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2.使い魔になる

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「わかった! 接触面が多い方がいいよね、これでいいかな?」

 男の頭を膝の上に乗せ、両手を男の額や頬や首に当てた。
 発熱はないみたいだと確認していると、男はなんとも言えない表情で僕を眺める。

「お前……よくそんな、俺にベタベタ触れるな……」
「え、なんで?」
「ダークエルフだぞ? 劣等種の混ざり者にエナジー・ドレインされるなんて、屈辱だとかなんとか言うだろ普通……」
「え、そうなの? ……僕が触ってることで何か問題ある?」
「いや、問題はないが……お前、変なやつだな……」

 しばし膝枕されたまま大人しくしていた男は、何か納得したように頷いて呟く。

「まぁ、俺の使い魔だから当然なのか……長い年月をかけてようやく満ちた、最大限の魔力で史上最強の使い魔を召喚したんだ。人型が出てきたのは予想外だったが、これで俺はのし上がれる。仲間達が蔑まれることもなくなるんだ」

 男は回復したのか、起き上がって僕をまっすぐに見すえた。

 ぱっちりと開かれた少し釣り目気味なアーモンドアイは目が紅く、異世界味のある縦長な瞳孔は、やはり猫みたいだ。

「俺は見ての通りのダークエルフ。名はノヴァだ」

 僕はふと思い出す。

(ノヴァ……あの子と同じ名前だ)

 まったくの偶然だけど、昔、同じ名前の黒猫を飼っていた。
 可愛がっていた僕の愛猫。名前が同じだけなのに、どことなく面影が似ているような気までしてくる。
 肌の色が暗いから、余計に黒猫っぽく感じるのだろうか。

「それで、お前はなんの種族なんだ?」

 僕の全身をまじまじと眺めながら、ノヴァが訊いてくる。

「真っ黒い髪と目に白い肌なんて、見ない色味だ。見たことのない耳の形をしているし、体も小さいな。ノームかピクシーの混ざり者か? もしくは、角が生える前のドラゴニュートの子供という線もあるのか?」

 何かとんでもなく期待されていそうで気が引けるけど、正直に答える。

「あ、あのー、期待されているところ大変言いにくいのだけど、種族というかなんというか……僕はただの人間です」

 答えた瞬間、ノヴァは固まった。

「………………」

 重苦しい沈黙が流れ、いたたまれない気持ちになって冷汗が滲む。
 すると、急にノヴァが詰め寄ってきて、嬉々として叫ぶ。

「人間だとっ!! それは本当かっ!!?」
「は、はいっ!」

 勢いにびっくりして飛び上がりそうになりながら答えると、ノヴァは興奮した様子でまくし立てた。

「人間といえば、空を飛び、海を割り、地を穿ち、万物を創造するという! 我々魔族の創造主にして、全知全能な人間!! 太古の昔に絶滅したとされる、あの人間か?!!」
「え、えーと、僕の知っている人間とはだいぶ違うような……?」

 予想外な話に戸惑い、首を傾げて考える。

(ここは人間がいなくて魔族がいる世界なのか。太古の昔にいた人間が絶滅しているということは、神格化されてる? もしくは、本当に超人的な人間だった?)

 ノヴァが訝しげな表情を浮かべて訊く。

「は? 何を言ってるんだ? 人間と言ったのは嘘か?」
「僕は人間だけど、僕の知っている人間は全知全能ではないので」
「なら、お前は何ができるんだ?」

 改めて聞かれると返答に困る。

「なんだろう? 僕の知ってる人間が普通にできることなら、できる気はするけど」

 ノヴァが期待に満ちたキラキラした瞳で見つめてきて、さらに追及する。

「空を飛び、海を割り、地を穿ち、万物を創造することは? 全知全能ではなくても、どれかはできるんだろう?」
「いやいや、無理無理。一個人でどうにかできる知識も技術も、僕は持ち合わせていないよ。強いて言えば、家事全般が人並みにできるのと、動物が好きで世話をするのが得意なことくらい」

 僕が答えると、ノヴァは愕然とした表情を浮かべ、その場に崩れ落ちていく。

「嘘だろ? そんな馬鹿な話があるか……使い魔の召喚は一生に一度きり……ニ度と召喚できないのに……もう終わりだ……俺は、仲間達を救えない……」

 声を震わせ、拳を握りしめるノヴァの姿に胸が痛む。
 絶望して嘆くノヴァの姿があまりにも可哀想で、僕は見ていられない。

「気を落とさないで、僕にできることなら――」

 励まそうとして、そっと手を伸ばした瞬間、ノヴァに掴みかかられ、押し倒される。

「ふざけんなよ! 長年かけて搔き集めてきた魔力でやっと召喚したんだぞ?! なのにこんな役に立たない出来損ないが来るなんてありえないだろ! 死にかけを治すために、残りの魔力まですべて使ってしまったんだぞ?! あ゛あ゛、くそっ!!」

 怒りと諦め、後悔の入り混じった表情で叫ぶノヴァ。
 そして、覚悟を決めたような鋭い眼差しで僕を睨みつける。

「もうなりふり構っていられるか、外道だ畜生だと罵られようが、知ったことじゃない! 使えるものならなんだって使ってやる。どんなに嫌がろうが、魔力補給のために精気を吸い続ける……俺が召喚したんだ! お前は俺の使い魔になるんだ!!」

