8 / 37
8.ワーウルフ・グレイとの決着
しおりを挟む
「オルトロス、トリミングさせてね。まずはブラッシングからしよう」
「ガルルルルルルルッ! ガウガウガウガウッ!」
オルトロスは激しい唸り声を上げて吼えている。
先程、噛もうとした頭を警戒しつつ宥めていれば、反対側の頭が大口を開け――
ガブッ!!
――思い切り噛みついた。
しかし、噛みつかれたのは僕ではない。
「ノヴァッ!?」
僕を庇って腕を出したノヴァが噛みつかれたのだ。
ミシミシと深く噛まれる腕から、赤い鮮血が滴り落ちていく。
ノヴァは痛みに喘ぐこともなく、ギロリと魔犬を睨みつけ、低い声で告げる。
「……おい、イヌッコロ。できるもんなら噛み千切ってみろよ。そうなる前に干からびるのはお前だけどな」
ノヴァの噛みつかれていた腕の傷が、瞬く間に治っていく。
魔犬からエナジー・ドレインし、回復しているのだ。
逆に魔犬の方がダメージを食らっているみたいで、口を放してよろめいている。
ノヴァはふらつく魔犬の鼻先を鷲掴みにし、詰め寄って言い聞かせる。
「つぎ、俺の使い魔に噛みつこうとしたら、すぐさま干からびさせて動けなくしてやる。干物になりたくなかったら、逆らわずに大人しくしているんだな。……わかったか、イヌッコロ?」
「きゃうぅ~ん、きゃうんきゃうん」
相当、ノヴァが怖かったのだろう、魔犬は情けない鳴き声を上げて、尻尾を股下に巻き込んで震えている。
「わぁ、ノヴァ怒らせると怖いね。なんか魔王の貫禄ある」
「はぁ?」
「なんでもないです。ごめんなさい」
ドスが効いた声でがなるノヴァは本当に怖いので、怒らせないようにしようと思った。
怯えて縮こまってしまった魔犬を撫でながら声をかけ、トリミングを始める。
「ごめんね、怖がらなくても大丈夫だよ。すぐにスッキリ・キレイになって、気持ちよくなれるからね。よしよし」
「ガウ……」
動物好きが高じてトリミング技術も学んでいた僕は、スラムのモフモフ魔族達にもトリミングさせてもらって感想を聞き、さらに腕を磨いてきた。
今ならどんな毛質や体型の魔獣が相手でも、対応できる自信がある。
モフモフ魔族達のためにも負けられないこの勝負、僕に抜かりはないのだ。
「いい子いい子、お利口さんで偉いねぇ~♡ そんな上目遣いで見つめたら、可愛いすぎるよぉ~♡ よしよし……ああ、なるほど、二首の間ってこうなってるんだね、ならカットはこうしてああして――」
この世界には幻獣のような生き物がたくさんいて、ワクワクしてしまう。
合法的にお世話して触れ合えるなんて、僕からしたらご褒美でしかないのだ。
魔犬を愛でながらも、テキパキとトリミングし、キレイに仕上げていく。
「――こんな感じでどうかな? うんうん、いいね。あとは最後の仕上げをしてっと……完成! これは、最高のできばえ!! もう、惚れ惚れしちゃうくらい、男前だねぇ~♡ カッコイイよぉ~♡ すーーはーー、すーーはーー、むふーーっ、いい匂い~♡ んふふ、んふふふふ♡」
表情筋がゆるんでしまうのは、ご愛嬌というものだ。
ノヴァや観戦席から、「うわぁ」とドン引く声が聞こえた気がするけど、大目に見て欲しい。
「ガウ! はふっはふっはふっ、くうぅんくうぅん」
スッキリとオシャレになった魔犬が喜んで、僕にじゃれついてくる。
魔犬とイチャイチャしていれば、ノヴァが半目で眺めて呟く。
「あいつ以外に懐かないとか言ってなかったか? お前にデレッデレだな、このイヌッコロ……」
そんなことを言っていた気もするけど、今の姿からは想像もつかない。
魔犬と遊んでいる時間も勿体ないので、先攻で審査してもらう。
「トリミング完了しました。審査をお願いします!」
審査員席の前へ、トリミングを終えた魔犬を連れていく。
