上 下
72 / 127
本編

70.貴族からの差し入れ

しおりを挟む
 そこに現れたのは、上等な衣装を纏い派手な宝飾品を身に着けた、如何にも貴族といった風貌の男だった。
 貴族は従者達を伴い、笑みを浮かべながら獣人達の方へと近付いて言う。

「あぁ、なんてお可哀想なんでしょう。こんなにも汚れて痩せ細ってしまっている。なんと哀れで痛ましい事なのでしょうか」

 衆目が集まっているから態となのか、貴族の大げさな身振り手振りが、僕には少し芝居がかっているように見えてしまう。

「我々が敬愛する慈悲深き国王陛下は難民の現状に御心を痛めていらっしゃいます。国王陛下が難民の受入れを決定された今、臣下である我々貴族は本来ならば尽力して難民の保護支援に注力しなければならないのですが、上位貴族の諍いで受入先が確定せず待機させてしまっているこの状況、わたくしは大変心苦しく思っていたのです」

 先程、住民達が話していた内容と貴族の話しは概ね同じようだ。
 貴族は嘆き憂いを帯びた表情をしていたかと思えば、今度は急に明るく堂々とした表情に変わり、獣人達の方へと手を掲げるようにして語りかける。

「ですが、ご安心下さい、もう心配は要らないのです! 何故ならこの私が、今最も勢いのある領地の富有る貴族でもあるこのマーブル伯爵家が、難民の受入先に申し出たのですから!! 次期に受入先の決定が下されるのは間もない事でしょう」

 貴族は手を掲げたポーズのまま、恍惚とした表情を浮かべ自らに酔いしれているように見える。
 その様子を唖然とした表情で見つめる獣人達との温度差が激しくて、僕は少し気になってしまう。

(……何か凄い濃い人が出て来たけど、大丈夫かな、この人? ……ちょっと、否、大分、ナルシストっぽいけど……困っている獣人達の世話役をやろうとしているのだから、悪い人ではないよね? ……きっと、多分、おそらく、大丈夫だよね?)

 僕がそんな事を考えていると、ふわりと何処からか甘い香りが漂ってくる。

(……あ、甘い匂い……美味しそうな匂いがする……何処からか香って来る……甘くて美味しいスイーツの匂いだ……)

 僕は美味しそうな香りに鼻をくんくんと鳴らしてしまう。
 香りは貴族の従者達が抱えている大きな荷物から漂っているようだ。
 貴族が手を挙げて合図すると、従者達が獣人達の前に荷物を広げて豪華なテーブルセットを用意していく。

「そして、今回は先んじて難民の諸君の飢えを少しでも癒せればと思い、差し入れをご用意しました。自慢の専属菓子職人が作った我が領の名物でもある最高級品の砂糖菓子です。難民の諸君、今しばらくお待ち頂いている間、どうぞ召し上って下さい」

 獣人達の目前に並べられたのは、それは豪華な輝やかんばかりの美しい砂糖菓子の数々だった。
 その砂糖菓子の芸術的な美しさに、見物していた住民達はどよめき、感嘆の声を上げる。

(うわぁー、綺麗なお菓子だ。凄く美味しそう……どんな味がするんだろう? 食べてみたいな……あ、だめだめ! あのお菓子は獣人達への差し入れなんだから……)


 ◆


 獣人達は見た事もないような豪華な砂糖菓子を前にして、目を釘付けにして生唾を呑み込む。
 突然現れた貴族と急展開な光景に混乱し、獣人達はお互いの顔を見合わせる。
 差し入れの豪華過ぎる菓子に手を出して良いものかどうか考えあぐねているのだ。

 そんな中から、お腹を鳴らす小さな獣人の子供がおずおずと歩み出る。
 貴族は獣人の子供に笑みを向けると、砂糖菓子の一つを手に取り、その獣人の子供に手渡そうと差し出す。

「さぁさぁ、遠慮は要らない。どうぞ召し上がれ――」

 獣人の子供は差し出された砂糖菓子を見て目を輝かせ、嬉しそうにして受け取ろうと手を伸ばす――が、砂糖菓子は別の人物によって奪い取られる。


 ぱくり、もぐもぐもぐもぐ、ごっくん。


 獣人の子供が手に取ろうとした砂糖菓子は、突然横から現れた人物によって奪い取られ、頬張られ、咀嚼そしゃくされ、嚥下えんげされてしまったのだ。

「――は?」
「……え? ……」

 呆気にとられた貴族と獣人の子供は驚きの声を溢し、その人物を呆然と見つめる。
 その人物は無我夢中な様子で、その場に用意された砂糖菓子を次々と食べていく。


 むしゃむしゃ、もりもり、ぱくぱく、がりがり、ばりばり、ぼりぼり


 大量にあった筈の砂糖菓子がどんどんと無くなっていき、獣人達は焦り食べ尽くされる前に少しでも取ろうと手を伸ばす――が、またしても、その人物は尋常ではない素早さで獣人達の前に身体を滑り込ませて、菓子を奪い取って食べてしまう。


 ひょいぱく、ずしゃもぐ、ぼよんばくり、ばいんがぶり、ごろごろばくばく


 獣人よりも獣じみた圧倒的な勢いと本能的な圧に獣人達はたじろぎ、只々呆然とその様子を見つめる事しかできない。


 もしゃもしゃ、あむあむ、はぐはぐ、もごもご、がぶがぶ、ごっくん。


 あっという間に、大量にあった砂糖菓子がその人物に食べ尽くされてしまった。
 圧倒されていた貴族がハッと我に返り、被っていたフードの脱げたその人物の容姿を見て呟く。

「……白豚、王子? ……」


 ◆
しおりを挟む
感想 70

あなたにおすすめの小説

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人リトと、攻略対象の凛々しい少年ジゼの、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です(笑) 本編完結しました! 舞踏会編はじまりましたー! 登場人物一覧はおまけのお話の最初にあります。忘れたときはどうぞです! 第12回BL大賞、奨励賞をいただきました。選んでくださった編集部の方、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです。 心から、ありがとうございます!

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた8歳のティアナ お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。

【完結】悪役令息の従者に転職しました

  *  
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。 依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。 皆でしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ! 本編完結しました! 時々おまけのお話を更新しています。

処理中です...