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本編

95.魔鉱石に狂わされる黒狼王子

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 ドクンと脈打ち、黒狼王子の視界が、世界が歪んでいく。
 五感が、感情が、思考が、何もかもが奪われ、歪められていく感覚に陥る。
 黒狼王子が口にした砂糖菓子最後の菓子は、それまでに無いほどに強力な魔鉱石だったのだ。

(……俺はこの感覚を知っている……これは呪いの魔鉱石黒狼石に似ている……駄目だ、引きずり込まれるな! 引きずり込まれたら、戻れなくなる! ……耐えろ! 耐えるんだ!!)

 あの砂糖菓子を欲する衝動が湧き上がり、黒狼王子は耐え難いほどの渇望感に襲われる。
 砂糖菓子を只々切望し、手に入れる為ならばどんな事でもすると思うほど、思考も本能すらも塗り替えられていく。

(苦しい、苦しくて堪らない。欲しい、欲しくて仕方ない――否、違う、そんなものは欲しくない! ……欲しいのは、本当に欲しいのは……第一王子の、命――駄目だ、違う、そうじゃない! 俺は助けたいんだ、俺は……欲しい、欲しい……)

 抑制されていた獣の本能が、凶暴性が引きずり出され、息を荒げる黒狼王子の身体からは暗黒のオーラが滲み出る。
 荒れ狂い全てを破壊したい衝動にかられ、黒狼王子は獣化と人の姿との変化を繰り返す。
 人とも獣ともつかない悍ましい姿は、身の毛もよだつ恐ろしい化物としか言い様がない。

『……ハァ、ハァ……ガルゥッ……ゼェ、ゼェ……グルルルル……フゥ、フゥ……』

 暗黒色の化け物の姿を晒し、黒狼王子は唸り声を上げて苦しみに喘ぎ、呼吸もままならず唾液がだらだらと垂れる。

(狂おしいほどに、欲しい、欲しいんだ……駄目だ、違う! 衝動が抑えられない、このままでは何もかも破壊してしまう……俺は本当の化け物に、死神になってしまうのか……嫌だ、違う! 苦しい、狂いそうだ……俺は、俺は!!)

 抗えば抗うほどその反動で、それまでに向けられてきた忌避の目や人々からの悪感情が鮮烈に甦り、黒狼王子の中で憎悪と破壊衝動が膨れ上がっていく。
 自我が失われていき、姿形も心情すらも本当の化け物に変異していく黒狼王子は、目の前にいる獲物に襲いかかる。


 ザシュッ


 飛びかかり白豚王子を押し倒した暗黒色の化け物は、白豚王子を見下ろして独特の低く重い声で唸るように呻く。

『ガルルルゥ……グルゥ……フゥ、フゥッ……逃ゲ、ロ……』

 黒狼王子の鋭利な爪は白豚王子を避けて地に深く突き刺さり、最後の理性を振り絞って食いしばる口元からは、赤い血が滲み滴っていく。

『……早、ク…………逃、ゲ……ロ……』

 必死に黒狼王子が訴えるが、白豚王子は逃げようともせず、暗黒色の化け物に白い手を伸ばしていく――


 チュッ


 ――白豚王子は悍ましい化け物を抱きしめて、黒狼王子の唇に口付けたのだ。
 血の滲む口元に白豚王子が舌を這わせ舐めると、黒狼王子の傷が癒え重苦しかった呼吸が不思議と楽になり、耐え難かった渇望感や苦痛が次第に薄れていく。
 白豚王子に癒すように舐められ口付けられる度に、膨れ上がっていた憎悪や衝動が消化され無くなっていく。

『……っ……はっ、ぅぐっ……ん、くっ……はぁ、ぅ……ん……』

 黒狼王子は痺れるような快感と共に身も心も癒されていく感覚を体感していた。
 人の姿に落ち着いた黒狼王子は、白豚王子から与えられる甘い口付けに夢中になり舌を絡ませ合う。

「……ん、はぁ……ん、んっ……ちゅっ、ちゅく……ちゅぷ、ちゅ……」

 身も心も癒され蕩けさせられる白豚王子の甘さと温もりが心地良くて、黒狼王子は口付けが止められず、陶然としてひたすら味わってしまう。

 黒狼王子の身体を蝕んでいた魔鉱石の毒素が感じられなくなった頃、銀糸を引いて白豚王子の唇が離されていく。
 抱きしめていた白豚王子の腕が解かれ、温もりが離れていく事が黒狼王子はひどく寂しく思えて、抱き寄せようと手を伸ばす――


「うわあぁぁぁぁん! ごめんなさあぁぁぁぁい!!」


 ――が、プルプルと震える白豚王子は大声で叫んで、全力で逃走していった。
 伸ばした手の行き場が無いまま、またしても取り残された黒狼王子は茫然と呟く。

「……また、逃げられた……」



 黒狼王子は先程の出来事を思い返して、白豚王子の隠された能力に気付く。

(あれは、第一王子の魔法なのか? ……思い返せば、前に口付けされた時もそうだった。蓄積されていた魔鉱石の毒素が消え、身体が楽になっていたんだ……今回の魔鉱石アレは到底抗える代物では無かった……それを、第一王子は消したんだ)

 耐え難い渇望感を、抑えられない衝動を、湧き上がる憎悪を、それらに呑み込まれ自我を失う恐怖を思い出し、黒狼王子は身震いする。

(危うく、俺は本当の化け物に、死神に成り果てる所だった……第一王子はまた俺を守ってくれた、身を挺して救ってくれたんだ……さぞ、俺の姿は悍ましかっただろうに……怖ろしい化物の俺に手を差し伸べ、口付けて癒してくれた……)

 白豚王子の事を考えれば、黒狼王子の胸は切なく絞め付けられて、熱っぽい溜息が零れる。

「……はぁ……」

 黒狼王子は魔鉱石の毒素を消化する能力が白豚王子にある事を知り、どれだけ食べても自我を失う様子が無い事から、白豚王子は魔鉱石を摂取しても平気なのだと理解した。
 また、白豚王子と関わる口実が無くなってしまった事を黒狼王子は寂しく感じ、白豚王子の走り去った方向をただ眺めたのだった。


 ◆
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