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9.俺の使い魔(ノヴァ視点)

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 聖人学園へと入学した俺は、途中参加の学業に後れをとらないよう、暇を見つけては勉学に励んでいた。
 集中するあまり、気が付けば夜もだいぶ更けた時間になっているのは、いつものことだ。
 小腹が減って少し疲れを感じたなと思った頃――
 
「はい、夜食持ってきたよ。少し休憩しよう」
「ああ」

 ――俺の使い魔が差し入れを持ってくる。

「疲れた時は甘いもの食べたくなるよね。果物もあるから、剥いてあげるね」
「ん」

 そうするよう指示したわけでもないのに、使い魔は当然のようにしてみせる。
 俺の行動の先読みをして、それがあたかも当たり前みたいに、心地いい環境を整えてしまうのだ。
 使い魔というのはこういうものなのか、こいつが特別にそうなのかはわからないが、とても不思議な感じがする。

 間食を終えてささっと片付けを済ませると、これまた至極当然のように俺の隣にくっついて、大人しく座っている。
 普通なら退屈だと音を上げそうなものだが、うるさくして俺の邪魔をすることもない。
 暇ではないのかと、気になって様子を見れば、手帳になにやら熱心に書き込んでいる。
 子供みたいなつたない文字と、見たこともない知らない文字、あとは挿絵か。

「何を書いているんだ?」
「文字の練習に日記を書いているんだよ。読み書きができないと不便だし、できたらノヴァを手伝えるかもしれないからね」
「そうか……」

 まただ。真っすぐ向けられる笑顔に胸がぎゅっと締めつけられる。
 風変わりな俺の使い魔は、この世界の魔族や魔獣とはまるで違った。
 ダークエルフである俺に向ける目も、劣等種である混ざり者達を見る目も、その反応の何もかもが違う。

 エルフ譲りの整った容姿をしていた俺は、幼い頃から卑しい淫魔と蔑まれ、下卑た輩に狙われることも多かった。


 ◇


『くそっ……行き止まりか』

 袋小路に追い詰められ、逃げ道を失った俺は悪態を吐いた。
 仲間の仕事を手伝いに街へ出かければ、ガラの悪い大男二人組に目を付けられ、追い回されていたのだ。

『こんなところに隠れていたか、ダークエルフの可愛い子ちゃん』
『せっかく俺様達が精気をわけてやるって言ってんだから、逃げるなよ~』

 気色の悪い笑みを浮かべ、大男共がにじり寄ってくる。
 悪寒が走り、鳥肌が立つ。あまりの気色悪さに、反吐がでそうだ。
 少しでも弱みを見せて舐められたら終わりだ。だから、睨みつけて吐き捨てる。

『汚ねぇ手で俺に触るな』
『そうつれなくするなよ、どうせいつも人様の精気吸って生きてんだろ? なら楽しもうや』
『たっぷりと精気注いで可愛がってやるからさ~。ぐへへ』

 大男の一人が俺を羽交い絞めにしようと、手を伸ばしてくる。
 忠告はした。俺に触れるなと言ったのに、触れたお前等が悪いんだ。

『……ひっ、うぎゃあぁっ!』

 急激なエナジー・ドレインにより、俺に触れた男の手がしわがれた枯れ木のようになった。

『やりやがったな! 劣等種の分際で楯突きやがって、もう容赦しねぇぞ!!』

 絶叫してのたうち回る大男を尻目に、逆上したもう一人が俺に飛びかかってくる。
 大きな動きは読みやすい。俺を子供だと舐め腐っているバカの拳を軽々躱し、顔面を鷲掴む。

『がっ!』
『容赦しねぇのはこっちの台詞だ。干からびろ』
『ぎゃああああぁぁぁぁ!!』

 お望み通り、精気を限界まで吸い尽くしてやった。
 死なない程度には加減してやったんだ。次はないとバカでも理解できるだろう。

 混ざり者を劣等種と侮り、いいように弄び利用しようとする、外道共にかける情けなどない。
 そんな奴等からいくら精気を吸い取ってやったところで、俺の心は痛まないんだから。

 いっそ、利用できるものならなんだって利用してやる。
 なりふりなんて構っていられない。どんなことをしてでも、このどん底から這い上がってやるんだ。
 そうしなければ、何人も命を落としているこの劣悪な環境は、混ざり者達の苦しい生活は、変えられないんだから。


