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2(神島洸太視点)
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蛇と彼の出会いはあまりにも突然の出来事だった。
元々この組織は『チャトランガ』と名乗る前は『チェス』と名乗っており、その名の通りボードゲームのチェスになぞらえてそれぞれの幹部に役名を渡し、自身は『キング』として、その中心を担っていた。
法律によって裁けない、犯罪者たちへの制裁を加える組織として。
と言っても自分たちはまだ10代で、出来ることなど大してなかった。
それでも、証拠がないといって野放しにされた犯罪者や学校側が認めないが故に無罪となったいじめの主犯格などを吊し上げ、私的制裁を加えることに、俺達は満足していた。
それが、罪であることをわかった上で。
俺は兄がいじめによって自殺した。
兄を執拗にいじめていたクラスメイトは学校側に守られて、兄の自殺は家庭のせいだとされた。
俺はそれが許せなかった。
だから同じような苦しみを持つ仲間を集めてこの組織を作った。
組織の名前を『チェス』にしたのは兄が好きだったからだ。兄を忘れないため、そして断罪と名乗り、私的制裁を与える自身の罪を忘れないための命名だった。
そんなある時
「あなたがキングですか?」
彼が現れたのだ。
メンバーの中でも幹部しか知らない廃ビルの一室に、誰にも気配を読ませることなく、だ。
どこから情報が盛れたのか。彼は一体何者なのか。
そんな疑問が膨れては答えのないまま消えていく。
彼は少し口角を上げて、「キングに試合を申し込みます。」と、告げた。
「あなた何者よ!」
と、当時『クイーン』の地位にいた日向美夜が声を上げるも、彼はそれを完全に無視し、俺の向かい側にある椅子に座った。
まるでどこかの貴族をも思わせるその優雅な動作に、思わず魅入ってしまう。
そして、彼はさらに口角を上げて「始めましょうか。」と楽しそうに言葉をこちらに投げた。
元々俺の目の前にあるテーブルにはチェス盤が置かれている。
それは兄とよく対戦するのに使っていた、兄の愛用のチェス盤だ。
(……何者だかしらねーが、俺は絶対負けねぇ。)
兄との思い出の詰まったこのチェス盤の上で、無様を晒すことだけはしたくなかった。
最大の集中力。
最高の戦略。
最善の一手。
そう、俺はこれまでのどの試合よりも集中し、考え、駒を動かしていた。
はずだった。
「……チェックメイト。俺の勝ちですね、キング。」
「……ありえない……!」
完璧のはずだった。
相手から奪った駒はこちらの方が2体多いというのに、気づけば完全にキングを囲まれていた。
これではいくら相手より駒を奪っていても俺に勝ち目はない。
「……それで、何が目的なんだ。ただ俺を負かして嘲笑いに来たわけじゃないだろう?」
わざわざチェスだけをしに来たとは思えない。
ここがただのチェス会場ならまだしも、ここは私的制裁を加える組織である『チェス』のリーダーがいる部屋なのだ。
彼ももちろん、それをわかった上でここに来ているはずだ。
「そんなことはしませんよ。」
案の定、彼は口角を上げたまま、否定の言葉を紡いだ。
「ただ俺は、キングを取りに来ただけです。『チェス』のね。」
彼の言うチェスは間違いなく組織の『チェス』。そしてそのキングは『俺自身』。
「……なんのために?」
「純粋に気になりまして。いい試合を楽しめました。」
思わず険しくなる俺の表情に対して、彼はケラケラと笑ったまま、そう告げた。
ただ気になったから。
それだけで単身でここに乗り込んでくる彼は明らかに狂っている。
「お前は何者だ。」
「周りからはよく王と呼ばれますが、貴方も王ですし……ああ、適当にシヴァとでも名乗って起きますね。」
なんて、飄々と異国の神の名前を返してくる彼に、俺は気づけば大声を上げていた。
「そういうことを聞いてるんじゃねぇ!!一体なんの目的があってここに来たんだ!?」
掴みかかる勢いで怒鳴り散らした俺に、彼はやはり口角を上げたまま
「だから、キングが欲しかったんですよ。」
言ったじゃないですか、とこれまた簡単にそう答えたのだ。
俺が、欲しかった?