「……なんというか、古のトリミング技術もさることながら、使い魔の言動がスゴかったですわね」
「言動が気になりすぎて、古代技術を分析する暇もないくらい、手際良く作業が終わってしまったな」
「ペットへの並々ならない愛情というか執着というか、尋常ではない熱意だけは伝わってきたよ」
審査員はなんとも微妙な感想を述べながら席を立ち、魔犬に近づいて審査を始める。
「あら。オルトロスの粗い毛質をここまで滑らかに整えられるなんて驚きね。しなやかに流れる毛艶、過不足なく整えられたカッティング、申し分ない美しさだわ」
「ほほお。岩も砕く硬い爪を切りそろえて磨いているのか。余程上等な道具を使っているのだろう。細部までこだわりを感じる、職人技と言っても遜色ない高等技術だ」
「実に興味深い、両頭それぞれの個性を生かしたシンメトリー・デザイン。左右非対称でありながら、全体の調和が取れたトータル・コーディネート。素晴らしい仕上がりだね」
審査員の反応を見るに、なかなかの好感触ではなかろうか。
僕の方の審査が終わった頃、グレイもトリミングを終えて魔犬を連れてくる。
「オレの方も完成したぜ! 壮大で猛々しいオレのトリミングも見てくれ!!」
次いで、審査員はグレイの方へと移り、魔犬に近づいて審査を始める。
「大きく膨れ上がった荒ぶる毛質、点々とマダラになった毛並……これはなんと言い表せばいいのかしら? わたくしには理解できない美的感覚ですわ」
「猛々しいと言うよりは、荒々しいと言うべきか。爪が割れて力任せに処理したのが見て取れる。同じ道具を使っていたはずだが、こうも違うものか」
「首輪や腕輪の装飾が過剰でとても重そうだね。重みで体が前傾姿勢になっているし、個性が消えて新種の魔獣に見える仕上がりだ」
審査員は両者の魔犬を見比べ、頭を抱えて険しい表情で呟く。
「これは誰が見ても明らかですが、審議に移りましょう」
しばし審査員同士で話し合い、間もなくして筆頭の審査員・ビューティが前へと出てくる。
「厳正な審議の結果、満場一致で決闘の勝者は――ダークエルフとします!」
決闘した両名、観戦者席にいる全員へ知らしめるよう、審査結果が発表された。
「!!?」
観戦者席の魔族達は予想外の展開に驚き、騒然としていた。
僕は勝利したのだと嬉しくなって、ノヴァに飛びついてはしゃぐ。
「ノヴァ、やったよ! 僕達の勝利だ!!」
「勝った……勝ったのか! 俺達が勝ったんだ!!」
少し遅れて勝利を実感したノヴァが、大喜びして僕を思いっきり抱きしめた。
僕がえずいて苦しいと背を叩いていれば、グレイの叫ぶ声が聞こえてくる。
「はぁっ! 噓だろっ! 劣等種の使い魔なんかに、このオレが負けたってのかっ?!」
敗北を受け入れられずにいるグレイへ、審査員が明言する。
「美しい見た目だけではなく、ペットの動きやすさや今後の健やかな成長まで配慮された完璧なトリミング。これこそが、全知全能な人間に通じるものと考えられます。よって、満場一致でダークエルフ及び使い魔が勝者となりましたわ」
「我々もまさか劣等種が上位種に勝利する日がくるとは想定外だが、これは公正な決闘の結果だ。不正に覆すことはできん」
「したがって、ワーウルフのカースト順位は最下位へ、混ざり者のカースト順位は七位へと入れ替わることになるね」
グレイはその場に崩れ落ち、地に手を突いて悲嘆した。
「そ、そんな馬鹿な……このオレが、ワーウルフが最下位だなんて……」
微妙な仕上がりの魔犬が気になっていた僕は、グレイに近づいて頼んでみる。
「ねぇ、お願いがあるんだけど、ケルベロスの方も僕にトリミングさせてくれないかな? オルトロスも喜んでくれたし、きっとケルベロスも喜んでくれると思うんだけど、どうかな?」
