騎士隊長と黒髪の青年

朔弥

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騎士隊長と黒髪の青年

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「どういう事だ!」
 執務室にアシュレイの苛立った声が響いた。
 莉人の部屋に迎えに行ったリディオから莉人が部屋からいなくなったと報告を受けている所だった。
「色んな奴に聞いて回ったが、リヒトが誰かと歩いているのは見たが、それが何処の隊の奴かまでは誰も分かんねぇみたいだ····」
 宿舎内を走り回り、莉人を見かけた者がいないか聞いて回ってきたルークが、執務室に戻るなり遣る瀬無い表情で報告する。ルークの後ろから入ってきたクラウスも同じく首を横に振った。
「誰も何処の隊か分からないという事は、騎士団の所属ではないかもしれませんね····」
 騎士団に所属する者であれば、何処の隊員かぐらいは分かりそうなものである。それが誰も分からないとなれば、近衛団か神官所属の護衛騎士の可能性が高いのでは、とグレースは言った。
 誰が何の目的で莉人を連れ去ったのか····。もう少し情報がないと動けない。
 アシュレイは歯痒い想いに拳を強く握る。
「·······黒髪·····黒い瞳に執心の貴族·····」
 考え込んでいたグレースが不意に呟いた。そして、書類の山から一枚の報告書を探し出した。
「今、情報を集めている案件の中の一つに性玩具としての人身売買があるんですが····。取り引きに応じそうな貴族の性的嗜好を持つ情報の中に黒髪、黒い瞳にご執心の貴族がいるという報告をあげてきた者がいます。その時は聖女様の事かと思っていたんですが····」
 皆の視線がその報告書に集まる。
 報告者の名前を見たルークが、
「このウォルターって奴、俺の同期だ。近衛団に所属してた筈だけど····何で近衛所属の奴がうちに情報出してんだ?」
 訝しげに言った。
「ヴァルストーレン公爵家か。粗相をした使用人に対して手酷い罰を与えるなど、あまり良い噂を聞かない公爵家だな····」
 グレースから報告書を受け取ったアシュレイは文面を読みながら呟く。
「だが、怪しいだけでは公爵家に手は出せん。とりあえず、報告をあげたウォルターとかいう奴に話しを聞いてみるか」
 アシュレイはグレースと共に王城内にある近衛団の執務室へと向かった。



「ジェラール!邪魔するぞ」
 荒々しくドアを開けると、不躾にジェラールの座る机の前までツカツカと歩いていった。
「随分と余裕がないようだな、何か不測の事態でも起こったか?あの異世界人に」
 ジェラールの言葉にピクッと眉が上がる。報告書をあげたウォルターに話しを聞くまでもない。

 ──── コイツは知っている

「知っている事を全て話して貰うぞ」
 怒りに満ちたアシュレイの視線を向けられても、動じる事なくジェラールはやれやれ···とわざとらしく溜息を吐いた。
「私の部下からの報告はそっちにいっていると思うが?」
 やはりヴァルストーレン公爵家が絡んでいるのか。
「ならばそのウォルターという部下はどのように情報を入手した?公爵家と交流があるほど爵位が上の者か?ならば是非とも直接聞いてみたいものだな」
「·········。彼は子爵だ、交流はない。私の知り得た情報を彼に報告させただけだ」
 ジェラールは公爵家の人間だ。同じ公爵家のヴァルストーレンとも交流はあるだろう。
「ヴァルストーレン公爵はどうやら黒髪、黒い瞳の青年にご執心のようだが、リヒトを連れ去るよう手筈を整えたのは誰だ?騎士団宿舎に入り込ませられる人間など然程いないと思うが?」
「騎士団宿舎?·····市井しせいではなく?」
 アシュレイはジェラールの胸ぐらを掴んだ。
「リヒトはまだ市井になど一度も出ていない!それは誰から聞いた話しだ!!答えろ!」
 怒りでジェラールの首を絞め上げそうな勢いに、グレースが慌てて止めに入る。
 アシュレイの手から逃れたジェラールは少し息苦しそうに呼吸を整えながら、
「ま、まて、私はジョルジュが誰かと話しをしているのを聞いただけだ。恥をかかされた異世界人を、ちょうど好みのヴァルストーレン公爵の貢ぎ物にしてやる。彼が騎士団と市井に出て来た所をかどわかせ、と。だから私は部下にジョルジュの動向の監視を·····」
「リヒトが姿を消してからかなり時間が経つが、その部下からの報告はどうした。騎士団宿舎から連れ去られたとは報告に来なかったのか?随分と悠長な部下だな」
「········。ガゼル、フレデリックからの報は?」
 ジェラールは部屋にいた部下の一人に問いかけた。
 聞かれた部下は言いにくそうに答える。
「それが····今朝の定期報告もなく、フレデリックと連絡が取れていない状態で····」
「何だと?」
 ジェラールの顔色が変わる。
「リヒトは隊服を着た、騎士団では見かけない隊員と一緒にいたそうだぞ」
 隊服は同じだが、何処の所属かは襟につけられたバッチの紋章で分かるが、知った顔でなければ紋章を外されていたら見分けはつかない。
「お前の部下はジョルジュについたようだな。それとも、お前も一枚噛んでるのか?うちの隊を解散させたいようだったしなぁ」
「馬鹿な事を言うな!近衛団団長である私が犯罪に加担するなど!!確かにお前があの異世界人を守りきれなければ責任を追求するつもりでいたが、最悪の事態になる前に対処出来るようフレデリックに監視を命じていたというのに····」
「その部下が最悪の事態を引き起こすとは、大した部下をお持ちだな!」
 ジェラールは何て事だ···と、沈痛な面持ちで額に手を添える。
「····ああ。私の管理不行き届きだ」
「今はお前の責任をどうこう言ってる暇はない、ヴァルストーレンの屋敷は何処だ!!」
「王都に屋敷をかまえているが、郊外にも屋敷が····確か、そちらの屋敷は信用のおける使用人数人で管理させていると言っていた。おそらくその屋敷に····」
「グレース!直ぐにヴァルストーレンの別宅の場所を調べさせろ!!」
 踵を返し、部屋を出て行こうとしたアシュレイにジェラールが待て!と声をかけた。
「私が案内しよう。証拠もなく伯爵邸へ乗り込むつもりなんだろ?私もいた方が無理を押し通しやすい····ガゼル!私はアシュレイ達と先に向かう。他の者もヴァルストーレン公爵家へ向かわせろ」
「はっ!!」
 指示を出しながら、ジェラールはアシュレイ達と共にヴァルストーレン公爵家へと向かう為、慌ただしく部屋を出ていった。
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