ロルスの鍵

ふゆのこみち

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奪還編

Lv.89 予言

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 二人の間にどんなことがあったのかは知らないが、マリーナは彼について行くことを決めた。パドギリア子爵夫人のことだ、ついて行くとなればマリーナに全てを話しただろう。自分を魔法陣で強制的に転移させたことを知っているとすれば、生半可な気持ちではないはずだ。

 覚悟を決めた人の顔はああも凛々しいものなのかと、マリーナの姿を思い返す。
同じ表情を、見たことがある。タスラを待つため残ると言ったシーラがそうだった。最近不安げな表情が減ったように感じていたけれど、離れている間にまた顔つきが変わった。
 シーラだけではなく、タスラも。兄さんだっていつの間にか精霊魔法を操れるようになって……僕は、僕自身は何か変わっただろうか。

 相変わらず毎夜疑似空間に降りて行きナキアの姿を探している。最近は本人の姿は見えず手紙が置かれているばかりだ。どこかが特別変わったようには思えず、ため息が出そうになる。もっと色々なことが出来たらと思いながら座り直すと、正面に見える兄さんとファリオンさんが微妙な表情をしているのが見えた。

「どうかしたの」
「いや、バノがな」

 兄さんが口ごもりファリオンさんを見た。ファリオンさんは「どう見ても恋人同士でしたね、あれ」と返している。二人とも誤魔化す様にして顔を逸らしてしまいどちらも表情がわからなくなった。

「アイツには料理があるさ」

 兄さんが小さく零した言葉に二人で頷き、そのまま話題は変わってしまった。

「縦笛に関しては何かわかりましたか」
「ん? ああ。癒しには制約がある。レイル……俺たちの父親の血を引いた限られた人間にしか使えない。つまり、俺とキサラだな。時間が経った怪我には効果が無く、強引に治そうとすれば“歪み”が生じる、ぐらいか。あとはこれを寄越した張本人に聞けばもっと詳しくわかるかもしれないが」
「万能ってわけではないんですね」
「ま、そんなもんだろ」

 魔導具としては破格の性能だろうと思う。制約が欠点かもしれないが、それでも致命的とは言い難い。そんなにすごいものを譲ってくれた妖精は一体何者なんだろう。父さんはどうやって知り合ったのか。

「人族が持つ魔導具の大半はドワーフの造ったものですが、これはどうも違うようですね」
「そうだな。能力にしては大きな魔石が付いてるってわけでもない」
「不思議ですね。より大きな魔石が必要になると思うのですが」
「魔導具自体こんな小せぇのに効果は絶大だ。一体どうなってんだ? 術式をより多く刻むなら触媒をでかくするだろ普通」
「そうですよねぇ……」

 イヴァとファリオンさんが、子爵邸でロッドさんと繰り広げていたような魔導具談義を初めてしまった。僕も兄さんも魔導具に関しては詳しくないので肩を竦めて二人の会話から外れる。魔石や魔導具なんて庶民には手の届かない代物で、過去に見たのだって片手で数えられる程しかないのだ。

「そういえば、道中妙なことがあった」
「妙なことって?」
「魔獣があり得ない程活発になっているらしい。バノがいうには一年に数回出るか、ぐらいの辺りで何度も襲われた。妙だろ」

 兄さんによれば、道中魔獣と多く遭遇したらしい。近辺では緊急事態として多く傭兵が雇われ、どの町でも警戒態勢を取り事態に当たっているとか。

「子爵邸ではそんな話聞かなかったけど」
「ああ、あの町は爵位持ちの貴族が滞在してるだろ。たぶんそれでだ」
「じゃあこの先は」
「魔獣と遭遇するかもしれないな。まだこの辺りは結界の効果でなんとかなるだろうが、用心はしておいた方が良い」

