ロルスの鍵

ふゆのこみち

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転移陣編

Lv.68 奪還計画、開始

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「いいかキサラ。魔法ってのはな、所詮頭の中から生み出されるもんだ。想像力を越えた範囲で展開出来るもんなんざ一つもねぇ」

 ただし、詠唱や魔法陣に頼る場合はその限りではない。とのことだ。


 朝食後、魔法の実戦練習をするために庭へ降りた。協会から現れた九人はシュヒを追いかけて町へ出たので、この場には居ない。
シュヒは魔法や魔術使用の形跡がないかを調べに、九人はそもそも「魔女」を信用していないと宣い、監視と称して尾行を開始した。本人がそうなるよう仕向けたのもあって、動きは筒抜けなのだが。

「今日は何すんだ?」
「僕とコルラスは風属性の魔法について、かな。幅を広げようと思って。そっちは?」
「俺指導の下タスラの特訓だ。具体的に言や、物体浮遊の精度を上げる」

 今までは堂々と精霊魔法を展開出来たのだが、あの九人の前ではそうはいかない。戻って来るまでの時間を加味して動かなければならなかった。

「何かを模して魔法を展開すんなら、構造を理解した方が良い」

 そう言ってイヴァが掌を前に出すと、小さな炎が浮かんだ。続いてこれを覆い隠す様に左手を翳せば、次の瞬間には炎が剣の形になっている。
ウサギによく似た小動物が剣片手に弁を振るう姿は、何とも締まらない。せめて声に見合った姿であれば、視覚から受けるちぐはぐな印象もなく話に集中出来たのに。

 ともかく助言を一つだけ受け、それぞれが練習に移った。
僕とコルラスはひとまず、少ない言葉でどれだけの指示が通るかを確認する。

「風檻」
「あいっ」
「足場」
「あいっ」

 一口に風属性の魔法と言っても、用途や目的によって随分と勝手が違う。助言にあった構造の理解についてはひとまず置いておくとして、場面ごとに変化する風の速さ、流れ、影響の及ぶ範囲を見た。
 風檻には速さが重視されるためか、鋭い印象を受ける。対して空中に起こした風を足場とする場合は、弾くのではなく押し上げる働きのため、柔らかい印象だ。
どちらが展開している最中でも、少し離れれば風の影響はない。対象指定から外れると、属性付加でもされていない限り周囲へ影響は出ないと見て良いだろう。

 一通り確認し終えたので、今度はタスラの浮遊魔法を見学させてもらうことにした。
練習用に用意されていたのは、蓋が分かれた木箱。

「まずは箱を浮かせてみろ。次は蓋だけだ。それが出来りゃ今度は箱と蓋を同時に、高度を変えて浮かせろ」

 複数の対象指定と、同時に行う別動作の練習らしい。浮遊魔法での物体移動と並び、それなりに難しく高い技術が求められる。……はずなのだが、タスラは何度か失敗しただけですぐに成功し、覚えたようだ。

「よし、こんぐらいで良いだろ。次だ次」

 イヴァの考える及第点には充分達したということで、今度は客室へ移る。ここからは、所謂座学だ。


「形式様々な精霊魔法だが、まずは契約を交わして力を得た場合について説明すんぞ。簡単に言や、キサラとコルラスがこれに該当する」

 本来何日かに分けて学ぶべきことなのだが、協会からの無茶な要求を受け急きょ詰め込む形になった。相手が魔力的干渉を行うことから、必要最低限の知識が無ければ自衛すら出来ないと判断されたためである。

『出来る出来ないに関わらず、事前に魔法関連の知識を得た方が良い。対処や扱いをより多く知る状態であれば、不測の事態にも対応出来よう』

 とはナキアの言葉である。展開可能な範囲について学ぶことは自身の行動を決めるが、それ以外を知れば相手の行動予測に役立つ。
一見タスラには必要がないように思える話から入ったのも、そういった理由があってのことだ。

「キサラがコルラスに指示を出す形で成り立ってるわけだが、ここに正確さが求められるってのはわかるな? 風檻、だったか。ありゃ牢に入ってた期間があったからこそ正確に再現出来たもんだ。これは『構造・設計についての理解』ってより『視覚的再現』に当たる」

