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転移陣編
Lv.73 客室会議
しおりを挟む「あら、何の用かしら」
「報告があったと聞いている」
「お耳が早いこと」
協会の人間が二人程、ご機嫌とは言えない表情で客室へやって来た。揃って眉をしかめ、苦々しい顔をしながらシュヒを見ている。報告とはつまり、タスラの転移先についてだろう
「それで?こちらの予定を伺うこともなく、約束を取り付けたわけでもないのに突然部屋へ押し掛けたのですから相応のお話があるのでしょう?まさか詳しい話を聞きたいからというだけでこのような不作法をなさるわけありませんものね」
見ての通りお茶の時間ですの、と声をかけるシュヒの口調は普段より貴族然としている。視線だけ目の前の二人へ向けたまま口元を扇子で隠し、カップは放置されている。シュヒは普段使うことのない扇子だが、貴族の女性はお茶会や夜会でよく手にするそうだ。今は何故手にしているのか、こちら側から見ればよくわかった。
横目で見れば口角が上がり、ニンマリとしたそれは凶悪な笑みだ。目元を見るだけでも笑っていると判断は出来るが、まさかこんな顔になっているとは思わないだろう。二人は図星を突かれたのか若干の動揺と、バツの悪そうな顔をして目を逸らしただけで、シュヒの表情をそれ以上気にする様子はなかった。
「確認は必要だと判断した。早急な解決が望ましい」
「ええ、そうですわね。魔導具をたくさんつけたとはいえまだ幼い子供を安全が確保されているとは言い難い場所へ簡単に送り出してしまうのですもの、何か秘策がおありなのでしょう?」
「・・・・彼が飛ばされた場所についての情報を持っていると聞いた」
「あら?パドギリア子爵にお話しましたけれど、詳しくはお聞きになってませんの?」
「聞いたからここに来ている」
「一体何の為にでしょう」
「何故情報を持っているのか、それが正しい情報なのか、確認に・・・」
「お忘れかしら。わたくし、魔女ですのよ」
音を立てて扇子を閉じるとシュヒの口元が露わになった。先程までの笑みが一瞬で消え、無表情になると同時に目には冷ややかな空気が漂っている。
「何度も言ったはずですわね、私も協会の一員ですから警戒される謂れはありません、と。私たちが気に入らないと仰るのでしたら別の場所へ移られたらよろしいのではなくて?ここに拘る理由、あるかしら」
「それは、どういう」
「そのままの意味でしてよ。貴方たちがここへ来て一体何をしたと言うのかしら?折角与えた情報も、精査と称して調査開始を遅らせているのではなくって?停滞させるだけさせておいて大した成果も挙げられないのであればお帰りいただいてもよろしくてよ」
暗に邪魔だと告げた上でラギスに新しいお茶を頼む。振る舞いはあくまで優雅そのものだ
「・・・四人戻す。」
「お解りいただけたようで嬉しいわ。次から緊急でない限り約束を取り付けることね」
「生憎と貴族の作法を知らないもので」
「そう、貴方たちは貴方たちの法律の中で生きているということね。協会という組織を誤解しているようだけれど、誰かに教えていただかなかったのかしら、残念だわ」
「・・・・何が仰りたい」
「組織は国に準じるものよ。活動の場に合わせるのは常識でしょう?ああ、知らないようだから教えて差し上げるわ。パドギリア子爵、貴方たちよりずっと格上よ。貴族という階級の立場から見ても、協会内でも、ね。」
嘆かわしいこと、無知は罪ね。
そう言うとシュヒは扇子を振るった。風が起きたかと思うと二人は床へ転がる。
見れば黒い影が転がった二人を上から押さえつけていた。あれは一体なんだろう
「貴族が嫌いなのかしら。それとも人間?貴方たちが嫌うものは差別でもなければ世界でもない。自分たちとは『異なる全て』よね。庇護下にありながら上へ牙を剥くなんて躾がなってないこと」
「俺たちは協会の・・・!」
「半成にこんなことをするから人族というのは!!」
「差別・区別がお嫌いそうだからそれに習い正当に貴方たちを評価致しますわ。協会所属するに値する能力なし。重ねた失点を並べて差し上げましょうか。」
召喚から次々起きたことを挙げていく。目上の存在である子爵への高圧的な態度から始まり指折り一つずつ並べられるとさすがに自分たちの置かれている状況がわかったのか顔色が悪くなっていった
