、柄の方をイザック・ベルナールに向け「はい、こちらお返しします。」と言えば数拍呆けた後、顔を真っ赤にして木剣を奪い取るようにひったくられた。

「ん~、正直君に教えることなんて無さそうだけどなぁ。君たち平民クラスの子って、中には小さい頃からダンジョンに潜って自分の戦闘スタイルを確立している子もいるでしょ?君の動きもそういう動きだ。」

確信のある物言いに、流石は教官になるだけの実力のある騎士だ、と思わず感心してしまう。
いや、僕のような若輩者が何を上からと思ってしまうが、実力がない者だと先程の僕の動きがお行儀のいい騎士のものなのか、獣を相手取った型にハマらない動きなのか、咄嗟に判断するのは難しい。

「私が教えるのはあくまで平民の君たちにも『騎士になる選択肢があるよ』って言うことだからねぇ。剣術の簡単な基礎と、心得。あとは捕縛術がメインになるから、君には必要ないだろう?上のクラスへ口利きしてあげようか?」

なんてニコニコと読めない笑顔で提案するニコラ教官に、

「いえ、別に騎士になるつもりはございませんのでこのままで構いません。」

と、僕は軽く首を横に振った。

「おやそうかい?王子に仕えるなら騎士でも別にいいと思うけど。」
「私はあくまでただの従者でございますので。」

正直魅力的なお誘いではあるが、僕のはギルドジョブ暗殺者アサシンの短剣や暗器をメインとした戦い方だ。所謂騎士道から外れた邪道の類。
上のクラスの者たち……幼い頃から騎士としての剣術を教わってきたお貴族様達とは合わないとわかっているからこそ、上のクラスに行ったところで軋轢を生むだけだ。

(それに、騎士の戦い方は僕の体格に向いていない。)

同じ冒険者でも剣豪エスポワールのように体格も筋肉もあれば話は別なのだろうが、僕のような筋肉が着きにくく、その育ち故骨の細い体格の者には騎士の戦い方は勝率が低い。
剣技に体重が乗らないからだ。

「まあ、君がそれでいいなら、それでいいけどねぇ。」

意志を変える気がないと分かったのか、ニコラ教官はあっさりと勧誘を引いた。
肩を竦めたあたり納得はしていないのだろうが。

「さてさて、初日から騒ぎを起こした問題児クラス達。まずは素振りの基礎から教えようかな。」

なんて軽口を叩きながら「はいはい1人1本ずつだよ~私の真似して2つ持っちゃダメだからねぇ~。」と木剣を持っていくように促す。

「……なぁ、本当に良かったのか?上のクラス行かなくて……」

と、オリバーが声を潜めて問いかけてくる。それに「私には騎士の戦い方は向かないですからね。余計な軋轢を生む必要はありません。」とあっさり答えれば、オリバーは「それならいーけどよ……」と肩の力を抜いた。

「それに、上のクラスは選択制で同じ貴族授業と言えどナテュール様は選択していませんし……」
「さてはお前そっちが本音だな??」

明確に答えずにっこりと笑って返せば「俺に気を使ってんのかと心配して損したわ……」とはあー、と息を吐き出した。

まさかオリバーがそんな事を思っていたとは思わず、僕は目を瞬かせる。

「ふふ、正直オリバーの事はこれっぽっちも考えていませんでしたね。」
「おい、ちょっとは気にしろよ。お前が居なくなったら俺ボッチになるだろーが。」

と唇を尖らせたオリバーに、そういえば彼は少し人見知りの気があったな、と思い至る。

「心配ないと思いますけどね。だって、オリバーは優しいですから。僕が居なければそれはそれですぐ友達が出来そうな気がします。」

そう本心からの言葉を言えば、何故かオリバーは怪訝そうに眉を寄せた。

「いや、お前と一緒に居たってだけで無理だろ……」

なんて失礼な事を言ってくるので「少なくとも私よりは友達できる確率高いと思いますが。」と言えば、「それは確かに。」と即答された。


****


「うんうん、最初の時より素振りもだいぶ様になってきたんじゃないかな。少し早いけど終わりにしようか。」

ニコラ教官の言葉に、汗をダラダラと流すオリバーは「やっと終わった……」と、木剣を持ったまま、地面に座り込んだ。

柔和な態度からは想像がつかないほど、ニコラ教官は指導に関してかなり厳しい人だった。
素振り1つに対しても、姿勢、重心の置き方、その構え。少しでも崩してしまえば厳しい叱責が飛んだ。