意味が飲み込めず、言葉を返すことも無く、ただ先程のセリフを吐いた主を見やる。
「仲間、欲しかったんですよねぇ。」
と、どこか楽しそうに口元を歪めた彼に、俺は確信した。
やつも、俺たちと同じ『この世界の不条理』と戦っているのだと。
「……わかった。」
「リーダー!?」
「俺は……いや俺達は今からあんたの元へ下る。」
そして、俺ではやつには勝てないということも、この時確信してしまったのだ。
やつはまるで全てを見越していたかのように笑って「よろしくお願いしますね。」と右手を差し出した。
それから組織が『チャトランガ』と改名され、俺が幹部の蛇となるまでにそれほど時間はかからなかった。
***
「蛇。どうやら何者かがこちらを探っているみたいよ。」
あれから半年が経ち、相変わらず居座る廃ビルの中で、ふと、元『クイーン』であり、今は三日月の地位を持つ日向が、キーボードを軽快に叩きながらそう報告してきた。
「何?」
「防犯カメラに何度か映り込んでいる。見た感じ素人ね。しかもまだ若い。」
「今すぐ身元を割り出せ。」
「やぁね、人遣いの荒い。」
情報戦において、日向の右に出るものはいない。
人遣いが荒いなんて愚痴りつつも、出来ないとは言わない辺り、恐らくもうすぐ割り出せるのだろう。
「はい、割り出したわよ。恐らくこの近くの短期大学の1年生。いじめを受けているみたいだけど、彼自身にも問題はありそうね。高校の時は彼がいじめをしていたみたい。こちらを探っているのは恐らく、シヴァ様とお近付きになりたい、もしくは仲間になりたいからかしら?」
「ふーん……こいつの住所は?」
「今、個人情報を蛇のスマホに送っておいたわ。」
「サンキュ。」
自身のスマートフォンにデータが送られてきているのを確認し、寝っ転がっていたソファから勢いをつけて起き上がる。
「あら、確認に行くの?」
「……ああ、一応な。」
そう答えれば、意外ね、と日向が笑った。
その言葉に首をかしげれば
「だって、貴方なら彼のこと歓迎しそうだったんだもの。わざわざ確認をしに行くなんて意外じゃない。」
と、更に笑みを深める。
俺はそれに眉を顰めながら
「……やつは何か引っかかる。もし、強くなりたいなら、世界を変えたいなら歓迎する。……できないなら歓迎しない。それだけだ。」
とだけ、答えた。
正直にいえば彼は『不適合』だった。
初めに対面した時点で、歪んだものを感じた俺は彼に「向いていない」と告げた。そしてこれ以上嗅ぎ回るなと警告したが、あまりにもしつこかった為、「現状を変えてみろ」と試練を与えたのだ。
しかし、事は厄介な方に転んだ。
「さ、サーンプ様!俺、変えました!現状を変えましたよ!」
「……。」
俺がたどり着いた時には既に返り血塗れで、目をランランと輝かせ笑っているこいつは、完全に狂っていた。同級生を殺しても、それを罪だと思っていないのだ、こいつは。
「……シヴァ様の管轄地で、余計な血を流すな。お前は不適合。命を大事にできない、何が罪なのかわかっていないお前をチャトランガは歓迎しない。」
そう冷たく告げれば、カランとナイフを落として「そんな……」と、その場に崩れ落ちた少年。
変えたいと望むのなら、それなりに何か事を起こさなくてはならない。
それは誰かに相談することや、言い返すことでもいい。例えそれで結果が変わらなくても、変えようと行動するなら俺たちは、少なくとも俺はこいつを助けただろう。
そして、彼自身もまた、今まで自分がしてきたことを省みれば、自身が犯してきた罪もわかっただろうに。
「あら、蛇。どうだった?例のあの子。」
「あれはダメだ。いじめっ子を殺した。」
「……それは頂けないわね。殺したら罰を与えられない。」
「それ以前の問題だ。やつは自分が今まで同じことをして誰かを苦しめた自覚もないし、殺したことに罪の意識を持っていなかった。」
「そう。それは生粋のサイコパスね。」
日向はいくつかの紙をまとめると隣の机に置かれているシュレッダーへと投下した。
恐らく、あの男の資料だろう。
「全く、シヴァ様のためになるかと思って調べたのに。」
「ああ、とんだ無駄骨だったな。しかも人が死んだ。知ればきっとシヴァ様は悲しむ。」
「あのお優しい方だもの。」
