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本編
118.謎の強制力と悪役王子の運命
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「湯浴みしてくるといい。その間に新しい衣装を用意させよう」
「うん、ありがとう」
二人で国王陛下へ報告しに行こうという話になって、その前に身支度を整えなければと、入浴することにした。
彼に促されて、部屋に備え付けてあるバスルームへと入っていく。
扉を入るとすぐに衝立てとタオルの入ったカゴがあって、僕はナイトガウンを脱いで衝立に引っ掛ける。
何気なく自分の身体に視線を向けて――
「!?」
――僕はボッと赤面してしまった。
白い身体のいたるところに、所有権を主張するような赤い痕が散っていたのだ。
「こ、こんなにキスマーク……付けすぎだよ、ダークぅ……」
執着の強さが垣間見え、気恥ずかしくなって、顔を火照らせて身悶えてしまう。
もだもだと悶絶していても仕方ないので、僕は気を取り直してタオルを抱え、衝立ての横を通り抜けていく。
すると、先程まで見えていなかった正面のガラス越しに半裸の女性が映って、僕は吃驚して声を上げ、慌てて目を逸らした。
「うわぁっ! ごめんなさいっ!! ………………って、あれ?」
一瞬、色白で細身な女性の裸を見てしまったと焦り、反射的に謝ってしまった。
しかし、よくよく考えてみれば、そんな事はある筈がない訳で、激痩せした自分の姿が鏡に映っただけなのだろうと思う。
幽閉塔の部屋には自傷や脱走を防ぐ為なのか、鏡や割れ物の類が置かれていなかったので、久しく自分の姿を見ていなかったのだ。
僕はそろりと視線を上げ、鏡に映る自分の姿を見て――
「!!?」
――驚きの余り、目を見開いて凝視する。
そこには、女性とも見紛う程に麗しい美青年の姿が映っていたのだ。
真っ白い肌に淡紅色の髪は間違いなく僕と同じものなのに、それ以外はこれまでの僕とはまるで違う。
前を隠して抱えたタオルから覗く長い手足や細腰は艶めかしく、薄っすらと上気した肌に紅く色付いた唇や目元は悩ましい。
眉尻を下げ、煌めく大きな瞳が潤んで気だるげに見つめれば、悩殺されてしまいそうな濃厚な色香が漂うのだ。
「……ぶっ?!」
何よりも問題なのは、僕はその容姿に見覚えがあった。
見知っているゲームのキャラクターだと確信した僕は、青褪めて悲鳴を上げる。
「ひーーーーーーーー?!!」
その容姿は、年齢も性別も種族も不詳な神出鬼没のキャラクター。
魔性の美貌で各国の要人を狂わせ世を混乱の渦に巻き込む続編の悪役『傾国の魔術師』そのものだったのだ。
悪役・白豚王子の破滅の未来が回避できたと安心していたのも束の間、今度は続編の悪役・傾国の魔術師になっているだなんて、いったい誰が想像し得るだろうか。
(色味は確かに似てるけど、変わりすぎでしょ! こんなの完全に別人じゃん!! まだまだ僕は悪役の運命から逃れられないというのか……ぐぬぬぬぬ、許すまじ謎の強制力ー!!!)