 それは、仲間を救うための最後の望みさえ失いかけた者の、必死の叫びだった。

「わかった」
「絶対に逃がさないからな。せいぜい干からびないように……って、は? 今、わかったと言ったか?」

 僕の返事が意外だったのか、ノヴァは目を丸くしている。
 そんな姿まで、シャーシャーと威嚇して毛を逆立てては、瞳孔を丸くしてビックリしている、猫みたいだ。
 愛猫のノヴァを思い起こさせるほどに、よく似ていて、放ってなんておけない。

「うん、ノヴァの使い魔になるよ」

 警戒しなくても大丈夫、怖くないよと、できるだけ優しく穏やかな声で話しかけ、微笑みかける。
 すると突然、僕とノヴァの手の甲が光りだし、魔法陣のような黒い紋様が浮かび上がった。

「なっ、なんでこんな簡単に使い魔の刻印が出てくるんだ?! 普通はもっと抵抗するものだろう? 力ずくで屈服させられて、ようやく服従して契約するものだろうが!!」
「なるほど、これは僕がノヴァの使い魔になったという証なのか」

 光が収まった手の甲を見ると、六芒星みたいな黒い印がついている。

「ノヴァには命を助けてもらったわけだし、仲間思いで頑張ってるノヴァを手伝いたいと思っていたから、僕にできることならなんでも協力するよ」

 僕が笑いかければ、ノヴァはうろたえ、目を揺らしながら喚く。

「俺に精気を吸われ続けるんだぞ? 四六時中、俺と触れ合っていなければいけないんだぞ? 今さら嫌がったってもう遅い、運命を共にすることになるんだぞ?!」
「うん、いいよ。なんだかんだ言っても、そうやって心配してくれるノヴァは優しいと思うから、悪いようにされないって安心できる」

 利用するだけして使い捨てる気なら、わざわざそんなことを指摘する必要はない。
 善良な人物を演じて言葉巧みに騙した方が都合がいいのだから。
 だから、やっぱりノヴァは優しい子なのだと思う。

「な……なんなんだお前、調子が狂う……」

 勢いを失ったノヴァは押さえていた手を離し、視線を外して俯く。
 そんな姿まで、懐かなかった愛猫が少しずつ心を開いて懐いてくれたのを想起させる。

 少し下がった耳や頬が赤くなっている気がする。
 落ち込んでいるのか、恥ずかしがっているのか、もしくはその両方か。
 そんなノヴァを安心させてあげたくて、顔を覗き込んで言う。

「僕はわりと体力ある方だし、動物とずっとくっついてるの平気なタイプだから、大丈夫だと思うよ。それに、ノヴァはなんとなく猫っぽいし」
「は? 俺のどこが猫だ、どこが? 何故そう思う?」

 ムッとした表情で顔を上げ、不服そうに問いただしてくる。

「どこと問われると、なんとなくだから上手く説明できないけど……昔飼ってた猫と名前が一緒なところとか? 最初は警戒してても、少しずつ心を開いてくれるところとか、そっくりかも?」
「なんだそれ……」

 目を眇めて釈然としないといった風にぼやくノヴァに、改めて手を差し出す。

「僕は人間の根津真人。ネズが名字でマナトが名前。これでも成人してる大人だよ。ノヴァの使い魔になるから、これからよろしくね」

 差し出された手をノヴァは見つめ、ためらいがちに握り返す。
 だけど、僕の人間という主張には納得がいかないらしく、鼻で笑う。

「はっ! お前みたいなちんちくりんが人間なはずないだろ、くだらん冗談だ」
「本当に人間なんだけど、どうしたら信じてもらえる?」

 首を傾げて質問すると、ノヴァは半目で僕を眺め、人間とはなんたるかを語る。

「いいか、人間は全知全能な魔族の創造主、全魔族が憧れ目指す象徴、実在するなら尊び敬われる存在だ。見るからに完璧とは程遠い、ちんちくりんなお前が人間だなんて、いったい誰が信じるって言うんだ?」

 僕の主張は信じてもらえず、小馬鹿にしたように笑うノヴァに、ちょっとムッとしてしまう。

「さっきから人のこと小さいだの、ちんちくりんだの、ちまっこいだの、チビだマメだアリンコだミジンコだと、言いたい放題言ってくれちゃってさあ」
「そこまで言ってない」
「いずれ、僕の底力をこれでもかと見せつけて、僕がどれだけ大きい人間なのかわからせてあげるから、楽しみにしててよね。くっくっくっくっくっ」

 ここまでコケにされては、このわからず屋を見返してやらねばなるまいと、僕は決心したのだった。

「おい、その不気味な笑い方やめろ……ゾワゾワする」
「ぷふっ!」

 手を握ったままブルルと震えてたじろぐノヴァが、毛を逆立ててモッコモコになる僕の愛猫を思い起こさせ、思わず吹き出してしまった。
 やっぱり、ノヴァは人慣れしていない野良猫みたいで、可愛いと思ってしまうのだ。


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