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本編

102.戦場を駆ける死神と暗黒の闇 ※R15グロ

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※このページは、流血、人死の表現が有ります。
 苦手な方はご注意下さい。


 ◆◆◆


 暫しの時が経過し、ショコラ・ランド王国(獣人の国)へと場面を移す。

 そこは、敵対国と対峙する国境――戦場の最前線。
 衰退の一途を辿り弱体化する獣人の国を攻め落とそうと、敵対国は大軍勢を編成し襲撃を仕掛けてきた。
 獣人兵達は長年に及ぶ紛争により心骨共に疲弊しきり、対抗する力すらも失いつつあった。
 追い打ちをかけるように迫りくる敵の大軍勢を前にし、獣人兵達は圧倒的なまでの兵力差から絶望せざるを得ない。

 前線で攻防を繰り広げてきた若い獣人兵が、手負いの老いた獣人兵を支えながら、やり場のない憤りを吐き捨てる。

「くそっ、ここまでなのか……」

 獣人の国が戦敗するであろう事は明白だった――しかしながら、敗北を認め降伏したからといって、獣人達に待ち受けているのは『惨たらしい死』か、あるいは『死よりも悍ましい奴隷家畜』に落とされる末路だ。

 慈悲の心など持ち合わせていない、人を人とも思わぬ敵対国の残忍さを、獣人達は嫌という程に知らしめられてきた。
 契約は何度となく破られ、捕虜は人の扱いなど受ける事は無く、明らかに戦闘員ではない女子供や老人でさえも、享楽的に弄ばれ惨殺されてきたのだ。

 若い獣人兵は悠然と迫りくる大軍勢を睨みつけ、拳を握り己を奮い立たせて唸る。

「ガルルルルゥ……せめて、せめて一矢報いっしむくいてくれる……」

 前線に立つ獣人兵達は己に生き延びる未来が無くとも、少しでも獣人同胞を守る盾になろうと、出来る限り多くの敵を打ち果たし戦死する覚悟をしていた。

 若い獣人兵が鋭い牙を剥きだし体勢を低くして、敵の首を掻いてやろうと飛び出そうとした、その時――


「援軍だ! 援軍が到着したぞ!!」


 ――援軍部隊の到着を知らせる声が、戦場に響き渡った。

 若い獣人兵が振り返り仰ぎ見れば、黒い軍旗をひるがえす援軍部隊が颯爽と現れる。
 風になびく軍旗には、金色の満月を背にする勇猛な狼の影が描かれていた。
 その絵図は王家の紋章にもよく似ている。

「……あの旗は? 王子殿下の部隊が駆けつけてくれたのか……」

 部隊を率いていたのは漆黒の鎧を身に纏う男――剛勇の将として名高い黒狼王子。
 ガトー・ショコラ・ブラック、その人だった。

 王族自らが前線へと駆けつけてくれた事に感激し、獣人兵達は感嘆の声を漏らす。
 だが、獣人兵達は感涙する反面で、いくら名高い黒狼王子であろうともこの圧倒的な兵力差を前にしては敵う筈がないと達観してしまう。
 獣人兵達は黒狼王子も自分達と共に敗死する事になるであろうと悲嘆した。

 戦敗の色濃く重苦しい空気を振り払うように、黒狼王子の凛とした声が命じる。

「魔法騎士団は防壁を張り、獣人兵は下がれ、皆防壁から出るな。俺が一人で行く」

 速やかに魔法騎士団が魔法防壁を展開し、獣人の陣営を覆い尽くす。
 後退を命じられた獣人兵達は、黒狼王子の意図が理解できず困惑した。
 そして、獣人兵達は何故なのかは分からなかったが、それまでとは何かが違う黒狼王子の様子に気付いた――


 ぞわぞわぞわぞわぞわぞわ


 ――本能に訴えかける何か・・があった。
 悪寒が背筋を這いずり回り、総毛立つ身体からは冷や汗が滴る。
 得体の知れない焦燥感や危機感に、心臓が早鐘を打ち鳴らしている。
 謎の重圧感に胸が押し潰され、息が詰まり呼吸が浅くなっていく。
 そんな中、若い獣人兵は固唾を呑み、黒狼王子の姿を見守った。

 黒狼王子はただ一人、援軍から離れ敵の大軍勢へと歩み前進していく。
 漆黒の鎧から覗く、黒狼王子の鋭く光る金色の目が敵の大軍勢を睨む。
 口元を覆っていた獣面のハーフマスクを黒狼王子が外すと、一瞬にして辺りを取り巻く空気が変わる。
 黒狼王子の吐息は黒く、全身からも禍々しい黒いもやが大量に溢れ出し、暗黒の闇が敵の方へと向かい広がっていく。