 通常人の住む領域に張られる結界は、監獄塔に張られていたものと同じく魔導具によって展開されているらしい。魔石に込められた魔力が尽きてしまえば新しい魔石が必要になるため、維持費がとんでもなくかかることが前提だ。どこにでも対魔物用の結界が張れるわけでない理由はそこにある。
今回滞在した町は貴族が屋敷を構える土地だったからこそ結界が張ってあり、特別だったのだと今更ながら思い至った。

「シュヒが騎士団に探させたいものと、魔獣が活発になっていることは何か関係があるのかな」
「どうだろうな。ただ、あの魔女がお前の傍を離れてまでしなくちゃならないことだ。ロクなことじゃないだろう」
「ファリオンさんはシュヒから何か聞いてますか?」
「シュヒアルからですか? そうですね……マズいものが見つかった、とだけ」
「マズいもんだぁ? えらく抽象的じゃねぇか」
「詳細は合流時にと言っていましたが」

 僕やイヴァ、ロッドさんが屋敷に突入する前、シュヒもまた転移陣が設置してある屋敷を訪れていた。屋敷から伸びる黒い液体のような何か、あれを仮に黒液と呼ぶことにする。黒液や魔木と戦闘になったであろうシュヒやラギスは、魔木を一掃後わざと黒液に捕まった。半成たちの転移先に辿り着けると思ったからだ。

 しかし、そうならなかった。

 シュヒは別の場に転送され、箱庭を模した疑似空間の存在に触れることすらなかった。時間の無駄だと判断したシュヒはあっさりとその場から逃げ出す。

 ここからが問題だ。シュヒは子爵邸へ戻る途中で何かを見つけた。それがどうにもマズいのだという。

「魔獣が活発になっている原因と関係があるとすれば、騎士団を動かしたい理由も理解出来ますが」
「なんで直接騎士団側へ言わないのか、だな」
「そこです。私たちにも伝えないとなれば余程のことでしょう」

 ファリオンさんはシュヒと連絡を取り合ってはいたようだが、それも密なものではない。重要事項を二、三交わせる程度のもので、細やかな連絡は取りづらいのだ。
 ここで兄さんが大いに活躍した。水面が揺れないような場所に水を張ると、水と水を繋げることが出来るらしい。繋げるといっても触れたり水をくぐってお互いの場所へ移動するなどは不可能だ。水面にお互いの顔を映し、声を届けることが出来るだけでも充分すごいことなのだが。

 念話の上位互換、なおかつ水属性に限定された精霊魔法だ。力を授かったからと言って全ての人間がこれを扱えるわけではない。(現に水属性の魔法を扱えるのに、シュヒには出来なかった)
通常通り顔を合わせ会話が出来るようになったというのにシュヒはそこでも徹底して詳細を明かさなかった。
 兄さんの精霊魔法を使って定期連絡を一日に一度、決められた時間に行う。そこでお互いの動向を伝え合い、合流地点を調整しているのが現状だ。

「面倒な気配しかしねぇな」
「同感だ。行く先々で何かしら起きてるが、この国はどうなってるんだ?」
「さぁ、どうなってるんでしょうね。言った通り上層が割れてますから細やかなところへの気配りなんて二の次なのでしょう」
「それにしたって憲兵隊が機能しない事件の多さと来たら」

 監獄塔へ連行した騎士の顔でも思い出しているのか兄さんは大きく深い溜息を吐いた。そういえば先日兵士になりたかったのだと聞かされたばかりだ。根幹には騎士への憧れも含まれていただろうから、心中が複雑だろうことはよくわかった。

 通常貴族でない者が騎士を目指す場合、年少期頃から従者として騎士に付かなければ難しい。確かな身元が貴族位にある者によって保証されなくてはならないのだ。つまりは貴族の後ろ盾が必要なのである。
しかし兄さんにはそれがない。恐らく本来目指したのは騎士なのだが、現実がそれを許さなかった。
 ……憧れた地位についていた人間が、あれだったわけだ。それが例え一部であったとしても兄さんの落胆は凄まじかったようだ。

「ロッドへの対応も適当だったしな。仮に騎士団が動くにしても、あんな連中で処理しきれる問題なのか?」
「言われてみればそうですね。心許無いといいますか」
「はっきり言え、頼りねぇってな」

