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本編
109.地獄の悪鬼と暗黒の英雄
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一方で、戦地に赴く黒狼王子は驚異的な快進撃を繰り広げていた。
自国だけではなく、同盟国の敗勢状況までも覆し、勝利へと導いていく様は正に英雄だ。
いつ終わるとも知れなかった紛争にもようやく終止符が打たれ、終戦の時も遠くないと思われた。
しかしながら、完全敗北を目前にした敵対国は、最後の悪足掻きとばかりに残る軍勢を集結させ、決死の猛攻に打って出る。
それに伴い、戦力強化の為に魔力を欲した敵軍が真っ先に目を付けたのは、アイス・ランド王国(魔法使いの国)だった。
残虐非道な敵対国にとって、魔法使いは魔力を補給する為の恰好の餌食なのだ。
非戦闘員であろうと、女子供であろうと関係はなく、ことごとく蹂躙される対象だ。
追い詰められた敵対国は、もはや手段を択びはしなかった。
夜に紛れて王都に忍び寄り、卑劣にも民衆を食い荒らそうと動きだしたのだ。
白豚王子の生まれ育った国に、白豚王子の守ってきた民に、怖ろしい魔の手が迫っていく。
◆
「敵襲ー! 敵襲だー!!」
奇襲を知らせる警鐘が搔き鳴らされ、国中に警報が響き渡る。
「王都が襲撃を受けている! 全軍、直ちに出動だ!!」
王国の最強戦力である魔法騎士部隊が動き出す。
アイス・ランド王国は決して戦力の劣る弱国ではない。世界規模で見れば、強国の部類に入るくらいだ。
比類ない魔力量を持つ種族(魔法使い)は魔法技術に特出し、魔法による攻防は世界最高峰を誇る。
長引く紛争においても、国力がほぼ削がれる事なく維持し続けられたのは、それが所以でもある。
敵に魔力を狙われる事も重々承知している為、遠距離攻撃・広範囲攻撃に加え、防御は特段に進化発展しているのだ。
故に、鉄壁の防御魔法――王都の外壁が破られた事は一度としてない。
どんな強敵であろうと、難攻不落の防壁を突破する事は不可能――そう思われていた。
……ズガァァァァン……
轟音と共に大気を震わせる衝撃波が走る。
……ズガァァァァン……ズガァァァァン……
一定の間を置き、防壁に強大な力が叩き付けられている。
……ズガァァァァン……ズガァァァァン……ズガシャァァァァン!
傷一つ付いた事のなかった防壁に亀裂が入り、砕け散り、崩壊していく。
「そんなまさか! この防壁が破られるなんてことがあるのか!?」
ガラガラと決壊する防壁を刮目し、魔法騎士団長は驚愕の言葉を溢した。
信じ難い事に、魔法技術の粋を集めた世界最高の防御魔法が破られてしまったのだ。
更に驚愕するべきは、崩れ落ちた防壁から濛々と巻き上がる土煙の中、覗き込んだ敵の顔だった。
王都を囲い高く聳え立っていた外壁を易々と薙ぎ倒す、遥か頭上を見上げる程に巨大な敵の姿があったのだ。
敵は僅か一体のみ。だがそれは途方もなく邪悪な姿形をしている。
「あ……あ、ああ、あれは鬼人族!!?」
邪悪な姿を目にした魔法使い達は、抗えない本能的な恐怖に戦慄し、竦み上がった。
禍々しい無数の角が身体の至る所から突き出し、岩石を思わせる厳つい体躯は山の如く巨大だ。
「あんな巨大になるまで食ったのか……同族を……」
無数の角と巨体は人食いの鬼人族でも禁忌とされる、『同族食い』を犯した証だ。