 そして、長年かけてようやく集めた最大限の魔力で召喚したのが、人型の使い魔・マナトだった。
 出会った瞬間、長い間ずっと探し求めていた者にようやく会えた――そんな感覚があったのだ。
 それはきっと、唯一無二の俺の使い魔だから、運命を共にする者だからなのかもしれないが。

 侮られないように高圧的な態度でいた俺は、無理矢理にでも服従させ、使い魔にするつもりでいた。
 なのに、こいつはいともあっさりと俺の使い魔になった。

『どんなに嫌がろうが、魔力補給のために精気を吸い続ける……俺が召喚したんだ! お前は俺の使い魔になるんだ!!』
『わかった』
『絶対に逃がさないからな。せいぜい干からびないように……って、は? 今、わかったと言ったか?』
『うん、ノヴァの使い魔になるよ』

 俺はダークエルフ、混ざり者の劣等種だ。そんな俺を気遣って笑いかけ、力になりたいなんて言うやつは、混ざり者以外にはいない。そう思っていたのに、こいつは俺に笑いかける。
 スラムに連れ帰る時も、醜い混ざり者を見て侮蔑しないよう、釘を刺すつもりで忠告したが、こいつの言動は予想を遥かに超えたものだった。

『ふわぁ~~~~~~~~♡ ここはモフモフ・キュートのパラダイスか~~~~♡♡♡』
『妙な叫び声を上げるな』
『ノヴァ! 召喚してくれてありがとう!!』
『はぁ?!』

 命を救ったとはいえ、強制的に異界から召喚したのだ。憎まれこそすれ、感謝されるなんて思ってもいなかった。
 なおかつ、醜い出来損ないの混ざり者達を見て、可愛いと大はしゃぎし、嬉々として目を輝かせるのだ。

『ノヴァばっかりずるい! 僕もぎゅうする~♡』
『おい、そっちにくっついても意味ないだろ』
『えへへ、そうだった』

 俺と混ざり者に抱き着いて、本当に嬉しそうに、屈託のない笑顔を見せるのだ。
 信じられない光景だった。こんな風に俺の家族に接してくれる者がいるなんて、こんなに嬉しいと感じるなんて知らなくて、胸が締め付けられる。

『こんな劣等種の混ざり者に、嬉しそうに抱きつくなんて……ほんと変なやつだな、お前……』

 仲間が大怪我を負って回復魔法をかける時も、倒れる直前まで必死に精気をわけて、俺の家族を心配してくれた。
 我がことのように涙ぐんで、俺に言うのだ。

『もう大丈夫だよ。ありがとう、ノヴァ……』
『……なんで、お前が礼を言うんだ……ほんと変なやつ……だ……』

 ああ、よかった。
 こいつが俺の使い魔で、よかった。
 何気ない言葉に、屈託ない笑顔に、俺の心はどれだけ救われたかわからない。
 こいつと一緒なら、きっと俺は挫けずにいられる。どんな困難にも立ち向かえる。そう思えたのだ。


 ◇


 使い魔がつたない字で日記を書いているのを眺めていると、さらさらと挿絵を描き始めた。
 混ざり者達の絵のようだ。妙に誇張して醜く描くこともなく、特徴をよく捉えている。愛情を感じる絵。

「それはケットシー(猫)とコボルト(犬)か。上手いものだな」
「えへへへ、それほどでもないよ。でも嬉しいから、もっと褒めて」

 使い魔はニヘラっと笑って、キラキラした期待のまなざしで俺を見つめてくる。
 素直に褒めてやるのもなんか、デキるお兄さんアピールされてうっとうしそうなので、おざなりに褒めておく。

「あー、はいはい。うまいうまい」
「わー、うれしいなー。ホントに褒めてるそれー?」
「あー、うん。褒めてる褒めてる」
「ねー、僕の目を見て言ってー?」

 軽口をたたき合って笑う。
 出会ってからの時間は短いが、もう側にいることが当たり前になってきている。
 逆に、側にいないと落ち着かないような、ソワソワした気持ちになるのだ。

「動物園で看板やポップを描かせてもらってたから、動物系描くのは得意なんだよ。人間はあまり上手くないけどね。愛情の差なのかな」

 そんなことを言いつつ、今度は黒猫を描き始めた。
 前に俺が気を失っている間、獣化して猫姿を晒してしまったので、俺の猫姿を描いているのかと思ったが、違うようだ。
 胸のところに白い星印があるが、俺は六芒星で、その絵は五芒星。使い魔の観察力なら、間違えるとも思えない。

