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魔獣狩り編
Lv.110 決戦前夜
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「召喚士が召喚媒体とはな。お笑いじゃねぇか」
「……どうして召喚士だってわかるの?」
「見てみろ、手首の部分」
「契約印?」
「ああ。神官の行いに依存して魔獣だけ召喚されたのか、この召喚士の使役した対象がそもそも魔獣だったのか、その両方か……どんな要因があったかまではわからねぇな。何より、大規模召喚が召喚士一人で成立しちまたってのが腑に落ちねぇ。コイツに直接聞いてみるか」
死者と会話するとなれば条件がある。重要なのはその場に死霊が漂っていることだ。
コルラスの影響であらゆるものを視れるようになった今、そんなものがこの空間に居ないことはわかっていた。イヴァはアマネスの奇跡でも再現しようとしてるのだろうか。
「瘴気は下へ溜まりやすい。ここがどこか思い出して見ろ、ご丁寧にも魔獣様が掘った地下だ。こいつがいつからここに居るかなんざ知らねぇが、こんなとこにしばらく置いときゃ不死者として起き上がるだろうぜ。脳が腐ってなけりゃ会話も出来るだろ」
不死者として蘇るのであれば、通常の死体と意味合いが変わって来る。礎として捧げてはいるが、体を変質させることに意味があるとも取れるのだ。
こうなってくると住民たちから隠す目的だけでここへ死体が置かれたわけではないのかもしれない。
念入りに召喚士の体を調べたイヴァによれば、欠損や大きな破損は見られず保存状態も良いようだ。口元へ手を当て呼吸を整えることでなんとか耐えたが、気分のいい話ではない。
「術式へ不死者の体を組み込むためにこんな状態なのか、不死者としての復活が目的だったのかが問題だな」
「神官から手伝ってもらっただけで、殺されたのは召喚士の意思だったかもしれないってこと?」
「俺はコイツが進んで関わってたって驚きゃしないがな」
「魔物に変容することが決まってるなら一応縛っておいた方がいいよね」
「供養ってのもこれじゃ間に合わねぇからな。その方が良いだろう」
魔物になった途端暴れ出さないとも限らない。この狭い地下空間で崩落でも起きれば、不死者といえども無事では済まないだろう。罪悪感もあるが見捨てるより余程良い。
「杭で地面に打ち付けてあるな。一応拘束はしておくぜ」
「言わなくていいよそんなこと」
「悪い」
召喚士の遺体の下にある魔法陣をイヴァが読み解き始めた。体が大部分に覆いかぶさった状態で固定されているため、断片的なことしかわからないようだ。不完全な情報でも、構成傾向をある程度予測するのには必要らしく、分析は進む。
魔法陣のことは全くわからないのでその間シーラへ連絡を取ることにした。
「シーラありがとう、お手柄だったよ」
[何か見つかった?]
「重要なものが」
[良かった~! 何があったの?]
「……えっと、魔法陣が」
まさか遺体があったとは言えない。魔法陣とだけ誤魔化して、魔獣騒動は召喚された魔獣たちによるものだったと説明する。ここで片づけてしまえば今後道中で魔獣に悩まされることもないためだ。
通常通りの数であればまだしも、大量発生では不安が残る。シーラはこの先の旅路を不安に思っていた気持ちもあったらしく、もう一度良かった、と息を吐いた。役に立ったことを無邪気に喜んだ先程とは違い実感のこもった安堵だった。
「ここからが本題だけど、これからこの町へ魔獣が来るみたいなんだ。若様が結界装置を設置しているから被害は然程大きくないと思う。でも自分たちの身を守る用意はしておいて欲しい。色硬糸の加工が終わってもそこに留まって、防戦に徹すること。いいかな?」
[いいけど、キサラたちは?]
