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本編
106.暗黒の狼を照らす満月の光
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黒狼王子の名を呼ぶ声が聞こえる。
「……ガトー、殿下……」
か細く、擦れた、酷く弱々しい声。
それは、久々に耳にした御供達の声だった。
黒狼王子が振り返れば、歩み近付いてくる御供達の姿が見える。
御供達はふらふらとよろめき、途中で力尽き倒れ込んだ。
黒狼王子は咄嗟に駆け寄ろうとする。
しかし、己から漏れ出る毒を危惧して、駆ける足を止めた。
いくら御共達が心配でも、命を削る毒のせいで近寄る事は憚られたのだ。
黒狼王子は沈痛な面持ちで御供達を見つめ、声をかける。
「どうしたんだ、お前達?!」
闇の呪いに蝕まれないよう、毒に侵されないよう、黒狼王子は御供達を遠ざけていた。
「すみません、ガトー殿下……」
「どうしても、お力になりたくて……」
「!?」
黒狼王子が孤立する意図を理解はしていても、敬愛する黒狼王子を一人で放っておくことなど、御共達にはできなかった。
少しでも黒狼王子の力になりたいと願い、秘かに世話を焼き続けていたのだ。
「俺に近付くなと、あれほど言ったのに!」
遠ざけられていても、黒狼王子を慕う者は少なくない。
救国の英雄への感謝と敬愛を忘れない者は、皆で協力し合い黒狼王子を陰ながら支えていたのだ。
その中でも、自ら望んで黒狼王子の近くに身を置き、世話を焼いていたのが御供達だった。
御供達はよろよろと上体を起こし、なんとか話そうと口を開く。
「ごふっ……はぁ、はぁ……」
「ごほ、ごほ……ふぅ、ふぅ……」
「!!?」
けれど上手く話せず、咳き込んだ口元からは血が滴り落ちた。
赤い鮮血がじわじわと黒く変色していく様子を見て、黒狼王子は愕然とする。
それは間違いなく、黒狼王子から漏れ出る毒に侵されている証拠だったからだ。
御供達は顔を上げて、事も無げに微笑んで見せる。
「御供ができるのも、ここまでみたいですね……」
「私達、そろそろ駄目みたいです……ははは……」
「な、何を言い出すんだ?!」
御共達にとって吐血は初めての事ではない。何度となく繰り返してきた事だった。
けれど、耐え続けてきた身体もとうとう限界を迎え、最期を覚悟した御共達は黒狼王子の元に訪れたのだ。
「最後にガトー殿下の御顔が見たくて、お許しください……」
「どうしても、最後にお伝えしたい事があったんです……」
「最後って……何を、言っているんだ……?」
黒狼王子の側にいれば、闇の呪いや毒により命が危険に晒されると、御供達は理解していた。
それでも尚、御供達は側で支え続ける事を選んだのだ。
その末に、黒狼王子と同じく、もしくはもっと早く毒に侵され、命を落とす事になるとしても。
「ガトー殿下――」
「止めろ! 何も言うな!!」
不穏な言動に狼狽え、黒狼王子は続く言葉を遮った。
御共達は少し困った顔で笑い、途切れ途切れになる擦れた声で語りかける。
「私達はガトー殿下にお仕えできて、とても幸せでした……これは、自ら望んだ結果です……だから、私達が死んでも悲しまないでください……」
「ガトー殿下、どうか笑ってやってください……敬愛の度が過ぎると、馬鹿な御供達だなと、笑ってやってください……ははは……」
倒れたままもう起き上がる事もできない御供達を見れば、そう長く持たない事は明らかだった。
「嘘だ……そんな……そんな……」
御供達は黒狼王子を気遣い気丈に振舞ってはいるが、同じ毒に侵される黒狼王子にはそれがどれほどの苦痛を耐え忍んできた事かよく分かる。
だからこそ、黒狼王子はそんな苦痛を御供達に強いてしまった事に、命すら投げ出させてしまった事に、失望し打ちのめされていた。
(……俺だけが耐えればいい、俺だけが闇の贄になればいい、そう思っていた。いずれ、命を落とすとしても国や民が救われるなら、少しでも多くの民が救われるならと……贄は俺だけの筈だったんだ。……なのに、なのにどうして……)
黒狼王子は死に際の御供達を前にして、どうしたらいいのか分からない。