 一応ハドロニア様のような騎士もいるのだが、全体的な評価はどうやら最悪なようだ。最後に会った騎士がハドロニア様やバゲル騎士だったため、僕にはどうも実感がわかないのだけれど。
 ハドロニア様が連れていた従騎士や準騎士の人だって場をよく見て行動していたし、頼もしかった。確かに僕らを不当に連行した騎士は事実確認も無しに乱暴だと思いはしたが、あちらの方が僕には少数派に見える。

「協会へ頼らず騎士団を、という点に何かあると思うんですが……師ならわかるでしょうか」
「ん、例の“預言者”か?」
「はい」
「物知りとか言ってたな。具体的にはどんなことを言い当てるんだ?」
「……そういえば、今回御伽ノ隣人フェアリーテイル・ブックが動くと予言されていました」
「は?」

 どうやら“預言者”は協会の人間が何か起こすと予想していたらしい。イヴァですら驚いている様子だ。

「師の考えることはわかりませんがね。盗賊団、憲兵隊騎士、神官が動いた後に協会が動くとだけ」
「待て、憲兵隊騎士はわかる。不祥事の件だろ? それは確かに動きはわかってたかもしれないが、協会に至っては誰も『セルぺゴ』が動いてたことなんて知らなかっただろ」
「盗賊団や神官が動いたってのは知らねぇ話だな。動いてたのか?」
「ええ。盗賊団に動きがあったのはこの目で見ました。監獄塔から何かを盗もうとしていたようです。神官に関してはわかりませんが」
「あ」

 神官で思い出した。
『そこの少年がここを探っていた神官か。お前の手引きだなハドロニア』とバゲル騎士が言っていたことを。

「神官と間違えられた……?」
「神官が監獄塔に探りを入れていると確信していたということですね、バゲル騎士は」
「断言してたから、間違いないと思います」
「神官は何を探してたんだ? わざわざ監獄塔にまで乗り込んでたってことだろう?」
「いやそれよりも……“預言者”ってのはそんなことまで言い当てられんのか」

 イヴァの一言で視線がファリオンさんへ集中する。コルラスと遊んでいたタスラやシーラも不穏な空気を察したのかこちらを不安げに見ていた。

「曰く、動きを見れば一目瞭然だそうですよ」
「予言ってのはどうやってすんだ。未来でも視るのか」
「いいえ、大体は予測を立てると」
「予測を立てられる程度に事態を把握してるってことだな」
「ええ」

 気に喰わねぇ、とイヴァが言って寝転がった。不機嫌そうに足が上下している。

「どうしてアイツは止めねぇんだ」

 その口ぶりは、なんだか“預言者”を知っているかのように聞こえた。
きっと気のせいだろう。僕とイヴァは離れることが出来ないし、記憶にある限りそんな人とは会ったこともない。

 神官が監獄塔に何の用があったのか、盗賊団は何を盗もうとしていたのか、どうやって“預言者”はそれを言い当てたのか。いくら僕たちが言葉を交わしてもわかりそうにはなかった。

「変なことに関わるのはごめんだ。どんな動きをしたかわからない以上、神官も盗賊も関わらない方が無難だろう」
「無難も何も盗賊と関わる場面なんてないでしょう」
「憲兵隊騎士と協会の動きとやらはさすがにあれで一旦落ち着いただろ。しかし貴族がこぞって取り込みたがるわけだな」

 予言の範囲がどれほどかはわからないが動きがあったのは確かだ。
“預言者”の口にする予言が全て悪いことの暗示である以上、神官と盗賊団にも何か悪いことがあったのだろう。事実憲兵隊騎士と協会は不祥事によって後処理に追われている。
  誰しもそんなことは回避したいはずだ。予言が尊ばれるわけである。

「新しい予言はあるのか」
「あります。忠告がてらいただきました」
「それは」
「……そうですね、通常報酬が発生する事項ですが今回は目を瞑りましょう。ただし他言を禁じます」