 ごく小さな炎が、僕らの風檻を再現する。つまりここに構造の理解などまるでなく、表面上の模倣に過ぎないということだ。

「以前お前らの作った檻に炎をやったろ? ありゃ属性付加っつって、武器に対してやんのが一般的だ。それで攻撃力が増す」
「術式として最初から複数の属性を織り込むだけじゃなくて、後付けも出来るってことだよね?」
「そういうこった。属性の付加は文字通り既存の物質や魔法・魔術に対し干渉、性質を加えて変化させるもんだ。覚えとけ」
「えっと、キサラたちが連携すれば魔法属性が合わさることもあるとは思うんだけど、相手が一人の場合は一個の属性を警戒していれば良いのかな」
「術式として構築済みの魔法陣を発動、もしくは属性付加による後付けでなら複数の魔法属性が合わさっていても不思議はねぇが、咄嗟の魔法で属性が混ざるなんざ聞いたこともねぇ現象だ。敵が単体の場合は固有属性を一つ把握すりゃそれで充分だろ。言ったように魔法陣には気を付けろよ? ありゃ何の属性持ってようが関係ねぇからな」

 あり得ないと断言しない辺り、無いとは言い切れないのだろう。
同じ属性を持っていても、展開可能な魔法はそれぞれ違うという前提を踏まえれば「出来るかもしれないし、出来ないかもしれない」という曖昧さがあるのも頷ける。

 「詠唱」は魔法陣と同じで、かつては文言さえ知っていれば共通の魔法を使えたのだそうだ。人間界でも、魔女たちが詠唱を共有していた時代があったらしい。
しかし誰でも使えるものではない上、魔力的干渉の行える人種は迫害され続けていたことを背景に、長い歴史の中で廃れ、失われてしまった。

 では魔界の方ではどうなのかといえば、人間界とは全く異なる理由で失われている。
古くは同じ詠唱を共有していた魔物たちだったが、魔族の一部が魔法陣を秘匿するようになると同時に自由な文言を唱えるようになる。

 こうして両世界で共有されていた詠唱の使用頻度は減少し、姿を消していった。
迫害のあるなしに関わらず、誰もが扱える魔法は物体浮遊しか残らなかったのである。

 以上がシュヒやラギスから聞き出した詠唱の歴史だ。

「昔は詠唱一つありゃ理解や再現、想像なんてもんは必要なかった。神剣でさえ正しい文言を唱えりゃ生成可能だったぐらいだからな」
「えっ?!」
「無から有を得る。お前らの檻はあくまで風の流れに形を持たせたってだけの話だろ? 時代が時代なら、瞬時に檻そのものが出てたってことだ」

 神殿さえ詠唱一つで建った時代があったらしい。全く意味がわからない。

「過分な能力だったんだろうぜ。単に失ったんじゃなく、封印されたのかもしれねぇな」
「それは、いつの話? どうしてイヴァが知ってるの」
「さぁな。俺について理解を深めてる時間はねぇはずだぜ、キサラ。続きだ」

 話題は風檻に戻る。僕らは、風で檻を再現した。それはあくまで一定の風量を循環させていただけで、明確な物質として実体を持たせたわけではない。何せ解除すれば何も残らないのだから。
 イヴァが作り上げた剣ですら、炎に形を持たせただけなので効果の程はわからない。しかし詠唱さえ知っていれば、属性に拘らずありとあらゆる物質を生み出せる。

「“創造魔法”……」

 人が何かを作るとき、必ず材料がなければならない。妖精だってそうだ。魔導具を作るときには素材が要る。
なんでも物を出せるナキアの疑似空間だって、仮想なのだ。やり取りした手紙を持ち出すことは出来ない。

「コルラスは元々実体のない精霊魔法であり、妖精だ。契約を介してこの世界に質量を得たが、まぁせいぜい契約者に触れられる程度でしかねぇ」
「それでも結構な魔法だと思うんだけど」
「ああそうだ。“契約”ってのはな、干渉する力そのものだ。誓いは世界に刻まれる言葉となり、魂を縛る規定となる。決して反することの出来ない絶対的な強制力を持った、ある種の呪いってわけだ」
「え。する前に一言言って欲しかった」
「諦めろ、コルラスの場合授けられた時点で関係ねぇ。が、条件は重要だ。契約を持ち掛けられても自分が主になれないってんなら断れ」

 一番重要なところをサラッと流したイヴァは、最優先事項であるタスラの指導に戻ってしまった。

「タスラ、お前には属性を付加させるだけの力はねぇ。微弱過ぎて属性があるのか、無属性なのかすら俺には判断がつかねぇからな。現状お前の使える魔法は物体浮遊ただ一つだ」
「うん。悔しいけど、そうだね」
「いいか、相手が何度も機会を与えると思うな。一つの魔法につき、通用するのは常に一度きりだと思え。展開中は集中を途切れさせるな」
「わかった」
「魔法にも得手不得手はある。お前の思う最良で、適した形を求めろ」

