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本編

89.城を覆う暗黒の闇に響く悲鳴

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 暫くして、黒狼王子は白豚王子の匂いを辿り、再び王城へと戻って来た。
 行きと帰りと白豚王子があちこち走り回っていたせいで、匂いが散乱してしまい、辿り着くまでに時間がかかってしまった。

「……離宮ではなく、王宮に戻って来たのか? ……」

 王宮前に到着した黒狼王子は不思議に思いながら、中へと入っていく。
 通路を進んでいくと、向かい側から宰相が姿を現し、黒狼王子に気付き声をかけてくる。

「殿下、こちらにいらっしゃいましたか。先程はとんだご無礼を、失礼しました」
「ああ、否、構わない。気にしないでくれ」

 会釈する宰相は黒狼王子に詫びて、更に付け加えて言う。

「先程の菓子ほどではありませんが、癒し効果のある菓子を部屋に用意させました。戻られたら、是非とも召し上がってみて下さい。きっとお気に召しますからな」
「……そうか、それは有難い。わざわざ、気を使わせてしまって悪い」
「とんでもない。こちらの不手際といいますか、なんといいますか……」

 黒狼王子は内心また得体の知れない物を用意されたのかと辟易へきえきしつつ、愛想笑いを浮かべる。
 宰相はそんな黒狼王子の表情を見る事もなく、白豚王子の所業を思い出しては、苛々した面持ちでブツブツと悪態を吐き始める。

「あの白豚王子には本当に困り果てておりまして……問題ばかり起こしよって……まったくもってけしからん! 早々に見つけ出して、今度こそは徹底的に制裁を食らわせて――」
「否、待ってくれ! 菓子を食べられたくらいで、そこまで厳しく処罰するのは過剰だ。出先で遭遇した際にも第一王子からは謝罪を受けている。これ以上は咎めないでやってくれ」

 怒り心頭で不穏な事を言い出した宰相を、黒狼王子は慌てて宥め弁解する。

「こうしてまた菓子を用意してもらった事だし、それで十分だ。謝罪はもう済んでいるのだから、叱責する必要などない。些細な内容で事を荒立てては体裁も悪い。この件はここまでにしてくれないか」

 宰相は不服そうな顔で片眼鏡をかけ直すと、不承不承ふしょうぶしょうと頷き引き下がる。

「……そうですか……うむ、殿下がそこまで言われるのであれば、仕方ありませんな……今回の件については、不問とする事にしましょう……では、失礼して……」

 宰相は手短に挨拶をしてその場を立ち去るが、去り際も白豚王子への悪態を小声で吐き続けていた。
 黒狼王子は宰相の後姿を見送り嘆息して、向き直って再び匂いを辿っていく。

 難民達の件が一段落つくまで、黒狼王子は王宮に滞在する事になっていた。
 匂いは何故か黒狼王子達が宿泊する迎賓室のある方向へと続いている。
 黒狼王子は嫌な予感がして、歩みを速めていく。

「……まさか! ……」

 やはり迎賓室に辿り着いた黒狼王子は、扉を開け中へと飛び込む。
 真っ先に黒狼王子の目に映り込んだのは、菓子を手にする白豚王子の姿だった。
 口を開けて今にも食べようとしている白豚王子を見て、黒狼王子は叫ぶ。

「待てっ! 食べ――」


 ぱくり、もぐもぐもぐ、ごくん。


「――た!? ……また、食べた……」

 黒狼王子の懸命な制止も虚しく、白豚王子は菓子を食べてしまった。
 唖然と呟いた黒狼王子が周囲を見渡せば、沢山の菓子が用意されていたであろう大皿は空になっており、今しがた呑み込んだ物が最後の一つだったと推測される。

「第一王子が何故ここに? それに、この有様は……」
「また、一人で全部食べてしまわれたのですか?」
「ぶひ!?」

 御供達の声で白豚王子はやっと黒狼王子達の存在に気付き、ハッとした顔をして振り返る。

「……あ、えっと、これは、その……落とし物を届けに来て……」

 しどろもどろになりながら、白豚王子は持っていたスカーフをテーブルに置く。

「……美味しそうなお菓子があったもので、つい……食べちゃった? みたいで……あの…………ご、ごめんなさいぃぃぃぃーーーー!!」

 白豚王子は大声で謝罪を叫び、窓を開け放ってそこから飛び出していく。

「待つんだ!」
「危ない!!」
「あっ!?」

 驚いた黒狼王子達が窓辺に駆け寄り覗き見ると、白豚王子は三階建て余りの高さから縁や柱を伝ってスルスルと降りていき、また物凄い勢いで駆けて逃走していく。
 身軽に逃亡する姿を見つめ、御供達はポカンとした面持ちで呟く。

「あの見た目で、なんて身軽さだ……本当に魔法使いなのか、信じられん……」
「確かに、身軽で素早い猿獣人や栗鼠獣人ではないかと疑いたくなりますね……」
「……っ……」

 黒狼王子は窓枠に置いていた手をきつく握りしめ、奥歯を噛みしめる。

(……止められなかった……あまりにも己が不甲斐ない……何度、止めさせようとしても魔鉱石の菓子がある限り、第一王子はまた食べてしまうだろう……ならば、城中の菓子をどうにかしなければ……)

 黒狼王子はゆらりと身体を動かし、部屋から出ていく。
 御供達が慌ててその後を追い、黒狼王子から滲みだす怒気に気付く。

「……ガトー殿下?」

 城の中を歩む黒狼王子の身体から、暗黒のオーラが溢れ出していく。


 ◆


 魔法で常に明るい筈の城内が突然暗くなっていき、城内にいた従者達の周りが暗黒の闇に包まれていく。

「な、なんだ? 急に暗くなって、周りが見えない…………ひぃ!」

 状況が把握できず手探りで辺りを探っていると、暗黒の闇の中に浮かぶ金色の目と視線が合い、従者達は本能的な恐怖に戦慄する。

「ば、ば、ば、ば、化け物!?」
「ヒーッ!? 死神だー! 死にたくないー!!」
「嫌だぁ!? 殺さないでくれぇ! 助けてくれぇ!!」

 金色の目をした恐ろしく巨大な黒狼が、大きな口を開けて鋭い牙を覗かせ、独特の低く重い声で命じる。

『城中にある魔鉱石の菓子を全て俺の元に持って来い』

 黒狼が睨みを利かせると、従者達は阿鼻叫喚あびきょうかんして、もはや頷く他に為す術はない。

「なんでも、なんでもしますから! 命ばかりは助けてください!!」
「菓子でもなんでも用意しますからー! どうか殺さないでー!!」
「絶対に持って来ます! だから、食わないでくれぇ!!」

 命乞いをする従者達に黒狼は言い含める。

『いいか、一つ残らず、一欠片たりとも残らずにだ。誰かに与える事も、奪われる事もなく、魔鉱石の菓子は全て俺の元に持って来るんだ。いいな、さもなくば……』

 黒狼が言いながらゆっくりと近付き、鋭い牙の並ぶ口を大きく開けると、従者達は泣き叫び一心不乱に駆け出していく。

「「「ギィヤァァァァァーーーー!!!」」」

 その日、城内は不穏な暗黒の闇に覆われ、王宮には従者達の悲鳴がこだましていたのだった。


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