ロルスの鍵

ふゆのこみち

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盗賊の街編

Lv.140 行く末

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「報告書、なんて書こう」

 連続して放たれる魔法とそれを遮るようにして構築された氷。枷と鎖の端が当たり、カシャンと高い音が鳴る。突き出た氷の隙間から飛び出したシュヒが拳を振りぬくが、断頭台から飛び降りたジェティさんが拳骨を入れる方が速かった。

「この悪ガキ共、今までどこほっつき歩いてたんだい」

 ゴン、という音と共にその場へしゃがみ込んだシュヒとジェリエくんは、上目遣いにジェティさんを見ている。その表情は痛みと驚愕で歪んでいるが、腰に手をやり立ち塞がる彼女には何も言えないようだ。
 突然の出来事に困惑の顔が並ぶ中、ただ一人ラギスだけがお腹を抱えて地面を殴っている。この光景がお気に召したのか、ひぃひぃと引きつった声まで聞こえて来た。

 沈みかけた夕日の中、砕け散った氷が舞いキラキラと輝く。もしも今立っている場所が断頭台でなければその美しさに感動し、打ち震えていたかもしれない。
しかし悲しきかな、現実は処刑場だ。夕焼けは真っ赤な血、輝く氷の破片は犠牲者の涙を思わせる。
正直今すぐにでもこの場を後にしたい。

 幸いにも盗賊団ゲンデンは捕えられ、それを操っていたであろうデンバリッテ子爵も拘束された。ジェティさんの処刑も回避出来、プレニも今頃酒場に到着している頃だろう。
まだまだ問題は残るものの、一つの区切りとしては充分だ。これを以って解決としても、良いだろう。

「ジェティさんを視察部の人間だ、なんて言って大丈夫だったんですか」

 貴族相手に堂々と言い放って、後々問題になったりしないんだろうか。説教している彼女を見下ろしながら、そんなことを聞いてみた。

「ある程度信憑性のある話になっているかと思いますが。現に盗賊団ヴェロデスは、捕縛部の権限を持って盗賊団ゲンデンを捕縛しています。それに一体、誰が信じるでしょうね。ただの盗賊が騎士に協力するなどという戯言を」
「……どこまで見越してのハッタリだったんですか?」
「彼女が処刑場に足を踏み入れた時点で、本来私たちに出来ることは何もありませんでしたよ。要は勢いですね、結果的に収まり良く行きました」

 あたかもその場の思い付きで乗り切ったかのように言っているが、弁護人としての立ち回りがそれを否定している。事前に用意していなければ、衣装も小道具も手に入らない。
つまり、ダルコスタさんの中には幾つかの想定があるのだ。後付けされた強引な言い分でも不思議と辻褄が合うのは、そのため。

 処刑場へ集った騎士たちに目を向けた後、ダルコスタさんに視線を移す。顔を見れば胸に手を当て、一つ頷かれた。いつの間に手配していたのだろう。

「あの騎士団は以前からモンドレフト伯のご令嬢を捜索していたので、関所へ規制がかかった時点で通達が行ったようです。元々街に向かっていたんですよ」
「それがどうして処刑場に?」
「いくらバゲル騎士の戦闘階級が高いとはいえ、単騎で私兵たちを凌ぐのは至難の業です。少し細工をさせていただきました」

 令嬢本人が現れたので誤魔化す必要もなくなった、と大変満足気である。
そもそもは僕が意図的にプレニとシュヒを混同したから騎士団が動いていたのだ。あまり追及しないことにする。

「盗賊団ヴェロデスの解体には賛同します。しかし、キサラさんからは一部の事実を隠蔽しようという意図を感じました。違いますか?」

 僕が解体を申し出た意味をこの人は正確に理解している。誤魔化しが効かないのは嫌と言う程わかるので、渋々口を開いた。

「彼らの怒りは正当なものだと思います」
「あくまでそれは、キサラさんの主観に基づくものです。法と秩序は、彼らを許さない」

 原因や動機が何であれ、人から奪う行為は許されない。僕はそれを有耶無耶にしてしまおうとしている。
だからダルコスタさんは先手を取った。彼が権力に近しいところに立っているということを、まざまざと見せつけられる。

「活かす方法はいくらでも。母体はそのままに視察部・捕縛部・管理部と連携を取らせることも可能です」

 先んじて数名を視察部として登用すれば、ヴェロデスは正式に権限を持つ公的機関になる。流石に盗賊団を丸ごとそのままにしておくのは問題があるので、一部を切り崩して管理部に合流させるそうだ。これがダルコスタさんの言う、解体である。
盗賊団の頭目であるジェティさんの上には憲兵隊が据えられるが、命令を下せるのは直属の上司である視察部・首席だけ。……随分と、具体的な話だ。

