貴方を愛した私は死にました。貴方が殺したのですから ~毒花令嬢は闇に嫁ぐ~

胡蝶乃夢

文字の大きさ
上 下
5 / 12

5.裏切りの魔女

しおりを挟む
 日が落ちる頃、闇の魔物は温かい食事を持って、闇に紛れながら石の塔へと向かっていた。
 人の気配を感じ身を潜めると、王宮勤めの従者達が通りかかり、なにやら噂話が聞こえてくる。

「聞いた聞いた? 大陸一の美姫と名高い辺境国の王女が、国王陛下に謁見されるんですって」
「きっと、お美しく偉大な国王陛下に輿入れされるんだわ。大陸一の美男美女だなんて、さぞかしお似合いでしょうね」
「お二人が結ばれて辺境国が傘下に入れば、ついに国王陛下が大陸全土を支配することになるのね。おめでたい――わっ! 何か黒いの通らなかった!?」

 その話を聞き、闇の魔物は悠長にしていられる時間はもうないと察し、急いで令嬢の元へと向かっていった。

 ◆

 一方、王宮の周りでは衛兵隊が無駄話をしながら巡回していた。

「そう言えば、あの聖女どうなったんだ?」
「一向に花を差し出さないから、飯の回数を減らしていって、そのまま忘れていたな」
「おいおい、お前も忘れていたのか。さすがに何日も飲まず食わずじゃ、死んでいるんじゃないか?」
「まぁでも、国王陛下も花を差し出さない聖女に興味はないようだし、死んでも大した問題にはならんだろう」
「たしかに幽閉塔に閉じこめた時点で、いつ死んでもおかしくはないからな。くはは」

 衛兵達が嗤っていると、王宮務めの従者から気味の悪い魔物を見たと報告が届く。

「最近、幽閉塔の近くで魔物を見かける者が多いが、死んだ聖女の血肉でも漁ってるんじゃないだろうな?」
「それはさすがにまずい。魔物の住処にでもなっていたらたまったもんじゃない。仕方ない、様子でも見に行くか」

 衛兵達もまた、令嬢の幽閉される石の塔へと向かっていったのだった。

 ◆

 闇の魔物が暗闇の中から姿を現せば、令嬢は嬉しそうに微笑む。

「こんばんは、ナイト」
「………………」
「ナイト?」

 令嬢はいつもと違う様子の闇の魔物を見て首を傾げる。
 やっと元気になってきていた令嬢を見つめながら、闇の魔物は考えていた。

 令嬢の想い人である王と辺境国の王女が結ばれてしまったら、きっと取り返しがつかなくなるだろう。
 欲にまみれた王が大陸全土を支配してしまったら、さらに欲深さは増長され、王が令嬢の愛に気づくことは困難になる。
 それに、わずかな希望すらも断たれ、愛する人への想いまでも失ってしまったら、今度こそ令嬢の心は壊れてしまう。
 闇の魔物はそう危惧きぐしていたのだ。

 無理強いはしたくなかったが、意を決して闇の魔物は言う。

「リリス、祝福の花を咲かせよう」
「……え? ……急に、どうしたの?」

 それまで、魔物達に祝福の花を要求されることのなかった令嬢は困惑する。

「もう一度、愛する人を想って花を咲かせて、リリスの愛の花を必ず届けるから」
「それは……でも、祝福の花はもう……」

 王が変わってしまった記憶が思い起こされ、怖くなった令嬢の身体は震えだす。

「祝福の花は怖ろしいものじゃない。大丈夫だから、怯えないで」

 夢を見てきた闇の魔物には、令嬢の怯える気持ちがよく分かる。
 人々を変えてしまった『祝福の花毒花』が、令嬢は怖ろしくて仕方ないのだ。
 けれど、人々を救い支えてきたのもまた、令嬢の咲かせた『祝福の花愛の力』なのだ。

「どんな良薬も摂りすぎれば毒薬になる。祝福の力は使い方さえ間違えなければ、必ず良い結果を生みだす愛の力だ。これまで、リリスの愛はたくさんの人を救ってきた。祝福することを怖れないで」

 闇の魔物の言葉に励まされ、令嬢の心は揺れ動く。

「人は愛なしでは生きられない。だから、愛してあげよう、信じてあげよう。リリスの愛だけが、愛する人を真の幸福に導ける救いなんだ。皆、幸せになれる――リリスの夢は叶うから。必ずリリスの愛を届けてみせるから」

