【完結】どうも、使い魔の人間です。~魔族しかいない世界でモフモフ魔族に溺愛されてます~

胡蝶乃夢

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28.エルフ・イブとの確執

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 下層へと降りると、そこはぼんやりと明るく、白い空間がどこまでも広がっているようだった。
 ゆっくりと歩く足音が大理石の床に響き、不思議な余韻を残す。
 巨大な柱が点々と立ち並ぶ光景は、どこかで見覚えのあるような気がする。

 イブは僕の少し先を歩きながら、振り向かずに話す。

「ここは、あなたが召喚された古代遺跡と酷似しているでしょう?」
「!?」

 言われてハッとし、僕は足を止めて辺りを見回した。
 確かに、召喚されて初めて目にした遺跡の建造物や雰囲気とよく似ている。

「……どうして、それを?」

 何もかも見透かしているというような目で僕を一瞥し、イブは話しながら先へと進む。

「あなたは“異世界”から召喚されたと思っているのでしょうが、それは間違いです」
「え……それは――」

 後を追い、どういう意味なのか問おうとした時、イブは立ち止った。

「着きました」

 薄暗がりの中、イブの視線の先を追えば、玉座に座った鎧姿の影が見え――

「っ!!」

 ――目を凝らして見た僕は息を呑んだ。

 重厚な古びた鎧から覗くのは、真っ白い髪と髭に覆われた骨と化した顔。
 そこに座っていたのは、白骨化した人の亡骸だったのだ。
 さらに辺りには、無数の墓標が立ち並んでいた。

 イブは玉座に座る亡骸へと近づいていき、肘掛に置かれた腕へそっと触れる。

「彼がこの世界の“最後の王”……わたくしが心から愛し仕えた、人間です」

 亡骸の腕を愛しそうに撫で、イブは静かに語り始めた。

「順を追って話しましょう――魔族にとって、人間が創造主であり絶対的な支配者であることは、まぎれもない事実。未知の力を追い求める人間の探究心によって、人工的に作り出された合成生物キメラ――それが魔族の始祖なのです」
「!!?」

 衝撃的な事実を告げられ、僕は言葉を失った。

「より強力な力、より特殊な力を追求した人間は、己よりも遥かに能力の高い魔族を制御するため、魔族の遺伝子を操作し、本能的に人間に服従するよう組み込みました。魔族が主としての人間を求め、人間を神として崇拝するのはそのためです」

 あまりに突拍子もない、荒唐無稽な話だった。
 信じがたい話に僕は困惑して、思わず問いかける。

「魔族が人間に作られた合成生物……信じられない。服従を本能に組み込むなんて、そんなことが本当にできるの?」
「現に、魔族達が人間に最も近いとされるエルフを敬い、魔眼に従ってしまうのはそのためです。故に、エルフの魔眼は人間には利かない」

 イブは僕の問いにあっさりと答え、再び語り始める。

「魔族を意のままに操れる力を手に入れた人間は、魔族を戦争兵器として利用しようとしました。しかし、魔族は本能的に人間に危害を加えることができない。したがって、人間は魔族と魔族を戦わせることにしたのです。戦争が繰り返され、数多の魔族が生み出され、そして死んでいきました」
「……酷い……魔族達があまりにも可哀そうだ……」

 なんの罪もない魔族達が強制的に戦わせられ、命を落としていったのかと思うと、やるせない憤りで胸が苦しくなる。

「魔族を使った戦争では決着がつかず、皮肉なことに人間は内戦で自滅への道を辿りました。魔族とはまた別の生物兵器や化学兵器、それらによって人類は滅び、この世界には魔族だけが取り残されたのです」

 因果応報と言うべきか、浅ましく欲深い者達が招いた悲劇だ。
 でも僕は、人間はそんな者達だけではないと思いたい。
 イブにも、それをわかって欲しいと思う。

「人間の歴史、ひどく残酷な話だね。……だけど、人間がみんなそんな人ばかりではないということは、どうかわかってもらいたいんだ」
「ええ、そうですね……争いを望まぬ、心優しい人間がいることも、わたくしはよく理解しておりますとも」

