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本編

112.黒狼王子から白豚王子への想い

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 少し遡り、黒狼王子に視点を移す。

 チョコミントの訴えから白豚王子が監禁されている事を知り、黒狼王子は激昂して王城へと乗り込んだ。
 暗黒闇で王宮を覆い、要人達に有無を言わせぬ圧力で迫って、白豚王子を出せと要求する。

『……フランを……第一王子を、今すぐに開放しろ……』

 白豚王子の能力を解き明かし、無実の者を禁固刑にするなど言語道断だと、即刻釈放するよう、震え上がる騎士達を急かした。
 その間、変装して王宮に潜り込んでいたマーブル伯爵を捕縛し、黒幕の痕跡を辿り追い詰めて、真相を暴いていったのだ。

 それから、なかなか白豚王子を連れて戻らない騎士達にしびれを切らせ、黒狼王子は自ら幽閉塔へと赴いた。
 そこで、呆けている騎士達の姿を見つけ、憮然として声を上げる。

「何をもたついているんだ?」
「は、はい! 申し訳ございません!!」
「そ、それが、部屋の中が荒らされた状態でして、どこにも姿が見当たらず……」
「あの、申し上げにくいのですが……もうここにはおらず、脱走したようでして……」
「なんだと!」

 もたもたとする騎士達の対応に苛立ち、大きく声を張った。
 視界の端に、騎士達とは別に白い布を羽織った細身の人物の影が映る。
 黒狼王子の剣幕に怯えてか、小さく震えているようだったが、微かに何かを呟く。


「……ダーク……」


 その名を呼ぶ声を、黒狼王子が聞き間違える筈はなかった。
 それは白豚王子の声だ。

 黒狼王子は振り向き、変貌した白豚王子の姿に驚き、目を見開いて凝視する。

 白い羽織物から覗いた、真っ直ぐに黒狼王子を見つめる大きな瞳。
 潤んだ赤紫色の眼は宝石の如く煌めいて、吸い込まれそうな程に美しく神秘的だ。
 すらりとした長い手足や細い腰は、真ん丸体型だった頃の面影などまるでない。
 だけど、黒狼王子には分かった。

 透き通る真っ白い肌も、淡紅色の癖のある髪も、果実や花のような匂いも、真っ直ぐに向けられる純粋な好意も、黒狼王子が知る白豚王子そのものなのだから。


「……フラン」


 驚く程に激痩せし、変貌をとげていたが、黒狼王子は白豚王子だと確信していた。
 様変わりしてはいても、無事そうな姿を目にして心底安心し、柔らかく微笑んだのだ。

 再会を喜ぶ黒狼王子は、ゆっくりと白豚王子の方へと歩み寄っていく。

「あっ……!?」

 けれど、白豚王子は焦った表情を見せ、後退っていった。

(フラン? なぜ、俺から離れていく…………!)

 黒狼王子の身体から漏れ出る毒を吸い込まない為か、白豚王子は慌てて口元を両手で覆い、息を止めた。
 そんな姿を見てしまえば、黒狼王子の胸はズキリと痛み、歩んでいた足は止まってしまう。

(まさか、姿形と同じく体質や能力まで変わってしまったのか? もしそうなら、俺はフランに近付けない、もう触れることはできない……)

 黒狼王子の目が陰り、喜びの感情と共に表情が消えていく。

(紛争が終結すれば、また共に居られると思っていた……だが、違った。それは俺の勝手な思い込みだ。ただの願望にすぎない……フランを危険に晒すことなどできない……)

 暫し考え、黒狼王子は呟くようにして言葉を発する。

「……早く探しに行け」
「「「?」」」

 突っ立っていた騎士達へと視線を向け、黒狼王子は声を荒げて命令する。

「ここにいないと分かっているなら、さっさと他を探せと言っているんだ! 早く行け! 見つけ出すまで戻ってくるな!!」
「は、はいっ!」
「申し訳ございません!」
「直ちに探し出します!」

 騎士達は黒狼王子の剣幕に飛び上がり、慌てて白豚王子を探しに駆け出していく。

(目前にいるのが自国の王子だと気付きもしないとは、なんとも滑稽こっけいだ。……能力を解き明かしたことで、この国でフランが疎まれることはなくなるだろうが……むしろ、丁重に扱われ深窓に囲われるだろうか……だが、フランは自由であるべきだ)

 部屋から出て行った騎士達を見送り、黒狼王子は深い溜息を吐く。

「……はぁ」

 それから、黒狼王子は白豚王子に視線を向けないまま命じる。

「お前もだ……早く探しに行け。もう戻るな……」

(別人を装い逃げようとしているなら、そうさせてやる。どこへだって行っていい、どこへ行ってもフランは愛される。優秀で気立ても器量も良い、こんなに美しいのだから……愛されない筈がない……俺に縛りつけておける理由が何もない……)

 白豚王子はホッと安堵した様子で、黒狼王子から距離を保ちつつ、出口の扉へと向かって歩き出す。

(これでいいんだ。フランの妙薬のおかげで多くの者の命が救われた。これからも、俺の毒で誰かが死ぬことはないだろう。なら、それで十分……幸福なことだ。これ以上、欲深く望むな……連れ去ってでもフランを己のものにしたいなどと、考えるな……)