「オレに訊かずとも好きにすりゃいいだろ。敗者は勝者に絶対服従する掟なんだ。 何をされたってオレに拒否権はねぇ……ワーウルフは最下位になったんだからな……」
あまりにも悲観的に絶望するグレイの姿が憐れで、放っておけなくなってしまう。
屈んで顔を覗き込み、地に突いている手に触れて声をかける。
「そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。混ざり者のみんなは優しいから、誰かを虐げたり酷いことなんかしないから。ねぇ、ノヴァもそう思うよね?」
「まぁ、そうだな。困ってるやつがいたら、放っておけないお人好しばかりだから、混ざり者が辛く当たることはないだろう。むしろ、他の魔族から虐げられることがあれば、庇うだろうな」
ノヴァの言葉に頷いて、グレイにできるだけ明るく笑いかける。
「ね? だから大丈夫」
グレイの伏せられていた耳が立ってこちらを向き、垂れていた大きな尻尾が小さく揺れた。
僕の目はそれらに釘付けになり、ごくりと唾を呑み込んで伺ってみる。
「……ところで、僕すごい気になってるんだけど、そのモフモフの耳と尻尾触らせてもらえたりしないかな?」
「オレに拒否権はねぇって言ってんだろ。お前の好きにしろよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて、触らせてもらうね……」
手を伸ばしてフワフワの毛に覆われた耳を優しく撫でる。
耳の内側と外側で毛の感触が違い、夢中になって触ってしまう。
「っ! ……な、なんなんだ、お前の手、これはっ?! ……はっ、う……くうぅ!!」
撫でていると、ビクビクと体を震わせるグレイの毛髪が逆立ち――
ボフンッ!
――全身に体毛を生やした獣姿に変化した。
「え?!」
毛に覆われた鼻先は長くなり、オオカミの顔つきになっている。
これぞワーウルフ(狼男)といったケモケモしい風貌だ。
グレイは慌てて両腕で自分の姿を隠そうとするが、その腕さえも毛むくじゃらで肉厚な肉球が覗いている。
「み、見るんじゃねぇっ! 人離れした獣姿を人に晒すなんて、こんな屈辱……クソッ、笑いたきゃ笑えよっ!!」
悔しげに喚いて耳を倒し震えているグレイの獣姿を見て、キュンキュンしてたまらなくなった僕は叫ぶ。
「カッ、カッ、カッ、カワイイーーーー!!」
「なっ、何言ってるんだ、お前?! こんな醜いオレを見て……頭おかしいんじゃねぇのか?」
目にハートを浮かべた僕はグレイの手を取って褒めちぎり、ナデナデよしよしする。
「ほんと可愛い、可愛い~♡ めちゃくちゃカワイイ~♡ 獣姿、最っ高にキュートだよぉ~♡ ふわぁ~~~~ん♡♡♡」
「あっ、ちょっ、やめろ! わっ、そんなとこ触るなぁっ!?」
グレイの体をぎゅうっと抱きしめて、大きな尻尾をスリスリとさする。
「わぁ、場所によって毛質が全然違うんだね、胸毛フワフワ~♡ 尻尾も先っぽは硬めだけど、根元は柔らかいんだ~♡ ああ、もう我慢出来ない! 君のモコモコの体もトリミングしてあげる!! あっは~♡ 触り放題に嗅ぎ放題のモフモフなんて、最っ高~~~~♡♡♡」
「くっ、こんなことで、落とされてたまるかぁ~! はうっ、あっあっ、アアーッ!! ら、らめろ~♡ オレは屈したりしなんかぁ、あっ、くぅん♡ くうぅ~~~~ん♡♡♡」
グレイは僕にトリミングされて、気持ち良さそうに鼻を鳴らしている。
ノヴァや観戦席から、また「うわぁ」とデジャブな声が聞こえた気がするけど、これは動物好きの性なので許して欲しい。
(目の前にモフってもいいモフモフがあるならば、誰がモフらずにいられようか? いや、いられまい! 少なくとも僕には無理!!)
