ロルスの鍵

ふゆのこみち

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盗賊の街編

Lv.124 揺るぎないモノへ

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 昼を告げる鐘が鳴ったことでようやくファリオンさんから解放された僕たちは、買い出しから戻ったタスラやシーラと共に昼食の準備に取り掛かっていた。
ウィバロやコルラスも手伝ってくれるので出来上がりはあっという間だ。肉の処理に関してはイヴァが進んで火を通すので、薪を用意する必要もない。

 一階の食堂に皆が料理を並べている間、中庭の井戸から水を汲む。
横で手元を覗き込んでいたコルラスを見て一つ気になった。

「魔法属性って結局のところ何なの?」
「唐突だな」
「コルラスは風を操るけど、風なら火とか水とかも自由に動かせる気がして。浮遊魔法と風属性の魔法って何が違うんだろう」
「そんな似ちゃいねぇが、まぁ理解を深めりゃ魔法の幅も広がる。でもな、飯を食うのが先だぜ」

 早くしろと促されて渋々従う。
食堂まで水を運び入れると、既に皆席に着いて僕を待っていた。
 そういえば、珍しい香辛料が手に入ったと言っていたような。嗅いだことのない匂いに食欲をそそられる。
僕が席に着いたことで食事が始まった。

「美味しい」
「これ、安く手に入ったんだよ。流通が回復したばかりって言ってたけど、ここはあまり影響を受けてなかったのかな?」
「商品を安定して確保出来るようになったのかもしれませんね。見たところ、古くなったものを安価で捌いているようでしたから」

 以前町で食材の値段を確認したときはジワジワと上がっていたが、ここでは高く設定しすぎたせいで出し惜しみの形になり、逆に多く商品を抱えた可能性がある。
品薄の直後であれば高い値段でも手に入れただろうが、切迫した状況が緩和した今そのままの状態だと当然売れない。
 祭りに併せて多くの商人が品を引っさげ街を出入りするため、外から大量に物が入って来るはずだ。
多すぎる物は価値が下がり、抱えているだけでは利益が出ない。安価で出した方が処分より安上がり。とくれば、消耗品は今が買い時か。

「今度こそお留守番をしていてくださいね」

 氷夜ひょうや。ファリオンさんから留守番を言い渡された。
従者役のタスラとシーラはファリオンさんに付いて、シュヒとの合流を図るため街へ出る。
コルラスは宿舎に置いて行くらしい。それも僕らの監視役として。

「ちょうど良かったじゃねぇか。魔法の話でもしようぜ」

 再び中庭に出て井戸の前に立つ。
浮遊魔法や風の魔法で水が操れるのか、試すためだ。

「水を自在に動かしてぇのか?」
「うん」
「なら、まずは浮遊魔法で水を動かしてみろ」

 井戸の中を覗き込み、中にある水を指定。コルラスの浮遊魔法で持ち上げた。
しかし上手く行かない。
一応持ち上がりはするのだが、少しの量を残して端からバシャバシャと落ちていった。
 次は風で持ち上げろと言われ、気持ちを切り替える。
けれど浮遊魔法と同じで上手くいかない。それどころか持ち上がりすらしなかった。
パシャンと跳ねるだけの水を見て呆然とする。もっと簡単だと思っていたのに。

「あれ、水を扱うのってこんなに難しかったっけ」
「扉を開いたときゃ全ての属性がお前に従ってたな。特別な条件、特殊状況下ってやつだ」
「イヴァは知らないだろうけど、疑似空間でも水の魔法が使えたんだよ」
「例の夢か。現実じゃねぇだろう、それも」

 確かにそうだ。
今まで水の魔法を使ったのは二回。水は自在に動いていたが、今は宙に浮かすことすら難しい。これが属性の違いなのだろうか。

「意思を持ったように操ったり放出したり、は出来ねぇ。だがまぁ見てろ」

 うわ、と声を上げて後退る。とんでもない量の水が持ち上がってまるで柱のように噴き出してきたのだ。
当然それをしているのはイヴァなのだが、炎の属性しか使えないはず。
 驚いた僕にニヤリと笑って、桶を水で満たすと残りは井戸に戻していった。
あまりにも簡単そうにやってのけるので、更にわからなくなる。

