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夢の章

3.御守りに込められた願い3

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 辛い経験をしてもなお他人を思いやれる静を、あかりは尊敬の眼差しで見つめる。
 この人に幸せになってほしい。
 ゲームをしながらずっと抱いていた気持ちを、実際に会ったことでより強く感じた。
 夢ならば、それを手伝える立場に近づいても良いだろうか。

「静くんが嫌でなければ、お試しの彼女にしてくれませんか?」
「お試し……」
「はい。本当の彼女じゃなくて良いです。お話をしたり、時々一緒に遊びに行ったりできればそれで充分嬉しいです」

 静は通常の学校生活だけでなく、日常パートでのパラメータ上げやリンク相手との絆を深めるのに忙しくなる。戦闘イベントやレベル上げだってしなければならない。
 何より本当の彼女になれるのはリンク相手の誰かだ。最初は衝動的に告白してしまったけれど、あかりは静が手に入れる本来の幸せを壊す気はなかった。
 ただその気分が少しでも味わえたら。

「……じゃあ、お互いに条件を考えよう。今日の放課後、時間ある?」
「あります、けど、条件?」
「そう。これは禁止とか、これはしたいとか、ちゃんと決めておいた方が良いと思って。連絡先教えてくれる?」
「は、はい! もちろん!」

 そうして、最近トークアプリを入れたばかりで操作がおぼつかない静と、なんとか連絡先を登録した。
 あかりは結局湿った静のハンカチをそのまま返すことはできず、洗って返す約束をする。代わりに自分のハンカチを遠慮する静に押し付けてから、お互いの学校に向かった。


◇◇◇


 四月が始まってから少し経った平日は、大遅刻をしたあかりに特別問題はなかった。
 強いて言えば明らかに大泣きしたであろう顔をみんなに注目されて恥ずかしかったことくらいだ。
 遅刻の理由を先生が深く聞かないでくれたので助かった。友達も心配してくれたけれど、うまく言えずに誤魔化した。

 反面静の方は大問題だったらしい。
 なんと今日が転入初日だった。
 詳しいことは説明してくれないが、あかりはゲームで知っている。序盤から中盤あたりまでの間に登場する、静の夢の中で話しかけてくる姿のない謎の女の子。彼女の声のせいで寝坊し遅刻した主人公は、担任教師に悪いイメージを持たれ、クラスではそのあまり変わらない表情が災いして変に注目を浴びてしまうのだ。
 あかりが邪魔しなければ普通に登校できる時間だったのに、結果的に遅刻するというシナリオ通りの展開になってしまった。
 この先あかりが何かをしてしまったとしても、トリップものの小説で読んだことのある強制力とやらが働くのかもしれない。

「それで、考えてみたんだけど」

 朝と同じ、静の高校の最寄り駅にあるファストフード店で待ち合わせをしたあかりは、高校生の客が増えて少し騒がしくなった店内で静と向かい合わせで座っていた。
 夢なのにまだ覚めない、と思いながらも目の前の静を視界に入れたくてこっそり盗み見ようとするのだけれど、その頬は赤く染まっていて、恥じらっているのがまるで隠せていない。
 静がそんなあかりの様子を珍しいものを見るように眺めるせいで、頻繁に目が合っては慌てて逸らすという行為を繰り返してしまっている。

「斎川さん、大丈夫?」
「は、はい。ごめんなさい、緊張、してます」

 静に話しかけられるだけでも手が震える。
 あかりは隣合わせじゃなくて良かったと、カウンター席を占領するパソコンを開いている客達に感謝した。

「うん、じゃあ僕から言おうか。まず……」

 そうして静が言ったことをまとめると。

 まず、静はあかりのことを友達ではなく彼女として扱う。
 ただし、本当の恋人になってからでなければ、不適切な接触はしない。
 そして、もし静のことが嫌になったら、いつでもやめても良い。

 ということだった。
 どう考えても、あかりの方への配慮しかない。告白されて困っている人が言う台詞ではなかった。
 優しさが過ぎるとあかりは静が真剣に心配になる。

「それなら、私はまず、静くんが誰か好きな人を見つけたらちゃんと身を引くって約束します。だから私に遠慮してそういう機会を失くしたりはしないでください」

 リンク相手とこれから出会って、きっと誰かに恋をするだろう。その時に自分がいては、静の性格上諦めてしまいかねないと思った。

「それから、会ってくれるのは静くんの時間がある時で良いんです。友達との付き合いとか、何かやりたいこと、やらなくちゃいけないことを邪魔したくないですから」

 もうすぐ静はレストアラーとして覚醒する。そうしたら一気に忙しくなるのだ。少し会ってくれるだけでも嬉しい。

「最後に、私にされて嫌だなって思ったことはちゃんと教えてください。もちろん、それでこの関係をやめたいって思った時も。ちゃんと覚悟しておきますから」

 好きな人ができなくても、静の意思で自由に解消していい。きっといつかそう言われるだろうと想像して胸が痛んだけれど、なんとか笑顔を繕った。

「そんなので良いの? 斎川さんに良いことない気がするけど」
「し、静くんこそ、私に良いことばっかりでしたよ!」

 そんな風に人のことばかりではなく、自分のことも大切にしてほしい。そんな気持ちを込めて静を見れば、口もとを緩めてあかりに言った。

「わかった。じゃあ、他に何か思いついたら言うことにしよう。よろしく、あかり」
「えっ、え!?」

 突然の爆弾に、あかりは混乱した声を上げた。

(今、笑った? しかも名前、呼んだ!?)

 静はすでに、ひどく涼しい顔で動揺するあかりを見ている。もしかしたら見間違いだったかもしれない。

「彼女は名前で呼ぶものだって聞いたから。嫌だった?」
「い、嫌なわけ、ないです……」

 そう、と表情を変えずに頷く静は、だからあかりもそのまま静で、と続けた。
 そこで、ついいつもの癖で初対面から下の名前を呼んでいたことにやっと気がつく。
 馴れ馴れしい態度を嫌がられなかったかと不安になるけれど、今許可をしてくれたのに蒸し返すのも気がひけて、あかりは素直に頷いておくことにした。
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