 力強い闇の魔物の説得に、令嬢は勇気づけられる。
 令嬢は闇の魔物に見せられてきた夢から、人々の生きる美しさを、直向きな希望を、穏やかな幸せを知った。

「……分かった。やってみる……」

 恐怖心を振り払い、令嬢は祝福の花を咲かせようと決心した。
 深呼吸して気持ちを落ちつかせ、令嬢は静かに手を組んだ。


『――彼の者に祝福を――』


 拭いきれない恐怖心に抗いつつも、令嬢は愛する人の幸福を願い、人々の穏やかな幸せを願い、懸命に祈りを捧げた。

 ――………………ォ――

 令嬢の想いに共鳴が起きる。
 祈りは形をなして、小さな小さな若葉を芽吹かせた。

 ――……ォォ……ォォォォ……――

 固い石床の溝から芽吹いた小さな若葉は、少しずつ少しずつ成長していく。

「葉が大きくなってきた。もう少しだ」
「……はぁ、はぁ……もう少し……」

 息を切らせながらも、令嬢が必死に祈りを捧げれば、共鳴はしだいに強くなっていく。

 ――ォォォォ……ォォォォオオオオ――

 若葉は背を伸ばし、たくさんの葉を広げ、中心に小さなつぼみをつける。

「蕾ができた。あと少し、あと少しだ」
「……はぁっ、はぁっ……あと、少し……」

 蕾が大きく膨らみ、花開こうとした、その時――


 ガシャガシャ、ガシャンッ


 ――鉄扉から衛兵達が雪崩こんできて、怒声が響く。

「聖女よ! 魔物に取り憑かれ、魔女に落ちたか!?」
「人を惑わす邪悪な魔物め! 成敗してくれる!!」
「「!!?」」

 令嬢が怒鳴り声に動転していると、衛兵が棍棒を振り上げ、闇の魔物に襲いかかる。
 闇の魔物はとっさに踏み潰されそうになった祝福の花を庇い、咲きかけていた蕾に覆いかぶさった。

「ぐ、ぁっ」

 殴りつけられる鈍い音と、闇の魔物の呻き声がもれる。

「いやぁ!? やめて! やめてぇ!!」
「大人しくしていろ! 裏切り者の魔女が!!」

 令嬢は衛兵達を止めようと必死に藻掻くが、乱暴に床に捻じ伏せられ、悲鳴を上げることしかできない。
 花を守ろうとする闇の魔物は、抵抗することも逃げることもせず、衛兵達にされるがまま殴られ蹴られ痛めつけられていく。

「か、はっ……ぐっ……う゛、ぁ……」
「お願い、やめて! もうやめてぇ! ナイトが、ナイトが死んじゃう!!」
「気味の悪い醜い化物め! さっさとくたばりやがれ!!」

 令嬢が懇願しても暴力は止まず、伸ばした令嬢の手は宙を掻くばかりで、闇の魔物には届かない。
 何度も殴られる闇の魔物の身体はひしゃげていき、黒い血が壁や床に飛び散り、血溜まりができていく。

「ナイト、逃げて! お願い、逃げてぇ!!」

 どんどん弱っていく闇の魔物の姿を見て、令嬢は泣き叫んだ。
 闇の魔物は耐え切れなくなり、とうとうその場に崩れ落ち、祝福の花もろともぐちゃぐちゃに踏みつけられる。

「あ゛、ぁ……リリスの、花……う゛っ、ぐはっ……」
「花なんていい、もういいから! 死なないで! ナイト、死なないでぇ!!」
「…………リ、リ……ス…………」

 令嬢の悲痛な叫びを聞いて、闇の魔物は最後の力を振り絞り、闇の中へと溶けるように姿を消す。
 闇の魔物に逃げられた衛兵は辺りを見回し、悪態を吐く。

「ちっ、すばしっこい魔物め! 見つけだしてぶっ殺してやる!!」
「まぁ、あれだけ打ちのめしてやれば長くは持つまい。どうせ、そこら辺で野垂れ死んでるさ」

 大怪我を負い大量の血を失ってしまった闇の魔物は、すぐに治癒しなければ命取りになってしまうだろう。
 それなのに、衛兵に拘束される令嬢には、治癒の花を咲かせられるだけの力も時間も残されていないのだ。

 闇の魔物を助けたいといくら願っても、何もしてやることができない。
 己の無力さに絶望する令嬢の目からはポロポロと涙がこぼれる。

「……あぁ、ナイト……ナイト……ナイト……」

 泣き崩れる令嬢を見下ろしながら、衛兵達は互いに話している。

「それより、聖女……いや、魔女の処遇をどうするかだ」
「魔物なんぞに花を与えて、しぶとく生き長らえていたようだな」
「魔物になんのを与えたのか取り調べ、国王陛下に報告するぞ」

 衛兵達は打ちひしがれる令嬢を引きずり、幽閉塔から連れ出していった。

 ◆
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

見るに堪えない顔の存在しない王女として、家族に疎まれ続けていたのに私の幸せを願ってくれる人のおかげで、私は安心して笑顔になれます

珠宮さくら
恋愛
ローザンネ国の島国で生まれたアンネリース・ランメルス。彼女には、双子の片割れがいた。何もかも与えてもらえている片割れと何も与えられることのないアンネリース。 そんなアンネリースを育ててくれた乳母とその娘のおかげでローザンネ国で生きることができた。そうでなければ、彼女はとっくに死んでいた。 そんな時に別の国の王太子の婚約者として留学することになったのだが、その条件は仮面を付けた者だった。 ローザンネ国で仮面を付けた者は、見るに堪えない顔をしている証だが、他所の国では真逆に捉えられていた。