「僕らもこっちを調べ終えたら戻るから。帰ったら準備を手伝うよ」
[わかった。ふふ、一回堂々と夜更かししてみたかったの]
「今日だけだよ」
わかってると笑い、今度はタスラに代わってくれた。ウィバロの知恵も借りて色々と試すようだ。軽く言葉を交わしてから今度は使い捨ての通信魔導具を取り出し若様へ連絡を取った。
「キサラです。例の神官、身元の確認は出来るでしょうか」
[役所へ行けば可能だろうが、今すぐの手続きは出来ない。一体何の意図がある]
「滞在していた先々で魔獣を召喚していたのだとしたら、他の町にも危険があるのではないかと考えました。素性を調べ、これまでの足跡を辿った上で警告が必要かと思います」
[ここだけが目的ではないと考えるか。妥当なところだ、手配しよう]
シュヒや父さん関連の書類を少し触っただけでも、若様が調べものに強いのは理解出来る。
神官がどこから派遣された誰なのか、どこの町や村へ訪問したのか。判明するのも時間の問題だ。若様に権限はないだろうが、情報によっては騎士団も動く。
周辺対策として出来ることはここまでだ。次にやれることは……。
考えていたところで何かが動く音がした。足音もなく背後に現れた人影に、イヴァが僕を庇うようにして立ち塞がる。
「そこにあるのは魔法陣ね。人間を殺したの、魔獣」
「違います、僕らは」
「問答無用! 悪しき魔物は排除する」
暗器を両手に持った女の人がキッとこちらを睨んだ。
秘匿のためにかけられていた魔法が破れたということは、他の人間も簡単にここを発見出来るということだ。どうやら居合わせた僕らがこの状況を作り出した犯人と誤認したらしい。
最悪なことにイヴァの形態も今は幻獣バクシロン、狼によく似た姿をしている。陰気な地下、瘴気溜まりの中にいかにもな魔法陣。目の前には大型肉食獣によく似た悪魔。何を言っても無駄かもしれない。
〔こんな夜中に出歩く馬鹿がまだ居たとは驚きだぜ〕
(どうしよう、イヴァは炎以外に操れる魔法ある?)
〔あるにはあるが、元々攻撃に特化してるからな、俺は。捕まえる前にベシャリだ〕
(コルラスは今ファリオンさんの援護に回ってるし……)
無傷で抑えるのは無理だろう。かといって無抵抗で居ても攻撃されるのは明白だ。耳を貸す気配もなくジリジリとこちらへ近付いて来られれば嫌でもわかる。
「喰らいなさい、化けも、んぐぅ!?」
「駄目ですよケナーさんー、場を見極めずにそんなことばかりするから僕ら、上層からの評価悪いんですよー。連帯責任って知ってますー? 巻き込まれるの僕なんですからー」
「ジェリエくん!?」
「ぐ、ごほっごほっ、襟を引っ張るなっていつも言ってるでしょジェイド! 見てよこれ、この状況! 見るからに怪しいでしょうが」
「怪しいのは認めますけどー。お久しぶりですキサラくんー、すみません同僚が無礼を働いてしまってー」
「その恰好」
女の人を止めたのはジェリエくんだった。ケナーというらしいその人はジェリエくんをジェイドと呼び、親しげだ。よく見れば外套の中から出ている服の色がジェリエくんと同じだ。
ジェリエくんが着ている衣装を、知らない人は居ない。
「改めて自己紹介をしますねー。僕の名前はジェイドリネス。ジェイドリネス・エネファルタ。ごく普通の没落貴族な神官ですが仕事は頑張っているのでよろしくお願いしますー」
ごく普通。没落貴族。神官。もうどこから驚けばいいのかわからない。
「もしかして、監獄塔を探っていた神官って」
「僕ですねー?」
「ここへはどうして」
「上からの命令ですねー。失踪した神官を探せって酷くないですかー? この辺りは魔獣が増えて危険だってわかってるのにー」
「ちょっと何、ジェイド知り合いなの?」
「監獄塔でハドロンの槍に手を貸した例の少年ですよー、横の見てもわからなかったんですかー?」
「はっ、これが監獄塔を駆け回ったっていう例の魔獣ね! すごいわ、本当に狼みたい」
「俺は魔獣じゃねぇ」
「喋った!!!」
剣呑な空気から一変、キャッキャと声を弾ませイヴァを観察しだした。敵ではないとわかってくれたのだろうか。
断固犬派を主張する彼女は意気揚々と自己紹介を始めた。イヴァに向かって。
