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「……言葉遣いに関して注意申し上げたのは、ナテュール様の教育に関して他の側室が手を回してきていたからです。」
と、僕は佇まいを正し、口を開いた。
「学園前に家庭教師がつき、学問のみならず作法にマナーと習うのが一般ですが、ナテュール様の家庭教師は故意に付けられませんでした。後に家庭教師を見つけ連れてはきましたが、あの時は王や側室も参加する晩餐の直前でしたので、些細な言葉遣いでも揚げ足を取られる可能性がありました。」
憶測だが、ナテュール様に家庭教師がつかないように手を回していたのは、ナテュール様を公の場に出す気がない、という側室達の思惑故と思われる。
晩餐であえて失敗させ、マナーがない、礼儀を知らないから公の場には出せない。出したくない。そう理由をつけるためではないか、と。
恐らく側室達はどこかの貴族が万が一にでもナテュール様の後ろ盾となる事を警戒していたのだろう。可能性は低いものの、派閥が出来ればその分貴族のパワーバランスがどこか崩れる。
まあ、それも僕が連れてきた家庭教師がきっちりしっかり教育をしてくれたから、側室共の目論見も泡となったが。
「なので、少しでもナテュール様が側室や他の王子から害されないようにと、つい口を出してしまい……」
「待て、家庭教師のエスポワールはお前が見つけて連れてきたのか?宮内の者が手配したのではなく?」
そうお尋ねになられたナテュール様は、何故かこめかみを抑えていらっしゃる。
もしや、体調が悪いのかと、慌てるとナテュール様に「そうじゃない……それより答える。」と答えを急かされてしまった。
「え、ええ、左様でございます。エスポワールからお聞きになりませんでしたか?」
「聞いてない!そもそも家庭教師がつかないように根回しされていた事も俺は知らなかったぞ!」
と、ビシッと指をこちらに向けるナテュール様。何故お怒りになられているのかわからないまま、
「あ、はい……ナテュール様に余計なご負担をおかけするわけにはいかないのでその辺は敢えてお伝えしませんでした……」
そう当時情報を伏せた理由を述べれば、ナテュール様がはあぁー、と深く息を吐いた。
「……次。」
顔を僅かに伏せたまま、仰るナテュール様。やはり体調が優れないのかもしれない。あとで薬湯を入れて、就寝前にお出ししよう。
「マナーを忘れたのかどうかお尋ねしたのも同様の理由です。ただ、正解をお伝えするのではなく、ご自身で正解にたどり着いて頂きたく、そんな物言いになってしまい……本当に……申し訳……なく……!」
まさか、それが嫌味と捉えられていただなんて……!!
当時の自分をぶん殴ってやりたい。まだまだ未熟者だとしても主たるナテュール様のお心に傷を付けるなど許されることでは無い。
「ルーカス様のことに関しましては大変お恥ずかしい話ですが、お顔を存じ上げず……貴族の顔と名前は全て一致させていたと思ったのですが、ルーカス様と初めてお会いした時、どなたか分からず……そこで『そういえばエドワーズ家の私生児が見つかったという話があったな。』と思い出しまして……」
そう、ルーカス様が公爵家に引き取られたのは学園入学のなんと2ヶ月。いきなり学園入学のために貴族のマナーや常識を教え込まれたルーカス様は社交界に顔を出す余裕もなかった。
エドワーズ公爵夫人が、社交界に顔を広めることを嫌がったというのもあるだろうが……
「ああ、それだ初対面でいきなり『貴方は……私生児の』って発言だったんだね。」
「公爵子息であらせられるルーカス様に、大変ご無礼を。」
「え、いや、いいよ全然!ボクも、色々言われて過敏に反応してた所あったし……!」
僕が至らないばかりに、そのお心を傷つけてしまったというのに、ルーカス様は笑って許して下さった。あまりの優しさに泣きそう。
ルーカス様は本来であれば、こんな貴族のゴタゴタに巻き込まれずに済んだはずの方だ。
突然の熱病でエドワーズ公爵夫人の息子が亡くならなければ、今でも慣れ親しんだ街で、母親と穏やかに暮らせたはずなのに……。こんなお優しい方が見栄と欲に塗れた貴族社会に巻き込まれると思うと胸が締め付けられる思いだ。
「えーと、下町の料理の事は……?ボクはてっきり使用人がするような事をするなんて下町の気分が抜け切れていないって言われているのかと思ってたんだけど……」
「と、とんでもございません!下町の料理に関しては、その……教えを乞いたく……」
まさかそんな誤解を与えているとは思わず、慌てて首を振り否定を述べる。