 チラ、と目線をタスラやシーラへ流した後、ファリオンさんは人差指でちょいちょいと顔を寄せるように僕らを促す。イヴァは声を潜めたところで聞きもらすことはないだろう。耳が少しファリオンさんに傾いているし。

「王が死にます」

 深刻さを匂わせないままファリオンさんが言う。意味を理解した瞬間ひゅ、と喉が鳴った。

「は……お前、そんなことを口にしたら」
「ええだから他言しないように言っているでしょう? 万が一聞かれたら首を落とされますよ」
「お、王って」
「この国の、でしょうね」
「でしょうねってお前……!」

 こんなことタスラやシーラには聞かせられない。体を寄せながら小声で詰め寄るがファリオンさんは平然としている。当然のこととして受け入れているかのような態度だった。

「上層が割れてるこんなときに、そんなことが起きたら」
「王位争いは避けられないでしょうね」
「忠告はするのか」
「勿論。予言はな事項しか与えられないですから」

 あまりの衝撃に僕も兄さんも動けなくなってしまう。兄さんの顔は真っ青になっているが、きっと僕の方もそうだろう。

「私がどうしたって仕方のないことです。師が上手くやるでしょう」
「よくそんな冷静で居られるな」
「この程度で一々驚いていたらあの人の弟子なんて務まりませんよ。師によれば『国主がどうなろうが、そんなことは細事に過ぎない』らしいので」

 絶句している僕ら二人に向かってファリオンさんが小さく苦笑した。会話の内容からそうして笑っていられることに恐ろしさすら感じてしまう。国が分断する事項に対してどうしてそう冷静で居られるのだろう。

「回避をする気は、あるんだな」
「どうでしょう。師は命を重んじるお人ですから、助力ぐらいはするでしょうが」
「何言ってんだ」

 イヴァがこれまで聞いたことがないほどに低く唸った。これには驚いてファリオンさんも片眉を上げて視線を向ける。

「大方監獄塔の実験も勘付いてて止めなかったんだろう。あれで魔物と人族が幾つ失われたと思ってる。何が命を重んじる、だ」
「わかりませんか、貴方には」
「……」
「我々には、無力な人間にはどうすることも出来なかった。手数が足りなかったんですよ。相手取るだけの力はどこにもありませんでした。それでも仕方がないと、言うことは出来ませんが」
「……悪い。聞かなかったことにしてくれ」

 わずかにイヴァの耳が下がった。足の動きもぱたりと止まる。眉根をわずかに寄せたファリオンさんが苦し気に続けた。

「もう、わかっているでしょう? 監獄塔で魔人実験を行っていた男が、転移陣を書き上げた者と同一であると。件の疑似空間構成、半成の誘拐も、全く同じ男が行っていたことも。……私たちは長いこと彼を追っていました」

 弾かれたように全員がファリオンさんを見つめた。口に出さないだけで皆内心そうだと思っていたのかもしれない。

「迂闊に手出し出来る相手ではありません。あちらは異常な程魔法・魔術に長けている。それに、師は『国は今更王を失ったところで何も変わらない』とも仰っていました。この意味はわかりますか」

 目を見開いたイヴァにファリオンさんの視線が絡まっていった。注意深く、何かを見極めるかのように表情を窺っている。

「私より余程、貴方の方が我が師の言葉を理解しているように見えます。シュヒアルの使い魔という説明ではじめは納得していましたが、それでキサラくんに張り付いているのが自然だとしても、変ですよね? 私を経由しなくても貴方から直接シュヒアルは情報を得られるはずなんですから。……かといって、キサラくんが召喚士として使役しているわけでもない」

 目がゆらりと動き、僕を捉えた。一度目が合った後、再びイヴァへ戻る。
緩やかな動きではあったがその瞳には容赦のない鋭い光が宿っていた。厳しく眉を寄せながら吠えるように声が這う。



「貴方、何者なんですか」


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