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27.エルフ・イブとの邂逅

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 みんなはエルフと目を合わせないよう、視線を外しながら話す。

「だけどよ、はいそうですかとおめおめやられる訳にゃいかねぇぜ」
「そりゃ、当然じゃ。退路がないなら、作り出せばいいんじゃからのう」
「ならば、一矢報いてやるまで。マナト殿に害なす者は何者であれ許さぬでござる」

 そう言うなり、獣化したグレイが目にも留まらぬ俊敏な速さで駆け出し、包囲網を突破しようと飛び込む――が、見計らっていたかのように魔法陣が発動し、グレイは魔法の手に拘束される。

「ギャンッ……クソッタレ!」
「甘く見てもらっては困りますね。我々エルフが優れているのは、何も魔眼の力だけではありません」

 間を置かず、群を抜いて怪力なブラッドが獣化し、魔法陣を破壊しようと突進する。通常ならば壊せないものなどない破壊力――しかし、エルフ達の防御魔法により、魔法陣に手が届かずして、ブラッドは捉えられてしまう。

「グオオオ! ガオオオオ!!」
「身の程知らずにも程がありますよ。どうあがいたところで、我々エルフには勝てるはずがないのですから」

 すかさず、神経を研ぎ澄ましたリュウが、目を閉じたまま剣技を繰り出す。他者には到底真似できない比類なき神技――それすらも、エルフは軽々と躱して見せ、見事な連携魔法でリュウをねじ伏せたのだ。

「無念……」
「醜い劣等種の混ざり者に肩入れするなど、実に愚か。我々エルフの邪魔をしなければ、長生きできたものを」

 エルフ達は勝ち誇った笑みを浮かべ、魔法の手で強制的にみんなの顔を上げさせ、目を見開かせる。

「さあ、我々の目を見なさい」
「「「っ!!」」」

 果敢に挑んだ仲間達も、魅了を解いたはずの混ざり者達も、みんなエルフの魔眼に魅入られ、目が虚ろになっていく。

「最も人間に近い尊い存在である我々エルフが命じる。醜い劣等種の混ざり者を粛清し、皆殺しにしなさい」

 もう、この場で操られていないのは、僕とノヴァだけになってしまった。
 仲間達はゆらりと立ち上がり、混ざり者達と同様にふらふらと僕達に迫ってくる。

「みんな、そんな……」
「くそっ、お前ら正気に戻れ!」
「逃げ場はありませんよ。出来損ないも劣等種も、皆もろとも死に絶えなさい」

 エルフ達は追い詰められる僕達を眺め、作り物みたいに整った顔で不気味に嗤う。
 体だけじゃなく心までも深く傷付くであろう混ざり者達のことを想うと、僕の胸は張り裂けそうに痛む。

(こんなの嫌だ。こんな酷いことが許されていいはずかない! 傷付けたくない仲間を、無理矢理、傷付けさせるなんて、人のしていいことじゃない!)

 僕は堪らずに叫んでいた。

「みんな、止めて!」

 ただただ、必死の思いで叫んだのだ。

「お願いだから、正気に戻ってよー!!」


 パリィン……!


 何かが弾け散るような感覚がした。

 僕とノヴァに手が届く間際、虚ろだったみんなの目に正気が戻っていく。
 予想だにしていなかった展開に、エルフは狼狽え声を上げる。

「な……なんと! 我々の魅了が破られただと?!」

 困惑したエルフ達が口々に言い合いだす。

「もしや、あれがアダムの言っていた魔眼の利かない使い魔? まさか、本当にそんな者が存在するのか……」
「我々の魔眼は魔族すべてを魅了する、抗える魔族など存在しない、最強の能力。それを凌駕するほどの魅了の力を持つなんて……」
「人間に最も近いエルフの魅了を打ち破るなど、到底不可能なはず……そんなことができる者がいるとするなら、それはもう……」

 エルフ達は一つの考えに辿り着く。

「そんな存在……人間しかいない……」

 一斉に僕を凝視するエルフ達の様子から、風向きが変わった。

(この世界では人間が神格化されてる。なら、僕が人間だとわかれば、もう手は出せないはず、みんなへの攻撃も止められるはずだ。何がなんでも、僕が人間だとわからせる!)