「移動程度ならお前の言う通り浮遊魔法で可能だぜ。風でも出来るだろうが、どうだ?」
「想像することが大事だっていうのはわかるんだけど、僕はもう既に水を動かすっていう想像はしてるから、出来ない理由が見当もつかない」
「浮遊魔法を使うとき何を意識した」
「頭で想像したのは運ぶ、かな。こう、手で掬って」
「実際にやってみりゃわかる。桶の中に水があんだろ、それ使え」

 言われるがまま桶に手を突っ込んで水を掬う。
両手で掬うと、どざ、っと掌から水が落ちて行く。浮遊魔法で水を持ち上げたときと同じだった。

「普通にしてたって手で運ぼうとは思わねぇだろ。実際井戸から汲み上げるのは桶だ」
「なるほど……想像通りに再現されてたんだ」
「忠実だからこそ上手くいかねぇわけだ。下から押し上げろ」

 イヴァの言う通りに浮遊魔法で下から押し上げたが、今度は水がその場に留まらず、横から下へ下へと流れて行ってしまう。下から上がり続ける水も相まって、なんだか噴水のようだった。

「水は流れるものだっつう考えが邪魔してやがるな。これは今後のお前次第だ。魔力量がどうこうって問題じゃねぇからそのつもりで居ろ」
「そうなんだ。イヴァみたいに出来るまで頑張るよ」
「次に風だが、あれは両手で掬うよりもひでぇ。風をただ上げるなら腕を持ち上げただけと同じだ」

 確かにそれでは水が落ちるだけで付いてこない。良くて掻き回せる程度だろう。
簡単に考えていたが、やはり魔法というのは難しい。シュヒの万能ではないという言葉を改めて噛みしめた。
 そこでフッと思い出したのは、以前パドギリア子爵邸の庭でイヴァと魔法をぶつけ合ったときのことだ。
確か僕らの檻に属性付加されて……。

「コルラス」
「あい」

 風の流れだ。イヴァは流れに炎を乗せて「攻撃にも転換出来る」と注意していた。その逆をすればいい。
ぐるりと円を描くようにして風を起こす。円に添う様な形で水も回りだした。
これを縦に、竜巻のようにして持ち上げることが出来れば。

「上がった!」

 結論からすれば水ごと上がった。大成功だ。けれど一気に持ち上げてしまったのが良くなかった。
雨のように飛び散った水を全身に浴びて後ろへ転ぶ。
 流れを作ればそれに沿って動くが、留まりはしない。弾かれるのが自然なことなので、失敗というよりは僕の想像力不足ということだ。竜巻を選んでしまったのだから仕方がない。
成功だけど、失敗だ。

「浮遊魔法の方が水の扱いに適してるみたいだね」

 風属性の魔法を絡めると、音も風もすごくて騒々しい。ただ運ぶだけにしては仰々しくて、最初にやろうとしていた形とはかけ離れている。
 一方浮遊魔法を使えば見ていた限りでは音もそれほど大きくはないし、風が巻き起こって辺りに飛び散ることもない。

「手ではなく、桶で持ち上げる」

 隙間なく、たっぷりと掬い上げる。
容量を越えればそれだけ零れてしまうだろうが、手よりは良い。
 ジッとコルラスと一緒に水面を見つめる。遠くに揺らめく僕とコルラスの表情はよく見えない。
もう一度井戸の中を指定し、水を持ち上げるように指示した。

「あれ? ちょっとしか動かない」
「こんだけの量は持ち上がんねぇってこったろ。自分の腕力で考えるからそうなんだ」
「そこまで反映するんだ」
「頭で考えたことはなんだって出来ると以前言ったろ。出来ないと思えばそりゃ出来ないに決まってる」