 問題は、それを見極めるだけの準備期間がないことだ。途方に暮れた様子で項垂れるタスラに、イヴァは微妙な表情をした。
魔導具一つ押し付けられ、どんな危険があるとも知れない場所へ放り出される。心なしか表情には緊張と、疲労や焦燥が浮かんでいた。





 昼食を取ると、すぐに呼び出された。
広いとはいえ流石に執務室であれやこれやと行うわけにもいかず、関係者は全員が庭に出てタスラを囲む。

 旦那様は持っていた指輪型の魔導具を手渡し、可能であれば御伽ノ隣人フェアリーテイル・ブック召喚を、と考えているようだった。上手くいかなかったときの保険として、ファリオンさん捜索に追加で人を出す。

「無理だと思ったら、無茶をしないで僕らを待ってて」
「キサラが心配するようなことはしないよ」

 自ら危険を招くような行動は控える。それだけの思慮深さはあるとわかっているが、どうにも心がざわついた。

「色硬糸は、糸のままだと結界の効果は得られなかったみたい。イヴァが言うには、糸と糸が触れ合っていないといけないって。だから、これを」

 糸を結い上げて紐にしたものを持たせた。端と端を合わせなければ効果が出ないようなので、転移陣の術式を阻害することなく移動出来る。

「危険を感じたら必ず結界を張ってね。こっちはシーラの分」
「合流出来たら必ず渡すよ」

 タスラに課せられたのは状況を把握するための材料集めであって、被害者の救出ではない。シーラとの合流についても楽観視はしていないが、予備だと言って渡すよりは余程良いだろう。

「魔導具の説明をするので、タスラくんはこちらに」
「はい」

 さりげなさを装って、タスラの鞄に手を添える。腕から移り、中へコルラスが隠れた。
妖精の同行については提案をすれば通ったのかもしれないが、秘密にしておいた方が良いという方向で意見が一致したのでこの通り、緊張の一瞬だ。

(タスラを頼んだよ)
〔任せる。コル、タスラ守るするよ~!〕

 これで万一視覚共有の魔導具が作動しなくても、僕だけはタスラの様子がわかる。
僕らは協会のやり方を認めても、納得はしていない。だからあらゆる保険をかけ、複数の計画を立てた。指揮系統から外れてしまったのは、所詮部外者だと発言を聞き入れてもらえなかったのが原因だ。

 とはいえ、協会主導の計画を邪魔するつもりはない。あくまで考慮されていなかったタスラの安全を、僕らが勝手に確保しようとしているだけだ。

 数ある想定を重ね検討して備えたものの、万全とは言えないこの状況。呼び止めたい気持ちを必死に押さえる僕の足元に、ナキアが寄って来た。
足の上に片手を置いた黒猫が、こちらを見上げる。猫の表情などわからないが、なんとなく慰められているような気がした。

「ナキアは、今回の件をどう思う?」
〔……何者かが転移陣を使用しているのは確かであろうな。術者が姿を見せないということはどこか安全な場所に居るはずだが、素性を隠そうと慎重になっているのか単に臆病者や横着者であるかは判別がつかない。術式を見ればそれなりに得るものもあるだろうが〕
「それなら、一緒に見送ってくれる?」
〔ああ。ここに居よう〕

 イヴァにナキア、ラギスやシュヒが様々な角度から転移陣の術式を見る。魔法や魔術に精通している四人が意見を交換するのだと思えば、心強い。

 けれど。

「一体どれだけ手間取っているんだ」

 苛立たし気に呟いた一人に、他の八人も同調した。彼らは、この状況に何の疑問も抱いていない。
関心を向けるのは、常に自身が優位に立てているかどうかだけ。

 タスラがもし動物種の半成だったのなら、手厚く保護されていたのだろうか。まさか協会に所属していなければならないという条件があるとは思えないが、だとしても僕らが同じ人間には見えないのか。

 準備が終わったと合図があり、たまらず駆け寄った。

「気を付けて、タスラ」
「大丈夫だよ。きっと、シーラも」

 もどかしい。九人の無神経な声が苛立ちとやるせなさを募らせる。

「信じて」

 鞄から取り出されたぬいぐるみ。タスラを守る、簡易的結界。
僕がそれを受け取ると、差し出された腕が僅かな震えもそのままに離れて行く。

 追いかけようとした指は空を切り、耳には「行って来ます」という響きだけが残った。



 無情にもこの瞬間、半成奪還計画は開始されたのである。




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