しかし、ルーカス様も先程までのやり取りで誤解だと気がついていたのか、「やっぱり勘違いだったかぁ。」と朗らかに笑った後、こてんと首を傾げた。
「あれ?でもなんで下町料理を?」
そんなルーカス様の質問に、先に口を開いたのはオリバーだった。
「あー、そういや言ってたな。ナテュール様のために食事のレパートリー増やしたいって。」
そういえばオリバーには当時理由を話していたな、と思い出し、首肯する。
「宮内で出される料理は豪勢さを出す、まあ権力と富を示す食事ばかりで、食べにくく栄養が偏りやすくて……」
「なるほど……確かに下町料理はどちらかって言うと少ない品数でより多くの栄養を取れるように考えられたものが多いもんね。」
と、同意を示してくださるルーカス様に「そうなんです。」と更に深く頷いた。
「私は神殿に入る前は虫や草しか食べたことがなく、神殿は見習いだと精神を鍛え神の声を聞くためという理由で茹でた野菜しか出ないので、お恥ずかしい話、あまり料理は得意と言えなくて……宮内の料理は粗方覚えたのですが、流石に成長期のナテュール様には健康上懸念が拭いきれず……」
「なんだが凄い爆弾ぶっ込まれたけど、ナテュールくんの事よく考えてるんだねぇ。」
段々慣れてきたのか、ルーカス様の口調が貴族の堅苦しい話し方から徐々に緩くなってくる。
「ええ!私の役目はナテュール様に心身ともに健やかにお過ごしいただくことですから!」
と、胸を張って答えれば、「ボクが教えられることなら教えるよ。今度レシピ書き起こしておくね。」とルーカス様は朗らかに笑って約束してくださった。
すると、不意にナテュール様が「あ゛ー……」とどこか唸るような声を出されたので、「どうかなさいましたか!?」と慌ててお傍へと寄れば、ナテュール様は「なんというか、その……」と言葉を迷われ、しばらくして再び口を開いた。
「お前……随分と俺の事大好きなんだな……」
「ええ!心の底よりお慕いしております!!」
****
「でもなんか胡散臭いんだよなぁ……」
「オリバーくん、しぃー。」
と、僕は佇まいを正し、口を開いた。
「学園前に家庭教師がつき、学問のみならず作法にマナーと習うのが一般ですが、ナテュール様の家庭教師は故意に付けられませんでした。後に家庭教師を見つけ連れてはきましたが、あの時は王や側室も参加する晩餐の直前でしたので、些細な言葉遣いでも揚げ足を取られる可能性がありました。」
憶測だが、ナテュール様に家庭教師がつかないように手を回していたのは、ナテュール様を公の場に出す気がない、という側室達の思惑故と思われる。
晩餐であえて失敗させ、マナーがない、礼儀を知らないから公の場には出せない。出したくない。そう理由をつけるためではないか、と。
恐らく側室達はどこかの貴族が万が一にでもナテュール様の後ろ盾となる事を警戒していたのだろう。可能性は低いものの、派閥が出来ればその分貴族のパワーバランスがどこか崩れる。
まあ、それも僕が連れてきた家庭教師がきっちりしっかり教育をしてくれたから、側室共の目論見も泡となったが。
「なので、少しでもナテュール様が側室や他の王子から害されないようにと、つい口を出してしまい……」
「待て、家庭教師のエスポワールはお前が見つけて連れてきたのか?宮内の者が手配したのではなく?」
そうお尋ねになられたナテュール様は、何故かこめかみを抑えていらっしゃる。
もしや、体調が悪いのかと、慌てるとナテュール様に「そうじゃない……それより答える。」と答えを急かされてしまった。
「え、ええ、左様でございます。エスポワールからお聞きになりませんでしたか?」
「聞いてない!そもそも家庭教師がつかないように根回しされていた事も俺は知らなかったぞ!」
と、ビシッと指をこちらに向けるナテュール様。何故お怒りになられているのかわからないまま、
「あ、はい……ナテュール様に余計なご負担をおかけするわけにはいかないのでその辺は敢えてお伝えしませんでした……」
そう当時情報を伏せた理由を述べれば、ナテュール様がはあぁー、と深く息を吐いた。
「……次。」
顔を僅かに伏せたまま、仰るナテュール様。やはり体調が優れないのかもしれない。あとで薬湯を入れて、就寝前にお出ししよう。
「マナーを忘れたのかどうかお尋ねしたのも同様の理由です。ただ、正解をお伝えするのではなく、ご自身で正解にたどり着いて頂きたく、そんな物言いになってしまい……本当に……申し訳……なく……!」
まさか、それが嫌味と捉えられていただなんて……!!