 重たいだろうと考えたのがいけなかったのか。
僕を基準にするよりはコルラスを信じた方が上手くいく。

「なんとなくわかった。ありがとうイヴァ」
「おかげで俺もお前もずぶ濡れだ」
「朝の件はこれでお相子だね」

 余分に着替えを持っていないので、今度は服を乾かすことにした。
直接熱を当てると高温過ぎて発火する危険がある。ただ風を送り続けて水を飛ばそうともしたのだが、最近は肌寒くなっていているせいで乾く以前の問題だった。
冷たくしっとりと濡れた服を触って顔を顰める。

「絞ったらどうだ」
「皺だらけになるとみっともないよ」

 これもまた魔法の練習だと思えばいいのではないだろうか。
コルラスの魔法で風は操れるが、温度は変化させられない。そこで複合的な魔法を発現させることになった。
イヴァが出した炎を熱源にして、温まった空気を送るのだ。

「魔力遮断の結界を作って中に火を入れると熱が伝わらないよね。火の周囲に出来た熱を風に乗せればいいんだろうけど、風で閉じ込めるなら消火されないかな」
「勢いを上げ過ぎなけりゃいいだろ」
「また難しいことを」

 火を直接煽れば風に属性付加される形で引火してしまう。
悩んだ結果炎で空気が高温になるまで待って、上の方へ集まって来た熱をそのまま風で押し出す方法で決着がついた。場所を取るし、規模を縮小しなければ今後の実用性はない。要改良。

 早く、早く色々な魔法を身に着け、たくさん使い方を学ばなければ。
僕の様子に何を思ったのか、イヴァが足へ頭突きをしてきた。

「いたっ」
「大方察しはつくがよ、そう焦って物事を進めても良いことねぇぞ」
「……時間が、無いんだよ」

 敵の素性やロルスの与えてくれた猶予など、具体的なことが何もわかっていない状態でゴガの目に触れてしまった。
持て余された僕の心情を、彼らが推し量るとは思えない。
 魔獣と対峙したことも大いに動揺を誘った。
僕は鍵の力を使って扉を開いたが、それは相手が死霊だったからこそ出来たことだ。生きている相手だったなら、僕は何も出来ない。
このままではいけないと、強く思う。

「タスラだって、僕よりも精霊魔法の上達が早い。置いて行かれたくないんだ」
「アイツは元々素質のある妖精種だ。違って当然……てのはアイツに悪ぃな。タスラは順調に精霊魔法を上達させたが、理由はなんだと思う。お前とアイツの違いは」
「努力と理解力?」
「それもあるだろうが、問題はそこじゃねぇ。ボロ屋に居たときのことを思い出してみろ、タスラは天井を綺麗に拭いてただろうが。器用さがよく出てる」

 僕が水を移動させるために使った浮遊魔法も、タスラが天井を拭ったときに使った浮遊魔法も恐らくは想像の根幹に「手」があった。同じなのに、結果が全く違う。

「タスラの場合、効果は地味だが目的も結果もはっきりしてるだろ。一つの動作に対する精密さを上げてんだよ」

 タスラが錯乱の魔法を剥がしたとき。
出現した枝に術式を吸着させる役割があったとイヴァは言う。
 浄化にはそれに特化した専門的な魔法、呪文が必要だ。魔法解除や無効化の術がない中で、タスラは見事に封じ込めてみせた。
どんな風に力を使うのが有効か、常に考えている証拠だろう。

「常夜の空間で、魔石を割るとき剣を使ったろう」

 攻撃魔法のために詠唱をしても僕の中には具体的な像が存在していなかった。
詠唱だけで魔石に向かっても、砕けなかっただろうというのがイヴァの見解だ。
剣を介すことでより想像力を働かせ、強く力を発揮させる。

「重要なのは要素の合致だ。思考を止めるな」

 やりたいこと、目指したい結果。
それらがはっきりとしているからこそタスラは精霊魔法の扱いに長けている。
妖精種の半成だからという理由で僕より上達が早いわけではないのだ。

