上 下
50 / 127
本編

48.腐敗の森と毒沼の魔鉱石

しおりを挟む
 貧民街が王都に近接していながら放置され続けている事には理由がある。
 『腐敗の森』に接している為に不浄の瘴気が流れ込み、徐々に身体を蝕む障害のある土地だったからだ。
 貧民街の奥で感じた、腐敗臭のような悪臭もその瘴気によるものだった。
 そして、巨大な魔鉱石があると知られていながらも、誰も手を出さなかった事にも理由がある。

 巨大な魔鉱石の周囲を囲う、瘴気を発する脅威の『毒沼』があったからだ。
 毒沼の水は触れた者の血肉をたちまち腐敗させ溶かしてしまう劇毒だった。
 周囲の広大な森も毒沼から染み出した毒から、腐り果てて悍ましく変異した草木だけが残った。
 実を口にする者、匂いを嗅ぐ者、触れる者、それらの命を悉く奪う猛毒の草木だ。
 そこに踏み入る生ける者を死に至らしめ腐らせる森、それが『腐敗の森』なのだ。

 いくら魔鉱石が高額で取引されていても、命を捨てるも同然の脅威を掻い潜り魔鉱石を手にしようとする者はいない――いなかった――それまでは――

『俺、少しだけど土と風の魔法が使えるようになったんだ……だから何かできないかなって……』

 ――だがしかし、風向きを操り瘴気を避け、毒水や毒草に触れずに足場を確保する事ができれば、あるいは――

 チョコチップはもう居ても立っても居られなくなり走り出した。
 僕も慌ててチョコチップの後を追いかけて走る。

「僕も行くよ!」
「駄目だ、来るな! とても危険な場所なんだ。そこにいる確証はない。いたら直ぐに連れ戻すから。だからラズベリーはここで待っていてくれ!!」
「嫌だよ、僕も探しに行く! 初めてできた友達なんだから!! 一人より二人の方が早く見つけられるよ!!!」
「くっ……足手まといになるなら置いて行くからな、そしたら直ぐに戻れ! 危ないと思ったら直ぐに戻るんだ! いいな……」
「分かった、絶対遅れはとらないよ!」

 僕達は貧民街の奥地へと、『腐敗の森』へと急ぎ走って行ったのだ。


 ◆


「早く! 早く! 遅いよー!!」

 僕がぽよんぽよんと飛び跳ねて、遅れて走って来るチョコチップを急かす。
 やっと追いつき汗だくで息を荒げているチョコチップが、僕を見て唖然とする。

「……なんで……ぜぇぜぇ……そんななりして……ぜぇぜぇ……そんな足、早いんだ……ぜぇぜぇ……信じられん、早さだな……」
「毎日トレーニングしてるからね。このくらい楽々だよ」

 息を整えたチョコチップは急に険しい顔をして、最後の忠告だとして僕を見据えて言い聞かせる。

「ここから奥は『腐敗の森』だ。引き返すなら今のうちだぞ? 一歩間違えれば死ぬ。怖いなら引き返すんだ……」

 確かにそこから先は明らかに空気が違った。
 腐敗したような悪臭が立ち込め空気は重苦しい、瘴気なのか暗雲が漂いどんよりと薄暗い、怪物みたいな歪で不気味な草木が茫々と生い茂っている。
 その光景を目にするだけでゾゾゾと鳥肌が立ち、怖気付きそうになる。

