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12.オーガ・ブラッドとの決着

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「完成じゃ! ワシの料理が先攻じゃな、審査を頼む」

 ブラッドが作った料理は、美しく盛り付けられた魚の活造り、香ばしい匂いを放つジビエの香草焼き、豆や栗や芋が入った炊き込みご飯、飾り切りされた果物の盛り合わせだった。

 さっそく、審査員達は提出された料理へと手をつける。

「見た目も美しく、臭みもない完璧な仕上がりです。そして、これぞ料理といった馴染んだ味わいですわね」
「うむ。この断面の切れ味からして、使い込まれ研ぎ澄まされた業物だとわかる。味も新鮮そのもので極めて美味」
「彩りの鮮やかさといい、栄養面のバランスといい、素晴らしい料理の腕前だね。美食家を名乗るのも頷ける」

 舌鼓をうつ審査員達から極めて高い評価を受け、ブラッドは得意げに笑う。

「かっかっかっ、当然じゃ。ワシが料理対決で負けるはずがないからのう」

 しばらくして、料理を食べ終えた審査員達が言葉をこぼす。

「ふう、美味しくいただきました。もう満腹です」
「美味でつい食べ過ぎてしまったかもしれんな」
「これだけ食したあとだと、後攻は相当不利だね」

 膨れたお腹を審査員達が擦っていれば、観戦席からざわめく声が聞こえてくる。

「なんだあれ? すごく美味そうな匂いがしてきた……ごくり」

 審査員達も釣られてクンクンと鼻を鳴らす。

「この匂いは……油と芋の匂いかしら?」
「ジュワジュワと音がするが、炒めているのか?」
「いや、大量の油で茹でているみたいだね」

 魔族達の反応からして、やはり揚げ物には馴染みがないようだ。

「茹でてるんじゃなくて、素揚げなんだけどね」

 配給食のレーションでは、成型した生地を焼くか煮るかした食べ物が多く、揚げ物の類は見かけなかった。
 パリパリ・サクサクとした食感の物がほぼなかったのも、無駄のないヘルシー志向が理由じゃないかなと思う。

 ブラッドも興味深そうに僕が揚げ物をしている工程を眺めている。

「大量の油を使うとは、ワシの知らん料理じゃのう」

 いい色に揚がったら網ですくってバットへ広げ、上から塩を軽く振ってまぶす。
 揚げたての芋をフーフーして少し冷まし、一口味見。

「ぱく……んんっ、これこれ~♪」

 外はサクッと中はホクッとした期待通りの美味しさに、笑みがこぼれてしまう。
 審査員も観戦者も、僕が味見する姿を見てゴクリと唾を飲み込んでいた。

「よし、僕の方も完成!」

 審査員席の前へと料理を運んでいく。

「僕の料理はハンバーガーセットです。一口だけでも、食べてみてください」

 先程の揚げたてサクホコのフライドポテトはもちろん、オニオンリングもある。
 さらに香ばしい焼き立てバンズの匂いが鼻をくすぐり、スパイシーなソースの香りも食欲をそそるだろう。
 ふわふわバンズにフレッシュなトマトやレタス、分厚い熟成ハンバーグに濃厚なチーズがたっぷりと、半熟卵まで乗せた豪華・月見ハンバーガーなのだ。
 こってりとした味をリセットするのは、手搾りの甘酸っぱいフレッシュ・オレンジジュース。
 野菜や果物の新鮮さなら負けていない。彩りも鮮やかで食感も楽しい、完璧な仕上がりだと思う。

(ほら、時々食べるジャンクフードって、抗えない魔性の魅力があるよね! いつも代り映えしない食事を食べ飽きているならなおさら。新しい料理ってだけでも魅力的に見えるし、美味しく感じるものなんだよ!!)

 審査員達は見慣れない料理に戸惑いつつも、興奮気味に手をつける。

「なんという食感! サックリとするのに口の中でホロロとほぐれていきますわ」
「刺激的な風味が病みつきになる! 複雑でいて奥深い味わい、実に美味だ!!」
「濃厚な旨味と爽やかな酸味と甘さ、これは味の変化でいくらでも食べられてしまう!?」

 満腹だとこぼしていた審査員達が僕の料理に衝撃を受け、夢中になって平らげてしまった。
 食べ終えた審査員は神妙な表情をして呟く。

「では、審議に移りましょう」

 しばし審査員同士で話し合い、間もなくして審査員・ビューティが前へと出てきた。
 決闘した両名、観戦者席にいる全員へ知らしめるよう、審査結果が発表される。

「厳正な審議の結果、満場一致で決闘の勝者は――ダークエルフとします!」
「!!?」

 観戦者席の魔族達が騒然とする中、勝利した僕は嬉しくなってガッツポーズする。

「よっしゃー! 僕の勝ちだー!!」

 固唾を呑んで見守っていたノヴァとグレイは唖然とした表情で呟く。

「圧勝で勝ったぞ」
「マジで勝ったなぁ」

 予想外の勝敗にブラッドは愕然とし、結果を受け止めきれずにこぼす。

「このワシが、料理対決で負けるなど……信じられん……」

 僕は余分に作っていたハンバーガーを持っていって、ブラッドに差し出す。

「ブラッドも食べてみて、美味しくできたよ」

 怪訝な表情でハンバーガーを受け取り、匂いを嗅いでためらいがちに口をつける。
 瞬間、目を輝かせて見開き、ガツガツとかぶりついて食べ進めていく。
 あっという間に食べ終えて、ブラッドは悔しそうに呟いた。