「先を行く奴にはそれなりの理由がある。そこから学べ。嫉妬をしろ、だが卑屈にはなるな」

 イヴァの瞳の奥で炎が揺らめく。
魔法に詳しく好戦的で、的確な助言をくれるこの悪魔にも、出来ないことがあったんだろうか。
誰かの背中を見て焦ったり、上手くいかないことに頭を悩ませたり。

 そんなときに、こうして言葉をかけてもらったのだろうか。

「お前がしたいことはなんだ。得たい力はなんだ。何のために魔法が要る」

 何のために。


「抵抗する力が欲しい。流れに逆らってでも、僕が生きてることを思い知らせるために」


 権能ではない。手段ではない。
ロルスの手を取らずに戻ったその瞬間から、僕は確かに人間になったのだ。
誰の血を引いていようが、どんな系譜に居ようが、何の力を持っていようが。

『使命とやらを背負うかどうかは俺たちが決める』

 ガヴェラの言葉を思い出して思わず笑みが零れた。こういうことだったんだ。
父さんもガヴェラもあらゆるものに抗った。その結果が今ここにある。

「誰の思い通りにもならないよ。それで、ざまぁみろって笑ってやるんだ」







 ストン、と何かが落ちた。

「そうだったのか」

 不思議そうにこちらを見下ろす碧。
何もかもが失われ、形を変えようとも星の煌めきを宿す瞳だけは変わらない。
 自分の腕が伸びて行く。これは過去の記憶だ。
手を取れと願い叫んだ俺に、彼女が何故笑ったのか。ずっとわからないままだった。

「そうだったんだな」

 誰の思い通りにもならない。あれはそのための抵抗だったのだ。
復讐を選ばなくてもコイツは俺を咎めないと言った。きっと彼女もそうだったのだろう。
姿形は変わっても、その瞳と思考の行きつく先はどうにも似通っているらしい。

「前に言ったな」
「何?」
「俺は、お前がお前だからここに居るんだ」

 仮に呪いが俺たちの魂を結びつけていなかったとしても、離れることは無かっただろう。
不完全な記憶であっても、この瞳だけは忘れなかった。深い眠りにつくまで見ていたこれを、忘れるはずがない。

「イヴァ?」

 呼び方が違う、声が違う、髪の色が違う、体格が違う。
顔も、喋り方も、匂いも、手の形も、何より俺たちとの記憶が何一つない。
 こいつは違う。全く別物だ。
どれだけ同じことを考えようが、結論が、過程が合致してようが、異なる者だ。

「お前はもう居ないんだな」

 あの時死んだんだ。
何かの思惑に抗って、ざまぁみろと笑って。そうやって散っていったのだ。
俺がその影を追いかけて、別の奴に重ねるのは間違っている。
アイツの覚悟を俺が無視するのは、間違っていた。

 違うと、わかっているようでわかってなかったんだ。
どこかでずっと、コイツの中で彼女が生きている気がしていた。

「違うんだな」

 ようやく、俺はそれをはっきり理解した。
しがみついていた影から指を外していく。彼女はもう居ない。
キシアラは、もう居ない。

『イヴァラディジ』

 初めて見た瞬間から、というのは少し違う。
瞳の輝きに気が付いたときから、或いは、彼女が笑ったときからか。
 あのときは確かに永遠だと思っていた。永劫を共にして、いくのだと。
天界の片隅で、異端と呼ばれた天使たちと共に。

 もうあの場所には誰も居ない。誰も残っていない。
取り戻すことさえ、出来ないのだ。

「それでもいいのか」

 このままで。
それでも、許すのだろう。彼女は。



「イヴァは時々さ、遠くを見るよね」
「ああ、そうだな」
「記憶が戻ってきてるなら、懐かしいこととかもいっぱいあるんじゃない?」
「ああ」
「僕って誰かに似てる?」
「いいや」

 瞳が同じだ。
だが、それだけのことだろう。

 碧を見上げると、好奇心に溢れた顔でこちらを見ていた。
どんな表情も彼女とは違っている。俺が唯一命を捧げた女のものではない。


「誰にも似てねぇよ、相棒」




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