悪役従者

奏穏朔良

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5(ナテュール視点)

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時刻はロイが校舎裏で使者をぶん殴った少し後まで遡る。

あのロイ偽物疑惑事件(ルーカス命名)の直後も、変わらずロイはいつもの胡散臭い薄ら笑いを浮かべてそばに控えていた。

いっそ校舎裏でのあの出来事は白昼夢だったんじゃないかと思い始めるほどだ。

(……こうなれば、直接真偽を確かめるしかないな。)

「それでは、またお食事の後、器を下げに参ります。」

ロイは俺の夕食を部屋に運んだ後、平民の寮棟にある食堂で夕食をとる。
以前、食事中も傍に控えようとしたので無理やり追い出したからだ。学園内でまで見張られるなんてたまったもんじゃない、とその時は思っていた。

王族とは思えない勢いでマナーも何もかも無視して食事を詰め込み、皿を空にした所で俺は平民の寮棟へと向かう。

(いた、ロイと同室のオリバー……)

ちょうど食堂で2人を見つけたタイミングで、ロイが「御手洗行ってくる。」と席を外した。
運は自分に向いているらしい。

1人、食堂のテーブルで、もそもそ残りのサラダを食べているオリバーに、近づき

「オリバー・ジャクソンだな。話がある。」
「ヒエッ。」

と、話しかけたら何故か顔面蒼白になって変な声がその喉から絞り出された。

彼のイメージは昼のロイに悪態をつく豪快な性格のイメージが定着していたので、その態度に思わず首を傾げる。

「こ、こ、こんな平民の食堂にどうして王子様が……!?あ、ご、御前での無礼失礼致しましたっ!私、商人レオン・ジャクソンの息子オリバーと申します。」
「あ、いや、そんな堅苦しい挨拶はいい。少し聞きたいことがあって……」

慌てて頭を下げるオリバーに、気を取られていればいつの間にか食堂が静まり返っていることに気がついた。

ふと周りを見渡せば全員が食事をする手を止め、その場で頭を伏せ、沈黙に徹している。

「……何故皆頭を下げる……?オリバーも、頭を上げてくれ。聞きたいことと頼みたいことがあるだけなんだ。」
「……恐れならがら殿下、貴方様は王族。我々は平民です。」
「学内では身分は関係ないだろう。頭を上げてくれ。」

そこまで言ってようやくオリバーは恐る恐る頭を上げた。
それに習って周りも少しづつ頭を上げていく。

「……それで、聞きたいこととは何でございましょう?」
「俺の従者、ロイの事なんだが……」
「え、あいつまた何かやらかしたんですか?」
「いや、その……昼間西棟の影でのやり取りを見てしまって。」
「西棟……あー……」

あれかー、と言わんばかりの顔をするオリバー。やはりあれはロイ本人で間違いないらしい。

「……その、正直信じられなくてな。」

そう、ぽつりと零せば、

「まあ、そうですよね。あの顔だし。悪役の中でもラスボスっぽい感じですしあいつ。」

と、オリバーも頷きながら肯定を口にした。

「そうなんだよな……そこで頼みたいのはこれだ。」

オリバーの食事の置かれている真横に、音声伝達魔法具をコトリと置く。商家の出であるオリバーはこれを見たことがあるようで、「これ、ロイのスペースに仕掛けろって事ですか?」とあっさり聞いてきた。

「そうだ。あいつの本心が知りたい。」
「やめた方がいいと思いますよ。あいつトイレって言いながらこんな時間かかってるんで多分暗殺者処分しに行ってるんじゃないかと。殺気立ってる所にこんなの設置したら秒でバレますよ。これ、結構高価ですよね?」

