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本編

44.チョコミント・アイス

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 僕はなんとか破落戸共から逃げ果して、城下町へと戻って来た。
 公園になっている中央広場に出て、少年を噴水の縁に下ろす。

「はぁ、はぁ、ここまで来れば……はぁ、はぁ、もう大丈夫だね……ふぅ」
「…………」

 全速力で結構な距離を走り続けたので、僕はもうくったくただ。
 上がっていた息を整えて目を向けると、少年は暗い面持ちでずっと俯いている。

「……ポーチ返してくれる?」
「…………」

 俯いたままの少年の目が揺れて、躊躇う素振りを見せつつも少年は頷く。
 強く握りしめていたポーチをおずおずと僕に手渡してくれた。

 僕はポーチを開けて中身を確認する。

(中身は全部無事だ。汚れたり壊れたりしてない。良かった……)

 僕はキョロキョロと辺りを見回して、その場から離れる。


 ◆


 少年が盗んだポーチを返すと、裕福そうな丸い子供はその場から立ち去っていく。

 少年はどうしようもなく困窮していた。
 幼さと能力から真面まともな仕事にも付けず、真面な食事にもあり付けず、悪い事だと分かっていながらも、思い悩んだ挙句、苦心して盗みにまで手を出してしまったのだ。
 丸々と肥え太った裕福そうな子供が城下町で無防備にしている姿を見て、何不自由なく生活しているであろう容姿から、少しくらいなら頂戴しても問題は無いだろうと思ってしまった。

 挙句、同じ穴のむじなの奴らから痛め付けられ、まさかの盗んだ子供に助けられるという情けなくも惨めな有様になったのである。

 傷付き痛む身体を擦りながら、少年は酷く打ちひしがれていた。

 そう時間も経たない内に、先程立ち去った筈の子供は駆けて戻って来る。
 盗人として突き出されでもするのだろうかと、少年は俯いたまま達観していた。

 不意に、少年の腫れて熱を持っていた頬にひんやりと柔らかい物が当てられる。

「……っ……? ……」

 少年が驚いて顔を上げると、その子供は濡らしたハンカチで少年の頬を優しく拭う。

「ポーチの中、汚れてなくて良かったよ……拭いてくね……」

 少年が子供を見れば、子供は全身が土埃まみれで少年よりも余程、汚れてしまっている。
 高価そうな衣服が台無しになってしまっているのだ。
 だが、子供は自分の事などお構いなしな様子で、少年の傷付いた肌を拭っていく。

「……あんたの方がよっぽど、埃まみれで汚れてるじゃないか」
「え? ……あぁ、本当だ……転げ回ったから、それもそうだね……あはは」

 少年が汚れてると指摘すれば、子供は恐ろしく醜悪な表情を浮かべた。
 悪人が企み事でもしているような不気味な笑顔に、少年はゾゾゾと鳥肌が立ってしまう。
 今度こそ怒らせたのだろうかと、少年は戦々恐々として身構える。
 すると、子供は少年に向けて魔法の呪文を詠唱した。

『水と癒しの精霊よ、我が魔力を以てこの者の傷を癒せ。【治癒回復キュア・ヒール】』
「……? ……」

 攻撃魔法でも向けられるのかと少年は身構えたのだが、予想に反してそれは癒しの魔法だった。
 少年はほんのりと傷口が温かくなった気がする。

「……まさか、癒しの魔法が使えるのか?」
「いや、見様見真似と言うか……僕は魔力量がほとんど無いから、気休め程度なんだけどね」
「なんだ、あんたも出来損ないなのか…………はは……」

 確かに効果はそれほど感じられない、子供の言う通り気休め程度である。

「……でも、少し痛みが和らいだ気がする…………ありがとう」

 癒しの効果などほとんどない、けれど、打ち拉がれていた少年の心は少しだけ癒された気がする。
 子供が癒そうとしてくれた、その気持ちが何よりも嬉しいと、少年は思ったのだ。
 弱り切った心には染みて、折角、冷やした筈の少年の目元が、また熱くなってきてしまう。
 少年が涙を堪えていると――