 玉座に座る亡骸をイブは愛おしげに見つめ、記憶を辿るようにして語った。

「魔族は刻まれた本能から、人間を求めずにはいられない。人類の文明が滅んでもなお、わたくしは生き残りの人間を探し続けました。奇跡的に残っていた“休眠保存装置”を見つけ、わたくしは眠る人間を呼び覚ましたのです」

 点々と立ち並ぶ柱を指し示し、イブは言う。

「ここにある柱は全て人間を呼び覚ました後の保存装置。あなたが召喚されたという古代遺跡も、おそらくその一つ。風化による決壊で残っていた装置が露出し、作動したのでしょう」
「そんな、まさか……僕はノヴァに召喚されて、この世界に来たはず……」

 イブは静かに首を横に振り、僕に告げる。

「あなたのいた時代から、遥かに長い時を経た遠い未来、それがこの世界なのです」
「ここが、未来の世界……僕がいた世界と同じ……」

 想像を絶する話の展開に、信じがたい思いで押しつぶされそうになる。

「僕のいた世界の人はもういない……そんな、信じられない……僕のいた世界、人間の社会が、人類の文明が、滅んでいたなんて、信じたくない……」

 だが、時々感じていた違和感、それが現実味を増しているのだ。
 混乱する僕を眺めながら、イブはゆっくりと語りだす。

「幾人もの人間を呼び覚ましたわたくしは、新たな人間の社会を築けると信じていました。……しかし、人間は時が経つにつれ、変わっていくものです。最初は魔族を受け入れていた者でも、しだいに魔族の力を恐れ、忌避し、排除しようとするようになる」

 最後の王の亡骸を、イブは悲しげに見つめる。

「わたくしが心から愛し仕えた彼でさえ、人間と魔族の両者に賢王と称えられた彼でさえ、嫉妬に狂った仲間の裏切りに合い、仲間を粛清せねばならなくなりました……やがて、年老いた彼は世界にただ一人、生き残った孤独に苛まれ……狂い、自ら命を絶ったのです……人間と同じように年を重ねられないわたくしを、化け物と罵って……」

 紫紺の瞳には、深い悲しみと永遠の孤独が映っているようだった。

「………………」

 僕は言葉を失い、ただイブの話を聞くことしかできない。

「長い時を経て、わたくしはようやく理解したのです。魔族と人間は決して相いれない。力や権力を求める人間は必ず争い殺し合う。それが人間の本性――不完全な人間の本能なのですから。人間が支配する世界では、魔族は必ず滅びの道を辿るでしょう」

 イブが真っ直ぐに僕を見つめる。
 その瞳には、その表情には、固い決意が宿っていた。

「わたくしは魔族を統べる総統として、不完全な人間のような過ちは犯しません。本能に逆らってでも、この魔族社会を維持し続ける使命があるのです。若き日の、王との約束でもありますから……」

 イブは玉座から離れ、僕へと歩み寄る。

「この世界に不完全な人間など必要ないのです。必要なのは神として崇められる象徴としての人間、全知全能な人間への憧憬と信仰のみ。あなたの存在は、この世界の秩序を乱す危険因子なのです」

 優雅に腕を上げ、イブが白い指を僕に向ける。

「あなたが本当に魔族の未来を願うのであれば――この世界から去っていただく必要があります」
「え……!?」

 僕の背後で、大きな羽音が響いた。
 振り返ると、純白の天馬・ペガサス――否、角の生えた天馬・アリコーンが舞い降りる。

「マナト……魔族の未来のため、ここで死んでください」

 そう言ったのと同時に、アリコーンは角を向けて僕に突進してきた。

 ザシュンッ!