どんな表情をすればいいのか、どんな言葉をかけてやるべきなのか、どんな行動をするべきなのか、分からなかった。
「……ガトー、殿下……」
ただ、黒狼王子へと震える手を懸命に伸ばす御供達の姿を見て、ゆっくり歩み寄る。
側に寄り震える手を握ってやれば、御供達は安堵するように息を吐いた。
「ああ、ガトー殿下……そんな悲しい顔は、なさらないでください……」
「マカダミア……」
「ガトー殿下は王国を、同胞達を救ってくれた英雄なのですから……笑っていてください……」
「アーモンド……」
「ガトー殿下は私達の誇りです……お仕えできて、幸せでした……」
「後悔など微塵もありません……だから……笑ってください……」
「お前達っ……!」
もはや、御供達の目は黒く濁り、視界は霞んでよく見えていない。
見る間に御供達の身体は黒く染まり、生気が失われていく。
「……駄目だ! 逝くな、逝くなっ!!」
「最大の感謝と……敬愛を……」
「ガトー……殿、下…………」
微笑む御供達は最後の言葉を残し、そこで事切れた。
黒狼王子は大切な御供達を抱き寄せ、泣き崩れる。
「お前達……っ…………!?」
だがそれすら、真っ黒に染まった亡骸ですら、黒狼王子の手をすり抜け消えていく。
闇に呪われ命を落とした者は皆、一様に闇に溶けて跡形も残らず消失してしまうのだ。
「……ぁ……ぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
黒狼王子は己の命と引き替えにしてでも守りたかった同胞を失った。
己を犠牲にしようとしたが故に、黒狼王子を大切に想う者達を犠牲にする結果となったのだ。
いくら後悔しても取り返しはつかない。黒狼王子は嘆き悲しみ、深い絶望に打ちひしがれる。
それでもまだ、絶望は終わらない。それは、序章にすぎなかったのだから。
◆
黒狼王子を慕い支えてきた者達もまた、闇の呪いに蝕まれてしまっていたのだ。
身近に居る者ほど、黒狼王子が心を砕く者ほど、毒に侵されて次々と命を落としていった。
守るべくして守れなかった。望まずして命を奪ってしまった多くの同胞。
せめて、その者達の大切な家族だけでもと、黒狼王子は必死に守ろうとした。
けれど、残された家族は黒狼王子に石を投げ付け、救国の英雄に罵声を浴びせかける。
愛する人の命を奪った死神だと、悍ましい暗黒の化物だと、憎悪と殺意の感情を剥き出しにして叫ぶのだ。
「あんたのせいで死んだんだ! あの人を返して、返してよ!!」
「お前が死ねば良かったのに! お前なんか早く死んじまえっ!!」
「死ねぇ、疫病神! これ以上、人を呪い殺す前に死ねぇ!!」
大切な者達を失い悲嘆に暮れる中、それでも守り抜いてきた人々からでさえ、黒狼王子は憎まれ死を望まれた。
そこにはもう、黒狼王子を慕う者も、心配する者も、必要とする者も、誰一人いない。それらの者達はもういないのだ。己のせいで、死に絶えてしまったのだから。
更に、困窮する民達を黒狼王子は救う事ができず、弱い者から順に同胞の命が失われていった。
黒狼王子の心身はとうに限界だった。
それでも、なんとか守ろうとする気力だけで持ち堪えていたのだ。
だがそれも、もうすぐ終わる。
紛争は終結を迎え、黒狼王子の願いは叶えられた。
◆
命の灯火は燃え尽き、黒狼王子の身体もまた真っ黒に染まり、闇に溶け始める。
己の命を削り続け、信念を貫き守り抜いてきた。その先にあったのは、真っ暗闇な絶望だった。
身体を包んでいく闇が、黒狼王子に囁きかける。
『――ガトー殿下――お側におります――これからもずっと、私達がお供しますから――』
それは死んだ者達の声。毒に侵され闇に溶けて消失した者達の声だった。
闇は温かく、心地良さすらも感じさせ、黒狼王子を優しく包み込んで迎え入れる。
『――もう一人ではありません――皆一緒ですから――何も怖くはありません――さぁ、一つになりましょう――唯一無二の美しい暗黒色に――暗黒闇に――』
闇に抱擁され、黒狼王子は深い深い絶望の底に沈んでいく。
昏い冥い真っ暗闇の奥深く、己と闇の境界すらも分からなくなるほどに深く黒く。
暗黒に染まって自我を失い、闇と同化するかと思われた。その時――