「私の名前はケネレア。ケナーでいいです。この子はアナタが使役しているの?」
「使役というか、手を貸してもらっています」
「相棒ってやつね、わかるわ」
「近ぇ」
「キサラくんはどうしてここへー?」
「どこから話せばいいのか……」
ジェリエくんとケナーさんは、連絡の途絶えた神官を探すよう命じられたらしい。
行動範囲の広さから自警団への協力は頼めず、憲兵隊騎士へは騎士派と神官派の対立状況などから避けたようだ。憲兵隊騎士は中立位置にあるはずだが、「騎士」とつくだけで好ましくないのだとか。
ジェリエくんは不満を口にしては居るが、結構楽しんでいるのではないだろうか。後ろ手に持っているお土産類は宿泊先に置いて来た方が良いと思う。
「潜伏先は目立たない空き家で決まりってケナーさんが突撃しちゃったんですけどー、当たりをよく引くので馬鹿になりませんよねー」
「なんで馬鹿にするのよ」
「それで毎度思い込み激しく突き進んでしまうというかー」
「う、反省しています。ごめんなさいキサラさん、イヴァさん」
「頬付けながら喋るな」
「モフモフ……」
「もうその人放っておいていいですよー。でも困りましたねー、魔堕ちした上に大規模召喚なんてー。なんとか揉み消したいですー。なかったことになりませんかー?」
「お前本当顔に似合わない強かさと図太さしてるよな」
「やだなー、褒めても何も出ませんよー」
動機は不純だが「早期解決すればある程度有利に運ぶのでは」とそれとなく提案してみた。それしかないと二人は頷き、防衛の人員として加わることになる。
「若様という人が指揮を執ってるんですねー、何者ですかー?」
「付き合いが浅いから僕も詳しくは知らなくて。とにかく、若様へ繋げます」
通信用の魔導具を見ても何も言わない辺り使い慣れているのだろう。神官たちは魔導具に触れる機会が多い職種だ。祭事のときは必ず何らかの魔導具を用いると聞いたことがある。適切に使用してくれるだろう。
「キサラです。例の神官を知っているという人物を見つけました」
[何者だ]
「同じく神官らしいです。経緯の説明は本人から」
「どうもー、ご紹介に上がりました神官ですー。ジェリエくんと呼んでくださいー。失踪した神官を探していましてー、ただちに保護したいのですがー」
[本当に神官か?]
慰問などで見かける神官たちは厳粛な雰囲気を纏う真面目な人が多い。言いたいことはよくわかる。
「問題の神官はウィップと呼ばれていますー。本名までは覚えていませんがー、彼の略歴は一通り頭に入れて来ましたー」
[この町へ来る前どこを回っていたかわかるか]
「勿論ですー」
[では東区画へ来い]
「わかりましたー」
[キサラに言っておけ、以後は指示に従えと]
「はいー」
ジェリエくんたちとの遭遇で、大人しく待機していなかったことが露見してしまった。この後説教が待っていると思うと少し胃の辺りが痛い。
「不死者として起き上がる可能性があるからな、ここに見張りが必要だ」
「私がやるわ。いざとなったら封印も出来るから」
「僕は若様って人のところに行きますけどー、キサラくんたちはどうしますかー?」
「僕らもここに残ります」
ケナーさんの戦力がどれほどのものかわからないが、魔獣は自身で魔物を召喚することも出来る。召喚士の立ち位置もまだはっきりとしたわけではない。挟み撃ちになる可能性も考えれば、最低でもこの場に二人は必要だ。ちなみにコルラスが居ないので僕は戦力として数えられない。
ファリオンさんと対峙していた神官・ウィップは魔物を召喚後どこかへ立ち去り行方がわからない。湧き出た魔物たちも足止めの役割しかなかったのか、同調で様子を見たときには姿がなかった。
〔召喚の阻止は既に不可能な段階にある。どうやって魔獣を退けるかだが、戦力差は絶望的だ。いかに俺といえど数が膨大ならどうなるかわからねぇ〕
(対抗策が必要だね。結界じゃ少ししか持たないって言ってたけど)
〔強制的に転移させりゃいいんだが、数がな〕
(一度に全部相手取ろうとするから無理があるんじゃない?)
〔お?〕
(少量ずつ、確実にやるのはどうかな)
〔籠城戦か。それも結界が長持ちしたら出来たんだろうが……待てよ?〕
(何?)
〔俺たちも魔物を使えばいいんじゃねぇか?〕
(ん???)