「うわっ!」

 とっさに身を捻り、僕は床を転がってかろうじて躱す。

「やはり、抵抗しますか……」
「僕は……こんなところで死ねない! まだやらないといけないことが、たくさんあるんだ!!」

 その思いが口をついて出ていた。
 僕は素早く立ち上がり、柱の影に隠れるように走り抜け、逃げながら思う。

(これからなんだ。混ざり者達はやっと人並みの生活ができるようになって、これからって時なんだ。格差に苦しむ魔族がいなくなるような、そんな仕組みを作るんだって、ノヴァと約束したんだ)

 イブはアリコーンに腰掛け、呪文を唱えて光の剣を出現させる。

「抵抗しても無駄です。逃がしはしません……聖なる光剣――ルクス・レギウス」

 瞬間、アリコーンが跳躍し、イブの放つ光の剣が僕めがけて振り下ろされる。

 ヒュンッ!

「わあっ!」

 跳躍して身を翻し、僕は光の剣をすれすれで躱した。
 光の剣は極めて鋭く、僕の頬を掠めただけで血が滲んだ。

「っ!」
「魔族を想うあなたの気持ちに、嘘偽りはないのでしょう。ならば、抗わないで」

 アリコーンは驚くべき機動力で宙を舞い、イブは続けざまに光の剣を繰り出してくる。

 ヒュンッ! ヒュンッ!

「くっ……」

 風を切る音と共に、剣撃が放たれ、柱が切り倒される。
 僕は必死に躱すが、服が裂け、何度も肌を切りつけられ、血が滲んでいく。

「抗っては苦しいだけですよ。無駄な抵抗などやめて、受け入れればすぐ楽になれますから」

 シュバッ!

「はぁっ!」

 息が上がり、足がもつれ、思うように体が動かなくなってきた。
 それでも踏ん張り、僕は懸命に逃げる。

(こんなところで、死ぬわけにはいかないんだ! 絶対に死ねない! みんなが待ってるんだから!!)

 光の剣撃が四方八方から飛来し、僕は窮地に追い込まれていく。

「そんな……」

 壁際に追い詰められ、逃げ場を失った僕に向かって、イブは優雅に剣を構える。

「あなたもここで死を迎え、王と共に永遠の眠りにつくのです」

 アリコーンの翼が光を放ち、視界が真っ白に染まる。
 目が眩んで何も見えない中、僕は聞こえてくる羽音だけを頼りに身を翻す。

 シュンッ!

「ぐはっ!」

 光の剣が、僕の腹を貫いた。

「これで、終わりです……」

 イブの呟きが、遠くなっていく。

(嫌だ、こんなところで終わりたくない。魔族達と、混ざり者のみんなと、これから色々なことして、楽しく暮らすんだって思ってたのに……)

 視界が徐々に戻ってくると、自分の腹からダクダクと溢れ出す血が見えた。
 膝から力が抜け、よろめく体が白い大理石の床に倒れ込み、赤い血のりを伸ばす。

(……帰らなきゃ……みんなが待ってるのに……それに、ノヴァを一人になんてしたくない、悲しませたくない……ノヴァ、会いたい……ノヴァ…………)

 イブの囁く声だけが無慈悲に響く。

「お眠りなさい、マナト。永遠に――」


 ガシャアアアァンッ!!


 大きな轟音と共に、外壁が破壊され、大理石が木端微塵に砕け散った。
 そこから飛び込んできたのは、天馬・ペガサスに跨るアダムとノヴァだった。

「マナトーッ!!」

 ノヴァはペガサスから飛び降り、瀕死の僕に駆け寄って抱き起こす。
 僕は血を吐きながら、霞む目でなんとかノヴァを見上げる。

「ごふっ……ノヴァ、っ……」
「今すぐ治してやるから、死ぬな! 絶対に死ぬなよ!!」

 ノヴァが来てくれたのが嬉しくて、腕に抱かれているだけで安心して、僕は微笑み――意識が遠ざかっていった。


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