『――ダーク――』
――心の奥底で名を呼ぶ声が響き、黒狼王子は目を覚ます。
「……ふっ。くだらない」
黒狼王子は不敵に笑った。
闇に覆い尽くされた中で、金色の眼を光らせ断言する。
「こんなもの、只のまやかしにすぎない。本当の未来は違う」
黒狼王子は確信していた。
暗黒の悪魔が予言した未来など、決して訪れないと。
なけなしの希望や願望ではない。それは確固たる断定だ。
「どんなに悲惨な未来を見せつけられようと、俺は染まらない」
真っ暗闇な絶望の渦中にいても、そこには確かにあり続けるのだ。
闇夜に浮かぶ月と同じく姿は見えずとも、黒狼王子の心には確かにある。
(満月に誓った。俺の想いも同じく、共にあり続けると)
月夜の晩に固く誓った。そうさせた白豚王子の言葉が思い起こされる。
『――僕、絶対にみんなが幸せになれるように頑張るからね――』
どんなに深い暗黒闇の中でも、黒狼王子の心を照らし導く光があるのだ。
『――必ず、みんなをハッピーエンドにするんだ――』
白豚王子と同じ真意が、揺るがない決意が、確信する未来が、そこにはある。
(不可能すらも可能にするフランが断言したのだ。ならば、それは疑いようもない確定した未来だ。本当の未来は、誰一人として欠ける事なく救われている。フランはまた皆を笑顔にしているに違いないのだから。それ以外の未来などありはしない)
月を思わせる金色の眼光が、暗黒闇を見据える。
「……俺を染められると思うな」
何者をも従属させる王者の覇気を放ち、黒狼王子は暗黒闇に命じる。
「暗黒の闇よ、従え! 呪いの連鎖すらも、俺が断ち切ってやる!!」
余りにも強大すぎる真意に、絶望に染められなどしない確信に、暗黒闇は揺らぐ。
「暗黒の絶望すら塗り変えてやる! それが、ダークだ!!」
周囲を覆い尽くしていた暗黒闇に一筋の光が射し込む。
それは月明かりの如く黒狼王子を明るく照らし出し、足元に影を落とした。
絶対的とも思えた暗黒闇は、覇者である黒狼王子に服従し、その影へと集束していく。
――白豚王子との出会いは、暗黒闇の深い絶望にすら希望を与えた。
黒狼王子に訪れる筈だった凄惨な未来をも変え、運命は大きく変動していく。――
◆
「……ガトー、殿下……」
か細く、擦れた、酷く弱々しい声。
それは、久々に耳にした御供達の声だった。
黒狼王子が振り返れば、歩み近付いてくる御供達の姿が見える。
御供達はふらふらとよろめき、途中で力尽き倒れ込んだ。
黒狼王子は咄嗟に駆け寄ろうとする。
しかし、己から漏れ出る毒を危惧して、駆ける足を止めた。
いくら御共達が心配でも、命を削る毒のせいで近寄る事は憚られたのだ。
黒狼王子は沈痛な面持ちで御供達を見つめ、声をかける。
「どうしたんだ、お前達?!」
闇の呪いに蝕まれないよう、毒に侵されないよう、黒狼王子は御供達を遠ざけていた。
「すみません、ガトー殿下……」
「どうしても、お力になりたくて……」
「!?」
黒狼王子が孤立する意図を理解はしていても、敬愛する黒狼王子を一人で放っておくことなど、御共達にはできなかった。
少しでも黒狼王子の力になりたいと願い、秘かに世話を焼き続けていたのだ。
「俺に近付くなと、あれほど言ったのに!」
遠ざけられていても、黒狼王子を慕う者は少なくない。
救国の英雄への感謝と敬愛を忘れない者は、皆で協力し合い黒狼王子を陰ながら支えていたのだ。
その中でも、自ら望んで黒狼王子の近くに身を置き、世話を焼いていたのが御供達だった。
御供達はよろよろと上体を起こし、なんとか話そうと口を開く。
「ごふっ……はぁ、はぁ……」
「ごほ、ごほ……ふぅ、ふぅ……」
「!!?」
けれど上手く話せず、咳き込んだ口元からは血が滴り落ちた。
赤い鮮血がじわじわと黒く変色していく様子を見て、黒狼王子は愕然とする。
それは間違いなく、黒狼王子から漏れ出る毒に侵されている証拠だったからだ。
御供達は顔を上げて、事も無げに微笑んで見せる。
「御供ができるのも、ここまでみたいですね……」
「私達、そろそろ駄目みたいです……ははは……」
「な、何を言い出すんだ?!」
御共達にとって吐血は初めての事ではない。何度となく繰り返してきた事だった。