「協会幹部へ書類の転送は終わっているとのことですから、じきに必要な人員と共にこちらへ到着するでしょう。明日かしら、それとも今日かしら」
「これを解いてくれ」
「手厚い保護ならして差し上げてよ。貴方たちはもう役職に戻れないでしょうけど、元々大した地位でもないのだから未練もありませんわよね?」
「“常夜の空間”について、全力で調査に当たる・・・!」
彼らは半成だからこんなことをするのだと言っていたが、この光景には見覚えがある。シュヒは種族がなんだろうが嫌いな相手に対する扱いはこんなものだ。
「お忘れかしら」
「・・・お願いします・・・どうか・・・・」
「勘違いのないように言っておくわね。貴方たちは半成がどうのと言っているけれど、私が嫌いなのはあくまで貴方たち個人よ。種族や血のせいにしているのはどちらかしら?消えた半成の中に私の同行者は二人いるの。大事なお友達・・・拘るのは勝手になさい。けれどこういった失態を犯すのならば貴方たちはどんな種族であれ等しく無能と判じられるでしょう」
思想に囚われ先入観でしか物事を見れず、引っかき回すだけで使えない。そんなものは必要がないと断じる。時に嫌いな立場の相手でも笑顔で手を結び成すべきことを成さないのならば組織形態に合わないと。
「優先すべきことを弁えず、悪手を重ねる愚かさを知るといい」
乱暴に部屋から弾き出すと、ラギスが扉を閉めた。楽しげである。
「境遇のせいにして努力をしない、美しくないね」
「半端な権力を手に思い上がって怠慢、も加えておくといいわ」
「うんうん、君が無礼と不作法で怒る程狭量だったらテイザなんて今この世にいないだろうしね」
「ええそうね。私は生粋の貴族ではないもの、そんなところに拘りなんてないわ。それよりもどうかしら」
「今回のことで貴族相手に態度を改めなければそれは彼らの問題だからねぇ、本物のお貴族様に首を飛ばされても君のせいじゃないよ」
「・・・なんにせよ、これで一番面倒な仕事を回せたわね、私たちは私たちのやるべきことをしましょうか」
協会の末端である彼らはあまりこういった場所へ来たことがないのだろうと思えた。貴族に対しての態度は協会所属であるからこそ咎められなかったが、パドギリア子爵も困惑していたようだ。子爵の人柄、相手が身分に拘らないシュヒであったからこそ直ちに問題にはならなかったが、協会所属であっても貴族にあの態度でいつ不敬が過ぎると切り捨てられるかわからなかったのだ。
だからこそ貴族らしい小道具を用いて、部屋も整え待ち構えていた。貴族の恐ろしさは最初に知っておかなければならない。種族がどれであるかなど貴族には関係が無いのだ、不敬であれば処分される。
シュヒが挙げた協会側の失点だが、中には僕がやった事と似た内容が含まれていた。現状指揮系統の最高位にあるパドギリア子爵から頼まれてもいないのに作戦を立て、実行したことである。
しかし僕は表向き「集団について任されていた」という建前が存在している為大事にはならない。問題は立場である。今回の集団誘拐に関してはあくまで“貴族の領分”なのだ。
パドギリア子爵は貴族としての義務を果たす為動き、協会に協力要請という手段を取った。手を貸す立場なのであって、協会は出しゃばってはいけなかったのだ。助力の為召喚されていながら既に存在していた指揮系統に入ることなく別組織として作戦を強行、結果失敗。最悪である。
「失礼、旦那様がご到着されました」
「どうぞ」
通常、自分の屋敷であっても客室に人が滞在している場合貴族間でも約束などを取り付けるものらしい。貴族社会は大変面倒だ。事前に連絡と約束の取り付けがされたこの来訪は正しい手本というところだろう。
「まずはご客人であるシュヒアル様にここまでしていただくこと、感謝申し上げます」
「いえ、お気になさらないで。こちらの連れ合いも居るのですから」
「私が率先し解決させるべき問題でありましたが、協力を頂けるのですから頼もしい限りであります。これ以上時間を取らせるわけにはまいりませんので早速本題に入らせていただきましょう。無償で提供いただいた色硬糸については後程適正の価格で支払いをさせていただきますが、それとは別に調査費をお支払いいたします。今回はそのご相談に参りました」