 姿を見れば耐えられなくなると、じくじくと痛む胸を押さえ、黒狼王子は目を伏せた。


「ダーク……」


 それなのに、白豚王子はまたその特別な名を呼ぶのだ。
 姿を見ずとも、好きだと告げてくれた声や姿が脳裏に浮かんでしまう。

「その名で呼ぶな」

 暴れ出しそうな欲望を必死に抑え、黒狼王子は拒否の言葉を返す。
 早く行ってしまえと念じ、きつく目を閉じて、暗黒闇に胸が蝕まれる苦痛を耐える。

 しかし、近付く気配を感じて再び目を開ければ、そこには歩み寄ってくる姿が映った。
 逃げようとしていた筈なのに、白豚王子は自ら側に寄り、優しい言葉をかけるのだ。

「悲しまないで、大丈夫だから」
「……やめろ」

 狂おしい感情と苦痛に苛まれながらも、黒狼王子は己を律して拒絶した。
 その場から立ち去ろうとするが、白豚王子は必死に抱き付いて引き止める。
 そして、白豚王子は真剣な眼差しを向けて訴えるのだ。

「必ずハッピーエンドにするから」
「もういい……っ……フラン!」

 耐え難い苦悩に黒狼王子は表情を歪ませ、目を反らして声を荒げた。

(もういいから、やめてくれ……これ以上は耐えられない。触れてはならないのに、抱きしめたくなってしまう。そうしたら、もう手放せない……傷付けたくはない。危険に晒したくはないのに……抑えられなくなる……)

 それでも、白豚王子は手を伸ばして、黒狼王子の顔に触れてまた目を合わさせる。
 吸い込まれそうな美しい瞳に魅了され、黒狼王子は見つめてはならないと思うのに、目が反らせなくなる。

 その真摯な眼差しからは、揺るがない真意が伝わってくるのだ。
 白豚王子は儚げに笑って、黒狼王子への想いを告げる。


「……ダーク、大好き。僕がなんとかするから……」


 それから、白豚王子は妖艶に微笑む。
 煌めく美しい瞳を見つめていれば、黒狼王子は魔法にかかったように動けなくなった。


「……ああ、美味しそう……」


 うっとりとした表情を浮かべる白豚王子は、黒狼王子の口元を覆っていた獣面のハーフマスクを外す。
 黒狼王子の口から漏れ出る毒素を抑えるマスク。それを取り払ってしまっては、濃厚な呪毒が溢れ出してしまう。
 それなのに、白豚王子は笑みを深めていき、白い手で黒狼王子の唇をなぞり、淡く色付いた唇を近付けていく。

「……ん……」

 そっと唇が重ねられたと思えば、小さな舌先が唇をなぞり、黒狼王子の心臓がドクンと跳ねた。
 死の象徴である怖ろしい筈の黒狼王子に、白豚王子はまたもや躊躇いなく口付けるのだから。

「……んっ……んん……」

 白豚王子の優しい指に撫でられ、柔らかい唇にまれ、濡れた舌で舐められていく。
 その度に痺れるような強烈な快感が全身を駆け巡り、黒狼王子は耳や尻尾までも震わせてしまう。

「……ん、はぁ……ふぁ……」

 表面を舐めていた舌が黒狼王子の口内に潜り込み、上顎をくすぐった。
 思わず口を開くと、口付けはどんどんと深くなり、合間に鼻を抜ける白豚王子の甘い吐息が漏れる。

「……ちゅっ……はぁ、ん……ふぅ……んっ……」

 不意に唇が離され、二人の間に銀糸が引いた。
 離された唇を黒狼王子が狂おしく感じていると、垂れた唾液も舐め取るように白豚王子の赤い舌が褐色の肌を滑っていく。
 白豚王子は黒狼王子の鎧や外套を器用に脱がして、胸元をはだけさせ、直に触れて撫でさする。
 そこは暗黒の闇が巣食う場所。黒狼王子が、暗黒闇ダークが、一番辛く痛む心臓のある部分だった。
 唇、顎、喉、首、胸、心臓と、白豚王子は舌を滑らせ、丁寧に口付けていく。

「……ちゅう……ん、はぁ……ちゅっ、ん……ふぅ……」

 甘く痺れる舌が這わされ、舐め上げられ、吸い付かれて、呪毒が食べられている。
 これまでの苦痛が全て快楽に塗り替えられ、重苦しかった胸の呪毒までも食べられてしまうのだ。

 白豚王子は暗黒闇ダークを拒絶などしない。他の者達のように忌み嫌いなどしない。
 呪毒も、怨嗟も、孤独も、全てを受け止めて、愛おしみ甘やかす。
 そんな甘さに溶かされて、黒狼王子の心も、暗黒闇の核も、どろどろにとろかされた。

「……はぁ、んっ……はぁ……はぁ……ん………………はぁ」

 呪毒を食べ尽くし、極上の味わいに酔いしれ、白豚王子は感嘆の溜息を零した。
 それから、ゆっくりと意識が覚醒していく。――――……


 ◆
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