魔導具越しに盛大な溜息が聞こえて来た。若様はどうやらかなり呆れているらしい。それとは対照的にテベネスティさんは乗り気だ。むしろ魔物と戦うなら試したいことがいっぱいあるのだそうだ。かなりたくましい根性だがどうにも不安が残るのは何故だろう。
しばらく無言だった若様が「お前の提案ではないだろう」と念を押す様に聞いてきた。勿論だ。イヴァのように好戦的だと思われては困る。
[私には代案を示すことが出来ない。故に退けることはしない、が。失敗すれば悲惨だぞ。愚か者として永遠に語り継がれるくらいには馬鹿らしい発想だ]
「おう上等だテメェ」
[指揮としては最悪だが、私がかける言葉は一つしか無いようだ]
そこでもう一度深く長い溜息が続いた。本当にご苦労様である。
[各位、結界用魔導具の付近に待機。太陽の力が強まる昼前まで眠れ。魔導具展開に関しては指示を追って出す。行動開始は赤日、準備は任せるが、何をするかだけ必ず報告を上げろ。巻き添えは御免だ]
[あの、聞き間違えでしょうか。眠れと聞こえた気がするのですが]
[言った。眠れ。少量の時間でも横になれば冴えが違う。疑問は解消できたか、ファリオン殿]
[おかしくなったんですか?]
[口を慎めノーレ、聞こえているぞ]
[私魔導具の準備がしたいのですが!]
[準備は仮眠後にしろテベネスティ。でなければ参加は不可とする]
[そんな! おやすみなさい!]
[大丈夫かこの町は]
兄さんはとても鋭い。大丈夫ではない。
通信を終えタスラたちの下へ向かう。屋敷には色々な罠が仕掛けられていた。得意気に全て説明されたが、せめてその一つにイヴァが掛かる前に言って欲しかった。殺傷力はないので怯ませるだけが目的のようだが、むしろイヴァは生温い洗礼に戸惑ったようだ。
「こんなの罠にもならねぇぞ。そよ風かと思ったぜ、これ本気か? 怒り狂って暴れる力自体を削いじまえ。そんぐらいしなけりゃまず持ちこたえられねぇぞ」
「罠なんて作るの初めてだから難しくて」
「最悪捕まえることを重視しろ。複数まとめて入れておけばその中で頂点を決めたがるぞ」
「なるほど」
「鉄程度じゃ焼き切れるぜ。何を使う?」
「色硬糸」
「そうだ、追加効果で魔法も通さねぇ。盾にしても優秀だ」
既に夜は明けかけている。今から昼前まで寝て、いよいよ決戦だ。
「……どうして召喚士だってわかるの?」
「見てみろ、手首の部分」
「契約印?」
「ああ。神官の行いに依存して魔獣だけ召喚されたのか、この召喚士の使役した対象がそもそも魔獣だったのか、その両方か……どんな要因があったかまではわからねぇな。何より、大規模召喚が召喚士一人で成立しちまたってのが腑に落ちねぇ。コイツに直接聞いてみるか」
死者と会話するとなれば条件がある。重要なのはその場に死霊が漂っていることだ。
コルラスの影響であらゆるものを視れるようになった今、そんなものがこの空間に居ないことはわかっていた。イヴァはアマネスの奇跡でも再現しようとしてるのだろうか。
「瘴気は下へ溜まりやすい。ここがどこか思い出して見ろ、ご丁寧にも魔獣様が掘った地下だ。こいつがいつからここに居るかなんざ知らねぇが、こんなとこにしばらく置いときゃ不死者として起き上がるだろうぜ。脳が腐ってなけりゃ会話も出来るだろ」
不死者として蘇るのであれば、通常の死体と意味合いが変わって来る。礎として捧げてはいるが、体を変質させることに意味があるとも取れるのだ。
こうなってくると住民たちから隠す目的だけでここへ死体が置かれたわけではないのかもしれない。
念入りに召喚士の体を調べたイヴァによれば、欠損や大きな破損は見られず保存状態も良いようだ。口元へ手を当て呼吸を整えることでなんとか耐えたが、気分のいい話ではない。
「術式へ不死者の体を組み込むためにこんな状態なのか、不死者としての復活が目的だったのかが問題だな」
「神官から手伝ってもらっただけで、殺されたのは召喚士の意思だったかもしれないってこと?」
「俺はコイツが進んで関わってたって驚きゃしないがな」
「魔物に変容することが決まってるなら一応縛っておいた方がいいよね」
「供養ってのもこれじゃ間に合わねぇからな。その方が良いだろう」
魔物になった途端暴れ出さないとも限らない。この狭い地下空間で崩落でも起きれば、不死者といえども無事では済まないだろう。罪悪感もあるが見捨てるより余程良い。
「杭で地面に打ち付けてあるな。一応拘束はしておくぜ」
「言わなくていいよそんなこと」
「悪い」
召喚士の遺体の下にある魔法陣をイヴァが読み解き始めた。体が大部分に覆いかぶさった状態で固定されているため、断片的なことしかわからないようだ。不完全な情報でも、構成傾向をある程度予測するのには必要らしく、分析は進む。
魔法陣のことは全くわからないのでその間シーラへ連絡を取ることにした。
「シーラありがとう、お手柄だったよ」
[何か見つかった?]