「まあ、やつは法で裁かれる。けれど、問題はやつが警察に俺たちの存在を話した場合だ。」
「……確かに、それでシヴァ様が目をつけられるのは問題ね。」
俺の危惧に、日向も神妙な面持ちで同意を示す。
「……でも、いざとなればどうとでも動けるわ。」
そうでしょう?と微笑む日向に、そうだな、とだけ言葉を返し、俺はソファに深くもたれかかった。
元々この組織は『チャトランガ』と名乗る前は『チェス』と名乗っており、その名の通りボードゲームのチェスになぞらえてそれぞれの幹部に役名を渡し、自身は『キング』として、その中心を担っていた。
法律によって裁けない、犯罪者たちへの制裁を加える組織として。
と言っても自分たちはまだ10代で、出来ることなど大してなかった。
それでも、証拠がないといって野放しにされた犯罪者や学校側が認めないが故に無罪となったいじめの主犯格などを吊し上げ、私的制裁を加えることに、俺達は満足していた。
それが、罪であることをわかった上で。
俺は兄がいじめによって自殺した。
兄を執拗にいじめていたクラスメイトは学校側に守られて、兄の自殺は家庭のせいだとされた。
俺はそれが許せなかった。
だから同じような苦しみを持つ仲間を集めてこの組織を作った。
組織の名前を『チェス』にしたのは兄が好きだったからだ。兄を忘れないため、そして断罪と名乗り、私的制裁を与える自身の罪を忘れないための命名だった。
そんなある時
「あなたがキングですか?」
彼が現れたのだ。
メンバーの中でも幹部しか知らない廃ビルの一室に、誰にも気配を読ませることなく、だ。
どこから情報が盛れたのか。彼は一体何者なのか。
そんな疑問が膨れては答えのないまま消えていく。
彼は少し口角を上げて、「キングに試合を申し込みます。」と、告げた。
「あなた何者よ!」
と、当時『クイーン』の地位にいた日向美夜が声を上げるも、彼はそれを完全に無視し、俺の向かい側にある椅子に座った。
まるでどこかの貴族をも思わせるその優雅な動作に、思わず魅入ってしまう。
そして、彼はさらに口角を上げて「始めましょうか。」と楽しそうに言葉をこちらに投げた。
元々俺の目の前にあるテーブルにはチェス盤が置かれている。
それは兄とよく対戦するのに使っていた、兄の愛用のチェス盤だ。
(……何者だかしらねーが、俺は絶対負けねぇ。)
兄との思い出の詰まったこのチェス盤の上で、無様を晒すことだけはしたくなかった。
最大の集中力。
最高の戦略。
最善の一手。
そう、俺はこれまでのどの試合よりも集中し、考え、駒を動かしていた。
はずだった。
「……チェックメイト。俺の勝ちですね、キング。」
「……ありえない……!」
完璧のはずだった。
相手から奪った駒はこちらの方が2体多いというのに、気づけば完全にキングを囲まれていた。
これではいくら相手より駒を奪っていても俺に勝ち目はない。
「……それで、何が目的なんだ。ただ俺を負かして嘲笑いに来たわけじゃないだろう?」
わざわざチェスだけをしに来たとは思えない。
ここがただのチェス会場ならまだしも、ここは私的制裁を加える組織である『チェス』のリーダーがいる部屋なのだ。
彼ももちろん、それをわかった上でここに来ているはずだ。
「そんなことはしませんよ。」
案の定、彼は口角を上げたまま、否定の言葉を紡いだ。
「ただ俺は、キングを取りに来ただけです。『チェス』のね。」
彼の言うチェスは間違いなく組織の『チェス』。そしてそのキングは『俺自身』。
「……なんのために?」
「純粋に気になりまして。いい試合を楽しめました。」
思わず険しくなる俺の表情に対して、彼はケラケラと笑ったまま、そう告げた。
ただ気になったから。
それだけで単身でここに乗り込んでくる彼は明らかに狂っている。
「お前は何者だ。」
「周りからはよく王と呼ばれますが、貴方も王ですし……ああ、適当にシヴァとでも名乗って起きますね。」
なんて、飄々と異国の神の名前を返してくる彼に、俺は気づけば大声を上げていた。
「そういうことを聞いてるんじゃねぇ!!一体なんの目的があってここに来たんだ!?」
掴みかかる勢いで怒鳴り散らした俺に、彼はやはり口角を上げたまま
「だから、キングが欲しかったんですよ。」
言ったじゃないですか、とこれまた簡単にそう答えたのだ。
俺が、欲しかった?