内心開き直っていると、ノヴァが僕に何とも言えない視線を向けてぼやく。
「おい……お前、俺よかよほど淫魔っぽいぞ……」
会場中にドン引きされつつも、僕はモフモフ魔族とノヴァのため、決闘に勝利したのである。
◆
「ガルルルルルルルッ! ガウガウガウガウッ!」
オルトロスは激しい唸り声を上げて吼えている。
先程、噛もうとした頭を警戒しつつ宥めていれば、反対側の頭が大口を開け――
ガブッ!!
――思い切り噛みついた。
しかし、噛みつかれたのは僕ではない。
「ノヴァッ!?」
僕を庇って腕を出したノヴァが噛みつかれたのだ。
ミシミシと深く噛まれる腕から、赤い鮮血が滴り落ちていく。
ノヴァは痛みに喘ぐこともなく、ギロリと魔犬を睨みつけ、低い声で告げる。
「……おい、イヌッコロ。できるもんなら噛み千切ってみろよ。そうなる前に干からびるのはお前だけどな」
ノヴァの噛みつかれていた腕の傷が、瞬く間に治っていく。
魔犬からエナジー・ドレインし、回復しているのだ。
逆に魔犬の方がダメージを食らっているみたいで、口を放してよろめいている。
ノヴァはふらつく魔犬の鼻先を鷲掴みにし、詰め寄って言い聞かせる。
「つぎ、俺の使い魔に噛みつこうとしたら、すぐさま干からびさせて動けなくしてやる。干物になりたくなかったら、逆らわずに大人しくしているんだな。……わかったか、イヌッコロ?」
「きゃうぅ~ん、きゃうんきゃうん」
相当、ノヴァが怖かったのだろう、魔犬は情けない鳴き声を上げて、尻尾を股下に巻き込んで震えている。
「わぁ、ノヴァ怒らせると怖いね。なんか魔王の貫禄ある」
「はぁ?」
「なんでもないです。ごめんなさい」
ドスが効いた声でがなるノヴァは本当に怖いので、怒らせないようにしようと思った。
怯えて縮こまってしまった魔犬を撫でながら声をかけ、トリミングを始める。
「ごめんね、怖がらなくても大丈夫だよ。すぐにスッキリ・キレイになって、気持ちよくなれるからね。よしよし」
「ガウ……」
動物好きが高じてトリミング技術も学んでいた僕は、スラムのモフモフ魔族達にもトリミングさせてもらって感想を聞き、さらに腕を磨いてきた。
今ならどんな毛質や体型の魔獣が相手でも、対応できる自信がある。
モフモフ魔族達のためにも負けられないこの勝負、僕に抜かりはないのだ。
「いい子いい子、お利口さんで偉いねぇ~♡ そんな上目遣いで見つめたら、可愛いすぎるよぉ~♡ よしよし……ああ、なるほど、二首の間ってこうなってるんだね、ならカットはこうしてああして――」
この世界には幻獣のような生き物がたくさんいて、ワクワクしてしまう。
合法的にお世話して触れ合えるなんて、僕からしたらご褒美でしかないのだ。
魔犬を愛でながらも、テキパキとトリミングし、キレイに仕上げていく。
「――こんな感じでどうかな? うんうん、いいね。あとは最後の仕上げをしてっと……完成! これは、最高のできばえ!! もう、惚れ惚れしちゃうくらい、男前だねぇ~♡ カッコイイよぉ~♡ すーーはーー、すーーはーー、むふーーっ、いい匂い~♡ んふふ、んふふふふ♡」
表情筋がゆるんでしまうのは、ご愛嬌というものだ。
ノヴァや観戦席から、「うわぁ」とドン引く声が聞こえた気がするけど、大目に見て欲しい。
「ガウ! はふっはふっはふっ、くうぅんくうぅん」
スッキリとオシャレになった魔犬が喜んで、僕にじゃれついてくる。
魔犬とイチャイチャしていれば、ノヴァが半目で眺めて呟く。
「あいつ以外に懐かないとか言ってなかったか? お前にデレッデレだな、このイヌッコロ……」
そんなことを言っていた気もするけど、今の姿からは想像もつかない。
魔犬と遊んでいる時間も勿体ないので、先攻で審査してもらう。