僕が怒りに打ち震えていると、先程の悲鳴を聞きつけてか、バタバタと足音が聞こえ、彼がバスルームに飛び込んでくる。
「フラン! どうしたんだ!!」
心配して駆け寄って来てくれた彼に振り返って、うるうると涙を滲ませて見上げ、僕はつい甘えた鼻声を出してしまう。
「ダークぅ……」
「う゛っ……フラン、その姿は目に毒だ……」
何故だか、たじろいだ彼に僕は目を逸らされてしまった。
さらに、頬を紅く染める彼は自分の目元を片手で覆ってしまう。
(えぇ、何その反応? 昨晩、散々僕の裸見たでしょう? 全身、キスマークだらけにしたくせに……解せぬ)
彼の後から御供達もやってきて、開け放たれていた扉から入って声をかける。
「お着替えをご用意したのでお持ちしました」
「ご入浴のお手伝いいたしましょうか?」
「あ、お前達は手伝わんでいい……」
彼の影になっていて見えなかったのか、御供達は近付いてきて、僕を見た途端に奇声を上げる。
「ごばぁっ?!」
「はぎゃっ?!」
御供の一人はすごい勢いで鼻血を吹き出し、慌てて両手で押さえ付けていた。
もう一人は顔を真赤にして目をぐるぐると回し、後方にバタンと倒れてしまった。
「わぁ!? だ、だいじょうぶ?」
「おい、お前達は早く出ていけ……グルルルル」
僕を背に隠した彼は低く重い声を出して唸り、威嚇するみたいに毛を逆立てて、御供達を追い払おうとする。
「こ、これは失礼いたしました! お着替えはこちらに……では、ごゆっくりどうぞ!!」
新しい衣装を大量に置いて、目を回して倒れている相棒を引きずり、御供達はそそくさと部屋から出ていったのだった。
僕の半裸をチラ見しただけで、挙動不審になる人達の様子に困惑してしまう。
(えぇえ、何なのその反応? もしかして、この容姿だと皆がそんな感じになっちゃうの? これが傾国の魔性の特性なのか、まったくコントロールできる気がしない。前途多難すぎる……僕、これからどうしたらいいの……)
気落ちして肩を落としている僕に気付き、彼は優しく頭を撫でてくれる。
「お前には俺がついている。だから心配するな」
「うん、そうだよね……ありがとう」
励ましてくれる気持ちが嬉しくて、僕は彼を見上げて微笑む。
パタパタと振られる尻尾が可愛くて、思わず抱き付いて笑ってしまう。
(そうだよ、くよくよと悩んでいても始まらない! 前向きに考えるしかない訳だし、彼が味方なら怖いものなんてない! なんと言ったって、僕の英雄は無敵なんだからね!!)
不安が無い訳ではないけれど、僅かでも希望があるのなら、僕はそれを信じたいと思うのだ。
◆
「ふぅ……。よし、行こう」
僕は扉の前で一呼吸おき、彼と共に謁見の間へと入っていく。
国王陛下との面会は多くの者達が見守る中、謁見の間で行われる事になった。
約束の時刻、僕は彼に付き添われて、久々に人前へと姿を現わす。
僕達の入場と当時に一瞬静まり返った気もするけど、集まっていた人々がざわめきだし、囁き合う声が聞こえてくる。
「……あれは……あの美人は……誰だ?」
「黒狼王子は白豚――おほん、第一王子を連れてくるのではなかったのか? なんであんな美人を連れているんだ? 羨ましい――んん、おほん」
「第一王子は後から来るの? いったいどこに行っているのかしら? ……それにしても、見た事もないような美人ね。見惚れてしまうわ……」
やはり、激痩せして様変わりしてしまった僕の姿を見て、白豚王子だと気付く者はいないようだ。
彼に選んでもらった一番似合うらしい正装に身を包んで、整えられ美貌により磨きがかかってしまったので、尚更かもしれない。
白を基調としたタキシードでラインに金糸の美しい刺繍が施されている。
肌は極力見せないようにと念押しされ、シャツは襟が高くフリルやレースがふんだんに使われたものを選ばれた。
アクセントの裏地やポケットチーフは暖色系の花柄でフェミニンな雰囲気があるのだけど、この中性的な容姿にはそれが良く似合ってしまう。
中性的な王子様にも、男装の麗人にも見えてしまう、そんな仕上がりになっていた。
「はぁ……目が離せくなる美女だな……」
「美女? あのすらりと伸びた細脚は美男子に間違いないわ!」
「いやいや、あのくびれた細腰! 胸はないが女性だろう?」
そんな声を聞くと、僕はなんともいえない微妙な気持ちになってしまう。
(これはきっと、横に逞しく格好良い彼がいるから、対比で余計になよなよしく見えてしまっているだけで、僕が女々しいわけじゃない。うん、きっとそう、僕はそう信じてる。……それにしても、誰も気付かないなんて……僕が第一王子だって名乗り出て、はたして信じてもらえるのかな……)
会場の奥にある王族席まで歩んでいき、僕が顔を上げると国王陛下と目が合った。
「……フランボワーズ……」
国王陛下は掠れる声で僕の名を呼び、その手を差し伸べる。
会場中の誰も気付かなかったのに、国王陛下は僕だと分かったのだ。
「え?! あれが第一王子だというのか?!!」
「そんな、まさか……まるで別人じゃないか……」
「陛下はご病気のせいで、よく見えていないのでは?」
国王陛下の言動が信じ難いようで、集まっていた人々が騒然としている。
しかし、更に近付いて伸ばされた手を取っても、僕へと向けた目の色は変わらない。
「……フランボワーズ……父の話を、聞いてくれ……」
氷雪の目から透明な雫が零れ落ちていく。