巨大すぎる体躯は、禁忌が何度も繰り返された事を物語っている。
なんと怖ろしい地獄の底から生まれた鬼――鬼神だと、魔法使い達は愕然とした。
魔法使いの天敵とも言える鬼人族は、『同族食い』で能力が飛躍的に向上する。
山の如き巨体ともなれば、数え切れない程に禁忌が繰り返され、その度に能力が乗算されているのだ。
鬼神の能力は計り知れず、もはや人の力が及ぶ相手とは到底思えない。
「あんな化け物に……鬼神などに勝てるはずがない……」
王国最強の魔法騎士部隊ですら戦意喪失してしまう程、それは絶望的な事だった。
とうとう鬼神が防壁を越え、王都へと足を踏み入れる。
鬼神は魔法使いを食い荒らそうと、逃げ惑う民衆を追い詰めていく。
つまずき逃げ遅れた者に巨大な手が伸ばされ、泣き叫ぶ悲痛な声が上がる。
「嫌だ、死にたくない! 助けて、助けてくれー!!」
鷲掴みにされると思った瞬間、素早い何かがすり抜け、鬼神の手は空振った。
「!!?」
一巻の終わりだと絶望し、震えていた民が恐る恐る目を開けると、そこには民を抱えて駆ける獣人の少年がいた。
「大丈夫。逃げられる」
獣人の少年。それは過去に王都の民衆が『魔法の使えない獣』と蔑み、貧民街へと追いやった難民の子供に違いなかった。
「……た、助けてくれるのか?」
戸惑う民に、獣人の少年は優しく笑いかける。
「うん。一緒に逃げよう」
「……あ、ありがとう」
民は涙を零し、心から感謝した。
王都のあちこちで、民衆を鼓舞する声が上がる。
「諦めるな! 動けない者は手を貸す! 皆で逃げるぞ!!」
民衆が逃げ惑い混沌とする中、道を切り開き避難を促すのは貧民街の大男達と獣人達だった。
王都の民衆――魔法使い達は胸が詰まった。
それはかつて、魔法使い達が『魔法の使えない出来損ないの人でなし』と嘲笑し、虐げ追いやってきた者達なのだから。
そんな者達が危険も省みず、必死に自分達を助けようとしてくれるのだ。
魔法使いである自分達こそが最高の種族だと、選民思想の強かった民衆は、これまでの過ちを深く恥じ、途方もなく後悔した。
自分達は何一つ助けなどしなかったのに、命惜しさに助けを乞うなど余りにも恥知らずな行為だ。
それでも、絶望の闇の中で光り輝く希望を前にしては、縋らずにはいられない。
「必ず助かる! 誰一人として欠けさせない! だから信じて、一緒に逃げよう!!」
差し伸べられた優しい手を、感涙しながら取らずにはいられないのだ。
戦意喪失してしまった魔法騎士部隊に変わり、動き出したのは近衛騎士部隊だった。
「怯むな! 我々は誇り高き騎士だ! 我々こそが王国の剣であり盾。国と民を守るは騎士の本懐! 今こそ騎士の誇りを見せる時だ! 近衛騎士部隊、特攻する!!」
臆する騎士達を激励し、先頭を切って出陣するのは、王国最強の剣士ベルガモット率いる近衛騎士団だ。
貴族の中でも魔力量の少ない者達が剣技を究めた騎士団。近接戦闘に特化した精鋭部隊だった。
我に返った他部隊の騎士達も後に続き、近衛騎士達に補助魔法をかけ、防御魔法で援護する。
「卑劣な鬼などに恐れをなし、屈してなるものか!」
魔法騎士部隊はありったけの魔力で攻撃魔法を鬼神へと放ち続け、近衛騎士部隊は岩山のように硬い表皮を切り付け続けた。
しかし、鬼神からすれば煩わしい羽虫の纏わり程度にしかなっておらず、まったく打撃にはなっていない。
それでもせめて、民衆達が逃げ果せるまでの足止めになればと、近衛騎士団は捨て身の抗戦を繰り広げた。
