上 下
32 / 127
本編

30.時をも凍らせる極寒の魔法

しおりを挟む
 辺り一帯が極寒地の如く凍て付いていく中、そこに魔法陣が浮かび上がり、一人の人物が音も無く現れる。

 ガトー王子一行は予想だにしていなかった、人物と対峙たいじする事になった。

 白銀の銀糸を靡かせ現れた、幻想的な美貌のその人物は、氷雪の目で静かに一行を見据えた。

 アーモンドが驚きの声を零す。

「……アイス・ランド国王、何故こちらに……」

 それは紛れもない、アイス・ランド王国の国王、ジェラート陛下その人だった。
 式典の祭事と多忙な筈の国王は、御供の者も連れず只一人そこに出現したのだ。
 御供だけではなく、周りには不思議と人がおらず、時が止まったように静まり返っている。

 国王は魔法の能力で辺り一帯を白銀に染め、空気までをも凍て付かせ、その空間を支配していた。
 場の空気に呑まれ、体感的なのか心理的なのか分からない悪寒で、御供達はガタガタと身体を震わせる。

 国王は鷹揚な所作でガトー王子の方へと歩み近付いて来る。
 変わらない微笑みを湛えた表情で、国王はガトー王子に問う。

「王子を救ったそうだな」
「……ああ、倒れていた所を運んだ。今は寝所で眠っている」

 国王は微笑んでいる筈なのに、ガトー王子にはそうは見えない。
 ガトー王子の背に冷や汗が流れ落ち、変な緊張感が走る。
 国王の凍えるような氷雪の目が、じっとガトー王子を見つめていた。

「そうか、ならば感謝せねばならん」

 国王のその表情や言動や所作からはまったくと言っていい程、感情が読めなかった。
 ガトー王子は人の感情の機微に人一倍聡い、今までにここまで分からないと思った事は無い。
 比喩ではなく本当に、心臓が氷でできているのか、心が凍っているのかと、疑問に思ってしまう程に。

「友好国として、ショコラ・ランド王国への更なる便宜を図ると約束しよう」
「……ああ、それは有難い……」

 ガトー王子は笑みを作り礼を言うが、意志に背いて反射的に毛が逆立ってしまう。
 感情を探ろうとすれば、国王のその能力は計り知れず、ガトー王子は本能的に勝てないと、今の力では到底敵わないと察してしまう。
 ガトー王子は身体まで凍り付いたように強張る。

「この恩はいずれ必ず返そう」

 国王は凍るガトー王子を一瞥して、その横を通り過ぎる。

「では、道中気を付けて行くが良い」

 そう言い残して、国王は離宮の中へと姿を消していった。

 国王の姿がなくなると同時にその場の空間が溶ける。
 白銀に染まっていた景色は元の色を取り戻し、時が動き出したように感じた。
 御供達はやっと息ができた心地で、大きく息を吸って吐いてを繰り返す。

(……分からない……何を考えているのか、何を意図しているのか……感情がまったく読めなかった……まさか、自らの子に何かする事はないだろうが…………)

 ガトー王子は離宮を振り返り、第一王子の寝所のあった辺りを見上げる。
 逡巡している様子のガトー王子に、落ち着きを取り戻した御供達が不思議そうに声をかける。

「……ガトー殿下?」
「どうされました?」
「……ああ、否。何でもない――行くぞ」

 ガトー王子は向き直り歩き出す。
 それに御供達も続いて行く。
 こうして、ガトー王子一行は隣国へと帰国していった。


 ◆


 一方、第一王子の寝室。

 穏やかに寝息を立てていた第一王子は、突然、うなされ藻掻もがきだす。

 第一王子の傍らには一人の人物が立っていた。
 第一王子の父親とされる国王が静かにたたずんでいたのだ。

 国王は第一王子へとその長い手を翳し何かを呟いている。
 第一王子は急に呼吸を荒らげ、苦しそうに唸りだす。

 苦しむ第一王子を、国王は凍て付く氷雪の目で見下ろし、その目と同じように辺り一帯を極寒の白銀へと変えていた。


 ◆
しおりを挟む
感想 70

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします

  *  
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!? しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です! めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので! 本編完結しました! 時々おまけを更新しています。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

本当に悪役なんですか?

メカラウロ子
BL
気づいたら乙女ゲームのモブに転生していた主人公は悪役の取り巻きとしてモブらしからぬ行動を取ってしまう。 状況が掴めないまま戸惑う主人公に、悪役令息のアルフレッドが意外な行動を取ってきて… ムーンライトノベルズ にも掲載中です。

モラトリアムは物書きライフを満喫します。

星坂 蓮夜
BL
本来のゲームでは冒頭で死亡する予定の大賢者✕元39歳コンビニアルバイトの美少年悪役令息 就職に失敗。 アルバイトしながら文字書きしていたら、気づいたら39歳だった。 自他共に認めるデブのキモオタ男の俺が目を覚ますと、鏡には美少年が映っていた。 あ、そういやトラックに跳ねられた気がする。 30年前のドット絵ゲームの固有グラなしのモブ敵、悪役貴族の息子ヴァニタス・アッシュフィールドに転生した俺。 しかし……待てよ。 悪役令息ということは、倒されるまでのモラトリアムの間は貧困とか経済的な問題とか考えずに思う存分文字書きライフを送れるのでは!? ☆ ※この作品は一度中断・削除した作品ですが、再投稿して再び連載を開始します。 ※この作品は小説家になろう、エブリスタ、Fujossyでも公開しています。

鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?

桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。 前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。 ほんの少しの間お付き合い下さい。

処理中です...