何故かは分からないけど、こんな事は初めての筈なのに、僕はこの表情を何度も見ている気がするのだ。
国王陛下は表情をひどく歪ませて、涙を流しながら掠れる声で語り始めた。
◆
「うん、ありがとう」
二人で国王陛下へ報告しに行こうという話になって、その前に身支度を整えなければと、入浴することにした。
彼に促されて、部屋に備え付けてあるバスルームへと入っていく。
扉を入るとすぐに衝立てとタオルの入ったカゴがあって、僕はナイトガウンを脱いで衝立に引っ掛ける。
何気なく自分の身体に視線を向けて――
「!?」
――僕はボッと赤面してしまった。
白い身体のいたるところに、所有権を主張するような赤い痕が散っていたのだ。
「こ、こんなにキスマーク……付けすぎだよ、ダークぅ……」
執着の強さが垣間見え、気恥ずかしくなって、顔を火照らせて身悶えてしまう。
もだもだと悶絶していても仕方ないので、僕は気を取り直してタオルを抱え、衝立ての横を通り抜けていく。
すると、先程まで見えていなかった正面のガラス越しに半裸の女性が映って、僕は吃驚して声を上げ、慌てて目を逸らした。
「うわぁっ! ごめんなさいっ!! ………………って、あれ?」
一瞬、色白で細身な女性の裸を見てしまったと焦り、反射的に謝ってしまった。
しかし、よくよく考えてみれば、そんな事はある筈がない訳で、激痩せした自分の姿が鏡に映っただけなのだろうと思う。
幽閉塔の部屋には自傷や脱走を防ぐ為なのか、鏡や割れ物の類が置かれていなかったので、久しく自分の姿を見ていなかったのだ。
僕はそろりと視線を上げ、鏡に映る自分の姿を見て――
「!!?」
――驚きの余り、目を見開いて凝視する。
そこには、女性とも見紛う程に麗しい美青年の姿が映っていたのだ。
真っ白い肌に淡紅色の髪は間違いなく僕と同じものなのに、それ以外はこれまでの僕とはまるで違う。
前を隠して抱えたタオルから覗く長い手足や細腰は艶めかしく、薄っすらと上気した肌に紅く色付いた唇や目元は悩ましい。
眉尻を下げ、煌めく大きな瞳が潤んで気だるげに見つめれば、悩殺されてしまいそうな濃厚な色香が漂うのだ。
「……ぶっ?!」
何よりも問題なのは、僕はその容姿に見覚えがあった。
見知っているゲームのキャラクターだと確信した僕は、青褪めて悲鳴を上げる。
「ひーーーーーーーー?!!」
その容姿は、年齢も性別も種族も不詳な神出鬼没のキャラクター。
魔性の美貌で各国の要人を狂わせ世を混乱の渦に巻き込む続編の悪役『傾国の魔術師』そのものだったのだ。
悪役・白豚王子の破滅の未来が回避できたと安心していたのも束の間、今度は続編の悪役・傾国の魔術師になっているだなんて、いったい誰が想像し得るだろうか。
(色味は確かに似てるけど、変わりすぎでしょ! こんなの完全に別人じゃん!! まだまだ僕は悪役の運命から逃れられないというのか……ぐぬぬぬぬ、許すまじ謎の強制力ー!!!)
僕が怒りに打ち震えていると、先程の悲鳴を聞きつけてか、バタバタと足音が聞こえ、彼がバスルームに飛び込んでくる。
「フラン! どうしたんだ!!」
心配して駆け寄って来てくれた彼に振り返って、うるうると涙を滲ませて見上げ、僕はつい甘えた鼻声を出してしまう。
「ダークぅ……」
「う゛っ……フラン、その姿は目に毒だ……」
何故だか、たじろいだ彼に僕は目を逸らされてしまった。
さらに、頬を紅く染める彼は自分の目元を片手で覆ってしまう。
(えぇ、何その反応? 昨晩、散々僕の裸見たでしょう? 全身、キスマークだらけにしたくせに……解せぬ)
彼の後から御供達もやってきて、開け放たれていた扉から入って声をかける。
「お着替えをご用意したのでお持ちしました」
「ご入浴のお手伝いいたしましょうか?」
「あ、お前達は手伝わんでいい……」
彼の影になっていて見えなかったのか、御供達は近付いてきて、僕を見た途端に奇声を上げる。
「ごばぁっ?!」
「はぎゃっ?!」
御供の一人はすごい勢いで鼻血を吹き出し、慌てて両手で押さえ付けていた。
もう一人は顔を真赤にして目をぐるぐると回し、後方にバタンと倒れてしまった。
「わぁ!? だ、だいじょうぶ?」
「おい、お前達は早く出ていけ……グルルルル」
僕を背に隠した彼は低く重い声を出して唸り、威嚇するみたいに毛を逆立てて、御供達を追い払おうとする。
「こ、これは失礼いたしました! お着替えはこちらに……では、ごゆっくりどうぞ!!」
新しい衣装を大量に置いて、目を回して倒れている相棒を引きずり、御供達はそそくさと部屋から出ていったのだった。
僕の半裸をチラ見しただけで、挙動不審になる人達の様子に困惑してしまう。
(えぇえ、何なのその反応? もしかして、この容姿だと皆がそんな感じになっちゃうの? これが傾国の魔性の特性なのか、まったくコントロールできる気がしない。前途多難すぎる……僕、これからどうしたらいいの……)
気落ちして肩を落としている僕に気付き、彼は優しく頭を撫でてくれる。
「お前には俺がついている。だから心配するな」
「うん、そうだよね……ありがとう」
励ましてくれる気持ちが嬉しくて、僕は彼を見上げて微笑む。
パタパタと振られる尻尾が可愛くて、思わず抱き付いて笑ってしまう。
(そうだよ、くよくよと悩んでいても始まらない! 前向きに考えるしかない訳だし、彼が味方なら怖いものなんてない! なんと言ったって、僕の英雄は無敵なんだからね!!)