「重要なものが」
[良かった~! 何があったの?]
「……えっと、魔法陣が」
まさか遺体があったとは言えない。魔法陣とだけ誤魔化して、魔獣騒動は召喚された魔獣たちによるものだったと説明する。ここで片づけてしまえば今後道中で魔獣に悩まされることもないためだ。
通常通りの数であればまだしも、大量発生では不安が残る。シーラはこの先の旅路を不安に思っていた気持ちもあったらしく、もう一度良かった、と息を吐いた。役に立ったことを無邪気に喜んだ先程とは違い実感のこもった安堵だった。
「ここからが本題だけど、これからこの町へ魔獣が来るみたいなんだ。若様が結界装置を設置しているから被害は然程大きくないと思う。でも自分たちの身を守る用意はしておいて欲しい。色硬糸の加工が終わってもそこに留まって、防戦に徹すること。いいかな?」
[いいけど、キサラたちは?]
「僕らもこっちを調べ終えたら戻るから。帰ったら準備を手伝うよ」
[わかった。ふふ、一回堂々と夜更かししてみたかったの]
「今日だけだよ」
わかってると笑い、今度はタスラに代わってくれた。ウィバロの知恵も借りて色々と試すようだ。軽く言葉を交わしてから今度は使い捨ての通信魔導具を取り出し若様へ連絡を取った。
「キサラです。例の神官、身元の確認は出来るでしょうか」
[役所へ行けば可能だろうが、今すぐの手続きは出来ない。一体何の意図がある]
「滞在していた先々で魔獣を召喚していたのだとしたら、他の町にも危険があるのではないかと考えました。素性を調べ、これまでの足跡を辿った上で警告が必要かと思います」
[ここだけが目的ではないと考えるか。妥当なところだ、手配しよう]
シュヒや父さん関連の書類を少し触っただけでも、若様が調べものに強いのは理解出来る。
神官がどこから派遣された誰なのか、どこの町や村へ訪問したのか。判明するのも時間の問題だ。若様に権限はないだろうが、情報によっては騎士団も動く。
周辺対策として出来ることはここまでだ。次にやれることは……。
考えていたところで何かが動く音がした。足音もなく背後に現れた人影に、イヴァが僕を庇うようにして立ち塞がる。
「そこにあるのは魔法陣ね。人間を殺したの、魔獣」
「違います、僕らは」
「問答無用! 悪しき魔物は排除する」
暗器を両手に持った女の人がキッとこちらを睨んだ。
秘匿のためにかけられていた魔法が破れたということは、他の人間も簡単にここを発見出来るということだ。どうやら居合わせた僕らがこの状況を作り出した犯人と誤認したらしい。
最悪なことにイヴァの形態も今は幻獣バクシロン、狼によく似た姿をしている。陰気な地下、瘴気溜まりの中にいかにもな魔法陣。目の前には大型肉食獣によく似た悪魔。何を言っても無駄かもしれない。
〔こんな夜中に出歩く馬鹿がまだ居たとは驚きだぜ〕
(どうしよう、イヴァは炎以外に操れる魔法ある?)