「これは……美味い。ワシの完敗じゃ……」

 敗北を認めてうなだれるブラッドに、僕はさらに持っていた包みを差し出す。

「あとね、これもブラッドに食べさせたくて作ってきたんだ。どうぞ食べて」
「くんくん……この甘く香っていたのはハチミツか? ……ぱくり」

 包みを受け取るなり、ブラッドはハチミツを煮詰めて作った焼き菓子を頬張る。
 ハチミツはクマの好物でもあるし、きっと気に入ってくれるはず。

「美味い、美味すぎる……こんなに美味い物を食べたのは初めてじゃ」
「気に入ってくれて良かった。それでね、これからもたまに作ってあげるから、そのモフモフの耳とか触らせてくれたりしないかな?」

 ブラッドは焼き菓子を頬張り、口をモゴモゴさせながら答える。

「……ワシは敗者でワレが勝者じゃ、好きにせぇ」
「やったぁ、ありがとう! それじゃあ、早速、触らせてもらうね」

 手を伸ばして見るからにフワフワの丸い耳を優しく撫でる。
 モコッと厚みのある弾力が楽しくて、夢中になって触ってしまう。

「っ! ……な、なんじゃこれは、ワレの手はなんなんじゃっ?! ……くっ、うあ……ああっ!!」

 撫でていると、体をビクンと震わせたブラッドの毛髪が逆立ち――

 ボフンッ!

 ――全身に体毛を生やした獣姿に変化した。

「ふわぁ~♡ 大きなクマさんだ~~~~♡」

 赤茶色の毛に覆われた巨大な体、顔つきも含めて完全にクマそのものだ。

 ブラッドも慌てて両腕で自分の姿を隠そうとするが、その腕も勿論毛むくじゃらで肉厚な肉球が覗いている。

「くっ、こんな醜い獣姿を晒すなど、なんという屈辱じゃ……人姿を保てぬほど動揺するとは! ワシは、ワシはっ!!」

 プルプル震えているブラッドの獣姿に、キュンキュンしてたまらなくなる。
 僕は思わず飛びつき、ブラッドの大きな体をギュウゥと抱きしめ、スリスリと頬擦りしてしまう。

「何をしとるんじゃ、ワレは?! ……無様で醜いワシの姿を見て、なぜ平然と抱きつけるんじゃ?」
「きゃわわわわん♡ 巨大テディベア激カワ~♡ 獣姿、最っ高にキュートだよぉ~♡ ふわぁ~~~~ん♡♡♡」

 目にハートを浮かべた僕は、ブラッドをナデナデスリスリしまくる。
 困惑して身悶えているブラッドは、僕を振り払うこともできず、されるがまま。
 フワモコの魅惑のボディーにうっとりとして潤んだ瞳で見上げると、ブラッドと目が合う。
 僕はヨダレを垂らしそうになっていたので、にっこりと微笑んで誤魔化しておく。

「……こ、この気持ちはなんじゃ? 胸が締め付けられて苦しくなる……うぅっ、何かに目覚めてしまいそうじゃ……これは、この気持ちはっ!? …………いぃっ♡♡♡」

 突然、ブラッドからガシッと抱きすくめられ、締め上げられていく。

「あはっ♡ そんなに締めつけたら僕、折れちゃうよぉ~♡ ギュウギュウのモフモフで圧死しちゃうとか、本望か♡ んふふ、ちょっと苦しいけど、これはこれでアリよりのアリ♡ えへ、えへへへへ♡♡♡」

 観戦者席の方から、また「うわぁ」というデジャブな声が聞こえてくる気がするけど、気にしないでモフモフのブラッドとイチャイチャ戯れる。
 そんな僕達の姿を少し離れた場所から半目で眺め、ノヴァとグレイが呟く。

「まさか、俺の魔法が食材の鮮度を上げるために使われるとは思わなかった」
「オレも。まさか獣姿で鼻使って食い物探しさせられるとは思わなかったぜ」

 背後でそうぼやきながら、ノヴァとグレイは二人用に作っておいたハンバーガーを頬張り、むしゃむしゃと食べていた。

「美味いだけに複雑な気持ちだな」
「むちゃくちゃ美味ぇだけになぁ」

 そんなこんなで、僕はブラッドとの料理対決を制し、決闘に勝利したのだった。


 ◆
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