悪役従者

奏穏朔良

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10(ナテュール視点)

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「こいつが侵入者か?」

行きと同じように窓から帰ってきたロイは気絶しているもののロープでしっかりと拘束してある青年を乱雑に床へ落とした。

「はい。しかし目的はナテュール様や私ではないようです。殺意も薄く、動きも素人でしたので、プロの暗殺者ではないようですね。」

と、淡々と報告しながら青年の暗器を片っ端から外していくロイ。あまりにも手慣れたその手つきに、一体どれだけの人数の暗殺者を相手取ってきたのか、その1片を垣間見たような気がした。

「……俺への暗殺者じゃないのにお前が動いたのか?」
「一応、この学園である程度自由に動き回るために、理事長に腕を売り込んでおりまして。多少の事に目を瞑る代わりに、学園への侵入者、暗殺者の捕縛及び始末は私が担っております。」

恐らく、俺がちゃんと報告をしろと言ったから、ロイは言われた通り報告をしているだけなのだろうが、ロイが思いのほか色々な所に手を回していて、思わずこめかみを抑えた。

「……お前、割と見た目と相応しい事もしてるよな。」
「えっ……!?」

酷く心外だと言わんばかりに驚くロイに、

「え、自覚なかったの!?」

と、オリバーが追い打ちをかける。
そんなオリバーの言葉がトドメとなったのか、床に膝を着き、

「じょ、情報は大事ですし、ある程度の根回しはナテュール様の快適な生活を保つためには必要で……そ、そんな怪しい取引はしてませんからっ!錬金術で使いたいという理事長にドラゴンの心臓やユニコーンの鬣なんかを対価に交渉した事もありますけどっ!」

と、早口で怪しくないアピールをし始めるロイ。
しかし、その中に聞き捨てならない内容があり、口を開こうとした瞬間、俺より先に商家の出であるオリバーが反応した。

「いやなんでドラゴンの心臓やユニコーンの鬣をぽんぽん出してんだよ!?あれ買えばクッッソ高いじゃん!」

商家だからこそ、その高価さを知っており、手に入りにくいことも知っているオリバーは「安く手に入るならむしろその流通ルート教えてくれ~!!」とロイの肩を掴んで揺さぶる。

「俺への宮内予算はそんなに多くないはずだが……」

根回しの大切さや、情報戦の重要さは理解しているつもりだが、それにしてもそんな高価なものを対価として準備するなど、金の出処がどこからなのか……
ただでさえ、忌み嫌われた王子への予算は削られている。というよりは元々用意されていない。
そんな俺の疑問に、ロイはパッと笑顔へと変わったかと思えば、

「安心してください!私物です!」
「逆になんでだよ!!?」

こればかりはオリバーのツッコミに思わず「ほんとにな……」と言葉を零す。
何故そんな高価なものを孤児で平民であるロイが持っているのか。

そんなことを考えていれば、ロイは尋問に移るつもりなのか気を失っている青年の頬を軽く叩き、猿轡を緩める。
自殺の心配は無いのかと問えば、「この者に自殺する度胸はないと思いますよ。高い報酬に目が眩んだだけのお馬鹿さんでしょうね。」とロイはニッコリと笑って言葉を吐いた。

頬を叩かれたことにより意識が浮上したのかゆっくりと瞼を持ち上げ、何度か瞬きを繰り返した所で、青年はガバリと縛られた上体を起こした。 

「お前は……!!くそっ!こんな所に『漆黒の暗殺者アサシン』がいるなんて聞いてねぇぞ!」

と、開口一番にわめき出した。その視線はロイに固定されている。

「……漆黒の暗殺者アサシン……?」

思わずそう繰り返せば、ロイは笑みをさらに深めて、

「……フンッッ。」
「ぐふぅっ!?」

盛大に殴り飛ばした。

「何してんの!!?」

オリバーが慌ててロイを羽交い締めにする何時ぞやの光景リターンズ。
拘束されていたため受身をまともに取れなかった青年は再び白目を向いて気絶していた。

「……ふぅ。中々起きませんね!」
「あ、こいつ無かったことにしたぞ!?今のを全部無かったことにしたぞ!!?」

さも、何もありませんでしたと言わんばかりの顔で平然とそう言い放ったロイに、オリバーのツッコミが炸裂する。
流石に無理がある言い訳に、「報告。」と一言告げると、ロイはビクリとその体を強ばらせた。