〔あるにはあるが、元々攻撃に特化してるからな、俺は。捕まえる前にベシャリだ〕
(コルラスは今ファリオンさんの援護に回ってるし……)
無傷で抑えるのは無理だろう。かといって無抵抗で居ても攻撃されるのは明白だ。耳を貸す気配もなくジリジリとこちらへ近付いて来られれば嫌でもわかる。
「喰らいなさい、化けも、んぐぅ!?」
「駄目ですよケナーさんー、場を見極めずにそんなことばかりするから僕ら、上層からの評価悪いんですよー。連帯責任って知ってますー? 巻き込まれるの僕なんですからー」
「ジェリエくん!?」
「ぐ、ごほっごほっ、襟を引っ張るなっていつも言ってるでしょジェイド! 見てよこれ、この状況! 見るからに怪しいでしょうが」
「怪しいのは認めますけどー。お久しぶりですキサラくんー、すみません同僚が無礼を働いてしまってー」
「その恰好」
女の人を止めたのはジェリエくんだった。ケナーというらしいその人はジェリエくんをジェイドと呼び、親しげだ。よく見れば外套の中から出ている服の色がジェリエくんと同じだ。
ジェリエくんが着ている衣装を、知らない人は居ない。
「改めて自己紹介をしますねー。僕の名前はジェイドリネス。ジェイドリネス・エネファルタ。ごく普通の没落貴族な神官ですが仕事は頑張っているのでよろしくお願いしますー」
ごく普通。没落貴族。神官。もうどこから驚けばいいのかわからない。
「もしかして、監獄塔を探っていた神官って」
「僕ですねー?」
「ここへはどうして」
「上からの命令ですねー。失踪した神官を探せって酷くないですかー? この辺りは魔獣が増えて危険だってわかってるのにー」
「ちょっと何、ジェイド知り合いなの?」
「監獄塔でハドロンの槍に手を貸した例の少年ですよー、横の見てもわからなかったんですかー?」
「はっ、これが監獄塔を駆け回ったっていう例の魔獣ね! すごいわ、本当に狼みたい」
「俺は魔獣じゃねぇ」
「喋った!!!」
剣呑な空気から一変、キャッキャと声を弾ませイヴァを観察しだした。敵ではないとわかってくれたのだろうか。
断固犬派を主張する彼女は意気揚々と自己紹介を始めた。イヴァに向かって。
「私の名前はケネレア。ケナーでいいです。この子はアナタが使役しているの?」
「使役というか、手を貸してもらっています」
「相棒ってやつね、わかるわ」
「近ぇ」
「キサラくんはどうしてここへー?」
「どこから話せばいいのか……」
ジェリエくんとケナーさんは、連絡の途絶えた神官を探すよう命じられたらしい。
行動範囲の広さから自警団への協力は頼めず、憲兵隊騎士へは騎士派と神官派の対立状況などから避けたようだ。憲兵隊騎士は中立位置にあるはずだが、「騎士」とつくだけで好ましくないのだとか。
ジェリエくんは不満を口にしては居るが、結構楽しんでいるのではないだろうか。後ろ手に持っているお土産類は宿泊先に置いて来た方が良いと思う。
「潜伏先は目立たない空き家で決まりってケナーさんが突撃しちゃったんですけどー、当たりをよく引くので馬鹿になりませんよねー」
「なんで馬鹿にするのよ」
「それで毎度思い込み激しく突き進んでしまうというかー」
「う、反省しています。ごめんなさいキサラさん、イヴァさん」
「頬付けながら喋るな」
「モフモフ……」
「もうその人放っておいていいですよー。でも困りましたねー、魔堕ちした上に大規模召喚なんてー。なんとか揉み消したいですー。なかったことになりませんかー?」
「お前本当顔に似合わない強かさと図太さしてるよな」
「やだなー、褒めても何も出ませんよー」
動機は不純だが「早期解決すればある程度有利に運ぶのでは」とそれとなく提案してみた。それしかないと二人は頷き、防衛の人員として加わることになる。
「若様という人が指揮を執ってるんですねー、何者ですかー?」
「付き合いが浅いから僕も詳しくは知らなくて。とにかく、若様へ繋げます」
通信用の魔導具を見ても何も言わない辺り使い慣れているのだろう。神官たちは魔導具に触れる機会が多い職種だ。祭事のときは必ず何らかの魔導具を用いると聞いたことがある。適切に使用してくれるだろう。
「キサラです。例の神官を知っているという人物を見つけました」
[何者だ]
「同じく神官らしいです。経緯の説明は本人から」
「どうもー、ご紹介に上がりました神官ですー。ジェリエくんと呼んでくださいー。失踪した神官を探していましてー、ただちに保護したいのですがー」
[本当に神官か?]
