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夜の章
8.『サイド レストアラー』
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静は事後処理で忙しそうにしている叔父に食事を出しながら、相談に乗ってほしいと切り出した。
以前協力してくれると言っていた、あかり探しをお願いするためだ。
「おう、いいぞ」
今は無理だと断られるかと覚悟していたのに、意外にもあっさり了承してもらえて肩透かしを食らった気分になる。
「いいの? 時間ないっていつも言ってるのに」
「ないっちゃないが、お前を人間にした女の子ってのはかなり興味がある。さあ話せすぐ話せ全部ぶちまけろ」
そう言いながら中途半端な時間に親子丼を頬張る叔父の向かいに腰掛ける。
深澄の夕飯はあと二時間先で良いだろうと時計を確認してから、静はあかりと出会った時のことから話し始めた。
「ねえ、お腹空いたんだけ」
「これだ!!!」
「うわっ!?」
ガタン、と叔父が勢いよく立ったせいで椅子が床に倒れ大きな音が鳴った。
ちょうどリビングに顔を出した深澄がそれに驚いているのも目に入らないのか、叔父は途中からすごい勢いでメモをしていたノートを片手に自分の部屋へと走っていく。
その後ろ姿に静も深澄も呆気にとられるものの、顔を見合わせて様子を見に行くことにした。
家の一番奥にある最も大きな部屋が叔父の寝室兼書斎になっていて、ドアを開けるとパソコンのモニターが三つ並んでいるのがまず目に入る。
掃除は自分でするからと滅多に入らせてもらえないそこの扉は今、開きっぱなしだ。
つまり見ても構わないということだろうと静は遠慮なく中を覗くと、深澄も恐る恐る反対側から真似をした。
「特殊な力を持つために家族に恵まれなかった主人公! 彼は春に引っ越した先でレストアラーとして目覚める! 新しい学校、新しい友達、そして消えては現れる謎の少女!」
「……ねえ、何あれ」
「さあ。でもたぶん、止められない」
電気も点けずに叔父は猛然とパソコンに文字を打ち込んでいる。
相談したことは覚えているだろうかと不安になるけれど、きっと今話しかけても聞こえないだろう。今日はもう諦めた方が良さそうだ。
時々部屋にこもって出てこないことがあったのはこういうことだったのかと納得しながら、電気のスイッチを押して扉を閉めた。
きっといつものように数日で落ち着くだろう。
「様々な事件に巻き込まれながらも、絆を深めた仲間たちと共に強大な敵に立ち向かう……!!」
ドアが閉まっていても聞こえてくる独り言に、静はなんだか嫌な予感がしてくる。
一体叔父は何をする気なのだろうか。
「静、あの人どうしちゃったの? 怖いんだけど」
「深澄。気にしない方が良いことも世の中にはあるんだ」
さて、深澄にご飯を用意しなくては。
そろそろ彼にも料理を仕込みたいと思いながら、残った家事と予習に気を取られる静の予想は、大きく外れることになる。
◇◇◇
思ったよりも叔父の引きこもりが長い。
数日で終わるかと思えば新学期になってしまったし、もしかしたら本部に顔すら出していないんじゃないかと心配になる。
レストアラーの本部が一体どういう体裁であの場所を借りていて、資金や機材をどう集めているのか、未だに静もわかっていない。
努が表向き就職したと聞いたので、おそらく会社なのだろうとは思うのだけれど、それならなおさら叔父が不定期にしか行かないのは謎である。
深澄は小学六年生になり、静は高校三年生になった。
あかり探しは残念ながら進んでいない。
叔父が動いてくれているのかはわからないし、蒼真と手がかりを見つけようとはしているものの、八方塞がりなのが現状だ。
今度他の仲間にも頼ってみようと蒼真から提案され、悩んだ末に打ち明けることに決めた。するとやっと言ってくれたかとみんなから怒られると同時に、だからどんな女の子にも靡かなかったのかと納得された。
あかりに誤解されたくないなら他の女の子と二人きりに絶対なるなという蒼真の教えを守っている静は、知らない人から見れば女の子にまったく興味がないのだと誤解されつつあったらしい。
その後も受験だなんだと学校は忙しくなり、深澄に家事を仕込んだり勉強を見たり、仲間と出かけたりしていればあっという間に時間が過ぎていく。
それでもキーホルダーや御守りを見るといつでも好きな人の顔を思い浮かべることができて、自然と夜はあかりを想いながら眠るのが日課になっていた。
家にも学校にもまた行ってみたけれど、彼女の姿はない。それどころか家の方には迷惑だからもう来るなと追い払われるようになってしまった。
確かに知らない高校生が定期的に自分の家を訪ねてきたら怖いだろう。これ以上は通報されかねない。
また一つ、手がかりが減っていく。
あかり、君は今どこにいるんだろう。
元気にしているだろうか。
◇◇◇
さらに時は流れ、深澄は中学二年生、静は大学二年生になった。
相変わらずあかりは見つからないし、手がかりも増えていない。