「あー……えーっとですね……」

と、視線を泳がせ言葉に詰まるロイの様子に、俺は少し驚く。大体の事は話せと言えば悩む間も無く話してきたロイが、ここまで言い淀むのは初めての事だ。

「……はぁ。俺ですら聞いたことあんだけど『漆黒の暗殺者アサシン』……」
「……うん。ボクも知ってるよ……まさか、こんな身近にいたなんて……」

オリバーはロイを離し、「あああまじかぁ……なんか夢壊された気分。」とボソボソと呟く。
すると

「それはそれでなんか腹が立つ。」

とロイはオリバーの腹に拳を繰り出した。
床に沈んだオリバーにはこれ以上聞けないと判断し、隣のルーカスへと視線をやれば「平民の憧れの存在だよ。」と肩を竦めて見せた。

「『漆黒の暗殺者アサシン』ってのは5年前から活動し始めたとある冒険者の通り名だよ。ギルドの登録時、明らかに子供の体格にも関わらずたったひと月でF級からA級に昇格。しかもソロでね。翌月には最年少最短記録でS級にも昇格した天才で全身を黒いローブで覆い隠して、ギルド登録のジョブは『暗殺者アサシン』。」
「ああ、なるほど。だから『漆黒の暗殺者アサシン』なのか。」
「そう。安直だけど平民には覚えやすいからね。」

ちなみにボクもそれで冒険者に憧れてた、と気恥ずかしそうに笑うルーカス。
対照的にロイは顔を覆って全身で絶望しています、というオーラを出して部屋の隅に縮こまってしまった。

「平民にとってさ、学の有る無しや身分も関係ない冒険者ってのは、貧困を抜ける一攫千金の夢みたいな所あるし、それを子供が成し遂げたってのは結構皆の希望になったんだよ。」
「……とはいえ、冒険者は魔物の討伐やダンジョンの探索がメインで危険度が高いだろう?子供でもギルドに登録出来るものなのか?」
「もちろん。ボクだって5歳で登録したよ。薬草取りするだけでも家計の足しになるからね。」

と、なんてことないように笑って告げるルーカス。だがそれは幼い頃からギルドに登録して働かなければいけないほど、窮困している家庭が多いと言うことだ。
だからこそ、ロイのような子供ながらにS級まで登り詰めた人物、それこそ本名も容姿も不明な人物であっても、強い憧れの対象になっているのだろう。

「……で、ロイは何をそんなに嫌がっているんだ。そんなに『漆黒の暗殺者アサシン』の事隠しておきたかったのか?」

そう未だに縮こまっているロイを見やれば、ビクリと肩が跳ねる。
「いえ、その……あのですね……」と口ごもったかと思えば、

「何故か知らないうちにそんな、そんな痛い通り名をつけられただけで、断じて私から名乗った訳ではありませんから!私から名乗った訳ではありませんから!!!」

ようやく顔を上げたかと思えば、勢いよくそう言い張るロイに、「あ、さっきから気にしてたのそれなんだ。」とルーカスが意外そうに呟く。

「……それにしても、5年前って言うとお前が宮内に入ったばっかりの時だよな?」
「はい……正確には宮内入りした日にギルド登録をしました。」

まさか宮内入り当日にギルド登録をしていたとは思わず、ロイの答えに思わず目を見開く。
ギルドは神官などの聖職者は登録することが出来ない。神殿から出て、できる限り急いで登録した形だろうか?
だがそこまでして急いで冒険者になる理由が、俺には想像が出来なかった。

「理由は?」

なので、そうロイに直接疑問をなげかければ、ロイは「えーっとですね……」と、やや気まずそうに視線を泳がせた。

「……その、率直に言うのであれば、お金が欲しかっただけなのです……」
「はい??」

ロイの意外な答えに、思わず俺の口から素っ頓狂な声が転がり落ちた。
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