やがて、民衆の姿が見えなくなると、鬼神は狙いを変えて騎士を食らおうと動きだす。
飛び回る羽虫の中で一番魔力量の多かったベルガモットを鷲掴みにし、捕まえてしまったのだ。
「ぐあっ……くそっ!」
ベルガモットを摘まんで高く掲げ、丸呑みにしようと、無数の鋭い歯が並んだ悍ましい口が開かれる。
「ここまで、なのか……」
一握りで骨が砕かれ、抗う事もできなくなったベルガモットの身体が、鬼神の口の中へと落ちていく――刹那、闇が射す。
グオ゛オオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ
突如、鬼神がけたたましい咆哮を上げた。
落下していたベルガモットの身体は鬼神の口には落ちず、空中を駆ける何者かによって受け止められる。
「よく耐えてくれました」
「……君、達は?」
危機一髪の所に駆けつけたのは、犬耳の獣人マカダミアとアーモンドだった。
「まずは回復しないとな」
「もがっ?!」
アーモンドがベルガモットの口に飴玉を放り込む。それは白豚王子が作ったものだ。
口内に甘く優しい味が広がっていくと思えば、瀕死状態だった身体が見る間に回復していく。
王宮の上級魔法使いでも、ここまで急激に負担もなく回復させる事は不可能だろう。
暫し驚いていたベルガモットだったが、回復を実感して再び戦おうと立ち上がる。
僅かでも鬼人の力を削いでやるのだと、死地に向かう覚悟でいるベルガモットを、獣人の二人は制止した。
「止めてくれるな!」
必死な表情をするベルガモットに、マカダミアは屈託のない明るい笑みで告げる。
「もう大丈夫です。我らの英雄は無敵ですから」
そう言って鬼人へと目を向けるマカダミアの視線を追い、ベルガモットも鬼神を見て息を呑む。
グオ゛オオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ
鬼神が上げている咆哮――それは痛みに絶叫していたのだ。
先程までベルガモットを掴んでいた手が、真っ黒に変色して溶け落ちている。
どんな魔法攻撃も物理攻撃もまるで効かなかった、鬼神の硬い巨躯が脆くも崩れていく。
膝を突き倒れ込んだ鬼神の巨体を黒い影が這い、立ち込める黒い靄が包んでいった。
黒い靄――否、暗黒闇の中から独特な低い声が響く。
『――地獄から生まれし邪悪な鬼よ。暗黒に染まり闇に落ちろ――』
影が這い回る巨躯は拘束でもされているのか、身動き一つできずに鬼神は只々絶叫している。
グオ゛オオオオォォォォォォォォォーーーー……
絶叫すらできなくなった鬼神は、全身から黒い血を垂れ流し、真っ黒に染まりきって、溶けるようにして闇の中へと落ちていく。
『――常闇に抱かれ、永遠に眠るがいい――』
鬼神の巨体が完全に消滅すると、強大な暗黒闇が一点に集束していき、人影を形作る。
そこに現れたのは、漆黒の鎧と黒衣を纏う、英雄と名高い人物の姿であった。
「……あれが、英雄……黒狼王子なのか……」
英雄の力と姿を目の当たりにした者達は皆、畏怖する。
闇の覇王――魔王とも見紛う風貌に恐れ戦き、平伏してしまう。
(……彼は英雄だ。味方である限りは、間違いなく……)
同時に、絶対い敵にしてはならない存在だと、魔法使い達の心理に深く刻み込まれた。
「ウオオオオォォォォ! 我らの英雄の勝利だー! 完全勝利だー!!」
黒狼王子に追従してきた多くの獣人兵部隊から、勝鬨の声が上がる。
