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本編

31.白豚王子の凍て付いた記憶

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(――物心付いた頃には、僕は一人だった――)

 本来はいる筈の『母』と言う者が、僕にはいなかった。
 国王でもある『父』と言う者はいるらしいが、幼い頃の僕は見た事が無かった。

『……妾妃の残した醜い王子……なんて汚らわしい……悍ましい……』

 周囲からの疑念と嫌悪の眼差しを浴びながら、幼い頃の僕は育った。
 真面まともに世話をしてくれる者はおらず、声を荒げて人の気を引く事を覚えた。

(――僕は空腹で、いつも飢えていた――)

 目の前にある食べられるものを、手当たりしだいに何でも食べた。
 甘くて美味しいスイーツを食べていると、少しだけ幸せな気持ちになれた。

『……醜く肥え太った豚のようだ……なんて酷く醜悪な姿なのか……白豚王子……』

 だから、食べて、食べて、食べ続けた。
 でも、食べても、食べても、いくら食べても、空腹が満たされる事は無かった。

(――それが空腹感ではなく、埋まらない空虚感だと気付いたのは、いつからだろう――)

 僕には魔力がほとんど無く、魔法もろくに使えなかった。
 辛うじて期待されていた取り所も失い、僕は完全に見放されて放置された。

『……魔法使いの王族に生まれながら、この魔力の無さは信じ難い……魔法使いとは到底思えない、出来損ないだ……素養などあったものではない……』

 周囲の者達は事ある毎に僕と第二王子を比較して、僕は貶められ辱しめられた。

『……第二王子のなんと素晴らしい事か……強大な魔力量に、類稀な素養、お人柄も良く言う事がない……流石は正当な王子、正に国王陛下の御子……紛い物で出来損ないの第一王子とは大違いだ……』

(――耐え難い疎外感と孤独感だと思ったのは、いつからだっただろう――)

 弟である第二王子は僕の持っていないものを、僕の欲しくて堪らないものを、当然のように全て持っていた。
 愛され恵まれ認められて何不自由のない第二王子が、妬ましく恨めしかった。

(――僕は弟が大嫌いだった。第二王子がいなければ良いのにとずっと思っていた――)

 第二王子さえいなければ、この王国の王子は僕一人だけになる。
 そうなれば、どんなに僕が出来損ないだったとしても、皆が僕を認めざるを得なくなる、そう思った。

 そして、どんな汚い手を使ってでも、第二王子を陥れようと思うようになり、僕はできうる限りの事をした。
 権力を使い、財力を使い、悪知恵を働かせて――やがて、僕は悪事に手を染めるようになった。
 そうでもしなければ、第二王子を引きづり下ろす事はできないと思った。

(――そうしなければ、この狂おしいほどの飢餓感は満たされないと思えたから――)

 僕を王子と認めてくれている国王なら、第二王子さえいなくなれば、いつか必ず僕を見てくれる、認めてくれる筈だと思ったのだ。
 国王さえ認めてくれれば良い、国王が認めれば王国中の者が認めざるを得ないのだから。
 あと少し、あと少しで、第二王子を引きづり下ろせる。
 そう思っていた、矢先――国王が病に倒れた。

 国王が大病に臥したと知らせを受けて、僕は動転した。
 ただ一人、僕を王子と認めている国王がいなくなるかもしれないと思ったら、怖くて堪らなかった。

 ほとんど顔を合わせる事もなかった、言葉をかけられた事もろくにない、会いに来てくれた事も――それでも、僕に居場所をくれたのは国王だった。
 見世物だろうと何だろうと僕を王子として認めてくれた、ただ一人の僕の父だ。

(――僕は父を失うのが怖かった。唯一の肉親だと思っていたし、いつか僕を必要としてくれると信じていたんだ――)

 僕はそれまでに積み上げてきたもの全てを投げ打って、慌てて国王に会いに行った。
 ただ一目会いたかった、その一心で。

「国王陛下! ご無事ですか!? ……」

 息を切らせながら、僕は国王の臥せる寝室の扉を開いた。

 そこには、衰弱し弱々しくやつれた国王の姿があった。
 床に臥せる国王はゆっくりと瞼を上げ、僕の姿を目にすると睨み付けた。

「…………お前か……何の用だ? …………」

 その凍て付く氷雪の眼差しは酷く鋭く、僕の胸を貫いて凍えさせた。
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