ロルスの鍵

ふゆのこみち

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奪還編

Lv.78 常夜の空間

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「シュヒが?」
「日の昇る前に戻って来られる予定だったのですがね」

 朝、目が覚めるとすぐにパドギリア子爵の執務室へ呼び出された。報告会なら朝食時に行うのに、それを待たず話をしなければならないなんて。一体何があったのかと大急ぎで向かうと、そこには険しい顔をしているパドギリア子爵と、相変わらず表情が変わらないエルフ・・・ロッドさんが居た。
パドギリア子爵が言うには、シュヒが夜の調査から戻って来ていないらしい

「回答用の文書を作成後、予定通り北側を見て回ると仰ってシュヒアル様は出て行きました。何かあったとすれば北でしょうな」

執務室の壁へ貼り付けられた地図に視線を向けながらパドギリア子爵は言った。調査で把握した村の位置を見ている。

「確認がしたく呼んだのです。調査に時間がかかっている、ということはないのですかな?」
「ないな」
「僕とシュヒ・・・いえ、シュヒアル様は、時間が来たら途中でも調査を切り上げて戻って来ると決めてありました。もしも続行する場合は連絡が入るようにもなっています」
「ふぅむ」

一つ唸るとパドギリア子爵は執務机へ向かい、何事か綴り始めた。ロッドさんは呼び出されたばかりでことの経緯、というよりはシュヒの存在を知らないようだった。

「協会所属の魔女か。ほう、君は交流の幅が広いな」
「シュヒアル様は上級魔族と契約していたので、夜間は単独で調査をしていました」
「そうか」

調査の内容や何故北側を見て回ることになったかも含めてイヴァと報告すると、ロッドさんは何事か考え始めた。

「これを兵に。早馬で届けさせろ」
「かしこまりました」

パドギリア子爵はその後も何通か手紙を書いたようだ。それらを使用人に託して、やっと一息つく

「今のは?」
「騎士団へ要請を。幸か不幸か、シュヒアル様は貴族のご身分ですからな。それも伯爵令嬢とくれば騎士団も動かぬわけには参りますまい」
「応援に騎士団か。ならば問題ないな」

うむ、と一つ頷くとロッドさんはドン、と僕を強く押した。倒れる前に、ロッドさんは僕を素早く小脇に抱えて颯爽と歩き出す。しかし窓の前ですぐに立ち止まった。

「子爵に伝えてくれ、彼に私の声は聞こえないのだ」
「え?え??」
「ロッド様・・・?一体何を」
「『転移陣の話は非常に興味深い、見て来る』と」
「え?!」
「早くしなければ陣を含め術式を騎士に荒らされるかもしれないだろう。あれらは魔法のなんたるかを全く心得てはいない、最悪の事態も考えられる。・・・魔女の救出も急ぎたくはないか?」
「あ、はい、えっと『行ってきます』だそうです」
「は?」
「・・・まぁいいだろう」

最悪の事態という言葉で完全に伝言事項が頭から飛んでしまった。慌てて誤魔化すとロッドさんは窓を開け放ち、僕を見た。嫌な予感がする。窓から見える景色は決して低くないし、ここに用があるとは思いたくもない

「あの、あの、玄関から出た方が」
「北と行ったか。方角は・・・向こうだな」
「聞いてますか」
「暴れたら落ちるぞ。掴まっていろ」
「あの!!!」

 ガッ!と豪快に靴底を鳴らし窓枠へ足をかけると、ロッドさんはまるで放たれた矢のようにびゅん、と跳躍した。すぐに衝撃が来る。ズタン、とこれまた豪快に屋根の上へ降り立ったのだ。
「貴族のお屋敷にこんなことして良いんですか?!」と一瞬叫びかけたが、すぐに「落ちる!」へ思考が切り替わり、反射的にロッドさんの服を掴む。ああ、心許無い、せめて小脇に挟むのをやめて欲しい。下の方から驚きの声が複数上がっている。使用人と、パドギリア子爵のそれだろう