当時の自分をぶん殴ってやりたい。まだまだ未熟者だとしても主たるナテュール様のお心に傷を付けるなど許されることでは無い。
「ルーカス様のことに関しましては大変お恥ずかしい話ですが、お顔を存じ上げず……貴族の顔と名前は全て一致させていたと思ったのですが、ルーカス様と初めてお会いした時、どなたか分からず……そこで『そういえばエドワーズ家の私生児が見つかったという話があったな。』と思い出しまして……」
そう、ルーカス様が公爵家に引き取られたのは学園入学のなんと2ヶ月。いきなり学園入学のために貴族のマナーや常識を教え込まれたルーカス様は社交界に顔を出す余裕もなかった。
エドワーズ公爵夫人が、社交界に顔を広めることを嫌がったというのもあるだろうが……
「ああ、それだ初対面でいきなり『貴方は……私生児の』って発言だったんだね。」
「公爵子息であらせられるルーカス様に、大変ご無礼を。」
「え、いや、いいよ全然!ボクも、色々言われて過敏に反応してた所あったし……!」
僕が至らないばかりに、そのお心を傷つけてしまったというのに、ルーカス様は笑って許して下さった。あまりの優しさに泣きそう。
ルーカス様は本来であれば、こんな貴族のゴタゴタに巻き込まれずに済んだはずの方だ。
突然の熱病でエドワーズ公爵夫人の息子が亡くならなければ、今でも慣れ親しんだ街で、母親と穏やかに暮らせたはずなのに……。こんなお優しい方が見栄と欲に塗れた貴族社会に巻き込まれると思うと胸が締め付けられる思いだ。
「えーと、下町の料理の事は……?ボクはてっきり使用人がするような事をするなんて下町の気分が抜け切れていないって言われているのかと思ってたんだけど……」
「と、とんでもございません!下町の料理に関しては、その……教えを乞いたく……」
まさかそんな誤解を与えているとは思わず、慌てて首を振り否定を述べる。
しかし、ルーカス様も先程までのやり取りで誤解だと気がついていたのか、「やっぱり勘違いだったかぁ。」と朗らかに笑った後、こてんと首を傾げた。
「あれ?でもなんで下町料理を?」
そんなルーカス様の質問に、先に口を開いたのはオリバーだった。
「あー、そういや言ってたな。ナテュール様のために食事のレパートリー増やしたいって。」
そういえばオリバーには当時理由を話していたな、と思い出し、首肯する。
「宮内で出される料理は豪勢さを出す、まあ権力と富を示す食事ばかりで、食べにくく栄養が偏りやすくて……」
「なるほど……確かに下町料理はどちらかって言うと少ない品数でより多くの栄養を取れるように考えられたものが多いもんね。」
と、同意を示してくださるルーカス様に「そうなんです。」と更に深く頷いた。
「私は神殿に入る前は虫や草しか食べたことがなく、神殿は見習いだと精神を鍛え神の声を聞くためという理由で茹でた野菜しか出ないので、お恥ずかしい話、あまり料理は得意と言えなくて……宮内の料理は粗方覚えたのですが、流石に成長期のナテュール様には健康上懸念が拭いきれず……」
「なんだが凄い爆弾ぶっ込まれたけど、ナテュールくんの事よく考えてるんだねぇ。」
段々慣れてきたのか、ルーカス様の口調が貴族の堅苦しい話し方から徐々に緩くなってくる。
「ええ!私の役目はナテュール様に心身ともに健やかにお過ごしいただくことですから!」
と、胸を張って答えれば、「ボクが教えられることなら教えるよ。今度レシピ書き起こしておくね。」とルーカス様は朗らかに笑って約束してくださった。
すると、不意にナテュール様が「あ゛ー……」とどこか唸るような声を出されたので、「どうかなさいましたか!?」と慌ててお傍へと寄れば、ナテュール様は「なんというか、その……」と言葉を迷われ、しばらくして再び口を開いた。
「お前……随分と俺の事大好きなんだな……」
「ええ!心の底よりお慕いしております!!」
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「でもなんか胡散臭いんだよなぁ……」
「オリバーくん、しぃー。」
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