 意を決し、一歩前へ出て僕は訴える。

「僕はノヴァに召喚された人間。まぎれもない正真正銘の人間だよ。こんな酷いことはもうやめて! 人として、していいことじゃないよ!!」

 エルフ達は僕の主張を聞いて、また口々に話し合う。

「まさか、そんな……いや、しかし……本当に、人間なのか……?」
「人間だとしたら、我々はなんと恐ろしいことを……許されぬ行為だ……」
「いや、だがしかし……この使い魔が本当に人間なのか、我々には判断できない……真偽を確かめねばなるまい」

 指揮官であろう一人のエルフが前へ出て来て僕に言う。

「ダークエルフの使い魔よ、あなたが本当に人間だと言うのならば、我々に同行し、人間であることを証明してください。本物であるならば、全魔族があなたに服従するでしょう。ですが、同行を拒むのであれば、偽物と見なし粛清します」
「……わかった。同行するよ」
「駄目だ! 危険だ!!」

 ノヴァが必死な表情で僕を引き留めようとする。だけど、今は他にみんなを助けられる方法が見つからない。ここは僕がやるしかないのだ。

 正気を取り戻した仲間達も、僕の身を案じてくれる。

「マナトをどうするつもりだ!」
「どこに連れて行こうと言うんじゃ?」
「マナト殿、拙者もお供するでござる!」

 仲間達が声を上げれば、すぐにエルフが妖しく目を光らせ、睨みを利かせる。

「黙りなさい」
「「「…………」」」

 一瞬にして、魔眼の力で仲間達は声を出せなくなってしまった。

「彼らの生殺与奪の権は、我々が握っているということをお忘れなく」

 仲間達を人質に取られ、逃れることは許されない。

「もちろん、わかってるよ。僕一人で行く」

 心配させないようにできるだけ明るく笑いかけ、ノヴァに伝える。

「ノヴァはアダムの傷を早く治してあげて。僕は本物の人間だし、大丈夫だよ。証明すればいいだけだし……これ以上みんなに酷いことはさせないから」
「マナト……っ……」

 悔しそうに歯を食いしばるノヴァは、アダムの傷の回復に集中する。

「あなたには、人間に最も近いとされる我々エルフの長、魔族の総統に面会していただきましょう。最も人間の歴史に造詣の深いお方ですから、あなたの真偽も明らかになることでしょう」

 エルフ達が僕を取り囲んで、顔に暗い影がかかる。

「さあ、我々と供に参りましょう」

 僕は白装束の集団に連れられて、聖人教団の本拠地へと向かった。


 ◆


 聖人教団の本拠地は、最高機関の名に相応しい壮大さだった。
 広大な聖人学園をも凌ぐ敷地の中心には、天に届かんばかりの尖塔を持つ白亜の大聖堂が建っていた。

「この建物は、人間らしさを追求した建築様式なのですよ」

 エルフの一人が誇らしげに説明する。

「かつて人間が築いた大聖堂を模して造られました。完璧な人間に近づくため、我々は人間の歴史を研究し、その英知を継承しているのです」

 どこか見覚えのある建築様式。西洋のゴシック建築を思わせる尖塔や繊細な彫刻は、僕の元いた世界の有名な大聖堂によく似ている。
 その完璧すぎる再現に、僕は異様な違和感を覚えていた。