「トリミング完了しました。審査をお願いします!」
審査員席の前へ、トリミングを終えた魔犬を連れていく。
「……なんというか、古のトリミング技術もさることながら、使い魔の言動がスゴかったですわね」
「言動が気になりすぎて、古代技術を分析する暇もないくらい、手際良く作業が終わってしまったな」
「ペットへの並々ならない愛情というか執着というか、尋常ではない熱意だけは伝わってきたよ」
審査員はなんとも微妙な感想を述べながら席を立ち、魔犬に近づいて審査を始める。
「あら。オルトロスの粗い毛質をここまで滑らかに整えられるなんて驚きね。しなやかに流れる毛艶、過不足なく整えられたカッティング、申し分ない美しさだわ」
「ほほお。岩も砕く硬い爪を切りそろえて磨いているのか。余程上等な道具を使っているのだろう。細部までこだわりを感じる、職人技と言っても遜色ない高等技術だ」
「実に興味深い、両頭それぞれの個性を生かしたシンメトリー・デザイン。左右非対称でありながら、全体の調和が取れたトータル・コーディネート。素晴らしい仕上がりだね」
審査員の反応を見るに、なかなかの好感触ではなかろうか。
僕の方の審査が終わった頃、グレイもトリミングを終えて魔犬を連れてくる。
「オレの方も完成したぜ! 壮大で猛々しいオレのトリミングも見てくれ!!」
次いで、審査員はグレイの方へと移り、魔犬に近づいて審査を始める。
「大きく膨れ上がった荒ぶる毛質、点々とマダラになった毛並……これはなんと言い表せばいいのかしら? わたくしには理解できない美的感覚ですわ」
「猛々しいと言うよりは、荒々しいと言うべきか。爪が割れて力任せに処理したのが見て取れる。同じ道具を使っていたはずだが、こうも違うものか」
「首輪や腕輪の装飾が過剰でとても重そうだね。重みで体が前傾姿勢になっているし、個性が消えて新種の魔獣に見える仕上がりだ」
審査員は両者の魔犬を見比べ、頭を抱えて険しい表情で呟く。
「これは誰が見ても明らかですが、審議に移りましょう」
しばし審査員同士で話し合い、間もなくして筆頭の審査員・ビューティが前へと出てくる。
「厳正な審議の結果、満場一致で決闘の勝者は――ダークエルフとします!」
決闘した両名、観戦者席にいる全員へ知らしめるよう、審査結果が発表された。
「!!?」
観戦者席の魔族達は予想外の展開に驚き、騒然としていた。
僕は勝利したのだと嬉しくなって、ノヴァに飛びついてはしゃぐ。
「ノヴァ、やったよ! 僕達の勝利だ!!」
「勝った……勝ったのか! 俺達が勝ったんだ!!」
少し遅れて勝利を実感したノヴァが、大喜びして僕を思いっきり抱きしめた。
僕がえずいて苦しいと背を叩いていれば、グレイの叫ぶ声が聞こえてくる。
「はぁっ! 噓だろっ! 劣等種の使い魔なんかに、このオレが負けたってのかっ?!」
敗北を受け入れられずにいるグレイへ、審査員が明言する。
「美しい見た目だけではなく、ペットの動きやすさや今後の健やかな成長まで配慮された完璧なトリミング。これこそが、全知全能な人間に通じるものと考えられます。よって、満場一致でダークエルフ及び使い魔が勝者となりましたわ」
「我々もまさか劣等種が上位種に勝利する日がくるとは想定外だが、これは公正な決闘の結果だ。不正に覆すことはできん」
「したがって、ワーウルフのカースト順位は最下位へ、混ざり者のカースト順位は七位へと入れ替わることになるね」
グレイはその場に崩れ落ち、地に手を突いて悲嘆した。
「そ、そんな馬鹿な……このオレが、ワーウルフが最下位だなんて……」
微妙な仕上がりの魔犬が気になっていた僕は、グレイに近づいて頼んでみる。