敵対国から放たれた最後の切り札であった鬼神が倒され、ようやく紛争が終わるのだ。
歓喜する声に釣られ、民衆を避難させていた大男達や獣人達が様子を見にやってくる。
黒狼王子の姿を見つけたチョコミントは駆け寄っていき、必死な顔で訴える。
「王子! ガトー王子、お願い助けて!!」
「どうしたんだ?」
鬼神は倒したがまだ脅威があるのかと、黒狼王子は耳を聳てて訊く。
「大変なんだ! ラズベリーが、ラズベリーが大変なんだよ!!」
「なんだと!?」
黒狼王子はチョコミントの話を聞き、急いでアイス・ランド王国の氷城へと向かっていった。
◆
英雄の活躍で王国の危機が救われたのだと、歓喜する声が城内に溢れていた。
しかし、そんな明るい雰囲気だった王宮に、唐突に暗雲が立ち込める。
空気がどんどんと重くなり、暗くなり、異様な重圧が空間を支配していく。
立ち込めた暗黒闇の中から、地を這うような低く重い、怖ろしい声が響く。
『……どこだ……どこにいる? ……』
「!?」
王宮にいた要人達は重圧に耐えきれなくなり、失神してバタバタと倒れていく。
怖ろしい暗黒闇の中から現われたのは、怒気を孕んだ鬼気迫る黒狼王子の姿だった。
『……フランを……フランボワーズをどこへやった? ……』
「!!?」
その金色の鋭い眼光に射貫かれ、宰相グリーンティーは泡を吹いて倒れた。
◆
自国だけではなく、同盟国の敗勢状況までも覆し、勝利へと導いていく様は正に英雄だ。
いつ終わるとも知れなかった紛争にもようやく終止符が打たれ、終戦の時も遠くないと思われた。
しかしながら、完全敗北を目前にした敵対国は、最後の悪足掻きとばかりに残る軍勢を集結させ、決死の猛攻に打って出る。
それに伴い、戦力強化の為に魔力を欲した敵軍が真っ先に目を付けたのは、アイス・ランド王国(魔法使いの国)だった。
残虐非道な敵対国にとって、魔法使いは魔力を補給する為の恰好の餌食なのだ。
非戦闘員であろうと、女子供であろうと関係はなく、ことごとく蹂躙される対象だ。
追い詰められた敵対国は、もはや手段を択びはしなかった。
夜に紛れて王都に忍び寄り、卑劣にも民衆を食い荒らそうと動きだしたのだ。
白豚王子の生まれ育った国に、白豚王子の守ってきた民に、怖ろしい魔の手が迫っていく。
◆
「敵襲ー! 敵襲だー!!」
奇襲を知らせる警鐘が搔き鳴らされ、国中に警報が響き渡る。
「王都が襲撃を受けている! 全軍、直ちに出動だ!!」
王国の最強戦力である魔法騎士部隊が動き出す。
アイス・ランド王国は決して戦力の劣る弱国ではない。世界規模で見れば、強国の部類に入るくらいだ。
比類ない魔力量を持つ種族(魔法使い)は魔法技術に特出し、魔法による攻防は世界最高峰を誇る。
長引く紛争においても、国力がほぼ削がれる事なく維持し続けられたのは、それが所以でもある。
敵に魔力を狙われる事も重々承知している為、遠距離攻撃・広範囲攻撃に加え、防御は特段に進化発展しているのだ。
故に、鉄壁の防御魔法――王都の外壁が破られた事は一度としてない。
どんな強敵であろうと、難攻不落の防壁を突破する事は不可能――そう思われていた。
……ズガァァァァン……
轟音と共に大気を震わせる衝撃波が走る。
……ズガァァァァン……ズガァァァァン……
一定の間を置き、防壁に強大な力が叩き付けられている。
……ズガァァァァン……ズガァァァァン……ズガシャァァァァン!