 恐らく、ダルコスタさんは先程の発言を嘘で終わらせる気が無く、その準備も終えている。

「業務内容は変わらず。つまり憲兵隊であるという事実が前後しようとも、結果や過程は変わりません。強いて挙げるのならば組織形態と責任者が違いますが、違和感を覚えるのも最初の内だけでしょう」
「それは、」
「大義名分が重要なんです、キサラさん。正義というのはいつの時代も耳障りが良い。そして大衆は、いつだって暴力的なまでに気まぐれだ」

 正しさは間違いの数に負けることもある。しかし進んで行う間違いは、圧倒的な「悪」なのだ。
咎めるような言葉だったが、眼差しに厳しさは無い。労わるように接されてしまえば、頭が冷えて行った。
僕は、何もせずには居られなかったジェティさんの気持ちを推し量る間もなく、ただ納得してしまったのだ。彼女にはそれをするだけの権利があると。
 苦悩に葛藤、悲しみや憎しみは想像するまでもなく痛みになる。だというのに癒えることはない。傷はそのまま捨て置かれ、新たに増えても耐えるしかないのだ。
歯を食いしばって、血を飲んで、拳を握って、涙しても動かないままいなければならない。それが法と秩序に定められた正しき姿。報復と復讐を取り上げられた人間の姿だ。
だから、僕は……。

「守りたかった」

 口を開いたのはダルコスタさんだ。いつの間にか項垂れていた頭を緩く上げれば、表情の無い男の顔がこちらを見ていた。

「貴方は卑怯なことをしてでも彼女たちとその尊厳を、守りたかったんですね」

 そんな立派なものではない。
良いじゃないかと、思ったのだ。多くの人間が、ヴェロデスの行動によって救われている。それでいいじゃないか。その手段には目を瞑って、蓋をした。
先に手を出した方が悪い。これは因果応報だと指差して。

「血を吐いてまで正しく在れとは言いません。私も聖人ではありませんから、今も打算でここに居ます」
「ダルコスタさんは盗賊団に、利があると」
「言ったでしょう。大義ですよ、キサラくん。掲げるものが高潔だと思えば人は、殺しすらも厭わない」

 本当にヴェロデスが憲兵隊の一部になるとすればそれは、寛大な措置のように思える。けれどそこには選択肢も自由意思もない。強制された正義は、義務だ。
復讐も正義も、義務に成り果てた。始まった以上は終われない。

 マリーナと町を出た、「彼」と同じ。

「キサラくん、貴方の守りたかったモノをお預かりします」

 この先は手の出せない領域だった。一つ頷くことで了承を示すが、ダルコスタさんの行いに僕の許可など必要ない。
これが正しいことだったのか、結果が出るのは遥か先の未来になる。

「僕のモノではないけど、酷い目に合わせるようなことがあったら奪いに行きます」
「奪わずとも返しますよ。それだけの権力をお持ちになっていたのなら、いつでも」
「……無理じゃないですか」
「出世してください。ああ、これは貸しですよ」
「えっ」
「保釈金、肩代わりしておきますので」
「ええっ!?」

 何なら皆さんで払っていただいても結構です。なんて言いながら下へ降りて行く背中を見届けた。
今、何もされていないのに首が飛んだ気分だ。
貴族って怖い。

(どうしよう、借金だ)
〔なんで他人の保釈金なんざ払うんだ〕
(僕がそう望んだから、かな。あれ、ジェティさんごと憲兵隊の視察部として登用するんじゃないのかな。お仕事するなら別に解放してくれたって……)
〔そもそもアイツに決定権なんてあんのか〕
(どこかに承認をもらうんだよ、多分。絶対そっち方面に知り合いが居るはず。じゃなきゃ決定事項みたく言わないよ)
〔随分信用してるようだがな、今の見てくれはどうだ。上から下まで嘘の塊だろうが〕

 た し か に 。
ダルコスタさんは法の人間ではないはず。だというのに弁護人の恰好をして、それに偽名、イパスって最早誰なのか。
あの様子だと彼は他にも偽名を持っている。第五王子殿下の側近で居るにはそこまでやらないと駄目なんだろうか。なんて大変な職場だろう。
 仕える相手は王族だから、無茶な要求があるのかもしれない。考えて見れば別の職業を装うというのはかなり無謀だ。特に専門職ともなれば、知識だけではなく経験も居るだろう。
僕の場合は神官見習いを装っているが、形にするまで苦労したものだ。尊敬の念を込めて見るべきかは、悩みどころである。