貴族とは“管理者”の一面を持つ存在である。範囲を広げつつある今回の事件の対処を行うのは自然な流れだ。連れ合いを探すという領分を軽く超えてしまった為、正式に僕らを人員として雇いたいとのことだった。これによって全ての調査結果や僕らの上げた成果は子爵のものになる。同時に僕らが自由に動ける大義名分が出来、立場・権限の強化・・・庇護下に置くという意思表示である。つまりは協会末端の暴走から守ってくれるというわけだ
「報酬に関するご相談はまた後程。こうして来た以上契約以外にお話があるのでしょう」
「まだ憶測の域を出ない話なのですが」
そう前置きすると、貴族の視点から見た「半成が狙われた理由」を語り始めた
「誘拐が起きたとなればまず誰が動くと思いますか」
「自警団かしら」
「その通りです。自警団が最初に調査を開始、被害が大きい、または連続的に頻発しているとあれば領内に常駐する騎士団へ報告が上がります」
「そういえば、憲兵隊騎士に今回の件を相談した人がいたはずです」
「確かに聞きました。通常ならばその時点で騎士団は動くことが出来るのですが」
「今回は通常通りの対応が望めないということですか」
「ご存知の通り、対象は半成なのです」
「それが・・・一体何だと言うんですか」
僕が呆然として言葉を絞り出すとパドギリア子爵は目を伏せてしまった。感情を表に出すまいとしている姿に握った拳が震える
「半成相手に騎士団は動けないのです、キサラ殿」
騎士団を動かすには、弱すぎる理由なのだ。そう続けられて頭を殴られたような衝撃があった
「自警団は動くでしょう、何せここで暮らしてきた住民ですからな。仲間を攫われてどうして黙っていることが出来ましょう。しかし、騎士団はこの町の住民と密接に関わっているわけではないのです。半成が被害者とあっては・・・」
「それじゃあ、半成が狙われた理由というのは」
「恐らく、どれだけ派手に事を起こしても半成であれば誰も動かないと思ったのでしょうな」
助ける人間が居ない、邪魔が入らない。きっとそう考えられたのだろうと続ける
「・・・騎士団さえ動かなければ御しきれると思っているのでしょう」
「協会は、幹部が動くまでに時間がかかりますものね」
「だからこそ薄ら寒いのです。何をすればどこがどう動くのかをわかっているような動き、一子爵、そして協会の一部が動いたところで歯牙にもかけないでいられる自信。この先、衝突が起きるかもしれません。ただの調査では終わらない、騎士団へは応援も望めない・・・無事ではすまないかもしれない状況です」
パドギリア子爵はゆっくりと僕とシュヒの顔を見比べた
「それでも進みますか」
真剣な表情での意思確認に、驚いた。少なくとも僕には命じれば逆らうことなど出来ないのに、選択肢を与えるなんて。
「勿論、そのつもりですわ」
「僕・・・いえ、私も同じ気持ちです」
「・・・そうですか」
パドギリア子爵は一度大きく深呼吸をすると執事から書類を受け取った
「転移先に関して調査をすると最初に主張したのは協会ですから、彼らには彼らの望む仕事をしていただくとして、こちらは今から報告会といきましょう」
「何かわかったんですか?」
「実は噂の調査と並行して憲兵隊騎士にある要請を出していたのです」
「騎士が動くことはないはずでは」
「過去に起きた類似の事件はないか、と問い合わせること、これは半成と関係のないことですからな」
町の住民へ注意喚起をするという観点から必要と主張しました、と朗らかに語られた。噂に関して使用人を使っていたので他へ任せるしかないよね、ということらしい。ナキアが疑似空間で言っていたことは既に大体こなしていたのだ。もちろん通常業務も抜かりはないらしい。
「今回の手口で行われた事件は、少なくともこの辺りの地域では確認されていないとか。領内の他貴族が治める地域及び他領にも注意を呼びかけると同時に類似事件の有無を調査してもらっているところです」
「魔法使用による誘拐ですもの、対象が何であれ他は慌ててるでしょうね」
「極めて特殊な事例ですからな、情報は早いでしょう。それから不審な人物についての調査ですが、これは町民たちがあたっています」
「協力を願い出たのですか?」
「集団を操っている者が居ると言ったまでです」
不審な人物を見つけ、これを報告することで不気味がっていた集団が町から消えると思わせたようだ。間違っていない、間違っていないけどそんな笑顔で言われると町民が騙されている気分になるのは何故だろうか。
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