傷一つ付いた事のなかった防壁に亀裂が入り、砕け散り、崩壊していく。
「そんなまさか! この防壁が破られるなんてことがあるのか!?」
ガラガラと決壊する防壁を刮目し、魔法騎士団長は驚愕の言葉を溢した。
信じ難い事に、魔法技術の粋を集めた世界最高の防御魔法が破られてしまったのだ。
更に驚愕するべきは、崩れ落ちた防壁から濛々と巻き上がる土煙の中、覗き込んだ敵の顔だった。
王都を囲い高く聳え立っていた外壁を易々と薙ぎ倒す、遥か頭上を見上げる程に巨大な敵の姿があったのだ。
敵は僅か一体のみ。だがそれは途方もなく邪悪な姿形をしている。
「あ……あ、ああ、あれは鬼人族!!?」
邪悪な姿を目にした魔法使い達は、抗えない本能的な恐怖に戦慄し、竦み上がった。
禍々しい無数の角が身体の至る所から突き出し、岩石を思わせる厳つい体躯は山の如く巨大だ。
「あんな巨大になるまで食ったのか……同族を……」
無数の角と巨体は人食いの鬼人族でも禁忌とされる、『同族食い』を犯した証だ。
巨大すぎる体躯は、禁忌が何度も繰り返された事を物語っている。
なんと怖ろしい地獄の底から生まれた鬼――鬼神だと、魔法使い達は愕然とした。
魔法使いの天敵とも言える鬼人族は、『同族食い』で能力が飛躍的に向上する。
山の如き巨体ともなれば、数え切れない程に禁忌が繰り返され、その度に能力が乗算されているのだ。
鬼神の能力は計り知れず、もはや人の力が及ぶ相手とは到底思えない。
「あんな化け物に……鬼神などに勝てるはずがない……」
王国最強の魔法騎士部隊ですら戦意喪失してしまう程、それは絶望的な事だった。
とうとう鬼神が防壁を越え、王都へと足を踏み入れる。
鬼神は魔法使いを食い荒らそうと、逃げ惑う民衆を追い詰めていく。
つまずき逃げ遅れた者に巨大な手が伸ばされ、泣き叫ぶ悲痛な声が上がる。
「嫌だ、死にたくない! 助けて、助けてくれー!!」
鷲掴みにされると思った瞬間、素早い何かがすり抜け、鬼神の手は空振った。
「!!?」
一巻の終わりだと絶望し、震えていた民が恐る恐る目を開けると、そこには民を抱えて駆ける獣人の少年がいた。
「大丈夫。逃げられる」
獣人の少年。それは過去に王都の民衆が『魔法の使えない獣』と蔑み、貧民街へと追いやった難民の子供に違いなかった。
「……た、助けてくれるのか?」
戸惑う民に、獣人の少年は優しく笑いかける。
「うん。一緒に逃げよう」
「……あ、ありがとう」
民は涙を零し、心から感謝した。
王都のあちこちで、民衆を鼓舞する声が上がる。
「諦めるな! 動けない者は手を貸す! 皆で逃げるぞ!!」
民衆が逃げ惑い混沌とする中、道を切り開き避難を促すのは貧民街の大男達と獣人達だった。
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それはかつて、魔法使い達が『魔法の使えない出来損ないの人でなし』と嘲笑し、虐げ追いやってきた者達なのだから。
そんな者達が危険も省みず、必死に自分達を助けようとしてくれるのだ。
魔法使いである自分達こそが最高の種族だと、選民思想の強かった民衆は、これまでの過ちを深く恥じ、途方もなく後悔した。
自分達は何一つ助けなどしなかったのに、命惜しさに助けを乞うなど余りにも恥知らずな行為だ。
それでも、絶望の闇の中で光り輝く希望を前にしては、縋らずにはいられない。
「必ず助かる! 誰一人として欠けさせない! だから信じて、一緒に逃げよう!!」
差し伸べられた優しい手を、感涙しながら取らずにはいられないのだ。
戦意喪失してしまった魔法騎士部隊に変わり、動き出したのは近衛騎士部隊だった。
「怯むな! 我々は誇り高き騎士だ! 我々こそが王国の剣であり盾。国と民を守るは騎士の本懐! 今こそ騎士の誇りを見せる時だ! 近衛騎士部隊、特攻する!!」