「ごくり……僕も行く!」

 僕は生唾を飲み込み己を奮い立たせて、足場を作り先を進むチョコチップの後に続き『腐敗の森』へと足を踏み入れた。

「瘴気はできるだけ吸うな、身体に毒だ……」

 森に入ってすぐにチョコミントの痕跡を見つけた。
 重い瘴気を魔法で左右に割り隔てたその中心に、足場を作った跡が点々と続いていたのだ。 

「くそっ、やっぱりか! ラズベリー、走るぞ! 余り大きく息は吸うな!!」
「うん、分かった!」

 僕達はその跡を辿り、森の奥へ奥へと急いで走って行く。
 どんどん奥深くへ進んで行くと『毒沼』が見えてきた。
 そして、チョコミントの姿もそこにあった。

 チョコミントは毒沼の上に足場を作り、その上をゆっくりと歩いていたのだ。

「いた! チョコミント!?」
「迎えに来た! 直ぐに戻るんだ!!」

 だが、チョコミントの様子がおかしい。
 僕達の声にも気付いていない、聞こえていないようだ。
 チョコミントは足元が覚束ない様子で、ふらふらとしている。

「瘴気を吸い過ぎたのか……まさか、魔力切れを起こしているのか……」

 今にも足場から毒沼に落ちてしまいそうな危うい息子に、チョコチップは瘴気を吸う事などもう構わず、必死に息子の名前を叫び続ける。

「チョコミント! しっかりしろ、チョコミント!! しっかりするんだ、チョコミントー!!?」

 このままだと二人供危ないと思った僕はチョコチップに叫んだ。

「急いで足場を作って、僕が走る!!」
「ああ、分かった!」

 チョコチップが急ぎ、ありったけの魔力で土魔法の呪文を詠唱する。

『地の精霊よ、我が魔力を以てこの岩石を繋げ。【岩石架橋ストーン・アーチ】』


 ガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガンガン


 轟音を響かせて繋がっていく岩石の上を僕は駆け抜ける。
 あと少しでチョコミントまで辿り着く、もう少しで手が届く。
 そう思った瞬間――



「チョコミント!?」



 ――チョコミントは力尽き、よろめいて足場から滑り落ちる。



「チョコミントーーーーーー!!!!」



 遠くでチョコチップの叫ぶ声が聞こえる。



 僕は咄嗟に飛んだ。



 足場から滑り落ちていくチョコミントを飛んで受け止めた。
 チョコミントが僕に気付いて名前を呼ぶ。

「……ラ、ラズベリー?」

 そのまま勢いを付けて僕は回転し、チョコミントを魔鉱石のある陸地へと投げ飛ばした。



「あっ……」



 そして、僕は毒沼へと落ちていく。



 どっぼーーーーーーん



 僕は毒沼の底へと沈んでいく。



 ぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶくぶく


 ◆


 陸地に投げ飛ばされ転がっていたチョコミントの元に、チョコチップが駆け寄る。
 チョコミントはのろのろと身体を起き上がらせ、信じられない思いでラズベリーの沈んだ毒沼を見つめた。

「……え……そ、そんな……そんな……」

 チョコミントはふらふらとラズベリーの沈んだ毒沼に近付き手を伸ばそうとする。
 そんな息子をチョコチップは慌てて抱き留めて、行かせまいと止める。

「……だ、駄目だ! チョコミント、お前まで!! ……うぐっ、うぅ……」

 触れればたちまち血肉を腐り落とさせ死に至らしめる毒沼に、ラズベリーは落ちてしまった。
 チョコミントを救う為に自ら飛び込み、ラズベリーは身を挺してチョコミントを救ってくれたのだ。
 親子の目からは涙が溢れ出て止まらない。

 ラズベリーの落ちた毒沼からは、絶えず煮え立つように泡が立ち上っていた。


「……ラズベリー……ラズベリーーーーーー!!!!??」


 腐敗の森の奥深く禍々しい毒沼には、チョコミントの泣き叫ぶ声が響き渡っていた。


 ◆
しおりを挟む
感想 70

あなたにおすすめの小説

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

フェル 森で助けた女性騎士に一目惚れして、その後イチャイチャしながらずっと一緒に暮らす話

カトウ
ファンタジー
こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 チートなんてない。 日本で生きてきたという曖昧な記憶を持って、少年は育った。 自分にも何かすごい力があるんじゃないか。そう思っていたけれど全くパッとしない。 魔法?生活魔法しか使えませんけど。 物作り?こんな田舎で何ができるんだ。 狩り?僕が狙えば獲物が逃げていくよ。 そんな僕も15歳。成人の年になる。 何もない田舎から都会に出て仕事を探そうと考えていた矢先、森で倒れている美しい女性騎士をみつける。 こんな人とずっと一緒にいられたらいいのにな。 女性騎士に一目惚れしてしまった、少し人と変わった考えを方を持つ青年が、いろいろな人と関わりながら、ゆっくりと成長していく物語。 になればいいと思っています。 皆様の感想。いただけたら嬉しいです。 面白い。少しでも思っていただけたらお気に入りに登録をぜひお願いいたします。 よろしくお願いします! カクヨム様、小説家になろう様にも投稿しております。 続きが気になる!もしそう思っていただけたのならこちらでもお読みいただけます。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

【完結】もふもふ獣人転生

  *  
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。 ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。 本編完結しました! おまけをちょこちょこ更新しています。

目覚めたそこはBLゲームの中だった。

BL
ーーパッパー!! キキーッ! …ドンッ!! 鳴り響くトラックのクラクションと闇夜を一点だけ照らすヘッドライト‥ 身体が曲線を描いて宙に浮く… 全ての景色がスローモーションで… 全身を襲う痛みと共に訪れた闇は変に心地よくて、目を開けたらそこは――‥ 『ぇ゙ッ・・・ ここ、どこ!?』 異世界だった。 否、 腐女子だった姉ちゃんが愛用していた『ファンタジア王国と精霊の愛し子』とかいう… なんとも最悪なことに乙女ゲームは乙女ゲームでも… BLゲームの世界だった。

処理中です...