「この黒猫は?」
「僕の愛猫のノヴァだよ。すごく可愛いでしょう? 猫姿のノヴァにそっくり」

 使い魔がニコニコとしながら、黒猫の色々なポーズを描いて見せる。
 目つきの悪い黒猫。だが、妙に愛嬌がある。使い魔の目を通してだからこそ、どことなく愛らしく描かれているのだろう。
 その黒猫の絵を見ていると、何故かわからないが、なんというか、とてつもなく、釈然としない、モヤモヤとした気持ちになってくる。

(そんなにたくさん黒猫の絵を描いているなら、一つくらい俺の絵があってもいいんじゃないか? そっくりと言いつつ、俺の猫姿は可愛げがないとでも……いやいや、猫と張り合ってどうするんだ俺、冷静になれ……)

 無性にムカムカしてきた気持ちを抑えて、ふと使い魔を見ると、眠たそうに眼を細めて舟をこいでいた。

「眠いならベッドで寝ろよ」
「ノヴァとくっついてるとポカポカあったかくて眠くなっちゃうぅ…………ぐぅ」
「おい、言ったそばから寝るな……世話の焼ける使い魔だな」

 しかたなく、隣で寝てしまった使い魔を抱きかかえ、ベッドへと運んでいく。
 二人でも寝られる十分な広さのあるベッド。使い魔を下ろして布団をかけてやる。

「にゃむにゃむ……えへへへ」
「起きたのか?」

 ごにょごにょと何か言っているが、目を覚ます気配はない。

「寝言か」
「……一緒に、頑張ろうね……ノヴァ……」

 寝ている時ですら、俺と一緒にいる夢を見ているのかと思うと、不思議な気持ちになる。
 心がふわふわして温かくなるような、胸が締め付けられて切なくなるような、欠けていたものが満たされていくような、そんな感覚になるのだ。
 寝息を立てて気持ち良さそうに寝ている使い魔を見ていると、俺までつられて眠くなってくる。

 使い魔の横に寝そべりながら考える。
 これまでに体感したことはなかった、この気持ちはなんなのだろうかと。
 こいつを特別と感じてしまうのは、きっとこいつが俺の使い魔だからなのだろう。それ以上でも、それ以下でもない。そう自分を納得させながら――


 ◆


 ――ゴロゴロゴロゴロゴロ

「……ん?」

 胸元でもぞもぞと動く何かに気づき、僕は目を覚ました。
 寝ぼけ眼で何かなと見ると、そこにいたのはフワフワモコモコの黒い毛玉。
 毛玉から二つの三角お耳としなやかな長い尻尾が生えている。
 それは瞼を閉じながら、布団越しにフミフミして、喉をゴロゴロ鳴らしている、黒猫姿のノヴァだったのだ。

 ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ

 あまりの超絶可愛い破壊力に、僕は思わず声を上げてしまう。

「ふわぁ~~~~~~~~♡」
「っ!?」

 僕の声にビックリしたのか、瞼をカッと開いて目をまん丸にしている。もう挙動のすべてが愛らしい!

「ノヴァ、可愛すぎ~~~~♡」
「フシャーーーー!!」

 毛を逆立てながら威嚇する声を上げたノヴァは――

 ボフンッ!

 ――慌てていつもの人姿に戻ってしまった。
 それから、何故かよそよそしく、視線をそらして手をかざしながら言う。

「い……今のは夢だ。お前は妙な夢を見ていたんだっ!」
「えぇ……ノヴァ、顔真っ赤じゃん」

 手をかざして目元を隠していても、隠しきれていない首や耳まで真っ赤になっているのが、これまた可愛いくてたまらない。

「もう、そんなに恥ずかしがらなくていいのに。思う存分、甘えてくれていいんだよ。僕は大・歓・迎♡ さあ、お兄さんの胸に飛び込んでおいで♡」

 ニッコニコで両腕を広げ、可愛いノヴァを抱きしめようと近づく。
 ノヴァは羞恥心に耐えられないとでも言うように後ずさり、枕やクッションを放り投げる。

「うっ、うるさいうるさい、今すぐ寝ろー! そして記憶を抹消しろー!!」
「なんでっ! あだーっ!?」

 ノヴァの豪速の枕投げで、僕はノックアウトされたのだった。


 ◆
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