一度仲間といっそ反転世界に入ってみるかという考えに至ったけれど、戻って来られないだろうからやめとけと本部の人間に全力で止められた。
諦めきれずに異形送還後、修復前に破れた境界の中を覗き込んでみたものの、たしかにずっと暗闇が続いているだけで人間に会えそうな気配はなかった。
ならば扉からならどうだろうと住人を召喚した時に確認してみたけれど、残念ながら喚び出した住人だけしか通れないらしいとわかった。そもそも人間を喚び出せたことがないので、あちらには存在しないのかもしれなかった。
そして深澄は今、ちょうど自分の罪を理解して、向き合っているところだ。
罪悪感に押しつぶされそうになっている彼を無闇に慰めたりはできない。ただ、静は深澄の罪もすべてわかった上でそばにいると伝えている。
努や仲間たちと協力して、根気強く接していくつもりだ。
「完成したー!!」
ある日、家中どこにいても聞こえるくらい大きな叔父の声がしてなんだなんだと顔を出せば、別人のようにくたびれた叔父が二人をパソコンの前に座らせた。
静が促されるままにファイルを起動すれば、表示されたのは『サイド レストアラー』というタイトルとニューゲームなどの文字。
「ゲーム……?」
「レストアラーって、何これ?」
「まーいいから何も言わずに始めてみろ」
深澄と目を合わせ、これはやるまで離してもらえないと二人してため息をつく。
一緒に暮らし始めてずいぶん経つため、深澄もすでに叔父の言動に慣れつつある。
観念してそのままゲームを進めてみるとーーなんだこれは。
まるで高校二年の時の静とその周りではないか。
「叔父さん、これどういうこと?」
「だからゲームだよ。お前が主人公の」
「何でこうなったの? 僕人探しをお願いしてなかった?」
まさにこのゲームの年の頃、叔父にあかりに関する情報を提供した。それはシナリオに使っていいと許可したわけでは決してなく、あくまでも彼女を探すのに必要な情報だと言われたから、あれだけ細かく話したのだ。
それがどうしてこんなことに。
「このゲームを売る」
「はあ? ちょっと静、この人ヤバいよ話通じてない。ていうかレストアラーとかコーラーとか、実際にあったことゲームにして大丈夫なわけ?」
「時間の停滞中のことは俺たちしかわかんねーんだからいーだろ」
「じゃあカマイタチ事件は?」
「時期も理由も変えるし、実際の事件とは何の関係もないフィクションですって入れとく」
本部にバレたら大目玉を喰らうと思うのだけれど、叔父はへーきへーきと徹夜のテンションで笑っている。
これはあとで相当絞られるだろう。
ただ世に出てからでなければばれないわけで、そのゲームは気がつけば大手ゲーム会社が最近出した新しいハードのダウンロード専用インディーゲームとして、発売されることになったのだった。
以前協力してくれると言っていた、あかり探しをお願いするためだ。
「おう、いいぞ」
今は無理だと断られるかと覚悟していたのに、意外にもあっさり了承してもらえて肩透かしを食らった気分になる。
「いいの? 時間ないっていつも言ってるのに」
「ないっちゃないが、お前を人間にした女の子ってのはかなり興味がある。さあ話せすぐ話せ全部ぶちまけろ」
そう言いながら中途半端な時間に親子丼を頬張る叔父の向かいに腰掛ける。
深澄の夕飯はあと二時間先で良いだろうと時計を確認してから、静はあかりと出会った時のことから話し始めた。
「ねえ、お腹空いたんだけ」
「これだ!!!」
「うわっ!?」
ガタン、と叔父が勢いよく立ったせいで椅子が床に倒れ大きな音が鳴った。
ちょうどリビングに顔を出した深澄がそれに驚いているのも目に入らないのか、叔父は途中からすごい勢いでメモをしていたノートを片手に自分の部屋へと走っていく。
その後ろ姿に静も深澄も呆気にとられるものの、顔を見合わせて様子を見に行くことにした。
家の一番奥にある最も大きな部屋が叔父の寝室兼書斎になっていて、ドアを開けるとパソコンのモニターが三つ並んでいるのがまず目に入る。
掃除は自分でするからと滅多に入らせてもらえないそこの扉は今、開きっぱなしだ。
つまり見ても構わないということだろうと静は遠慮なく中を覗くと、深澄も恐る恐る反対側から真似をした。
「特殊な力を持つために家族に恵まれなかった主人公! 彼は春に引っ越した先でレストアラーとして目覚める! 新しい学校、新しい友達、そして消えては現れる謎の少女!」
「……ねえ、何あれ」
「さあ。でもたぶん、止められない」
電気も点けずに叔父は猛然とパソコンに文字を打ち込んでいる。
相談したことは覚えているだろうかと不安になるけれど、きっと今話しかけても聞こえないだろう。今日はもう諦めた方が良さそうだ。
時々部屋にこもって出てこないことがあったのはこういうことだったのかと納得しながら、電気のスイッチを押して扉を閉めた。
きっといつものように数日で落ち着くだろう。
「様々な事件に巻き込まれながらも、絆を深めた仲間たちと共に強大な敵に立ち向かう……!!」
ドアが閉まっていても聞こえてくる独り言に、静はなんだか嫌な予感がしてくる。