タン、タン、タン、と屋根を跳ぶように駆けてから飛んだ。もちろん羽根が生えているわけでもなし、すぐに落下である。こんな不安定な体勢で飛び降りるなんて!抗議しようにも悲鳴しか出ない

「あ、あ、イヴァ!?イヴァー!」

イヴァと離れたら死んでしまうんじゃなかった!?
止まって!という気持ちも込めて服を引っ張った。相変わらず走るロッドさんは表情を変えなかったが、困ったような声で「背中に付いているのは違うだろうか?」と聞かれた

「背中?」
「私の背中に何か付いている」
「え?」

見えないんですが。ロッドさんは僕の体勢を理解しているんだろうか。進行方向と同じ方へ頭を向ける形で、脇に抱えているのだ。こんな体勢で居て、背中なんて見えるわけがない

「キサラ大丈夫か?」
「イヴァ!」
「落ち着け、慌てるな。一応精霊魔法の補助もかかってるからな、万が一放り投げられてもお前は落ちねぇ」
「そ、そうなんだ・・・良かった」
「町は出たがこれでどこへ向かえばいいのか」
「さぁな、まだ先だと思うぜ。北側の隠れた村まで行った可能性がある」
「案内してくれないか」
「いいぞ」

この体勢は頭がガクンガクンと揺れるんだけど、そこは考慮してくれないんだろうか。しかし早い早い。エルフって俊敏なんだ。筋骨隆々とまではいかないだろう腕の一本に軽々抱えられているのは、精霊魔法の成す技なんだろうか。

〔あの黒猫はどうしたんだ。居なかったろ〕
(あ、疑似空間で話したよ。少し戻るって)
〔こんなときにか〕
(居た方が心強かったけどね)

イヴァの経過を見て調べることがあると言われれば引き留めるわけにもいかなかったし、あの時点ではシュヒに何かあるなんて思いもしていなかった。今度はいつ僕らの前に姿を現すのか、ハッキリと聞いたわけでもない。そもそも今までが頼りすぎだったのに居ないことを責めるのは筋違いだろう。
それよりも、今居る人員でどれだけのことが可能なのか考えなくてはならない

「念話で連絡は取れないの?例えばラギスとか」
「無理だな。契約してたのなら話は別だが、目視出来ない位置・距離に居んなら俺からは何も送れねぇ」
「繊細な魔法は苦手、だったっけ」
「そうだ」
「ん?そうか、コレは魔物か」
「今かよ」
「違和感がなかった」

 妖精には動物と会話出来る性質があるため、動物型をしたイヴァが喋っていても特に違和感がなかったらしい。魔法の話をしていることや、探りを入れた結果魔力の反発を受けて魔物とわかったようだった。
しかし壊滅的に不器用なロッドさんは、時々僕の顔を葉っぱに突っ込む。幸い怪我はないが、頭に葉っぱが結構ついている気がするし、こっちはもうボロボロだ。せめて気付いて欲しい

半成の隠れた村だと言うに相応しく、道は途中からほぼなかった。よく見れば人一人が通れるだけの、隙間のようなものがある。その間をすさまじい速さで駆けて行くロッドさん。抱えられているだけの僕はガンガン頭や腕や足を揺らし、時に草へ体の一部を突っ込んだ状態で運ばれていく。もういっそ背負ってくれないだろうか

「精霊様から聞いたのだが、君が“穢れ”を取り除いたらしいな」
「いや、僕がっていうか・・・流れでそうなっただけで特別なことはしてないんですが」
「精霊様もフロムから聞いたことしかわからなかったそうだ。何しろ人族の領分で起きたことだ。詳しく聞いてもいいだろうか、あの後何があったのか」
「その前に聞きたいことが。“穢れ”については把握していたんですか?」
「突然存在が森に感知されたのだ。今まで隠れていたことが不思議なくらいの禍々しさ、危うさがあった。それを退けたのが君だと言われれば、驚かないわけがない。ボルダロが君をしきりに心配していたくらいだ」
「ボルダロ?」
「名乗っていなかったな、ドワーフだ。君に処置をしてもらった」
「ああ!」