慰問などで見かける神官たちは厳粛な雰囲気を纏う真面目な人が多い。言いたいことはよくわかる。
「問題の神官はウィップと呼ばれていますー。本名までは覚えていませんがー、彼の略歴は一通り頭に入れて来ましたー」
[この町へ来る前どこを回っていたかわかるか]
「勿論ですー」
[では東区画へ来い]
「わかりましたー」
[キサラに言っておけ、以後は指示に従えと]
「はいー」
ジェリエくんたちとの遭遇で、大人しく待機していなかったことが露見してしまった。この後説教が待っていると思うと少し胃の辺りが痛い。
「不死者として起き上がる可能性があるからな、ここに見張りが必要だ」
「私がやるわ。いざとなったら封印も出来るから」
「僕は若様って人のところに行きますけどー、キサラくんたちはどうしますかー?」
「僕らもここに残ります」
ケナーさんの戦力がどれほどのものかわからないが、魔獣は自身で魔物を召喚することも出来る。召喚士の立ち位置もまだはっきりとしたわけではない。挟み撃ちになる可能性も考えれば、最低でもこの場に二人は必要だ。ちなみにコルラスが居ないので僕は戦力として数えられない。
ファリオンさんと対峙していた神官・ウィップは魔物を召喚後どこかへ立ち去り行方がわからない。湧き出た魔物たちも足止めの役割しかなかったのか、同調で様子を見たときには姿がなかった。
〔召喚の阻止は既に不可能な段階にある。どうやって魔獣を退けるかだが、戦力差は絶望的だ。いかに俺といえど数が膨大ならどうなるかわからねぇ〕
(対抗策が必要だね。結界じゃ少ししか持たないって言ってたけど)
〔強制的に転移させりゃいいんだが、数がな〕
(一度に全部相手取ろうとするから無理があるんじゃない?)
〔お?〕
(少量ずつ、確実にやるのはどうかな)
〔籠城戦か。それも結界が長持ちしたら出来たんだろうが……待てよ?〕
(何?)
〔俺たちも魔物を使えばいいんじゃねぇか?〕
(ん???)
魔導具越しに盛大な溜息が聞こえて来た。若様はどうやらかなり呆れているらしい。それとは対照的にテベネスティさんは乗り気だ。むしろ魔物と戦うなら試したいことがいっぱいあるのだそうだ。かなりたくましい根性だがどうにも不安が残るのは何故だろう。
しばらく無言だった若様が「お前の提案ではないだろう」と念を押す様に聞いてきた。勿論だ。イヴァのように好戦的だと思われては困る。
[私には代案を示すことが出来ない。故に退けることはしない、が。失敗すれば悲惨だぞ。愚か者として永遠に語り継がれるくらいには馬鹿らしい発想だ]
「おう上等だテメェ」
[指揮としては最悪だが、私がかける言葉は一つしか無いようだ]
そこでもう一度深く長い溜息が続いた。本当にご苦労様である。
[各位、結界用魔導具の付近に待機。太陽の力が強まる昼前まで眠れ。魔導具展開に関しては指示を追って出す。行動開始は赤日、準備は任せるが、何をするかだけ必ず報告を上げろ。巻き添えは御免だ]
[あの、聞き間違えでしょうか。眠れと聞こえた気がするのですが]
[言った。眠れ。少量の時間でも横になれば冴えが違う。疑問は解消できたか、ファリオン殿]
[おかしくなったんですか?]
[口を慎めノーレ、聞こえているぞ]
[私魔導具の準備がしたいのですが!]
[準備は仮眠後にしろテベネスティ。でなければ参加は不可とする]
[そんな! おやすみなさい!]