臆する騎士達を激励し、先頭を切って出陣するのは、王国最強の剣士ベルガモット率いる近衛騎士団だ。
貴族の中でも魔力量の少ない者達が剣技を究めた騎士団。近接戦闘に特化した精鋭部隊だった。
我に返った他部隊の騎士達も後に続き、近衛騎士達に補助魔法をかけ、防御魔法で援護する。
「卑劣な鬼などに恐れをなし、屈してなるものか!」
魔法騎士部隊はありったけの魔力で攻撃魔法を鬼神へと放ち続け、近衛騎士部隊は岩山のように硬い表皮を切り付け続けた。
しかし、鬼神からすれば煩わしい羽虫の纏わり程度にしかなっておらず、まったく打撃にはなっていない。
それでもせめて、民衆達が逃げ果せるまでの足止めになればと、近衛騎士団は捨て身の抗戦を繰り広げた。
やがて、民衆の姿が見えなくなると、鬼神は狙いを変えて騎士を食らおうと動きだす。
飛び回る羽虫の中で一番魔力量の多かったベルガモットを鷲掴みにし、捕まえてしまったのだ。
「ぐあっ……くそっ!」
ベルガモットを摘まんで高く掲げ、丸呑みにしようと、無数の鋭い歯が並んだ悍ましい口が開かれる。
「ここまで、なのか……」
一握りで骨が砕かれ、抗う事もできなくなったベルガモットの身体が、鬼神の口の中へと落ちていく――刹那、闇が射す。
グオ゛オオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ
突如、鬼神がけたたましい咆哮を上げた。
落下していたベルガモットの身体は鬼神の口には落ちず、空中を駆ける何者かによって受け止められる。
「よく耐えてくれました」
「……君、達は?」
危機一髪の所に駆けつけたのは、犬耳の獣人マカダミアとアーモンドだった。
「まずは回復しないとな」
「もがっ?!」
アーモンドがベルガモットの口に飴玉を放り込む。それは白豚王子が作ったものだ。
口内に甘く優しい味が広がっていくと思えば、瀕死状態だった身体が見る間に回復していく。
王宮の上級魔法使いでも、ここまで急激に負担もなく回復させる事は不可能だろう。
暫し驚いていたベルガモットだったが、回復を実感して再び戦おうと立ち上がる。
僅かでも鬼人の力を削いでやるのだと、死地に向かう覚悟でいるベルガモットを、獣人の二人は制止した。
「止めてくれるな!」
必死な表情をするベルガモットに、マカダミアは屈託のない明るい笑みで告げる。
「もう大丈夫です。我らの英雄は無敵ですから」
そう言って鬼人へと目を向けるマカダミアの視線を追い、ベルガモットも鬼神を見て息を呑む。
グオ゛オオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ
鬼神が上げている咆哮――それは痛みに絶叫していたのだ。
先程までベルガモットを掴んでいた手が、真っ黒に変色して溶け落ちている。
どんな魔法攻撃も物理攻撃もまるで効かなかった、鬼神の硬い巨躯が脆くも崩れていく。
膝を突き倒れ込んだ鬼神の巨体を黒い影が這い、立ち込める黒い靄が包んでいった。
黒い靄――否、暗黒闇の中から独特な低い声が響く。
『――地獄から生まれし邪悪な鬼よ。暗黒に染まり闇に落ちろ――』
影が這い回る巨躯は拘束でもされているのか、身動き一つできずに鬼神は只々絶叫している。
グオ゛オオオオォォォォォォォォォーーーー……
絶叫すらできなくなった鬼神は、全身から黒い血を垂れ流し、真っ黒に染まりきって、溶けるようにして闇の中へと落ちていく。
『――常闇に抱かれ、永遠に眠るがいい――』
鬼神の巨体が完全に消滅すると、強大な暗黒闇が一点に集束していき、人影を形作る。
そこに現れたのは、漆黒の鎧と黒衣を纏う、英雄と名高い人物の姿であった。
「……あれが、英雄……黒狼王子なのか……」
英雄の力と姿を目の当たりにした者達は皆、畏怖する。