「ねぇ、お願いがあるんだけど、ケルベロスの方も僕にトリミングさせてくれないかな? オルトロスも喜んでくれたし、きっとケルベロスも喜んでくれると思うんだけど、どうかな?」
「オレに訊かずとも好きにすりゃいいだろ。敗者は勝者に絶対服従する掟なんだ。 何をされたってオレに拒否権はねぇ……ワーウルフは最下位になったんだからな……」
あまりにも悲観的に絶望するグレイの姿が憐れで、放っておけなくなってしまう。
屈んで顔を覗き込み、地に突いている手に触れて声をかける。
「そんなに落ち込まなくても大丈夫だよ。混ざり者のみんなは優しいから、誰かを虐げたり酷いことなんかしないから。ねぇ、ノヴァもそう思うよね?」
「まぁ、そうだな。困ってるやつがいたら、放っておけないお人好しばかりだから、混ざり者が辛く当たることはないだろう。むしろ、他の魔族から虐げられることがあれば、庇うだろうな」
ノヴァの言葉に頷いて、グレイにできるだけ明るく笑いかける。
「ね? だから大丈夫」
グレイの伏せられていた耳が立ってこちらを向き、垂れていた大きな尻尾が小さく揺れた。
僕の目はそれらに釘付けになり、ごくりと唾を呑み込んで伺ってみる。
「……ところで、僕すごい気になってるんだけど、そのモフモフの耳と尻尾触らせてもらえたりしないかな?」
「オレに拒否権はねぇって言ってんだろ。お前の好きにしろよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて、触らせてもらうね……」
手を伸ばしてフワフワの毛に覆われた耳を優しく撫でる。
耳の内側と外側で毛の感触が違い、夢中になって触ってしまう。
「っ! ……な、なんなんだ、お前の手、これはっ?! ……はっ、う……くうぅ!!」
撫でていると、ビクビクと体を震わせるグレイの毛髪が逆立ち――
ボフンッ!
――全身に体毛を生やした獣姿に変化した。
「え?!」
毛に覆われた鼻先は長くなり、オオカミの顔つきになっている。
これぞワーウルフ(狼男)といったケモケモしい風貌だ。
グレイは慌てて両腕で自分の姿を隠そうとするが、その腕さえも毛むくじゃらで肉厚な肉球が覗いている。
「み、見るんじゃねぇっ! 人離れした獣姿を人に晒すなんて、こんな屈辱……クソッ、笑いたきゃ笑えよっ!!」
悔しげに喚いて耳を倒し震えているグレイの獣姿を見て、キュンキュンしてたまらなくなった僕は叫ぶ。
「カッ、カッ、カッ、カワイイーーーー!!」
「なっ、何言ってるんだ、お前?! こんな醜いオレを見て……頭おかしいんじゃねぇのか?」
目にハートを浮かべた僕はグレイの手を取って褒めちぎり、ナデナデよしよしする。
「ほんと可愛い、可愛い~♡ めちゃくちゃカワイイ~♡ 獣姿、最っ高にキュートだよぉ~♡ ふわぁ~~~~ん♡♡♡」
「あっ、ちょっ、やめろ! わっ、そんなとこ触るなぁっ!?」
グレイの体をぎゅうっと抱きしめて、大きな尻尾をスリスリとさする。
「わぁ、場所によって毛質が全然違うんだね、胸毛フワフワ~♡ 尻尾も先っぽは硬めだけど、根元は柔らかいんだ~♡ ああ、もう我慢出来ない! 君のモコモコの体もトリミングしてあげる!! あっは~♡ 触り放題に嗅ぎ放題のモフモフなんて、最っ高~~~~♡♡♡」
「くっ、こんなことで、落とされてたまるかぁ~! はうっ、あっあっ、アアーッ!! ら、らめろ~♡ オレは屈したりしなんかぁ、あっ、くぅん♡ くうぅ~~~~ん♡♡♡」
グレイは僕にトリミングされて、気持ち良さそうに鼻を鳴らしている。
ノヴァや観戦席から、また「うわぁ」とデジャブな声が聞こえた気がするけど、これは動物好きの性なので許して欲しい。
(目の前にモフってもいいモフモフがあるならば、誰がモフらずにいられようか? いや、いられまい! 少なくとも僕には無理!!)
