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本編

111.白豚王子から黒狼王子への想い

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(ダークだ! ダークがいる!! 生きて動いている本物のダークがいる!!! うわぁ、うわぁ、うわぁぁぁぁ)

 彼の身体をよくよく見ても、呪いや毒に侵され衰弱している様子はない。
 ゲームと同じ運命を辿っていたら、終戦から間もなく命を落としていたのだ。
 でも、そうはならずに今こうして僕の目の前にいる。

(運命を変えられたんだ! あの悲惨な未来を回避することができた!! どんなに繰り返しても、ゲームでは助けられなかったダークが、生きていてくれてる!!! 嬉しい、嬉しい、嬉しいよぉぉぉぉ)

 その場に立ち尽くし、感動に打ち震えてぷるぷると震えてしまう。
 彼は騎士達に視線を向けたまま、眉根を寄せて詰問する。

「何をもたついているんだ?」
「は、はい! 申し訳ございません!!」
「そ、それが、部屋の中が荒らされた状態でして、どこにも姿が見当たらず……」
「あの、申し上げにくいのですが……もうここにはおらず、脱走したようでして……」
「なんだと!」

 騎士達がまごつきながら説明すると、彼は声を張った。
 少し声を大きくしただけでも、圧倒的な強者の迫力に騎士達は震え上がる。

(うわぁ、うわぁ、めちゃくちゃ格好良い! 最強すぎて怖がられちゃうとか、超絶格好良い!! はぁ、好きぃぃぃぃ。ダーク、大好きぃぃぃぃ)

 間近で見る大迫力に感激しすぎて、僕は大好きなヒーローの名前を口走ってしまう。


「……ダーク……」


 狼の耳がピクリと動いて、小さく声を漏らした僕へと彼が振り向き、その金色の目が見開かれていく。


「……フラン」


 彼が何か呟いて、辺りを支配していた重圧が和らぎ、微かに笑った気がした。
 獣面のハーフマスクをしているので、表情がハッキリと分かる訳ではなのだけど、何故かは分からないけど、目元が優しく微笑んだと感じたのだ。

 彼はゆっくりと踏み出し、僕の方へと近付いてくる。

「あっ……!?」

 だけど、僕は異変に気付いて後退った。

 ――仄かに香る甘い匂い。
 彼から甘くて美味しそうな匂いがするのだ。
 キラキラと光り輝いてさえ見える。
 その事に気付いた僕は、咄嗟に口元を両手で覆い、息を止めた。

(うわぁぁぁぁ! 不味い不味い不味い不味い!! 早くダークから離れなきゃ、このままじゃ、またとんでもないことをやらかしちゃう!!! うわぁ、どうしよう、どうしよう?! 逃げなきゃ、逃げなくちゃ??!)

 焦り後退っていく僕を見て、彼は歩んでいた足を止める。

 彼の目が陰り、表情が消えていく気がした。
 間をおいて、彼は呟くようにして言葉を発する。

「……早く探しに行け」
「「「?」」」

 彼は突っ立っていた騎士達へと視線を向け、声を荒げて命令する。

「ここにいないと分かっているなら、さっさと他を探せと言っているんだ! 早く行け! 見つけ出すまで戻ってくるな!!」
「は、はいっ!」
「申し訳ございません!」
「直ちに探し出します!」

 騎士達は彼の剣幕に飛び上がり、慌てて白豚王子を探しに駆け出していく。

「……はぁ」

 部屋から出て行った騎士達を見送り、彼は深い溜息を吐いた。
 それから、僕には視線を向けないまま、覇気のない声で命じる。

「お前もだ……早く探しに行け。もう戻るな……」

 奇跡的にも、僕は別人として白豚王子を探す態で、逃げる事ができそうなのだ。
 なんとかなりそうだと歓喜し、彼から距離を保ちつつ、出口の扉へと向かう。

(今が絶好のチャンス! ダークにも迷惑をかけずに済むし、このまま逃亡すればきっと破滅の未来も回避できるはず!! 早く逃げなきゃ……でも、どうしてだろう? ダークはなんでそんなに悲しそうなんだろう?)

 すれ違いざまに彼の横顔を覗き見れば、伏せられた目はとても悲しそうだった。
 そんな姿を見てしまうと、僕の胸はひどく締め付けられて、後ろ髪が引かれ、歩む足は止まってしまう。
 
「ダーク……」
「その名で呼ぶな」

 思わず呼びかけた声に、彼は辛そうに拒絶の言葉を返した。

(どうして? どうして辛そうにしているの? 紛争は無事に終結して、みんな助けられたはずだよね? だからこそ、ダークは生きていてくれてるんだよね? なのにどうして……)

 誰よりも助けたかった悲劇の英雄。だからこそ、運命を変えようとして、これまで一生懸命に頑張ってきたのだ。
 大好きなキャラクターを不幸にしたくなくて、今度こそ幸福にしてあげたくて。

 それなのに、そんな悲愴な姿なんて見ていられない。
 甘い匂いの事も忘れて、駆け寄って励ましたくなってしまう。
 何も心配などいらないのだと安心させて、笑って欲しいと願ってしまう。

 気が付けば、僕は彼に歩み寄っていた。

「悲しまないで、大丈夫だから」
「……やめろ」

 近付き話しかける僕を拒否し、彼はその場から立ち去ろうとする。
 引き止めようとして僕は必死に縋り付き、彼の目を見て訴えた。

「必ずハッピーエンドにするから」
「もういい……っ……フラン!」

 彼は益々悲痛な表情をして僕から目を反らし、声を荒げて名を叫んだ。
 その名は、夢の中でダークが呼んでくれた、僕の愛称と同じ呼び名だった。

 手を伸ばして、彼の顔に触れ、目を合わせる。
 接触した事で匂いが濃くなり、僕の意識は揺らいでいく。

 それでも、気持ちを伝えなければと思う一心で、僕の想いを告げる。


「……ダーク、大好き。僕がなんとかするから……」


 ――濃厚な甘い匂い。
 それは、とても芳醇で、甘くて美味しそうな、の匂いだ。


「……ああ、美味しそう……」


 甘い匂いに包まれていく。それと同時に、僕の意識は薄れていく――――……


 ◆
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