 ぐぐううううぎゅるるるるううぎゅるるるるううううぐうるぐるるうううう


 ――物凄い音が響いた。
 これは子供の腹の虫が鳴いた音だ。
 少年の涙は吃驚して引っ込み、子供を胡乱な目で見る。

「……あ、はは……いっぱい走ったから、お腹空いちゃった……えへへ……」

 気恥ずかしそうにする子供は、何故か不気味な含み笑いを浮かべている。
 そして、子供は少年に伺うようにして言った。
 
「あの、頼みたい事があるんだけど……装飾品を換金できるお店と、お腹に溜まる食べ物が買えるお店に案内してもらえないかな? 少しだけだけど、案内役のお礼もできると思うんだ……どうかな?」
「………………」

 少年はおもむろに立ち上がり、歩き出す。
 子供は申し出を拒否されてしまったのだと思い、肩を落とした。

「…………こっち」
「!?」

 少年が子供に声をかけると、子供は凶悪な暗黒微笑になる。
 振り返りその顔を見た少年は戦慄して、身体がビクッと震えた。

「……あんた、笑い顔が怖いな」
「うっ……うん、悪気は全然ないんだよ」
「そのようだな……」

 少年は子供に微笑みかけて向き直り、案内役をする為に歩き出した。


 ◆


 道案内をしながら歩いていた少年は僕に振り返り、呟くように言う。

「チョコミント」
「……? ……」
「チョコミント・アイス、俺の名前……あんたは?」

 少年に名前を告げられ、僕も名前を訊かれたのだと気付き焦る。

(あ、考えてなかった! このゲームに同名の人は存在しないんだよね。フランボワーズって言ったら身元がバレるから……)

「……僕の名前は……えぇっと……ラ、ラズベリー……」

 僕は咄嗟にそう答えた。

「そっか、ラズベリーよろしく」
「うん、よろしくね」

 少年、改めチョコミントが僕に笑いかけてくれる。
 彼は名前通りの印象で、ちょっと緑がかった水色の髪に、焦げ茶色の目、鼻の辺りにソバカスが散っていて、白い歯を見せる笑顔はとても爽やかだ。
 身長は僕よりも少し小さいので年齢はバニラ王子と同じくらいかなと思う。

「チョコミントは今いくつなの?」
「今年12になった」
「あ、やっぱり。そのくらいだと思った」
「ラズベリーは…………11くらい?」
「僕は14だよ! どうして年下だと思ったのかな!?」

 そんな話をしながら城下町を案内をしてもらい、僕は無事に換金できて、食べ物のお店で大きな串焼き肉を購入した。

「はい、君の分ね」
「え……あぁ、ありがとう……」

 僕はチョコミントにも同じ物を手渡して、焼き立ての串焼き肉にかぶり付き頬張る。
 甘辛く味付けされて香ばしく焼けたその肉に歯を立てると、肉汁が溢れ出てきてとても美味しい。
 でも、何故かチョコミントは僕の食べる姿を見て生唾を飲み込むだけで、一向に手に持った串焼き肉を食べようとしない。
 僕は不思議に思い、チョコミントに尋ねる。

「どうしたの? 食べないの? 串焼き肉嫌いだった?」
「……否、父さんに食わせてやろうかと思って……」
「お父さん?」
「うん、病気で寝たきりで、ろくに食べてないから……」

 僕は吃驚して大声を出してしまう。

「えぇー!? 病人に串焼き肉はダメだよー!! もう、早く言ってよ! 食料売り場に連れてって!!」
「え……あ、あぁ。連れてく……」
「あと、それは君のだからね! 温かいうちに早く食べる! 冷たくなったら美味しくないよ、早く、早く!!」
「あ……う、うん。分かった……」

 やっとチョコミントは串焼き肉を頬張り、「うまっ」と言いながらもぐもぐと咀嚼していた。
 そうして、僕達は食料を買い込んで、チョコミントのお父さんの元へと向かったのだった。


 ◆
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