【完結】どうも、使い魔の人間です。~魔族しかいない世界でモフモフ魔族に溺愛されてます~

胡蝶乃夢

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8.ワーウルフ・グレイとの決着

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「オルトロス、トリミングさせてね。まずはブラッシングからしよう」
「ガルルルルルルルッ! ガウガウガウガウッ!」

 オルトロスは激しい唸り声を上げて吼えている。
 先程、噛もうとした頭を警戒しつつ宥めていれば、反対側の頭が大口を開け――

 ガブッ!!

 ――思い切り噛みついた。
 しかし、噛みつかれたのは僕ではない。

「ノヴァッ!?」

 僕を庇って腕を出したノヴァが噛みつかれたのだ。
 ミシミシと深く噛まれる腕から、赤い鮮血が滴り落ちていく。

 ノヴァは痛みに喘ぐこともなく、ギロリと魔犬を睨みつけ、低い声で告げる。

「……おい、イヌッコロ。できるもんなら噛み千切ってみろよ。そうなる前に干からびるのはお前だけどな」

 ノヴァの噛みつかれていた腕の傷が、瞬く間に治っていく。
 魔犬からエナジー・ドレインし、回復しているのだ。
 逆に魔犬の方がダメージを食らっているみたいで、口を放してよろめいている。

 ノヴァはふらつく魔犬の鼻先を鷲掴みにし、詰め寄って言い聞かせる。

「つぎ、俺の使い魔に噛みつこうとしたら、すぐさま干からびさせて動けなくしてやる。干物になりたくなかったら、逆らわずに大人しくしているんだな。……わかったか、イヌッコロ?」
「きゃうぅ~ん、きゃうんきゃうん」

 相当、ノヴァが怖かったのだろう、魔犬は情けない鳴き声を上げて、尻尾を股下に巻き込んで震えている。

「わぁ、ノヴァ怒らせると怖いね。なんか魔王の貫禄ある」
「はぁ?」
「なんでもないです。ごめんなさい」

 ドスが効いた声でがなるノヴァは本当に怖いので、怒らせないようにしようと思った。
 怯えて縮こまってしまった魔犬を撫でながら声をかけ、トリミングを始める。

「ごめんね、怖がらなくても大丈夫だよ。すぐにスッキリ・キレイになって、気持ちよくなれるからね。よしよし」
「ガウ……」

 動物好きが高じてトリミング技術も学んでいた僕は、スラムのモフモフ魔族達にもトリミングさせてもらって感想を聞き、さらに腕を磨いてきた。
 今ならどんな毛質や体型の魔獣が相手でも、対応できる自信がある。
 モフモフ魔族達のためにも負けられないこの勝負、僕に抜かりはないのだ。

「いい子いい子、お利口さんで偉いねぇ~♡ そんな上目遣いで見つめたら、可愛いすぎるよぉ~♡ よしよし……ああ、なるほど、二首の間ってこうなってるんだね、ならカットはこうしてああして――」

 この世界には幻獣のような生き物がたくさんいて、ワクワクしてしまう。
 合法的にお世話して触れ合えるなんて、僕からしたらご褒美でしかないのだ。
 魔犬を愛でながらも、テキパキとトリミングし、キレイに仕上げていく。

「――こんな感じでどうかな? うんうん、いいね。あとは最後の仕上げをしてっと……完成! これは、最高のできばえ!! もう、惚れ惚れしちゃうくらい、男前だねぇ~♡ カッコイイよぉ~♡ すーーはーー、すーーはーー、むふーーっ、いい匂い~♡ んふふ、んふふふふ♡」

 表情筋がゆるんでしまうのは、ご愛嬌というものだ。
 ノヴァや観戦席から、「うわぁ」とドン引く声が聞こえた気がするけど、大目に見て欲しい。

「ガウ! はふっはふっはふっ、くうぅんくうぅん」

 スッキリとオシャレになった魔犬が喜んで、僕にじゃれついてくる。
 魔犬とイチャイチャしていれば、ノヴァが半目で眺めて呟く。

「あいつ以外に懐かないとか言ってなかったか? お前にデレッデレだな、このイヌッコロ……」

 そんなことを言っていた気もするけど、今の姿からは想像もつかない。
 魔犬と遊んでいる時間も勿体ないので、先攻で審査してもらう。

「トリミング完了しました。審査をお願いします!」

 審査員席の前へ、トリミングを終えた魔犬を連れていく。

「……なんというか、古のトリミング技術もさることながら、使い魔の言動がスゴかったですわね」
「言動が気になりすぎて、古代技術を分析する暇もないくらい、手際良く作業が終わってしまったな」
「ペットへの並々ならない愛情というか執着というか、尋常ではない熱意だけは伝わってきたよ」

