悪役従者

奏穏朔良

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夜中に侵入者や暗殺者が来たところで翌日の授業は変わりなくやってくる。

朝からちゃんとナテュール様のお世話をさせて頂くことが出来たし(「これくらい自分で出来る!」と怒られてしまった所もあったが……)、ナテュール様からの誤解も解けて、これ以上にない、最高の気分の一日だ。

ルンルンとスキップしそうになる気持ちを抑えながら、平民の教室の扉を開けた瞬間、教室内の音が消えた。

(……相変わらず僕が来ると静まり返るなぁ……僕が怪しいのが原因なんだろうけどいい加減泣きそう……)

まるでいじめにあっている気分だ。
まあ、もし仮にいじめられたとしても倍以上にして返してやるのが僕の流儀だけれども。

「おー、ロイ。今日は遅かったな。」

なんて言いながら、自分の席で片手を上げたオリバーに、「仕事をしてきましたので。」と誇らしく告げ、オリバーの隣の僕の席に座る。
すると何故かオリバーは顔を引き攣らせて、「あー……あ、あのさぁ……」と口を開いた。

「今のその顔、どういう感情なわけ……?」
「今……?強いて言うなら『ナテュール様のお世話を朝から出来て大満足』?」

オリバーの質問ノ意図が分からず小首を傾げながらもそう答えれば、教室内のどこかから「えっ!?」と声が上がる。思わず振り返るも、誰も彼もこちらを見ないように顔を背けており、誰の声なのかは分からなかった。

「……気の所為であれば、とは思うのですが、」
「安心しろ。気のせいじゃない。」
「まだ何も言ってないじゃないですか。やめてください。……え、私また何か勘違いされてます??」
「ああ、ぶっちゃければ今の怪しげな微笑みと台詞から誰かを罠にはめて来たのかなって思った。」
「何故っ!?」

オリバーが「はぁーやれやれ」と言わんばかりに首を竦めて頭を振るが、今のどこにそんな勘違い要素があったのか分からず、1人困惑する。

「こう、なんか抑えきれてないニヤつきが罠にハマった獲物に対して『こんなにもあっさり引っかかるなんて、マヌケですねぇ。』ってニヤニヤ観察している感が……」
「どこの悪役ですか!た、確かにナテュール様のお世話を朝から出来たことに関して、す、少し口角が緩んでしまっていたかもしれませんが……!」
「まあ、お前だからな。」
「どうしてっっ。」

ただナテュール様に正式に従者として認めて貰えたことが嬉しかっただけなのに!
流石にそこまで怪しくないだろ!と周りへ同意を求めるように見れば、「え、そういう笑みじゃなかったの?」と言わんばかりの困惑した表情ばかりと目が合った。それもすぐにそらされたが。

「そんな……私はただナテュール様を心より敬愛申し上げているだけなのに……」
「嘘くせぇ……」
「しばくぞ。」
「品行方正な従者の仮面が取れてんぞ。」
「おっと、私としたことが。」

オリバーしかいない空間なら崩した口調で話しても問題は無いが、ここは周りの目が多い。一体どこから情報として流れ、ナテュール様に対する評判となってしまうかわからない。
誤魔化すようにコホンとひとつ咳をし、佇まいを正した。


****


「次は剣術授業だぞ~遅刻しないようにな~。」

と、緩く告げて教室を後にする教師を横目に、鞄の口を開けて汚れてもいい私服を取り出す。

「あれ?ロイ運動服はどうしたんだ?」
「お恥ずかしながら汚してしまいまして……とても人様の前で着られる様な状態ではなかったので、今日は古着で参加することにしました。」

オリバーの問いかけにそう答えれば、何故か教室内の温度が下がったような気がする。
あれ?と疑問に思いつつも、移動のために鞄をロッカーにしまえば、オリバーが何故か口角を引き攣らせていた。

「……えーっと、なんで汚れたか聞いてもいいか?」
「……?ええ、まぁ別に……朝、コーヒーをぶちまけてしまいまして……お恥ずかしい。」
「あ、うん、返り血とかじゃなくて良かったわ。」
「なぜ返り血。」
「いや、お前の顔が怪しくて……」
「理不尽っ!!」

とりあえず腹が立ったのでオリバーの肩を殴っておいた。「いっっったぁ!?」なんて喚いているが、そんなに力を込めてないのでオリバーが大袈裟なだけである。


「にしても今日はなんかやる気に満ちてんな。やっぱりあれか?ナテュール様に誤解解けたのが嬉しくてって感じか?」

着替え終わり、2人で訓練場へと向かう途中、不意にオリバーがそう尋ねてきた。自分の感情が傍目から見てもわかる程、漏れ出ていたのかと少し羞恥心に苛まれながらも、僕は口を開いた。

「もちろん、それもありますが、折角なのでクラスメイトの皆さんとも仲良くなりたくて。ほら、怪しくないとわかって頂ければきっと……」
「諦めた方がいいんじゃね??」
「そこまで即答します??」

あまりにも早いオリバーの回答に、スっと拳を構えると「しまえ脳筋!!」と叫ばれた。失礼すぎる。
そしてオリバーは、肩を竦め「そもそもさ。」と口火を切った。

「お前、いきなり魔王に仲良くしようよ!って言われてできるか?」
「そこまで言います??」

魔王はかつて勇者によって倒されたと言われる災害級の魔法使いの呼び名だ。
古代では多くいたとされる魔法使いも今やほとんど存在しない。そんな珍しい存在かつ、強大な魔力で生まれた子供はその力に溺れ、災厄を撒き散らして国どころか大陸全てを滅ぼそうとしていた。

絵本にもなり、小さいことから親に聞かされることの多い勇者の物語。
つまり、魔王というのは現代において誰もが知っている有名な悪役ということになる。

そんな魔王に例えるなんて、全くもって失礼な話だ。

「ほら、言うじゃないですか。拳を交えれば相手が分かると。」
「俺らが使うの拳じゃなくて木剣だけどな。」
「大差ないですよ。思いっきり殺り合えばお互いが分かるはずです。」

そう意気込めば「いや、お前自分の実力わかってる??」とオリバーに肩を掴まれた。

「いいか、お前が全力でやったら屍の山が出来て終わりだ。100分の1くらいの力で、対応しろ?」
「いくら何でもそれでは……」
「お前自分がS級だっていう自覚を持って!?」

あまりにもガクンガクンと揺さぶられるので仕方なしに「わかった、わかりましたから!」と叫べば、オリバーは「よし、絶対に本気は出すなよ?フリじゃないからな!?」と念押してからようやく手を離してくれた。



……しかし、

「ロイ・プリースト!貴様のその悪の権化といえる性根!俺が叩き直してやる!」

(これは本気で叩きのめしても許されるのでは?)

訓練場に着き次第、オリバーの必死の約束は無と帰すことになる。
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