「キサラ」
「あ、兄さん」

 下へ降りると兄さんが立っていた。身に着けているのは訓練用の古い鎧で、旧式の意匠が全く似合っていない。
本人も早く自分の装備を返して欲しいとボヤいたが、残念ながらシュヒは現在もお説教されている。しばらく要求は通らないだろう。

「兄さんたちは今までどこに?」
「俺にもよくわからない。自称美少年に聞いてくれ」
「自称美少年って、ジェリエくんのこと?」
「そうだ。見てろ」

 ジェリエくんの真似なのか、顔を示すように顎へ指を滑らせ「美少年」と言い放つ。思わず噴き出したイヴァに釣られて笑っていると、そろそろ引き上げようと声がかかった。辺りはもう夜である。
騎士団が後のことをやってくれるというので、僕らは神官宿舎へ戻った。





 神官宿舎では新たに六部屋が整えられ、それぞれにバゲル騎士、バノさん、シュヒ、ラギス、兄さん、ジェリエくんが入ることになった。急遽これだけの人数が加わっても問題の無い部屋数に、滞在先がここで良かったと心底思う。
特に夕食の席で並べられた料理の多さに、大所帯になったという実感が湧いた。

 食堂に入り、向かって右側。奥から順にバゲル騎士、シュヒ、僕、シーラが座り、同じく左側、奥からファリオンさん、兄さん、ジェリエくん、タスラ、バノさんが着席した(ラギスは食事を摂らないので給仕役に徹している)。
 「エネ」と「コフィ」の二人がかなり険悪な様子のため、空気が重い。タスラはやっと宿舎に戻って来れたところなので経緯を知らず、戸惑っていた。

「さ、どうぞ冷めない内に」

 流石はバノさん、料理しか見えていない。促されるままに手を伸ばし、とにかく食事を楽しむことにした。
入っている食材や調味料の話題を皮切りに、ほぼ無音だった食堂に光明が射す。比較的空気も緩み、息苦しさのようなものもなくなった。

 ジェティさんが居ない状況で二人がまた衝突したらと不安に思っていたが、拳骨を喰らった後からは揃って大人しい。この調子で何事もなく過ごせますように。

「ダルコスタさんが言うにはジェティさんが脱走したと疑われたり、最悪の場合罪をでっち上げられる可能性があるらしいです」
「それで牢舎に戻ったんですか。しかし危険では? 二度目が起きないとも限らないでしょう」
「ああ、それなら大丈夫です。警備が付くことになったので」
「警備というと、例の騎士団ですか。交渉はバゲル騎士が?」
「交渉と呼べる程のものではないがね。シュヒアル嬢の護衛を私が引き受ける代わり、盗賊団ゲンデンの移送と貴族連中の取り調べ、牢舎の警備などを任せた」

 一見バゲル騎士が楽をしているようにも思えるが、実はそうではない。
これまで多くの騎士たちがゲンデンに煮え湯を飲まされてきたが、今回街へ来た騎士団などはまさにその典型だった。
役立つ情報を一つでも引き出せれば充分内外に誇れる成果になる。やる気も意気込みも段違いなようで、むしろ盗賊たちの身柄を一時預かりにしたバゲル騎士に感謝すらしているようだ。

「デンバリッテ子爵を始め、神官派の貴族たちは皆屋敷で謹慎中だ。問題はドッシュバル男爵だろう」
「もしや容体が?」
「いや、順調に回復している。医院に運び込まれた後、無事に目を覚ましたのだが……」

 腹部の脂肪が厚かったおかげで傷は内臓に達することもなく、出血こそしたが安静にしていれば問題ないと診断が下った。

「一度様子を見に行ったが、尋問どころか会話すら出来ない状態だった。食事には全く手を付けず、何をしても反応がない。ただ目を開き、呼吸をしているだけのようだ」

 盗賊団ゲンデンの男を殺し役人を買収。北門も彼の指示で開かれたとされているが、どれも決め手に欠ける。
買収された役人はドッシュバル男爵の名を口にしてはいるものの、本人と直接のやり取りをしたことがなく顔すら知らないと証言した。これでは証拠にならない。

「男爵は荷馬車の話を耳にしてから様子がおかしくなったそうだ」

 プレニを乗せていた荷馬車には火が放たれ、転移陣ごと燃えてしまった。
酒が積んであったせいか炎の勢いも強く、瓶も溶け後には炭と灰しか残らなかったそうだ。
 馬車が燃え尽き、中に積んであったものは何一つ形を残していなかったと告げられ、男爵は表情を失くし動かなくなった。
その様子から何か重要なモノが積んであったのではないかという話だが、問いかけても未だに返事は無い。