 一方で、敵兵達は大軍勢の兵力差から戦勝は間違いないと高を括り、油断しきっていた。

「なんだ、あの黒いもやは? 視界が悪いな、煙幕か?」
「小賢しい真似を、逃亡でもするつもりか? どう足掻いた所で戦敗は目に見えているだろうに、無駄な足掻きを……」
「まぁ、多少は抵抗してもらわないとつまらないからな。いたぶる楽しみの為にも、存分に藻掻き苦しんでもらおうじゃないか」

 敵兵達は下卑た笑みを浮かべ、唯一人で向かってくる黒狼王子を眺め嘲笑った。

「やはり、獣人は低脳だな。奴隷家畜にされるのが丁度良い種族だ。俺達でしつけて飼い慣らしてやらなければな」
「獣人は同胞思いだからな。女子供を人質に取って、男共は他国を攻める使い捨ての兵力にしてやろう」
「そうだな。女子供も獣らしく裸にひん剥いて、直々に性奴隷として調教してやろうじゃないか。がっはっはっはっ!」

 獣人を蔑み嘲笑っていた敵兵達が、辺りに漂い始めていた黒い靄を微かに吸った。
 次の瞬間――


「はっ! がはぁっ!?」


 ――敵兵達はゴプリと吐血した。
 それは、赤黒い血だった――否、黒く変色していく、暗黒色の血だった。
 黒い血を口から、鼻から、目から、耳から、全身から滴らせ、敵兵達は次々とその場に倒れ伏し絶命していく。
 死屍累々ししるいるいとなった亡骸は更に真っ黒く変色していき、終いには黒い靄に呑み込まれ、闇に溶けて跡形すらも残さずに消滅する。

 前線を覆う黒い靄と次々と倒れていく兵の異様さに気付き、後方の敵兵が叫ぶ。

「に、逃げろ! 早く風上へ逃げるんだ! あの靄に触れたら死ぬぞ!!」

 敵兵は黒い靄から逃れようと後退するが、母体が大き過ぎる為に上手く身動きが取れない。
 その間にも、黒い靄は周囲の敵兵を呑み込んで、どんどんと膨れ上がり巨大化して大軍勢に迫る。
 前方の敵兵は迫りくる死の恐怖に慄き、錯乱して四方八方へと逃げ惑う。
 しかし、瞬時に漆黒の疾風が戦場を駆けて逃げ惑う敵兵に襲いかかり、逃げ果せる者など誰一人としていない。

  戦場には敵兵の断末魔だけが木霊こだまし、一方的な蹂躙じゅうりんが繰り広げられている。
 後方の敵兵が戦々恐々とし、震える指先で漆黒の疾風を指し示して嘆く。

「……あ、あれを見ろ……風向きなんて関係ない……あれは……死神だ……」

 漆黒の疾風から姿を覗かせるのは、恐ろしく巨大な暗黒色の獣だった。
 闇を纏い死の靄を吐き出す、その姿はまるで死神が顕現したかのようだった。
 けぶる暗闇の中から鋭く光る金の目が獲物を睨み、狙われた獲物達は絶望して嘆く事しかできない。

「……あんな化け物に、勝てる筈がない……目覚めさせてはいけなかった獣を、我々は目覚めさませてしまったんだ……戦敗だ……終わりだ……ここで死ぬんだ……」

 逃れようのない死の恐怖に敵兵達は阿鼻叫喚あびきょうかんとし、悍ましい重圧が戦場を支配する。
 暗黒色の獣は漆黒の疾風となって戦場を駆け抜け、瞬く間に黒い靄が大軍勢を呑み込んでいった。

 敵の大軍勢が暗黒の闇に食らい尽くされるまで、そう長い時間はかからなかった。
 絶望的と思われていた戦況は、黒狼王子唯一人の力により逆転し、完全勝利した。


 獣人兵達はあまりに壮絶な惨劇を目の当たりにして、震えが止まらなかった。
 絶対的なその力は正に脅威、畏怖すべき死神の成せる業、冥府へといざなう闇の魔獣に思えた。
 味方である筈なのに、何よりも心強い筈なのに、喜ばしい事の筈なのに、その場に居合わせた者達が感じていたのは――途方もない、恐怖・・だった。

 大軍勢を食らい尽くした暗黒色の獣は人に姿を変えて、獣面のハーフマスクを付け溢れ出る黒い靄を霧散させる。
 それから、ゆっくりと獣人兵達のいる陣営へと歩み戻ってくる。

 獣人兵達は王国の危機を救った英雄を称え、盛大に出迎え歓声を上げる――べきなのだが、本来ならばそうあらねばならないのだが、顔面を蒼白にさせた獣人兵達からは何も言葉が出てこない。

「「「………………」」」

 黒狼王子を敬愛する御供達ですら、真っ先に出迎えねばと頭では思うものの、本能的な恐怖がそれを拒む。
 近付いて来る黒狼王子に怯え、身体が勝手に震えてしまい、竦んで動けないのだ。
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