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本編

76.白豚王子の差し伸べた手

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 ガトー王子が、くんくんと鼻を鳴らして微かに香る匂いを嗅いでいると――


「ぶっ! あっはっはっはっはっはっ!!」


 ――第一王子達のやり取りを見物していた貴族が、突然噴き出し大声で笑いだす。

 貴族は第一王子が子供に差し出した物を『家畜の飼料』だと捲し立てて大笑いし、見物人達も釣られて『獣には餌がお似合い』だと嘲笑して声を上げて笑った。

 周りの見物人達が『家畜の餌』と揶揄する中で、ガトー王子は気付いていた。

(確かに見目は良くない。見目だけなら、家畜の飼料に見えなくもない……だがしかし、あれはれっきとした食物だ……香る匂いからして、調理されている食物だと分かる……こんなに、美味そうな匂いがするのだから……)

 子供は空腹に耐えかねたのだろう、見物人達に笑い者にされながらも、第一王子に差し出された物を手に取り頬張る。

「……はぐ……むぐ……ぅぐ……ひぅ……お……おい、しい……ひっ、く……ひっく……おい……美味しいぃぃぃぃ……ふぇぇ……ふえぇぇぇぇぇぇぇぇん……」

 子供はそれを噛んで呑み込むと、『美味しい』と言って泣き出してしまった。
 突然泣きだした子供に第一王子は戸惑い、どうしたらいいのか分からないといった様子で、おろおろと慌てふためいている。
 そんな二人の様子を見つめ、ガトー王子は思った。

(あの子供が『美味しい』と言ったのは、本当に美味かったのだろうな……面目無いが、難民達はしばらくまともな食事も摂れなかっただろうから……久々に食べる美味い食物にきっと感激して泣いてしまったのだろう……まだ幼い子供だからな……)

 第一王子はそれから俯き暫し考え込んでいたが、意を決したように表情を変え顔を上げる。
 そして、衆目を集める中、第一王子は大声で宣言した。


「……獣人達の世話役は僕がする……家屋も食料も全部用意するから! 僕にできる事なら何でもするから! だから、お願い貧民街に行こう!!」


 その言葉を聞いて、ガトー王子の身体に震えが走る。

(……第一王子は、獣人達を受け入れてくれるのか……臣下の罪の責を負う為、身体を張って難民達の危機を救っただけではなく、王族でありながらも下賤の者に謝罪しただけではなく……そこまでしていて、尚も、第一王子は自らが獣人達を受け入れ、難民達の為に尽力しようとしてくれるのか……)

 ガトー王子が感激している一方で、第一王子の宣言を聞いた貴族や見物人達はまた大笑いし揶揄していた。
 『魔法の使えない獣』は貧民街に住む『人でなし』と同等だと、出来損ない同士で貧民街で暮らせばいいのだと、捲し立てて嘲笑していたのだ。
 貴族は王族である王子の希望ならば仕方ないと言って、受入先の申し出を辞退すると告げ、見物人達は難民達を城下町から追い出そうとして、辛辣な言葉を吐き続けている。

 捲し立てられ、追い打ちをかけられた難民達は更に萎縮していく。
 第一王子はそんな難民達の姿を見て顔を顰め、難民達に手を差し伸べて言う。

「行こう」

 しかし、第一王子の差し伸べた手を取り、付いて行こうとする者はいない。
 理不尽に扱われ萎縮してしまい、疲弊し衰弱する難民達には、もう決断する気力も行動する体力も残されていなかったのだ。
 ただ、年老いた獣人達は子供達を抱えて身体を竦ませ、身を寄せ合っているだけだった。

 第一王子が近付こうとすれば、難民達は更に怯えて身を竦ませる。
 ガトー王子は怯える難民達と手を差し伸べたままの第一王子を見て思う。

(……どんなに守りたいと救ってやりたいと思っていても、思うようにできない気持ちはよく分かる……恐怖に怯えて動けない者は、歩み寄れば更に怯えさせてしまうのだから……どうしてやる事もできない、はがゆさも、もどかしいさも……守れない辛さも、救えない悲しさも……)

 只々怯える難民達の姿を第一王子は暫く見つめていた。

「…………」

 やがて、第一王子は向き直り、その場から駆け出した。
 貴族は唐突に走り去って行く第一王子の姿を見て嘲り笑う。

「おやおや、難民の『獣』すら思い通りにできないものだから、白豚王子はお恥ずかしくなって逃げ出してしまわれた。あっはっはっはっはっ」


 駆け抜ける第一王子とガトー王子はすれ違う。
 ガトー王子はその金色の目で第一王子の姿を追った。


 第一王子は走る速度をどんどん上げていき、風のように駆けていく。
 ガトー王子は小さくなっていく第一王子の後姿を見つめ思う。

(……恥じて逃げ出しただと? そんな筈がないだろう……敵いもしない脅威に立ち向かうような胆力の持ち主だ……あの第一王子が、そう簡単に投げ出す筈がないのだ……辛くとも、悲しくとも、それでも諦められる筈がない……きっと、第一王子は俺と同じだ……守りたいものがある、何より切望する願いがある……)

 二年前の別れ際、懸命に『ありがとう』と叫んでいた、その姿が脳裏を過ぎる。
 ガトー王子は後姿が見えなくなるまで、第一王子を見つめ続けていた。
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