けれど、耐え続けてきた身体もとうとう限界を迎え、最期を覚悟した御共達は黒狼王子の元に訪れたのだ。
「最後にガトー殿下の御顔が見たくて、お許しください……」
「どうしても、最後にお伝えしたい事があったんです……」
「最後って……何を、言っているんだ……?」
黒狼王子の側にいれば、闇の呪いや毒により命が危険に晒されると、御供達は理解していた。
それでも尚、御供達は側で支え続ける事を選んだのだ。
その末に、黒狼王子と同じく、もしくはもっと早く毒に侵され、命を落とす事になるとしても。
「ガトー殿下――」
「止めろ! 何も言うな!!」
不穏な言動に狼狽え、黒狼王子は続く言葉を遮った。
御共達は少し困った顔で笑い、途切れ途切れになる擦れた声で語りかける。
「私達はガトー殿下にお仕えできて、とても幸せでした……これは、自ら望んだ結果です……だから、私達が死んでも悲しまないでください……」
「ガトー殿下、どうか笑ってやってください……敬愛の度が過ぎると、馬鹿な御供達だなと、笑ってやってください……ははは……」
倒れたままもう起き上がる事もできない御供達を見れば、そう長く持たない事は明らかだった。
「嘘だ……そんな……そんな……」
御供達は黒狼王子を気遣い気丈に振舞ってはいるが、同じ毒に侵される黒狼王子にはそれがどれほどの苦痛を耐え忍んできた事かよく分かる。
だからこそ、黒狼王子はそんな苦痛を御供達に強いてしまった事に、命すら投げ出させてしまった事に、失望し打ちのめされていた。
(……俺だけが耐えればいい、俺だけが闇の贄になればいい、そう思っていた。いずれ、命を落とすとしても国や民が救われるなら、少しでも多くの民が救われるならと……贄は俺だけの筈だったんだ。……なのに、なのにどうして……)
黒狼王子は死に際の御供達を前にして、どうしたらいいのか分からない。
どんな表情をすればいいのか、どんな言葉をかけてやるべきなのか、どんな行動をするべきなのか、分からなかった。
「……ガトー、殿下……」
ただ、黒狼王子へと震える手を懸命に伸ばす御供達の姿を見て、ゆっくり歩み寄る。
側に寄り震える手を握ってやれば、御供達は安堵するように息を吐いた。
「ああ、ガトー殿下……そんな悲しい顔は、なさらないでください……」
「マカダミア……」
「ガトー殿下は王国を、同胞達を救ってくれた英雄なのですから……笑っていてください……」
「アーモンド……」
「ガトー殿下は私達の誇りです……お仕えできて、幸せでした……」
「後悔など微塵もありません……だから……笑ってください……」
「お前達っ……!」
もはや、御供達の目は黒く濁り、視界は霞んでよく見えていない。
見る間に御供達の身体は黒く染まり、生気が失われていく。
「……駄目だ! 逝くな、逝くなっ!!」
「最大の感謝と……敬愛を……」
「ガトー……殿、下…………」
微笑む御供達は最後の言葉を残し、そこで事切れた。
黒狼王子は大切な御供達を抱き寄せ、泣き崩れる。
「お前達……っ…………!?」
だがそれすら、真っ黒に染まった亡骸ですら、黒狼王子の手をすり抜け消えていく。
闇に呪われ命を落とした者は皆、一様に闇に溶けて跡形も残らず消失してしまうのだ。
「……ぁ……ぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!」
黒狼王子は己の命と引き替えにしてでも守りたかった同胞を失った。
己を犠牲にしようとしたが故に、黒狼王子を大切に想う者達を犠牲にする結果となったのだ。
いくら後悔しても取り返しはつかない。黒狼王子は嘆き悲しみ、深い絶望に打ちひしがれる。
それでもまだ、絶望は終わらない。それは、序章にすぎなかったのだから。
◆
黒狼王子を慕い支えてきた者達もまた、闇の呪いに蝕まれてしまっていたのだ。
身近に居る者ほど、黒狼王子が心を砕く者ほど、毒に侵されて次々と命を落としていった。
守るべくして守れなかった。望まずして命を奪ってしまった多くの同胞。
せめて、その者達の大切な家族だけでもと、黒狼王子は必死に守ろうとした。
けれど、残された家族は黒狼王子に石を投げ付け、救国の英雄に罵声を浴びせかける。