 審査員はなんとも微妙な感想を述べながら席を立ち、魔犬に近づいて審査を始める。

「あら。オルトロスの粗い毛質をここまで滑らかに整えられるなんて驚きね。しなやかに流れる毛艶、過不足なく整えられたカッティング、申し分ない美しさだわ」
「ほほお。岩も砕く硬い爪を切りそろえて磨いているのか。余程上等な道具を使っているのだろう。細部までこだわりを感じる、職人技と言っても遜色ない高等技術だ」
「実に興味深い、両頭それぞれの個性を生かしたシンメトリー・デザイン。左右非対称でありながら、全体の調和が取れたトータル・コーディネート。素晴らしい仕上がりだね」

 審査員の反応を見るに、なかなかの好感触ではなかろうか。
 僕の方の審査が終わった頃、グレイもトリミングを終えて魔犬を連れてくる。

「オレの方も完成したぜ! 壮大で猛々しいオレのトリミングも見てくれ!!」

 次いで、審査員はグレイの方へと移り、魔犬に近づいて審査を始める。

「大きく膨れ上がった荒ぶる毛質、点々とマダラになった毛並……これはなんと言い表せばいいのかしら? わたくしには理解できない美的感覚ですわ」
「猛々しいと言うよりは、荒々しいと言うべきか。爪が割れて力任せに処理したのが見て取れる。同じ道具を使っていたはずだが、こうも違うものか」
「首輪や腕輪の装飾が過剰でとても重そうだね。重みで体が前傾姿勢になっているし、個性が消えて新種の魔獣に見える仕上がりだ」

 審査員は両者の魔犬を見比べ、頭を抱えて険しい表情で呟く。

「これは誰が見ても明らかですが、審議に移りましょう」

 しばし審査員同士で話し合い、間もなくして筆頭の審査員・ビューティが前へと出てくる。

「厳正な審議の結果、満場一致で決闘の勝者は――ダークエルフとします!」

 決闘した両名、観戦者席にいる全員へ知らしめるよう、審査結果が発表された。

「!!?」

 観戦者席の魔族達は予想外の展開に驚き、騒然としていた。
 僕は勝利したのだと嬉しくなって、ノヴァに飛びついてはしゃぐ。

「ノヴァ、やったよ! 僕達の勝利だ!!」
「勝った……勝ったのか! 俺達が勝ったんだ!!」

 少し遅れて勝利を実感したノヴァが、大喜びして僕を思いっきり抱きしめた。
 僕がえずいて苦しいと背を叩いていれば、グレイの叫ぶ声が聞こえてくる。

「はぁっ! 噓だろっ! 劣等種の使い魔なんかに、このオレが負けたってのかっ?!」

 敗北を受け入れられずにいるグレイへ、審査員が明言する。

「美しい見た目だけではなく、ペットの動きやすさや今後の健やかな成長まで配慮された完璧なトリミング。これこそが、全知全能な人間に通じるものと考えられます。よって、満場一致でダークエルフ及び使い魔が勝者となりましたわ」
「我々もまさか劣等種が上位種に勝利する日がくるとは想定外だが、これは公正な決闘の結果だ。不正に覆すことはできん」
「したがって、ワーウルフのカースト順位は最下位へ、混ざり者のカースト順位は七位へと入れ替わることになるね」

 グレイはその場に崩れ落ち、地に手を突いて悲嘆した。

「そ、そんな馬鹿な……このオレが、ワーウルフが最下位だなんて……」

 微妙な仕上がりの魔犬が気になっていた僕は、グレイに近づいて頼んでみる。

「ねぇ、お願いがあるんだけど、ケルベロスの方も僕にトリミングさせてくれないかな? オルトロスも喜んでくれたし、きっとケルベロスも喜んでくれると思うんだけど、どうかな?」
「オレに訊かずとも好きにすりゃいいだろ。敗者は勝者に絶対服従する掟なんだ。 何をされたってオレに拒否権はねぇ……ワーウルフは最下位になったんだからな……」