生活のためにギルド登録はしてあっても剣などまともに振るったことのない生徒は皆息も絶え絶えに地面に座り込んでいる。慣れない動きに筋肉が悲鳴をあげているのだろう。オリバーも腕と足がぷるぷる震えているので、指でつついたら「やめろまじで……」と力無く怒られた。

「……にしても、アイツ……自信満々に突っかかっただけはあるよな……」

そう言ってオリバーが視線を向けたのは、汗をかきつつも、大して息を乱していないイザック・ベルナールだ。
それこそ最初はいくつかの叱責が飛んでいたが、流石はギルマスが指導しているだけあり、直ぐに正しい姿勢で素振りをこなしていた。

「基礎の大切さは理解しているようですからね。(実戦と経験を積めば)いずれは強くなれるのでは?」

「汗ひとつかいてないお前にそこまで言わせるとは……いや、周りからしたら圧倒的実力者が『強くなれたらいいですね(笑)』って言ってる副音声が聞こえてる。絶対なんか重要な部分を端折ってるだろお前。」

汗まみれで体力も限界のくせに失礼なことを言ってくるのでその背中を木剣でつつく。
「やめろやめろ、地味にチクチクするんだわそれ。」と喚くオリバーを無視して地味な嫌がらせを続けた。流石にそこまで深読みされないだろ。

「さて、まだ少し時間もあるし、ロイ君。私と1戦やろうか。 」

「……は??」

オリバーの背中を絶妙な力加減で突くことに集中していたら、ニコラ教官からとんでもない言葉が飛んできて、思わずガラの悪い返事が口から零れた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

召喚魔法使いの旅

ゴロヒロ
ファンタジー
転生する事になった俺は転生の時の役目である瘴気溢れる大陸にある大神殿を目指して頼れる仲間の召喚獣たちと共に旅をする カクヨムでも投稿してます

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

元34才独身営業マンの転生日記 〜もらい物のチートスキルと鍛え抜いた処世術が大いに役立ちそうです〜

ちゃぶ台
ファンタジー
彼女いない歴=年齢=34年の近藤涼介は、プライベートでは超奥手だが、ビジネスの世界では無類の強さを発揮するスーパーセールスマンだった。 社内の人間からも取引先の人間からも一目置かれる彼だったが、不運な事故に巻き込まれあっけなく死亡してしまう。 せめて「男」になって死にたかった…… そんなあまりに不憫な近藤に神様らしき男が手を差し伸べ、近藤は異世界にて人生をやり直すことになった! もらい物のチートスキルと持ち前のビジネスセンスで仲間を増やし、今度こそ彼女を作って幸せな人生を送ることを目指した一人の男の挑戦の日々を綴ったお話です!

月白色の叙情詩~銀礫の魔女が綴るもの~

羽月明香
ファンタジー
魔女は災いを呼ぶ。 魔女は澱みから生まれし魔物を操り、更なる混沌を招く。そうして、魔物等の王が生まれる。 魔物の王が現れし時、勇者は選ばれ、勇者は魔物の王を打ち倒す事で世界から混沌を浄化し、救世へと導く。 それがこの世界で繰り返されてきた摂理だった。 そして、またも魔物の王は生まれ、勇者は魔物の王へと挑む。 勇者を選びし聖女と聖女の侍従、剣の達人である剣聖、そして、一人の魔女を仲間に迎えて。 これは、勇者が魔物の王を倒すまでの苦難と波乱に満ちた物語・・・ではなく、魔物の王を倒した後、勇者にパーティから外された魔女の物語です。 ※衝動発射の為、着地点未定。一応完結させるつもりはありますが、不定期気紛れ更新なうえ、展開に悩めば強制終了もありえます。ご了承下さい。

チートな親から生まれたのは「規格外」でした

真那月 凜
ファンタジー
転生者でチートな母と、王族として生まれた過去を神によって抹消された父を持つシア。幼い頃よりこの世界では聞かない力を操り、わずか数年とはいえ前世の記憶にも助けられながら、周りのいう「規格外」の道を突き進む。そんなシアが双子の弟妹ルークとシャノンと共に冒険の旅に出て… これは【ある日突然『異世界を発展させて』と頼まれました】の主人公の子供達が少し大きくなってからのお話ですが、前作を読んでいなくても楽しめる作品にしているつもりです… +-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-  2024/7/26 95.静かな場所へ、97.寿命 を少し修正してます  時々さかのぼって部分修正することがあります  誤字脱字の報告大歓迎です(かなり多いかと…)  感想としての掲載が不要の場合はその旨記載いただけると助かります

異世界でリサイクルショップ!俺の高価買取り!

理太郎
ファンタジー
坂木 新はリサイクルショップの店員だ。 ある日、買い取りで査定に不満を持った客に恨みを持たれてしまう。 仕事帰りに襲われて、気が付くと見知らぬ世界のベッドの上だった。

名の無い魔術師の報復戦線 ~魔法の天才が剣の名家で産まれましたが、剣の才能がなくて追放されたので、名前を捨てて報復します~

トンボ
ファンタジー
 アレフ・ブレイブは優秀な剣聖の家系に生まれたものの、剣の才能が全くなかった。  けれど、ひょんな事から魔法に興味を持ち、自室である物置小屋で独学で魔法をマスターしていくも、ある日父親ジャコブ・ブレイブに魔法の入門書が見つかってしまう。 「剣技も録に会得できないくせに、魔法なんぞにかまけていたのか! 剣も振れないお前など、ブレイブ家の恥さらしだ! もう出て行け!」 「そ、そんな……!」  アレフは剣の稽古をサボっていたわけでもなく、魔法の研究は空いた小さな時間でやっていたのに、ジャコブに家から追放されてしまう。  さらには、ジャコブにより『アレフ・ブレイブ』は病死したことにされてしまい、アレフは名前すら失ってしまった。 「うっ……」  今までずっと住んできた屋敷から追い出され、それによりアレフ――否、名無しの少年が得たものは不安だけだった。  大粒の涙をこぼして、追い出された屋敷の近くの森の中で静かに泣いた。外はもう暗くなっていて、そこら中から獣のうめき声が聞こえる。  とてつもない悲しみに少年は打ちひしがれていた。けれど、彼は立ち上がる。 「……行かなきゃ」  ぽつぽつと一人、少年は歩み始めた。――生まれ育った屋敷に背を向けて。 「アレフ・ブレイブは……死んじゃったんだ……僕はもう、アレフじゃないんだ……」  名前を失った少年はただ暗い森の中を歩く。  その先に明日があるのかも分からないけれど、とにかく歩いた。  少年はぼそっと呟く。 「……そうだ。まずは僕が誰なのか、名前をつけないと……僕が僕であるために……」 「名前……そういえば、男の魔法使いはウィザードって呼ばれることがあるんだっけ……。なら僕は……」 「――ウィズ。そう名乗ろう」    足を止めていたウィズはまた歩き出した。その先には何があるのか分からないけど、後ろには戻れない。 「……さようなら、アレフ・ブレイブ」  ウィズは今までの自分に別れを告げると、暗闇の中に消えていったのだった。  ――物語が動き出すのは、『ウィズ』と名乗る青年が雑貨店を営み始め、数年後のことになる――。

処理中です...