愛する人の命を奪った死神だと、悍ましい暗黒の化物だと、憎悪と殺意の感情を剥き出しにして叫ぶのだ。
「あんたのせいで死んだんだ! あの人を返して、返してよ!!」
「お前が死ねば良かったのに! お前なんか早く死んじまえっ!!」
「死ねぇ、疫病神! これ以上、人を呪い殺す前に死ねぇ!!」
大切な者達を失い悲嘆に暮れる中、それでも守り抜いてきた人々からでさえ、黒狼王子は憎まれ死を望まれた。
そこにはもう、黒狼王子を慕う者も、心配する者も、必要とする者も、誰一人いない。それらの者達はもういないのだ。己のせいで、死に絶えてしまったのだから。
更に、困窮する民達を黒狼王子は救う事ができず、弱い者から順に同胞の命が失われていった。
黒狼王子の心身はとうに限界だった。
それでも、なんとか守ろうとする気力だけで持ち堪えていたのだ。
だがそれも、もうすぐ終わる。
紛争は終結を迎え、黒狼王子の願いは叶えられた。
◆
命の灯火は燃え尽き、黒狼王子の身体もまた真っ黒に染まり、闇に溶け始める。
己の命を削り続け、信念を貫き守り抜いてきた。その先にあったのは、真っ暗闇な絶望だった。
身体を包んでいく闇が、黒狼王子に囁きかける。
『――ガトー殿下――お側におります――これからもずっと、私達がお供しますから――』
それは死んだ者達の声。毒に侵され闇に溶けて消失した者達の声だった。
闇は温かく、心地良さすらも感じさせ、黒狼王子を優しく包み込んで迎え入れる。
『――もう一人ではありません――皆一緒ですから――何も怖くはありません――さぁ、一つになりましょう――唯一無二の美しい暗黒色に――暗黒闇に――』
闇に抱擁され、黒狼王子は深い深い絶望の底に沈んでいく。
昏い冥い真っ暗闇の奥深く、己と闇の境界すらも分からなくなるほどに深く黒く。
暗黒に染まって自我を失い、闇と同化するかと思われた。その時――
『――ダーク――』
――心の奥底で名を呼ぶ声が響き、黒狼王子は目を覚ます。
「……ふっ。くだらない」
黒狼王子は不敵に笑った。
闇に覆い尽くされた中で、金色の眼を光らせ断言する。
「こんなもの、只のまやかしにすぎない。本当の未来は違う」
黒狼王子は確信していた。
暗黒の悪魔が予言した未来など、決して訪れないと。
なけなしの希望や願望ではない。それは確固たる断定だ。
「どんなに悲惨な未来を見せつけられようと、俺は染まらない」
真っ暗闇な絶望の渦中にいても、そこには確かにあり続けるのだ。
闇夜に浮かぶ月と同じく姿は見えずとも、黒狼王子の心には確かにある。
(満月に誓った。俺の想いも同じく、共にあり続けると)
月夜の晩に固く誓った。そうさせた白豚王子の言葉が思い起こされる。
『――僕、絶対にみんなが幸せになれるように頑張るからね――』
どんなに深い暗黒闇の中でも、黒狼王子の心を照らし導く光があるのだ。
『――必ず、みんなをハッピーエンドにするんだ――』
白豚王子と同じ真意が、揺るがない決意が、確信する未来が、そこにはある。
(不可能すらも可能にするフランが断言したのだ。ならば、それは疑いようもない確定した未来だ。本当の未来は、誰一人として欠ける事なく救われている。フランはまた皆を笑顔にしているに違いないのだから。それ以外の未来などありはしない)
月を思わせる金色の眼光が、暗黒闇を見据える。
「……俺を染められると思うな」
何者をも従属させる王者の覇気を放ち、黒狼王子は暗黒闇に命じる。
「暗黒の闇よ、従え! 呪いの連鎖すらも、俺が断ち切ってやる!!」
余りにも強大すぎる真意に、絶望に染められなどしない確信に、暗黒闇は揺らぐ。
「暗黒の絶望すら塗り変えてやる! それが、ダークだ!!」
周囲を覆い尽くしていた暗黒闇に一筋の光が射し込む。
それは月明かりの如く黒狼王子を明るく照らし出し、足元に影を落とした。
絶対的とも思えた暗黒闇は、覇者である黒狼王子に服従し、その影へと集束していく。
――白豚王子との出会いは、暗黒闇の深い絶望にすら希望を与えた。
黒狼王子に訪れる筈だった凄惨な未来をも変え、運命は大きく変動していく。――
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