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第11話

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 公爵令嬢の処刑後、王太子と伯爵令嬢は婚約を結び、すぐに婚姻した。
 その後、唐突に国王が崩御し王太子が即位するが、国はしだいに傾いていく。
 国は荒れ果て、民は貧困に喘ぎ、人心は王家から離れ、各地で暴動が起こっていた。

 王宮の深部にある、王家が暮らす一室。
 室内にはむせ返る血の匂いが充満し、壁や調度品には返り血が飛び散っていた。
 血の滴る剣を握り絞めているのは、裏切り者と間者を見つけ切り捨て、その身体を何度も何度も刺して惨殺した、この国の王だ。
 真実の愛だと信じ、一身に寵愛していた王妃をその手にかけ、王は呟く。

「……なぜだ……どうして、こんなことに……」

 床には原形を留めないほどに姿を変えた死骸の他に、傷一つない綺麗な顔で息絶えている亡骸もあった。それは、王によく似た幼い王子の成れの果ての姿だった。
 財宝を手に国外逃亡を図った王妃は、腹を痛めて産んだ我が子ですらも、邪魔になるという理由で毒殺したのだ。
 亡骸の症状から見るに、前王が突然死去した時と同じ毒薬だろうと憶測される。
 王は我が子の亡骸に関心がなくなり、冷淡な目で周囲を一瞥すると、ブツブツと呟きだす。

「……私が、間違っていたのか……いつから、間違っていたんだ……」

 何もかもが順風満帆だと信じ、思い通りにならないことなどないと妄信していた王は、それまで築き上げてきたものすべてが虚栄だったと知った。

(……どこで、私は間違えてしまったんだ……幼い頃から、私には思い通りにならないことなどなかった。なかったはずなのに…………いや、一つだけあった……)

 幼少期を思い起こし、王は元婚約者であった公爵令嬢のことを思い出した。
 思い返せば、真っ向から王に意見してきたのは、公爵令嬢だけだったのだ。

『いけません、クラウス殿下! 貴方はこの国の王になるお方です。上に立つ者が、下の者を虐げてはなりません。指導者として下々の者を導き、国益を育むのが王たる者の務めです』

 公爵令嬢だけが、幼き頃の王へ媚びへつらうことをしなかった。
 弱き者を守れと主張し欠陥者の弟を庇う、そんな公爵令嬢の言動が王にとっては腹立たしかったのだ。
 王は幼稚にも『理想の淑女』はこうあるべきだと難癖をつけ、可愛い容姿を地味にさせ、目立たぬように強要した。

『どんなに大変な仕事でも、わたくしは構いません。クラウス殿下をお支えするのが、わたくしの務めですから。クラウス殿下は良き王におなりください』

 許してと泣きつけば可愛げがあったが、公爵令嬢はどんなに無理難題を突きつけられようとも平然とこなして見せ、躍起になった王の要望は増長していった。

『クラウス殿下、大丈夫です。何があっても必ず、わたくしがお支えしますから』

 そう言った公爵令嬢がどんな表情をしていたのか、王には思い出せない。
 いや、見ていなかった――曇った大きな眼鏡で顔を隠させていたために見えず、いつもどんな表情をしていたのか、まったく分からなかったのだ。

 今になって思えば、公爵令嬢の言動はすべて王や国や民を想ってのものだった。
 公爵令嬢だけが、王の行く末を慮って諌言し、自分を犠牲にして支えていた。
 元婚約者だけが、王を真に愛し慈しもうと、健気に尽くし続けていたのだ。
 すべて失った今になって、ようやく王は公爵令嬢が得難くかけがえのない存在だったのだと分かった。

『クラウス殿下。どうか、信じてください』

 公爵令嬢が最後に訴えかけた声が、曇った眼鏡の端から零れ落ちた涙が、王の脳裏をよぎる。

『お願いです。信じてください……』

 王が公爵令嬢を追い詰め、処刑した。自らがかけがえのない存在を殺したのだ。
 取り返しのつかない過ちを犯した事実が受け止めきれず、王は絶叫する。

「……ぁあ……あ゛あ゛あ゛あ゛……う゛わ゛ああああぁぁぁぁーーーー……」

 何もかもすべてを失い、全身に返り血を浴びた状態で、王は唐突に乾いた声で笑い出す。王は狂った。

(……あぁ、そうだ……あいつがいる……あいつが、どうにかしているはず……)

 王宮の地下室にこもり不気味な研究を続けている弟のことを、王は思い出した。
 弟は公爵令嬢の骸を傍らに、禁忌魔術に手を出していると、噂を耳にしていた。
 執心していた公爵令嬢を生き返らせるために違いないと、王は確信したのだ。

(……ガーネットさえいれば、私を支えてくれる……私はまた、やり直せる……)

 血濡れた姿で剣を携え、王は弟のいる地下室へと向かった。

 ◆

 王が地下室の重い扉を開け放つと、そこは異様な空間だった。
 白い冷気の立ち込めるそこは、見渡す限り幾重にも折り重なる淡く光る魔法陣が構築されていて、到底人間業とは思えないほどの幻想的な光景が広がっていた。

 部屋の中央に佇む人物の姿に、王の目がとまる。
 眩い白銀の髪は長く床まで伸びて、神秘的な紫眼の瞳や端麗すぎる相貌は、人間離れした神々しさがあり、畏怖すらも感じさせる重厚な空気を纏っていた。

「やっと、完成したんだ。邪魔をするな」

 その人物の声を聞き、王は様変わりした弟だと気づいて、地下室へと足を踏み入れ恐々と話しかける。

「……ガ……ガーネットは……どこにいる? ……」

 弟は王に射貫くような冷たい視線を向けた後、腕に抱いていた包みの布を開き、愛おしげにそれを見つめ語りかける。

「待たせたね。ガーネット」
「!?」

 それは、朽ちて醜く歪み変貌してしまった公爵令嬢の亡骸だった。
 弟は公爵令嬢の亡骸を大事そうに抱え、優しく穏やかな声で言う。

「一緒に行こう」

 そう言うと、部屋中に構築されていた魔法陣が弟を中心に集約されていく。
 弟と公爵令嬢の亡骸が魔法陣の光に包まれて、見えなくなっていく。

「……待て!」

 王は慌てて二人の方へと駆け寄ろうと、手を伸ばし叫んだ――

「いたぞっ! こっちだ!!」
「狂った愚王め! 地獄に落ちろ!!」

 背後から荒ぶる群衆の怒号が聞こえたと思った時には、王は剣で貫かれていた。

「ぐはっ!?」
「狂王を殺せー!」
「狂王め、死ねー!」

 その場に倒れた王は、罵声を浴びながら何度も切りつけられる。
 王は必死に地を這い、消えていく魔法陣へと手を伸ばした。

「……ガー、ネット……」

 王の手が届くことはなく、魔法陣は消え失せて、血の海の中で王は絶命した。

 ◆

 長い年月を経て、僕は彼女を生き返らせる逆行転生の魔法陣を構築した。
 魔法陣の光の中、愛しい彼女の亡骸をそっと抱きしめる。
 もう一度、彼女の微笑む顔が、煌めく赤い瞳が見たかった。
 たとえ、逆行転生が失敗し、僕の魂が時空の無限牢獄に捕らわれようと、彼女さえ生きる世界が存在するのなら、何も惜しむものはない……。

 眩しい光に包まれ、身体が、魂が、解けていき、世界が再構築されていく――

 ◆
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