「ごめん、プレニを連れ出すときにちゃんと調べておけば良かった。その、馬車は動かせないようになっていたから少しくらい置いても大丈夫だと思って」
「タスラのせいじゃないよ。その場に残ってたら火事に巻き込まれていたかもしれないし、すぐに離れて正解だったと思う」
「そうですね、無事で何よりです」
「しかし気になるな。印象に残った物などはなかっただろうか」
「馬車の中はどうだった?」
「うーん……、木箱がたくさん積んであって、真ん中辺りにプレニが居たかな。他は……よく見てなかったからわからない」

 傍で聞いていたバノさんは驚いたように目を丸くした。誘拐の件は知っていたが、タスラが救出のために動いていたとは知らなかったらしい。
感心したように息を吐き、タスラを褒めた。

「以前も誘拐が起きたけど、そのときとても活躍したって聞いたよ。すごいな、今回もだったのか」
「あー、うん、でも前のはかっこよくいかなかったよ。怪我もしたし」
「いいやすごいことだ。誰にでも出来ることじゃない」
「バノさんだってすごいよ。これとか美味しいもん」
「そうかな。ふふん、実は最近料理長とは別の方に弟子入りしたんだ。味と食感がちょっと、まぁうん、及ばないが。……概ね教え通りさ!」
「弟子入りかぁ。僕もしてみようかな」
「タスラくんは何を?」
「えっと、僕はモノ作りが好きなんだ。でもこれって決まってるわけじゃなくて、いろんなものを作りたい」
「そうだったのか。何か作品はあるのかい?」
「今持ってるのは楽器くらいかな。僕一人じゃなくて、キサラと一緒に作ったものだけど」
「楽器! すごいじゃないか」

 タスラが言っているのは恐らく、木製の気鳴楽器のことだ。木を削って管を作り、側面に穴を空けたもの。茎や葉も織り込んでいるから手作りにしては見栄えのいいものになっている。
 庶民が手に出来る楽器と言えば草笛か、木製で自作出来る気鳴楽器ぐらいだろう。いつかは弦楽器も作ってみたいと目を輝かせるタスラの姿に、こちらまで夢が膨らんでくる。
いつか魔導具や陶磁器を作ってみようと約束したことも思い出し、僅かに落ち込んでいた気分が浮上した。

 それまで険のある表情をしていたシュヒも、ずっと無言で居たジェリエくんも徐々に話へ加わる。まだ直接話すことはないが、時間が解決してくれるかもしれない。

「ああそうだ、シーラさん。明日は常駐の神官に会う予定なので、準備していてください」
「はい、わかりました」
「そういえば儀式の方はどうですか?」
「そちらはまだ何とも。実は、川の件で動きがありそうなんです」

 学者と魔術師協会が主導している川の調査だが、ついに進展があるようだ。
これを聞いたタスラは川、と呟いて一度首を傾げ、「あっ」と声を上げた。

「プレニが言ってたんだけど、上流付近にものすごくでかい氷があるんだって。そのせいで水がここまで流れて来ないんじゃないかって、鳥たちが噂してるらしいよ」
「それ僕がやったやつですねー」
「「「えっ」」」

 ジェリエくんへ視線が集まる中、気まずげに口を開いたのは兄さんだった。なんでもあの川、上流に毒が溜まっているらしい。

「瘴気溜まりが出来てるみたいなんだが、正確な数が特定出来なくてな。調査を頼もうにも魔術師協会には軽くあしらわれて、仕方なく魔法で応急処置をした」
「恐らく聖魔塔の怪物のせいだな。しかし魔術師協会全体が熱を上げていた中央塔も、既に崩壊した。瘴気溜まりの調査ということならば次はすぐに受理されるはずだ」
「どうして今まで氷の存在が明らかにならなかったのかしら。川には随分前から異常が出ていたのでしょう?」
「誘拐に際し規制が張られたので街への出入りが容易ではなかったのです。学者を装えば簡単に出ていける状況では困りますから、調査は停滞していました。ほぼ中断と言っても差し支えありません」
「そうだったの。このところ結界内に籠りきりだったから、近況が把握出来ていなくて」
「何にせよ、これなら儀式前に全て片付きそうだな」

 険悪な雰囲気から一転、和やかに夕食が終わった。
食後にタスラの演奏を聞き、久しぶりに寛ぐ。冬の間しばらくは宿舎に留まることになるので、長い休みが取れるだろう。

 そう、思っていたのに。


「儀式が、開かれない?」


 ドッシュバル男爵が、一つの証言を出した。


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