闇の覇王――魔王とも見紛う風貌に恐れ戦き、平伏してしまう。
(……彼は英雄だ。味方である限りは、間違いなく……)
同時に、絶対い敵にしてはならない存在だと、魔法使い達の心理に深く刻み込まれた。
「ウオオオオォォォォ! 我らの英雄の勝利だー! 完全勝利だー!!」
黒狼王子に追従してきた多くの獣人兵部隊から、勝鬨の声が上がる。
敵対国から放たれた最後の切り札であった鬼神が倒され、ようやく紛争が終わるのだ。
歓喜する声に釣られ、民衆を避難させていた大男達や獣人達が様子を見にやってくる。
黒狼王子の姿を見つけたチョコミントは駆け寄っていき、必死な顔で訴える。
「王子! ガトー王子、お願い助けて!!」
「どうしたんだ?」
鬼神は倒したがまだ脅威があるのかと、黒狼王子は耳を聳てて訊く。
「大変なんだ! ラズベリーが、ラズベリーが大変なんだよ!!」
「なんだと!?」
黒狼王子はチョコミントの話を聞き、急いでアイス・ランド王国の氷城へと向かっていった。
◆
英雄の活躍で王国の危機が救われたのだと、歓喜する声が城内に溢れていた。
しかし、そんな明るい雰囲気だった王宮に、唐突に暗雲が立ち込める。
空気がどんどんと重くなり、暗くなり、異様な重圧が空間を支配していく。
立ち込めた暗黒闇の中から、地を這うような低く重い、怖ろしい声が響く。
『……どこだ……どこにいる? ……』
「!?」
王宮にいた要人達は重圧に耐えきれなくなり、失神してバタバタと倒れていく。
怖ろしい暗黒闇の中から現われたのは、怒気を孕んだ鬼気迫る黒狼王子の姿だった。
『……フランを……フランボワーズをどこへやった? ……』
「!!?」
その金色の鋭い眼光に射貫かれ、宰相グリーンティーは泡を吹いて倒れた。
◆
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ラリス王国。
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前世の記憶を残したまま、転生を繰り返して来たキャニス。何度生まれ変わっても、誰からも愛されず、裏切られることに疲れ切ってしまったキャニスは、今世では、誰も愛さず何も期待しないと心に決め、笑わない氷華の貴公子と言われる様になった。
ラリス王国の第一王子ナリウスの婚約者として、王子妃教育を受けて居たが、手癖の悪い第一王子から、冷たい態度を取られ続け、とうとう婚約破棄に。
そして、密かにキャニスに、想いを寄せて居た第二王子カリストが、キャニスへの贖罪と初恋を実らせる為に奔走し始める。
その頃、母国の騒ぎから逃れ、隣国に滞在していたキャニスは、隣国の王子シェルビーからの熱烈な求愛を受けることに。
初恋を拗らせたカリストとシェルビー。
キャニスの氷った心を溶かす事ができるのは、どちらか?
蜂蜜とストーカー~本の虫である僕の結婚相手は元迷惑ファンだった~
清田いい鳥
BL
読書大好きユハニくん。魔術学園に入り、気の置けない友達ができ、ここまではとても順調だった。
しかし魔獣騎乗の授業で、まさかの高所恐怖症が発覚。歩くどころか乗るのも無理。何もかも無理。危うく落馬しかけたところをカーティス先輩に助けられたものの、このオレンジ頭がなんかしつこい。手紙はもう引き出しに入らない。花でお部屋が花畑に。けど、触れられても嫌じゃないのはなぜだろう。
プレゼント攻撃のことはさておき、先輩的には普通にアプローチしてたつもりが、なんか思ってたんと違う感じになって着地するまでのお話です。
『体育会系の魔法使い』のおまけ小説。付録です。サイドストーリーです。クリック者全員大サービスで(充分伝わっとるわ)。
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