意味が飲み込めず、言葉を返すことも無く、ただ先程のセリフを吐いた主を見やる。
「仲間、欲しかったんですよねぇ。」
と、どこか楽しそうに口元を歪めた彼に、俺は確信した。
やつも、俺たちと同じ『この世界の不条理』と戦っているのだと。
「……わかった。」
「リーダー!?」
「俺は……いや俺達は今からあんたの元へ下る。」
そして、俺ではやつには勝てないということも、この時確信してしまったのだ。
やつはまるで全てを見越していたかのように笑って「よろしくお願いしますね。」と右手を差し出した。
それから組織が『チャトランガ』と改名され、俺が幹部の蛇となるまでにそれほど時間はかからなかった。
***
「蛇。どうやら何者かがこちらを探っているみたいよ。」
あれから半年が経ち、相変わらず居座る廃ビルの中で、ふと、元『クイーン』であり、今は三日月の地位を持つ日向が、キーボードを軽快に叩きながらそう報告してきた。
「何?」
「防犯カメラに何度か映り込んでいる。見た感じ素人ね。しかもまだ若い。」
「今すぐ身元を割り出せ。」
「やぁね、人遣いの荒い。」
情報戦において、日向の右に出るものはいない。
人遣いが荒いなんて愚痴りつつも、出来ないとは言わない辺り、恐らくもうすぐ割り出せるのだろう。
「はい、割り出したわよ。恐らくこの近くの短期大学の1年生。いじめを受けているみたいだけど、彼自身にも問題はありそうね。高校の時は彼がいじめをしていたみたい。こちらを探っているのは恐らく、シヴァ様とお近付きになりたい、もしくは仲間になりたいからかしら?」
「ふーん……こいつの住所は?」
「今、個人情報を蛇のスマホに送っておいたわ。」
「サンキュ。」
自身のスマートフォンにデータが送られてきているのを確認し、寝っ転がっていたソファから勢いをつけて起き上がる。
「あら、確認に行くの?」
「……ああ、一応な。」
そう答えれば、意外ね、と日向が笑った。
その言葉に首をかしげれば
「だって、貴方なら彼のこと歓迎しそうだったんだもの。わざわざ確認をしに行くなんて意外じゃない。」
と、更に笑みを深める。
俺はそれに眉を顰めながら
「……やつは何か引っかかる。もし、強くなりたいなら、世界を変えたいなら歓迎する。……できないなら歓迎しない。それだけだ。」
とだけ、答えた。
正直にいえば彼は『不適合』だった。
初めに対面した時点で、歪んだものを感じた俺は彼に「向いていない」と告げた。そしてこれ以上嗅ぎ回るなと警告したが、あまりにもしつこかった為、「現状を変えてみろ」と試練を与えたのだ。
しかし、事は厄介な方に転んだ。
「さ、サーンプ様!俺、変えました!現状を変えましたよ!」
「……。」
俺がたどり着いた時には既に返り血塗れで、目をランランと輝かせ笑っているこいつは、完全に狂っていた。同級生を殺しても、それを罪だと思っていないのだ、こいつは。
「……シヴァ様の管轄地で、余計な血を流すな。お前は不適合。命を大事にできない、何が罪なのかわかっていないお前をチャトランガは歓迎しない。」
そう冷たく告げれば、カランとナイフを落として「そんな……」と、その場に崩れ落ちた少年。
変えたいと望むのなら、それなりに何か事を起こさなくてはならない。
それは誰かに相談することや、言い返すことでもいい。例えそれで結果が変わらなくても、変えようと行動するなら俺たちは、少なくとも俺はこいつを助けただろう。
そして、彼自身もまた、今まで自分がしてきたことを省みれば、自身が犯してきた罪もわかっただろうに。
「あら、蛇。どうだった?例のあの子。」
「あれはダメだ。いじめっ子を殺した。」
「……それは頂けないわね。殺したら罰を与えられない。」
「それ以前の問題だ。やつは自分が今まで同じことをして誰かを苦しめた自覚もないし、殺したことに罪の意識を持っていなかった。」
「そう。それは生粋のサイコパスね。」
日向はいくつかの紙をまとめると隣の机に置かれているシュレッダーへと投下した。
恐らく、あの男の資料だろう。
「全く、シヴァ様のためになるかと思って調べたのに。」
「ああ、とんだ無駄骨だったな。しかも人が死んだ。知ればきっとシヴァ様は悲しむ。」
「あのお優しい方だもの。」
「まあ、やつは法で裁かれる。けれど、問題はやつが警察に俺たちの存在を話した場合だ。」
「……確かに、それでシヴァ様が目をつけられるのは問題ね。」
俺の危惧に、日向も神妙な面持ちで同意を示す。
「……でも、いざとなればどうとでも動けるわ。」
そうでしょう?と微笑む日向に、そうだな、とだけ言葉を返し、俺はソファに深くもたれかかった。
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