不安が無い訳ではないけれど、僅かでも希望があるのなら、僕はそれを信じたいと思うのだ。
◆
「ふぅ……。よし、行こう」
僕は扉の前で一呼吸おき、彼と共に謁見の間へと入っていく。
国王陛下との面会は多くの者達が見守る中、謁見の間で行われる事になった。
約束の時刻、僕は彼に付き添われて、久々に人前へと姿を現わす。
僕達の入場と当時に一瞬静まり返った気もするけど、集まっていた人々がざわめきだし、囁き合う声が聞こえてくる。
「……あれは……あの美人は……誰だ?」
「黒狼王子は白豚――おほん、第一王子を連れてくるのではなかったのか? なんであんな美人を連れているんだ? 羨ましい――んん、おほん」
「第一王子は後から来るの? いったいどこに行っているのかしら? ……それにしても、見た事もないような美人ね。見惚れてしまうわ……」
やはり、激痩せして様変わりしてしまった僕の姿を見て、白豚王子だと気付く者はいないようだ。
彼に選んでもらった一番似合うらしい正装に身を包んで、整えられ美貌により磨きがかかってしまったので、尚更かもしれない。
白を基調としたタキシードでラインに金糸の美しい刺繍が施されている。
肌は極力見せないようにと念押しされ、シャツは襟が高くフリルやレースがふんだんに使われたものを選ばれた。
アクセントの裏地やポケットチーフは暖色系の花柄でフェミニンな雰囲気があるのだけど、この中性的な容姿にはそれが良く似合ってしまう。
中性的な王子様にも、男装の麗人にも見えてしまう、そんな仕上がりになっていた。
「はぁ……目が離せくなる美女だな……」
「美女? あのすらりと伸びた細脚は美男子に間違いないわ!」
「いやいや、あのくびれた細腰! 胸はないが女性だろう?」
そんな声を聞くと、僕はなんともいえない微妙な気持ちになってしまう。
(これはきっと、横に逞しく格好良い彼がいるから、対比で余計になよなよしく見えてしまっているだけで、僕が女々しいわけじゃない。うん、きっとそう、僕はそう信じてる。……それにしても、誰も気付かないなんて……僕が第一王子だって名乗り出て、はたして信じてもらえるのかな……)
会場の奥にある王族席まで歩んでいき、僕が顔を上げると国王陛下と目が合った。
「……フランボワーズ……」
国王陛下は掠れる声で僕の名を呼び、その手を差し伸べる。
会場中の誰も気付かなかったのに、国王陛下は僕だと分かったのだ。
「え?! あれが第一王子だというのか?!!」
「そんな、まさか……まるで別人じゃないか……」
「陛下はご病気のせいで、よく見えていないのでは?」
国王陛下の言動が信じ難いようで、集まっていた人々が騒然としている。
しかし、更に近付いて伸ばされた手を取っても、僕へと向けた目の色は変わらない。
「……フランボワーズ……父の話を、聞いてくれ……」
氷雪の目から透明な雫が零れ落ちていく。
何故かは分からないけど、こんな事は初めての筈なのに、僕はこの表情を何度も見ている気がするのだ。
国王陛下は表情をひどく歪ませて、涙を流しながら掠れる声で語り始めた。
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