壊されたら勿体ない、なんてボヤくオリバー。だが、俺にはその言葉より、

「あ、暗殺者の処分って……?」

このセリフが、理解できなかった。
いや、脳が理解を拒んでいる。

「え?ここ最近、ナテュール様への裏切りに一向にロイが頷かないから、邪魔なロイを殺してからナテュール様を狙う輩が増えたみたいですよ。目的はどうあれ。」

あっけらかんと告げるオリバーに、喉が引き攣る。
そんなの、俺は知らない。

「……それ、ロイが言っていたのか?」
「いえ、別に。ロイは意地でも他の生徒を巻き込まないように色んな理由付けて席外して内緒で始末しに行ってるんで。ただこれでも俺、情報命の商人ですよ?そのくらいわかりますよ。」

逆に知らなかったんですか?と、先程のオドオドした態度と打って変わって、どこか冷めた目を向けるオリバー。

その瞳が何かを責めているような気がして、思わず足が半歩下がった。

「……あー、すみません。意地の悪い言い方しました。……貴方様があまりにも周りを知らなすぎてつい。いや、わかりますよ、ロイってあんな胡散臭いし、宮内で貴方の立場が孤立しているっていうのも。」

そう言ってオリバーは気まずそうに視線を落とす。
そして、魔法具をハンカチ越しに掴み、丁寧に包んでポケットにしまい込んだ。

「今日は多分気づかれます。なので明日仕掛けるんで明日音声を聞いてください。何ならルーカス様とご一緒に。あいつ、あんな物言いしてるけど、本当にルーカス様に嫌味言ってるつもりはないんです……!あんな、あんな怪しいけど……!」

(怪しいとは思ってるんだ……)


****

翌日、夕食も終わり、各自寮部屋に篭もる時間になった頃。
パチッと弾けるような音がして、俺の部屋にある音声伝達魔法具が起動した。

『……今、ロイのベッドの木枠に設置しました。もうすぐ帰ってくると思います。』

と、オリバーの声が聞こえ、その後は特に話しかけることも無く、本を読んでいるのか、紙がペラリとめくる音だけが聞こえてきた。

「へぇ、音声伝達魔法具って、こんなにしっかり聞こえるんだね。ボク初めて見た。」
「一応こちらからの音声は切ってある。」

既に一緒にスタンバイしていたルーカスは起動した魔法具を興味津々に見つめている。

少しすればドアが開く音とオリバーの『おかえり~。』という声が聞こえ、ロイが帰ってきたことが分かる。

しかし、

『ナテュール様の匂いがする。』
『……は???』

「は????」

ロイから聞こえた言葉にオリバーと俺のセリフが被る。
開口一番がそれか?確かにその魔法具はオレが所有して長いけれど、匂いなんて大して分からないだろ普通。

『さては、オリバー……お前!僕を差し置いてナテュール様と仲良くなったのか!?仲良くなったのかぁぁああ!!?』
『ちょ、揺らすな!!やめろやめろ!!相変わらず気持ち悪いな!!?』

「……あれ、本当にロイさんだったんだね。この前の愉快な性格。」
「愉快なのか……??」

どこか遠い目をしてそういうルーカスに、思わず突っ込む。

魔法具の向こうではガッと鈍い音がして呻くロイの音声が小さく入った。状況からして殴るなり蹴るなりしてロイの暴走を止めたのだろう。

『ったく……』

と、オリバーの呆れた音声も聞こえてきた。

『食堂でお前が席外している時にナテュール様から話しかけられただけだよ。お前と同室だから何か迷惑をかけてないかって心配されたんだっての。』

昨日あったことをさも今日のことのように、そして若干の嘘を混ぜて話すオリバー。そんなオリバーの言葉を疑うことも無く、ロイは

『流石ナテュール様……!なんてお優しい……!』

と、何故か俺への賛辞を口にし始めた。

『いやお前気にするところが他にあんだろ……』

なんてオリバーの呆れた声色に、思わず同意するように頷く。

「……これが本性だとしたらロイさん、ナテュールのこと好きすぎない?」
「……そう……だな?」

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