一体叔父は何をする気なのだろうか。
「静、あの人どうしちゃったの? 怖いんだけど」
「深澄。気にしない方が良いことも世の中にはあるんだ」
さて、深澄にご飯を用意しなくては。
そろそろ彼にも料理を仕込みたいと思いながら、残った家事と予習に気を取られる静の予想は、大きく外れることになる。
◇◇◇
思ったよりも叔父の引きこもりが長い。
数日で終わるかと思えば新学期になってしまったし、もしかしたら本部に顔すら出していないんじゃないかと心配になる。
レストアラーの本部が一体どういう体裁であの場所を借りていて、資金や機材をどう集めているのか、未だに静もわかっていない。
努が表向き就職したと聞いたので、おそらく会社なのだろうとは思うのだけれど、それならなおさら叔父が不定期にしか行かないのは謎である。
深澄は小学六年生になり、静は高校三年生になった。
あかり探しは残念ながら進んでいない。
叔父が動いてくれているのかはわからないし、蒼真と手がかりを見つけようとはしているものの、八方塞がりなのが現状だ。
今度他の仲間にも頼ってみようと蒼真から提案され、悩んだ末に打ち明けることに決めた。するとやっと言ってくれたかとみんなから怒られると同時に、だからどんな女の子にも靡かなかったのかと納得された。
あかりに誤解されたくないなら他の女の子と二人きりに絶対なるなという蒼真の教えを守っている静は、知らない人から見れば女の子にまったく興味がないのだと誤解されつつあったらしい。
その後も受験だなんだと学校は忙しくなり、深澄に家事を仕込んだり勉強を見たり、仲間と出かけたりしていればあっという間に時間が過ぎていく。
それでもキーホルダーや御守りを見るといつでも好きな人の顔を思い浮かべることができて、自然と夜はあかりを想いながら眠るのが日課になっていた。
家にも学校にもまた行ってみたけれど、彼女の姿はない。それどころか家の方には迷惑だからもう来るなと追い払われるようになってしまった。
確かに知らない高校生が定期的に自分の家を訪ねてきたら怖いだろう。これ以上は通報されかねない。
また一つ、手がかりが減っていく。
あかり、君は今どこにいるんだろう。
元気にしているだろうか。
◇◇◇
さらに時は流れ、深澄は中学二年生、静は大学二年生になった。
相変わらずあかりは見つからないし、手がかりも増えていない。
一度仲間といっそ反転世界に入ってみるかという考えに至ったけれど、戻って来られないだろうからやめとけと本部の人間に全力で止められた。
諦めきれずに異形送還後、修復前に破れた境界の中を覗き込んでみたものの、たしかにずっと暗闇が続いているだけで人間に会えそうな気配はなかった。
ならば扉からならどうだろうと住人を召喚した時に確認してみたけれど、残念ながら喚び出した住人だけしか通れないらしいとわかった。そもそも人間を喚び出せたことがないので、あちらには存在しないのかもしれなかった。
そして深澄は今、ちょうど自分の罪を理解して、向き合っているところだ。
罪悪感に押しつぶされそうになっている彼を無闇に慰めたりはできない。ただ、静は深澄の罪もすべてわかった上でそばにいると伝えている。
努や仲間たちと協力して、根気強く接していくつもりだ。
「完成したー!!」
ある日、家中どこにいても聞こえるくらい大きな叔父の声がしてなんだなんだと顔を出せば、別人のようにくたびれた叔父が二人をパソコンの前に座らせた。
静が促されるままにファイルを起動すれば、表示されたのは『サイド レストアラー』というタイトルとニューゲームなどの文字。
「ゲーム……?」
「レストアラーって、何これ?」
「まーいいから何も言わずに始めてみろ」
深澄と目を合わせ、これはやるまで離してもらえないと二人してため息をつく。
一緒に暮らし始めてずいぶん経つため、深澄もすでに叔父の言動に慣れつつある。
観念してそのままゲームを進めてみるとーーなんだこれは。
まるで高校二年の時の静とその周りではないか。
「叔父さん、これどういうこと?」
「だからゲームだよ。お前が主人公の」
「何でこうなったの? 僕人探しをお願いしてなかった?」
まさにこのゲームの年の頃、叔父にあかりに関する情報を提供した。それはシナリオに使っていいと許可したわけでは決してなく、あくまでも彼女を探すのに必要な情報だと言われたから、あれだけ細かく話したのだ。
それがどうしてこんなことに。
「このゲームを売る」
「はあ? ちょっと静、この人ヤバいよ話通じてない。ていうかレストアラーとかコーラーとか、実際にあったことゲームにして大丈夫なわけ?」
「時間の停滞中のことは俺たちしかわかんねーんだからいーだろ」
「じゃあカマイタチ事件は?」
「時期も理由も変えるし、実際の事件とは何の関係もないフィクションですって入れとく」
本部にバレたら大目玉を喰らうと思うのだけれど、叔父はへーきへーきと徹夜のテンションで笑っている。
これはあとで相当絞られるだろう。
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