内心開き直っていると、ノヴァが僕に何とも言えない視線を向けてぼやく。
「おい……お前、俺よかよほど淫魔っぽいぞ……」
会場中にドン引きされつつも、僕はモフモフ魔族とノヴァのため、決闘に勝利したのである。
◆
64
第12回BL大賞に参加中! 投票いただけると狂喜乱舞して喜びます!!「面白かった」「楽しかった」「気に入った」と思ってもらえたら、気軽に感想いただけると嬉しいです。
お気に入りに追加
148
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は魔神復活を応援しません!
豆狸
ファンタジー
魔神復活!
滅びるのは世界か、悪役令嬢ラヴァンダか……って!
どっちにしろわたし、大公令嬢ラヴァンダは滅びるじゃないですか。
前世から受け継いだ乙女ゲームの知識を利用して、魔神復活を阻止してみせます。
とはいえ、わたしはまだ六歳児。まずは家庭の平和から──
【完結】「神様、辞めました〜竜神の愛し子に冤罪を着せ投獄するような人間なんてもう知らない」
まほりろ
恋愛
王太子アビー・シュトースと聖女カーラ・ノルデン公爵令嬢の結婚式当日。二人が教会での誓いの儀式を終え、教会の扉を開け外に一歩踏み出したとき、国中の壁や窓に不吉な文字が浮かび上がった。
【本日付けで神を辞めることにした】
フラワーシャワーを巻き王太子と王太子妃の結婚を祝おうとしていた参列者は、突然現れた文字に驚きを隠せず固まっている。
国境に壁を築きモンスターの侵入を防ぎ、結界を張り国内にいるモンスターは弱体化させ、雨を降らせ大地を潤し、土地を豊かにし豊作をもたらし、人間の体を強化し、生活が便利になるように魔法の力を授けた、竜神ウィルペアトが消えた。
人々は三カ月前に冤罪を着せ、|罵詈雑言《ばりぞうごん》を浴びせ、石を投げつけ投獄した少女が、本物の【竜の愛し子】だと分かり|戦慄《せんりつ》した。
「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」
アルファポリスに先行投稿しています。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
2021/12/13、HOTランキング3位、12/14総合ランキング4位、恋愛3位に入りました! ありがとうございます!
某国の皇子、冒険者となる
くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。
転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。
俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために……
異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。
主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。
※ BL要素は控えめです。
2020年1月30日(木)完結しました。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。

恐怖症な王子は異世界から来た時雨に癒やされる
琴葉悠
BL
十六夜時雨は諸事情から橋の上から転落し、川に落ちた。
落ちた川から上がると見知らぬ場所にいて、そこで異世界に来た事を知らされる。
異世界人は良き知らせをもたらす事から王族が庇護する役割を担っており、時雨は庇護されることに。
そこで、検査すると、時雨はDomというダイナミクスの性の一つを持っていて──
こわいかおの獣人騎士が、仕事大好きトリマーに秒で堕とされた結果
てへぺろ
恋愛
仕事大好きトリマーである黒木優子(クロキ)が召喚されたのは、毛並みの手入れが行き届いていない、犬系獣人たちの国だった。
とりあえず、護衛兼監視役として来たのは、ハスキー系獣人であるルーサー。不機嫌そうににらんでくるものの、ハスキー大好きなクロキにはそんなの関係なかった。
「とりあえずブラッシングさせてくれません?」
毎日、獣人たちのお手入れに精を出しては、ルーサーを(犬的に)愛でる日々。
そのうち、ルーサーはクロキを女性として意識するようになるものの、クロキは彼を犬としかみていなくて……。
※獣人のケモ度が高い世界での恋愛話ですが、ケモナー向けではないです。ズーフィリア向けでもないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる