悪役従者

奏穏朔良

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「ロイ・プリースト!貴様のその悪の権化といえる性根!俺が叩き直してやる!」

訓練場に入るや否や訓練用の木剣を僕の顔に突き立てて仁王立ちする少年。
訓練用の木剣とは言え、いきなり鋒を人に向けるのは如何なものか、と眉が寄りそうになる。
とは言え表情を簡単に出してしまうのは従者失格なので耐えたが。ちなみにオリバーは僕以上に驚いて何故かアタフタと慌てていた。

(……彼は確か、隣町のギルマスの4男イザック・ベルナールだったはず。)

隣町にあるギルドのマスターは元々有名な剣闘士だったはずだ。
今は怪我により引退しているが、指導する分には問題ないとして後進育成に励んでいると小耳に挟んだことがある。この4男も、恐らくギルマスの指導を受けているため、平民の中でもやけに自信満々にこんなことをしているのだろう。

(それにしても、自分が優位に立っていないと大口を叩けないなんてなんて小物感……)

別に自分が得意な場所、有利な場所に相手を誘導することは悪い策ではない。
ただ、彼のように今まで何も言わずにいたのに、優位に立ったと思った瞬間相手を見下して貶し始めるというのはどうにも気に食わない。

しかも僕に対して『悪の権化といえる性根』?

(……いくら僕の見た目が怪しいからって、ひどくない??)

何の証拠もないのに、武力をかざして責め立てるなんて、頭が悪いとしか言いようがない。

(ただ、救いなのは独断の犯行っぽいところかな。)

他の生徒は顔を青くしているか、我関せずを突き通しているかの2パターンにわかれている。
誰かしら共謀していれば、一緒に囃し立てたり、僕に対して野次を飛ばしたりするだろう。裏から唆した人物が居れば流石にわからないが。

「突然何を言い出すかと思えば……あまりのことに言葉を失ってしまいました。何故、私が『悪の権化といえる性根』をしているのです?」

とりあえず、まずは何故こんな行動に出たのか、その理由を聞こうと思い問かければ、驚いて固まっていたオリバーも「そ、そうですよ!いきなり鋒を向けるなんてそもそも非常識でしょう!?」と引け腰ながらに声を上げてくれた。同い年相手に敬語になっている辺りかなりビビっているだろうに、それでも声を上げてくれたことにちょっと泣きそうになった。顔は笑顔を保っているけど。

「俺は知ってんだぞ!お前が神殿からの回し者だってな!昨日だって人を拘束して引きずってただろ!その後からあの第7王子の様子も変だろ!」

と、更に突きつけるように鋒を前に出したイザック・ベルナール。
オリバーもまさか目撃されていたとは思わず、あちゃーというように、眉尻と口角を下げた。

「まず初めに、神殿の回し者、というのは貴方の憶測にすぎません。私は確かに神殿に身元を保証してもらっているプリースト姓ではありますが、この身は全てナテュール様のもの。二心を抱くなんて事はありません。」

そこまで言ったところで今度は違う意味であちゃーと言わんばかりに顔を歪めるオリバー。多分、僕の地雷が踏まれたと嘆いているのだろうが、こんな子供に本気になるほど僕の心は狭量じゃない。流石に怒り狂って殺したりはしないのでそんなにハラハラした顔でこちらを見ないで欲しい。

「それから、昨日見たという人物は不法侵入者を捕縛し、衛兵に引き渡しただけにすぎません。ナテュール様の従者たる以上、ああいった不審者の対応は当然のことです。」
「そ、それこそ証拠がねぇだろ!言い逃れする気か!?」
「……あのですね、『衛兵に引き渡した』と言っているでしょう?聴取記録を確認すれば分かることでしょう?」
「ぐっ……!」

僕の正論に、あっさり言葉を詰まらせた所を見ても、直情的で深く物事を考えない馬鹿のようだ。
もはや呆れすぎてため息しか出ないが、適当に実力を示せば簡単に手を引くだろう。
彼は自分より弱いと思っている人間にしか力を誇示できないタイプだ。

「そして最後に。」

と、僕は自ら鋒に向かって足を踏み込んだ。

「っ!?」

まさか自ら突っ込んでくると思っていなかったイザック・ベルナールはそこで一瞬動きが止まった。

(実戦ではその一瞬が死に繋がるぞ。)

イザック・ベルナールの身が固まったその隙に鋒から姿勢を反らし、次の1歩で剣身の真横まで踏み込む。
剣身に掌を叩き込み、木剣を逸らしたところで更に1歩。そしてイザック・ベルナールの手首に一撃手刀を落とし、相手の手が緩み柄から離れた所で、手刀した手でそのまま空で柄を掴んだ。
くるりと柄を回し、鋒をイザック・ベルナールの首にピタリと当てれば、僕との実力の差は流石にバカでも分かるだろう。

「相手の実力を見誤れば、実戦であるのは死のみですよ。」

そう告れば、イザック・ベルナールは口を陸に上げられた魚のようにパクパクと動かし、顔を蒼白に染めている。
周りの生徒も息を飲み、訓練場は沈黙が支配していた。

そんな静寂に終止符を打ったのは「これはこれはお見事だねぇ。」という呑気な声と拍手の音だった。



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