我慢するだけの日々はもう終わりにします

風見ゆうみ
恋愛
「レンウィル公爵も素敵だけれど、あなたの婚約者も素敵ね」伯爵の爵位を持つ父の後妻の連れ子であるロザンヌは、私、アリカ・ルージーの婚約者シーロンをうっとりとした目で見つめて言った――。 学園でのパーティーに出席した際、シーロンからパーティー会場の入口で「今日はロザンヌと出席するから、君は1人で中に入ってほしい」と言われた挙げ句、ロザンヌからは「あなたにはお似合いの相手を用意しておいた」と言われ、複数人の男子生徒にどこかへ連れ去られそうになってしまう。 そんな私を助けてくれたのは、ロザンヌが想いを寄せている相手、若き公爵ギルバート・レンウィルだった。 ※本編完結しましたが、番外編を更新中です。 ※史実とは関係なく、設定もゆるい、ご都合主義です。 ※独特の世界観です。 ※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観となっています。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。

【完結】新婚生活初日から、旦那の幼馴染も同居するってどういうことですか?

よどら文鳥
恋愛
 デザイナーのシェリル=アルブライデと、婚約相手のガルカ=デーギスの結婚式が無事に終わった。  予め購入していた新居に向かうと、そこにはガルカの幼馴染レムが待っていた。 「シェリル、レムと仲良くしてやってくれ。今日からこの家に一緒に住むんだから」 「え!? どういうことです!? 使用人としてレムさんを雇うということですか?」  シェリルは何も事情を聞かされていなかった。 「いや、特にそう堅苦しく縛らなくても良いだろう。自主的な行動ができるし俺の幼馴染だし」  どちらにしても、新居に使用人を雇う予定でいた。シェリルは旦那の知り合いなら仕方ないかと諦めるしかなかった。 「……わかりました。よろしくお願いしますね、レムさん」 「はーい」  同居生活が始まって割とすぐに、ガルカとレムの関係はただの幼馴染というわけではないことに気がつく。  シェリルは離婚も視野に入れたいが、できない理由があった。  だが、周りの協力があって状況が大きく変わっていくのだった。

釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません

しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。 曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。 ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。 対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。 そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。 おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。 「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」 時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。 ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。 ゆっくり更新予定です(*´ω`*) 小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。

もう私、好きなようにさせていただきますね? 〜とりあえず、元婚約者はコテンパン〜

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「婚約破棄ですね、はいどうぞ」 婚約者から、婚約破棄を言い渡されたので、そういう対応を致しました。 もう面倒だし、食い下がる事も辞めたのですが、まぁ家族が許してくれたから全ては大団円ですね。 ……え? いまさら何ですか? 殿下。 そんな虫のいいお話に、まさか私が「はい分かりました」と頷くとは思っていませんよね? もう私の、使い潰されるだけの生活からは解放されたのです。 だって私はもう貴方の婚約者ではありませんから。 これはそうやって、自らが得た自由の為に戦う令嬢の物語。 ※本作はそれぞれ違うタイプのざまぁをお届けする、『野菜の夏休みざまぁ』作品、4作の内の1作です。    他作品は検索画面で『野菜の夏休みざまぁ』と打つとヒット致します。

【完結】許婚の子爵令息から婚約破棄を宣言されましたが、それを知った公爵家の幼馴染から溺愛されるようになりました

八重
恋愛
「ソフィ・ルヴェリエ! 貴様とは婚約破棄する!」 子爵令息エミール・エストレが言うには、侯爵令嬢から好意を抱かれており、男としてそれに応えねばならないというのだ。 失意のどん底に突き落とされたソフィ。 しかし、婚約破棄をきっかけに幼馴染の公爵令息ジル・ルノアールから溺愛されることに! 一方、エミールの両親はソフィとの婚約破棄を知って大激怒。 エミールの両親の命令で『好意の証拠』を探すが、侯爵令嬢からの好意は彼の勘違いだった。 なんとかして侯爵令嬢を口説くが、婚約者のいる彼女がなびくはずもなく……。 焦ったエミールはソフィに復縁を求めるが、時すでに遅し──

婚約破棄が国を亡ぼす~愚かな王太子たちはそれに気づかなかったようで~

みやび
恋愛
冤罪で婚約破棄などする国の先などたかが知れている。 全くの無実で婚約を破棄された公爵令嬢。 それをあざ笑う人々。 そんな国が亡びるまでほとんど時間は要らなかった。

私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです

風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。 婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。 そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!? え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!? ※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。 ※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。 ※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。

処理中です...