悪役従者

奏穏朔良

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「……なるほど、これは少し面倒なことになりましたね。」
「何もなるほどじゃないが……?」

僕の呟きに一応ツッコミをいれるもいつものようなキレは無い。
オリバー本人には心当たりなんてないだろうし、喚かないのも平静を装っている、というよりは理解が追いついていないのだろう。

「とはいえ自らペラペラ話して下さりありがとうございました。手間が省けて助かります。もう用はありません。」

そう、にっこり笑って青年を見れば、何故か顔色を一気に青くした。
傍目から見てもよくわかる程の顔色の変化に僕は内心首を傾げる。

「……あー、ロイ?」
「はい、どうされましたか?」

ナテュール様がガシガシと後頭部を掻きながら、僕の名を呼ぶ。
そして、どこか気まずそうに口を開いた。

「お前のその顔でそのセリフだと、『拷問する手間も省けたしさっさと殺しましょう』っていう副音声が聞こえるんだが?」
「えっっっっ!!?」

ナテュール様のご指摘に思わず声を上げてしまう。
まったく意図せぬ形に伝わっていると気づき、慌てて青年の方へと振り返れば「え?違うの?」と言わんばかりの困惑した表情を浮かべていた。

「完全な裏の人間ならまだしも、高額報酬につられただけの駆け出し冒険者なんて殺しません!!」

慌ててそう宣言すれば、何故かオリバーが怪訝そうな顔をした。

「それってつまり裏の人間なら殺すってことじゃ……」
「オリバーくん、しぃー。」

と、何やらボソボソと話しているが、先程からやけにオリバーとルーカス様が仲良くなっている気がする。

「正直、ナテュール様に対しての暗殺者じゃないのでそこまでやる気もないですし……」
「なんだろ、なんか微妙に納得できねぇ。いや、やる気殺る気出されても困るんだけどよ。」

話しているうちに段々と普段の様子に戻ってきたオリバーに、適当に愛想笑いを向けておきながら、横目で青年を見遣る。
ビクリと肩をふるわせた青年に、

「とりあえず、あなたは刑務所行きですね。不法侵入罪で衛兵に引渡します。」

そう告れば、「ま、待ってくれ!た、たのむ、許してくれ!」と縛られながらも頭を下げるような仕草をし始めた。

「許してくれ、と言われましても。冒険者のくせに金で雇われて犯罪に手を染めたのはあなた自身でしょう?それなのに、私に許しを乞うてどうするんです?あなたを見逃すメリットもないですし。」

冒険者は基本的にそういった犯罪の類の依頼は受け付けない。冒険者を金さえ払えばなんでもやる荒くれ者と勘違いしている貴族も多いが、彼らは魔獣などの生物災害を防ぐ際の最前線に出る国の要の職だ。

ギルドを経由していない高額の怪しい依頼にほいほい乗っかり不法侵入したのはこの青年本人の過失。
幸い不法侵入だけなので、しっかりと償って社会復帰して欲しいものだ。
ただ、冒険者のコミュニティに怪しい依頼を受けたことはすぐに広まるだろう。暫くは周りの目も厳しいだろうが、それは身から出た錆だ。

自分も冒険者として働いているからこその、厳しい言葉をかけたつもりだったのだが、その様子を見ていたオリバーが不意に口を開いた。

「……なんだろうな、この、圧倒的悪が敗者に『何でもするから許してくれ』という言質を取ろうとしている感じ。『何でも?ならあなたは今から私の奴隷ですね。』とか言いそう。」
「あ、わかる。」
「嘘でしょう!?」

ルーカス様も平然と同意するが、僕にそんな趣味はないし、ただ正論を言っているだけなのに!

「……すまない、正直俺にもそう見えた。」
「ナテュール様まで!?」

まさかの追撃にシクシクと泣き真似をすると「胡散臭い。」「怪しさが増す。」「ここまで怪しい泣き真似があるなんて……」と三者三様に文句をつけられた。悲しい。

「というか、ロイさんの正体バレたのに放置しておいていいの?」 

と、ルーカス様が青年を指さして、問うと大袈裟な程に肩をふるわせた青年が「言いません!絶対に言いませんから!!」と首をもげそうな勢いで横に振る。

「まあ、正直よくは無いですが……私の正体に関しては今までも何度か憶測が流れています。所詮1つの噂で終わるでしょう。」

そう答えれば「そういうものなのか?」とナテュール様が不思議そうに問う。

「ええ、人というのは噂や憶測が好きですからね。実はどこどこの貴族子息だ、とか色々と。中には隣国の王子ではないかなんて噂もありましたね。」
「ボクは剣豪の息子説が有力だと思ってたなぁ。」
「おや、そんな噂もあったのですか。」

まさかエスポワールの息子説が流れていたのは知らなかった。まあ、最初の頃たまたま同じギルドにいて、何かと気にかけてもらった覚えはあるが、等級の違いもあって、ブラックドラゴンの1件より前はさして一緒に仕事することもなかったし。

「そんなに色々噂が流れるものなのか……」
「漆黒の暗殺者アサシンに関しては年齢といい正体不明、その実力と何かと話題性があるからね。」

ナテュール様の言葉にルーカス様がからりと笑う。

「まあ、何はともあれこの愚か者をさっさと衛兵に引き渡して来ます。」

と、青年の首根っこを掴みあげると「わー!ま、まってくれ!まって!」と往生際悪くなおも声を上げる。

「や、雇い主の情報が欲しくないか!?俺、これでも一応暗殺者の端くれだ!それくらい調べた! 」

そう叫んだ言葉の内容にオリバーの肩がぴくりと動く。

しかし、

「必要ありません。どうせエドワーズ公爵夫人でしょう。」
「え、なんで知って……」

僕は最初に「なるほど」と言った。それはこの依頼の全容がおおよそ分かったから故に出た言葉だ。

「……え、ボクの所……?」

とはいえ、ルーカス様は予想外だったようで、驚き目を見開き固まるその姿に、ナテュール様がこちらを鋭く睨みながら「全部話せ。」と命じられてしまった。
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