詳細を知りたがっているらしい精霊様や、ドワーフのおじいさん・・・ボルダロさんが気にしていたと聞けば黙ってもいられない。この人が伝えてくれるだろう、“穢れ”と呼ばれた者の正体や、一体何があったのかを。

「魔人・・・?魔人と言ったのか」
「え、はい」
「知ってるのか?」

ロッドさんは珍しく目を丸くして僕を見た。何か知っているらしい


「魔人とは、兵器の名称だ」


今度は僕たちが絶句する番だった。兵器。あんなものを過去に作った者がいるのか

「一族に語り部がいたので聞いたことがある。少し昔・・・そうだな、ザッと八百年程前に存在した兵器がそう呼ばれていたと記憶している」
「人族が作った兵器なんですか」
「詳しくは知らないのだが、そう聞いている。語り部に聞けば何かわかるかもしれないが、私は人族の歴史に疎くてな」

〔八百年か、知らねぇハズだ。俺は寝てたからな〕
(じゃあ、兵器を再現したってことかな)
〔同じ名前しちゃいるが全く同一とは限らねぇ。何せ八百年だ、人族には途方もない年月だろ〕


そんな話をしているとズザザザザ、と音を立ててロッドさんが突然止まった。反動で僕は腕からスポンと抜けたがイヴァが言っていた通り落ちはしなかった。落ちはしなかったけど、でもなんだろう、地面ギリギリで止まったから落ちたようなものだ。

「アレじゃないか」

恨みがましくロッドさんを見ていたら静かに告げられた。村があったのだろうか?

「え」

村、ではなかった。屋敷が堂々と建っている。周りには何もない。木々も草もなく、円形状に広がる荒野のような場所の中心にポツンと佇んでいるのだ

「隠すつもりがないのか?」
「いや、魔力の残留を感じる。こりゃ知ってる魔力だ」
「例の魔女か?」
「使い魔の方だな。派手に暴れてこうなったらしい」
「全く、乱暴なことだ」

元々こうだったわけじゃなくてシュヒたちがやったのか。どんな魔法を使ったんだろう

「見てみろ、幹の残骸は魔木だ。擬態しちゃいるがこれは人も獣も妖精も喰らうぞ」
「この範囲は乗っ取られていたか。掃除であれば問題はないな、先程の評価は改めよう」
「おい、屋敷の屋根わかるか・・・・おでましだ」

 瞬間、空気が重くなった気がした。ヒヤリと冷気が漂い、僕らを絡め獲るようにしてくゆり、囲うように広がった。前はボンヤリとしか感じなかったが、これは殺意や敵意を持った魔物が放つ気配だ。どうやらコルラスと契約したことで気配をある程度把握できるようになった、というのは気のせいではなかったらしい

「守りの魔法にしては禍々しいな。血が濃いぞ」
「それは血を媒体としているということか?」
「ああ」
「“穢れ”程ではないが瘴気も漏れているな」
「妖精が近づくにはちとマズいんじゃねぇか」
「私には精霊様より賜りし加護がある。清浄の作用も現れよう」

そう言うとロッドさんは左手を掲げ、腕の部分の衣装を解いた。手首には腕輪のようなものがついており、肌には腕を覆うように模様が刻まれている。
腕の模様を人差指と中指の二本でなぞる様に素早く動かすと、撫でられた傍から模様が光を帯び始めた。

「“現界せよ”」

 模様が一際強く光りながら腕を剥がれていく。驚いているうちに剥がれたそれが一瞬で弓になってしまった。大ぶりの弓で、木や蔓で出来たものではないと一目でわかる。金属のように堅く滑らかに見えるそれは細やかな装飾も合間って美しかった。しかしあれで矢が飛ぶのだろうか?弦もついていないし、そもそもロッドさんは肝心の矢を持っていない