[大丈夫かこの町は]
兄さんはとても鋭い。大丈夫ではない。
通信を終えタスラたちの下へ向かう。屋敷には色々な罠が仕掛けられていた。得意気に全て説明されたが、せめてその一つにイヴァが掛かる前に言って欲しかった。殺傷力はないので怯ませるだけが目的のようだが、むしろイヴァは生温い洗礼に戸惑ったようだ。
「こんなの罠にもならねぇぞ。そよ風かと思ったぜ、これ本気か? 怒り狂って暴れる力自体を削いじまえ。そんぐらいしなけりゃまず持ちこたえられねぇぞ」
「罠なんて作るの初めてだから難しくて」
「最悪捕まえることを重視しろ。複数まとめて入れておけばその中で頂点を決めたがるぞ」
「なるほど」
「鉄程度じゃ焼き切れるぜ。何を使う?」
「色硬糸」
「そうだ、追加効果で魔法も通さねぇ。盾にしても優秀だ」
既に夜は明けかけている。今から昼前まで寝て、いよいよ決戦だ。
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とある元令嬢の選択
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アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
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初めて入ったダンジョンに閉じ込められました。死にたくないので死ぬ気で修行したら常識外れの縮地とすべてを砕く正拳突きを覚えました
陽好
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ダンジョンの発生から50年、今ではダンジョンの難易度は9段階に設定されていて、最も難易度の低いダンジョンは「ノーマーク」と呼ばれ、簡単な試験に合格すれば誰でも入ることが出来るようになっていた。
東京に住む19才の男子学生『熾 火天(おき あぐに)』は大学の授業はそれほどなく、友人もほとんどおらず、趣味と呼べるような物もなく、自分の意思さえほとんどなかった。そんな青年は高校時代の友人からダンジョン探索に誘われ、遺跡探索許可を取得して探索に出ることになった。
青年の探索しに行ったダンジョンは「ノーマーク」の簡単なダンジョンだったが、それでもそこで採取できる鉱物や発掘物は仲介業者にそこそこの値段で買い取ってもらえた。
彼らが順調に探索を進めていると、ほとんどの生物が駆逐されたはずのその遺跡の奥から青年の2倍はあろうかという大きさの真っ白な動物が現れた。
彼を誘った高校時代の友人達は火天をおいて一目散に逃げてしまったが、彼は一足遅れてしまった。火天が扉にたどり着くと、ちょうど火天をおいていった奴らが扉を閉めるところだった。
無情にも扉は火天の目の前で閉じられてしまった。しかしこの時初めて、常に周りに流され、何も持っていなかった男が「生きたい!死にたくない!」と強く自身の意思を持ち、必死に生き延びようと戦いはじめる。白いバケモノから必死に逃げ、隠れては見つかり隠れては見つかるということをひたすら繰り返した。
火天は粘り強く隠れ続けることでなんとか白いバケモノを蒔くことに成功した。
そして火天はダンジョンの中で生き残るため、暇を潰すため、体を鍛え、精神を鍛えた。
瞬発力を鍛え、膂力を鍛え、何事にも動じないような精神力を鍛えた。気づくと火天は一歩で何メートルも進めるようになり、拳で岩を砕けるようになっていた。
力を手にした火天はそのまま外の世界へと飛び出し、いろいろと巻き込まれながら遺跡の謎を解明していく。
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貧弱の英雄
カタナヅキ
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この世界では誰もが生まれた時から「異能」と「レベル」呼ばれる能力を身に付けており、人々はレベルを上げて自分の能力を磨き、それに適した職業に就くのが当たり前だった。しかし、山奥で捨てられていたところを狩人に拾われ、後に「ナイ」と名付けられた少年は「貧弱」という異能の中でも異質な能力を身に付けていた。
貧弱の能力の効果は日付が変更される度に強制的にレベルがリセットされてしまい、生まれた時からナイは「レベル1」だった。どれだけ努力してレベルを上げようと日付変わる度にレベル1に戻ってしまい、レベルで上がった分の能力が低下してしまう。
自分の貧弱の技能に悲観する彼だったが、ある時にレベルを上昇させるときに身に付ける「SP」の存在を知る。これを使用すれば「技能」と呼ばれる様々な技術を身に付ける事を知り、レベルが毎日のようにリセットされる事を逆に利用して彼はSPを溜めて数々の技能を身に付け、落ちこぼれと呼んだ者達を見返すため、底辺から成り上がる――
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