騎士隊長と黒髪の青年

朔弥

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騎士隊長と黒髪の青年

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 死ぬ時は痛みなどないのだろうか·····

 自分はトラックに轢かれ、躰が地面に横たわっているのだろうと思ったが、ぶつかった衝撃の痛みも無ければ、地面に触れる頬の感触はゴツゴツとしたアスファルトでもない。冷たい大理石のように滑らかな質感だ。
 何かがおかしい···と、莉人はゆっくりと瞼を開けた。


 ──── ここは一体どこだ?


 莉人は、今居る場所と自分を取り囲む異様な雰囲気に呆然とした。
 ギリシャ神話にでも出てきそうな神殿のような内装の部屋は薄暗く、室内を照らす灯りは電気などの照明器具ではなく青白い炎が揺らめいている。そして自分を取り囲むように立っている彼らは、まるで中世ヨーロッパをモチーフとした異世界ファンタジーの舞台衣装としか思えないような華美な装いだ。

 何処かの劇場か?

 すぐ横を見れば、同じように呆然とする女性の姿がある。
 彼女を見た瞬間、つい先程トラックに轢かれた映像がフラッシュバックし、浮かんだ疑問符を、ありえない、とすぐに打ち消した。


「フェリクス殿下!聖女召喚は成功です」
 神に仕えていそうな出立ちの男が喜々として叫んだ。
 殿下と呼ばれた、金糸の髪に淡いブルーの瞳の青年は彼女に近づくと、片膝を床につき頭を垂れた。
「私はこの国の皇太子、フェリクスと申します。聖女様、どうか貴女のお力で我が国を魔物の瘴気よりお守り下さい」
 顔をあげ、彼女に微笑みかけながら手を差し伸べると、彼の美貌に見惚れながら、
「····はい、私で力になれるのであれば」
 と、手をとる彼女の姿があった。

 順応早いな、おい!

 ついさっきトラックに轢かれた事や、彼らの服や言動がここが日本····いや、自分のいた世界ではなさそうである事に気づきながらも、莉人はこの現状に未だ混乱していた。

「ところで、彼は····」
 フェリクスと視線が合う。
「殿下、おそらく聖女様を召喚する際に近くにいた為にこの者も来てしまったかと」
 邪魔な者が····とでも言わんばかりの不躾な視線を神官は莉人に向けた。
「邪魔ならとっとと俺だけ戻して下さいよ」
 何時までも見下ろされているのも気分が悪いので、そう言いながら莉人は立ち上がった。
「召喚とはこちらの世界に呼び出す為の魔術。送るようなものではないわ」
 そんな事も知らんのか、と小馬鹿にしたように鼻で笑われ、莉人はイラッとする。
 無理矢理連れてきておいて、その態度は何なんだ····。
「召喚だの魔術だの俺のいた世界には無いんでね。それより、出来ませんってハッキリ言ったらどうだ?」
 高慢な態度の男は、出来ないと言われた事に酷くプライドを傷つけられたようで、顔を赤らめ激高した。
「な、なんだと!!」
「止さないか、ジョルジュ!」
 フェリクスに強い口調でたしなめられ、男は項垂れる。
「こちらの所為で申し訳ない事をした。元の世界へ帰る事は出来ないが、この国での貴殿の生活や身の安全は保証しよう」
 頭を下げたフェリクスに、
「殿下が頭を下げられる事はございません!」
 と、ジョルジュと呼ばれた男はおろおろした。

 ·····お前が頭下げろよ
 上司に頭下げさせて何やってんだ···ああ、上司じゃなくてこの国の皇子か····
 なお悪いな······

 そんな事を考えながら、莉人はふと自分の社の上司の顔が思い浮かんだ。
 あの上司は一切謝らず、平気で部下の責任にして怒鳴り散らしてたっけ。
 明日からの無断欠勤に、心配よりも仕事が滞る事に怒り狂う上司の姿が目に浮かぶ。

「フェリクス殿下、彼は聖女様と同じ世界の人間ですが、流石に王城で聖女様の近くに置く事は出来ません、まだどのような人間かわかりませんので」
 フェリクスの側に控えていた騎士が進言した。

 ······今度は不審者扱いか?

 失礼な奴しかいないのか、と莉人はもはや文句を言う気力も無くす。
「近衛団で彼を保護して貰おうと思ってたんだけどな·····」
 近衛団は主に王城で王族の護衛に当たっている。近衛団団長に難色を示されたフェリクスは考え混んでしまった。そんな彼に、団長は言葉を続ける。
「それでは、第一騎士団はいかがでしょう。聖女と同じ黒髪・黒い瞳の人間とあれば、よからぬ事を考える輩も出てきましょう。王家が呼び出した者に何かあれば、国の威信に関わります。第一騎士団は精鋭揃いですし、なにより隊長のアシュレイは王家の血筋。かならずや殿下の期待に応えてくれるかと」
「あー····じゃあ、近衛団じゃなく、第一騎士団の彼の護衛を任せよう」
 フェリクスは後ろに控えている騎士団の一人に向けて声をかけた。
「アシュレイ」
 フェリクスに名を呼ばれた騎士が、
「はい」
 と言って一歩前に出る。
 王族の血筋と言っていただけあってフェリクスと同じく綺麗な金糸の髪が、軽く礼をした際にさらりと揺れる。
「彼の事は君の隊で面倒見てくれる?王族が呼び出した者に何かあったとなれば国の威信に関わる。この意味、わかるよね」
「承知しています」
 彼の口元は笑っているのに、瞳には威圧するような鋭さがあった。
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