 あまりにも悲観的に絶望するグレイの姿が憐れで、放っておけなくなってしまう。
 屈んで顔を覗き込み、地に突いている手に触れて声をかける。

「そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。混ざり者のみんなは優しいから、誰かを虐げたり酷いことなんかしないから。ねぇ、ノヴァもそう思うよね?」
「まぁ、そうだな。困ってるやつがいたら、放っておけないお人好しばかりだから、混ざり者が辛く当たることはないだろう。むしろ、他の魔族から虐げられることがあれば、庇うだろうな」

 ノヴァの言葉に頷いて、グレイにできるだけ明るく笑いかける。

「ね? だから大丈夫」

 グレイの伏せられていた耳が立ってこちらを向き、垂れていた大きな尻尾が小さく揺れた。
 僕の目はそれらに釘付けになり、ごくりと唾を呑み込んで伺ってみる。

「……ところで、僕すごい気になってるんだけど、そのモフモフの耳と尻尾触らせてもらえたりしないかな?」
「オレに拒否権はねぇって言ってんだろ。お前の好きにしろよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて、触らせてもらうね……」

 手を伸ばしてフワフワの毛に覆われた耳を優しく撫でる。
 耳の内側と外側で毛の感触が違い、夢中になって触ってしまう。

「っ! ……な、なんなんだ、お前の手、これはっ?! ……はっ、う……くうぅ!!」

 撫でていると、ビクビクと体を震わせるグレイの毛髪が逆立ち――

 ボフンッ!

 ――全身に体毛を生やした獣姿に変化した。

「え?!」

 毛に覆われた鼻先は長くなり、オオカミの顔つきになっている。
 これぞワーウルフ(狼男)といったケモケモしい風貌だ。

 グレイは慌てて両腕で自分の姿を隠そうとするが、その腕さえも毛むくじゃらで肉厚な肉球が覗いている。

「み、見るんじゃねぇっ! 人離れした獣姿を人に晒すなんて、こんな屈辱……クソッ、笑いたきゃ笑えよっ!!」

 悔しげに喚いて耳を倒し震えているグレイの獣姿を見て、キュンキュンしてたまらなくなった僕は叫ぶ。

「カッ、カッ、カッ、カワイイーーーー!!」
「なっ、何言ってるんだ、お前?! こんな醜いオレを見て……頭おかしいんじゃねぇのか?」

 目にハートを浮かべた僕はグレイの手を取って褒めちぎり、ナデナデよしよしする。

「ほんと可愛い、可愛い~♡ めちゃくちゃカワイイ~♡ 獣姿、最っ高にキュートだよぉ~♡ ふわぁ~~~~ん♡♡♡」
「あっ、ちょっ、やめろ! わっ、そんなとこ触るなぁっ!?」

 グレイの体をぎゅうっと抱きしめて、大きな尻尾をスリスリとさする。

「わぁ、場所によって毛質が全然違うんだね、胸毛フワフワ~♡ 尻尾も先っぽは硬めだけど、根元は柔らかいんだ~♡ ああ、もう我慢出来ない! 君のモコモコの体もトリミングしてあげる!! あっは~♡ 触り放題に嗅ぎ放題のモフモフなんて、最っ高~~~~♡♡♡」
「くっ、こんなことで、落とされてたまるかぁ~! はうっ、あっあっ、アアーッ!! ら、らめろ~♡ オレは屈したりしなんかぁ、あっ、くぅん♡ くうぅ~~~~ん♡♡♡」

 グレイは僕にトリミングされて、気持ち良さそうに鼻を鳴らしている。
 ノヴァや観戦席から、また「うわぁ」とデジャブな声が聞こえた気がするけど、これは動物好きの性なので許して欲しい。

(目の前にモフってもいいモフモフがあるならば、誰がモフらずにいられようか? いや、いられまい! 少なくとも僕には無理!!)

 内心開き直っていると、ノヴァが僕に何とも言えない視線を向けてぼやく。

「おい……お前、俺よかよほど淫魔っぽいぞ……」

 会場中にドン引きされつつも、僕はモフモフ魔族とノヴァのため、決闘に勝利したのである。


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