 荘厳な光景の中、僕はエルフ達に連れられ、螺旋階段を上っていく。
 階層を上るほどに、エルフ達の緊張が高まっているのがわかった。

「もうすぐ大教皇の間です」

 最上階の回廊には、白装束のエルフが等間隔で立ち並び、まるで石像のように動かない。
 回廊の奥には、巨大な扉が聳え立っていた。

「さあ、お入りください」

 重厚な扉が開かれ、その向こうには円錐型の広大な空間が広がっていた。
 天井まで届くステンドグラスの窓から差し込む光が、白い大理石の床に虹色の模様を描いている。

 部屋の中央、高台に玉座があった。
 そこに座する者の姿に、僕は思わず息を呑む。
 全魔族の頂点として君臨してきた、総統たる大教皇は、美しくも幼い少女の姿をしていたのだ。

 透き通るような真っ白い肌、エルフを象徴する長い耳。
 白金の髪は真っ直ぐ伸びて光を浴び輝き、紫紺の瞳には底知れぬ思慮深さが宿っている。
 容姿だけなら十代前半ほどだが、その佇まいには圧倒的な存在感があり、実際の年齢は計り知れない。

 大教皇は優雅な所作で手をかざし、エルフ達に命じる。

「下がりなさい」

 大教皇の一言で、エルフ達は深々と一礼し、僕を残し退室していく。
 鷹揚に立ち上がった大教皇は、階段を静かに降り、僕の方へと歩いてくる。

 身構える僕の目の前まで来ると、大教皇はじっと僕を見つめ――そして、ふんわりと可憐に微笑んで見せた。

「はじめまして、わたくしは最古のエルフ・イブ。この魔族世界を統べる総統にして聖人教団の大教皇です。あなた、お名前は?」

 僕は臆さず胸を張り、真っ直ぐにイブを見すえて素性を訴える。

「僕は根津真人。ダークエルフのノヴァに召喚された、正真正銘の人間だよ」

 相手が誰であろうとも、隙を見せてはいけない。
 仲間達のためにも、僕は人間であることを証明しなければならないのだから。

 イブは僕を見つめて少し考えた後、思い当たったように呟く。

「マナト……あなたは、日本人ですね?」
「え! ……なんで、わかるの?」

 突然、言い当てられて驚き、困惑してしまう。
 イブは当たったことを喜ぶように微笑み、理由を話して聞かせる。

「わかりますとも。この世界で最も人間に詳しいのはわたくしですから。人間に関することなら、国や人種、民族に至るまで、ありとあらゆる歴史を熟知しています」

 続けて、真剣な表情でイブは目を光らせ、僕に告げた。

「ですから、マナトが人間であることも、わたくしにはよくわかるのです」

 予想を大きく外れ、いともあっさりと、僕は人間であると認められたのだ。
 呆気にとられた僕は、緊張の糸が切れて脱力してしまう。

「よかった……信じてもらえて、本当によかった……」

 これで、もう混ざり者達が危険な目に合わなくて済むのだと心底安堵し、胸を撫で下ろす。
 改めてイブに微笑みかけて、僕は仲間達のことを頼み込む。

「お願いがあるんだ。混ざり者達に危害を与えるようなことは、もうやめて。罪のない者を傷付けるようなことは、やめて欲しいんだ」

 それを聞いたイブの表情に、陰りが差す。

「そうですね……魔族達の未来を真に願うのであれば、マナト――あなたは、この世界の歴史を知らねばなりません」
「この世界の、歴史?」

 唐突な話に理解が追いつかず、戸惑いつつ聞き返せば、イブは頷いて言う。

「ええ、そう。この世界の“人間の歴史”を……『最後の王の間』への道よ開け――アリア・レグム・オステウム・レヴェラ」

 イブの呪文が響き渡ると、高台に位置する玉座が静かに動きだす。
 高台の中央が割れて変形していき、そこに下層へと続く階段が出現した。

「さあ、こちらへ」

 僕についてくるよう促し、イブは先導して階段を下りていく。
 下層へと続く階段の先は薄暗く、何が待ち構えているのかわからない。
 だけど、魔族達のために知らなければならないことがあるならと、僕は覚悟を決めてイブの後に続いた。


 ◆
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