「軽く散らす。その隙に屋敷へ飛び込むぞ」
「手伝うか?」
「いいや、魔力が混ざれば痕跡を追うのに邪魔だ」

 先程していたようにロッドさんが右手で弓の模様を撫でるとシャリン、と弓が鳴った。たちまち腕輪から矢のようなものが現れ、ロッドさんは構える。引き絞るような動作に合わせキィィンと音を立てながら空間が歪むように揺れた。弦はもしかしたら僕に見えないだけで存在しているのかもしれない。

「“弾けろ” “貫け”」

ビシュウウウ!と空気を切り裂いて矢が飛んでいく。対象に当たる手前で分裂しドスドスドス、と三本刺さった。ロッドさんは目を細めるとピシュピシュピシュ、と素早く追撃の三発を放ってから僕を抱えた。

「“風の民よ”!!」

ギュオ、と風の音が耳元でしたかと思うと考えられないような速さで屋敷めがけて飛んでいく。イヴァが「ぶつかるだろうが!」と叫びながら何かしたらしい、屋敷の扉が開け放たれ中へと勢いよく飛び込んだ

「魔力を辿れ」
「わかってんだろ、上だ」

 何故それで天井を突き破って最上階へ躍り出るという発想に至ったのか。ロッドさんは先程よりも長く詠唱をすると天井を屋根ごと吹き飛ばし、風の民の補助を受けながら最上階に到達した。
もちろん僕は相変わらず抱えられているとも。悲惨だ。上に向かう速さで自然と首が下を向くから、離れていく床が全部見えてしまう。生きた心地がしなかった。

「なんだあれは」

最上階の部屋へ着いてすぐイヴァがそう言った。ぐったりしているせいで見えないが、何かがあったらしい。顔を上げて確認しようとした瞬間、僕らは落ちた。

「いてて・・・」
「どこだここ」
「うわ、暗」

一応、どこかには到着したみたいだった。少なくとも屋敷の部屋ではない。床の穴から下の階へ逆戻りしたわけではないのだ、決して

「これキノコだ」
「こっちは花だ」
「コルラスと同調して見た景色と似てるっていうか・・ほぼそうだ」
「“常夜の空間”・・・例の疑似空間だな」

どうやらタスラがいる疑似空間に成り行きでたどり着いてしまったらしい。

「あれ?草かと思ったけど、木だ」
「小せぇな」
「変なとこ」
「存在してるのは現実世界のものだが大きさが違うようだ。花々は沈黙している、か。眠っているのとは違うな、疲弊しているようだ」

花の茎に触れてロッドさんが言う。その手にはもう弓も矢もなく、衣装も元通りだった。

「コルラスに確認を取れ。タスラとの合流が先だ」
「わかった」

コルラスに話しかけてみると、僕らが空間に現れた瞬間感知したらしい。大喜びで既にこちらへ向かっているようだ

〔キサラ今行くー! コルたくさん頑張るしたー!〕
(タスラを置いて来ちゃ駄目だからね)
〔タスラいるよー、一緒に走るしてる〕

 下手に動かず、待って居れば合流出来そうだ。その間この世界について分析が続く。主にイヴァとロッドさんが考察を並べ立てているくらいだろうか。僕も周りを観察することにした。知っている花や草が群生している。まるで森のような・・・

同調の正確さを思いがけず確認出来た。コルラスと同調したときそのままの静寂さ、匂い、似た景色だ。
シーラもここに居るだろうか?

「植物たちから返事が全くない。こんなことがあるとは信じがたいな」
「本当に夜みたいだな、星が見えねぇこと以外は」
「あの部屋の様子を見ればここの空間の正体も知れるというもの。星が見えなくて当然だな」
「確かにな」

イヴァをはじめ、ラギスやシュヒ、ナキアが取り掛かっても疑似空間としか把握出来なかった場所だ。その詳細がわかったのだろうか?
イヴァはああと納得したように頷いた。あの体勢で僕が何も見えなかったことを察したらしい。



「ここはな、“箱庭”だ」


 
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