ロルスの鍵

ふゆのこみち

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盗賊の街編

Lv.121 探し物

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「複数の目を持つ唯一の天使、セチュラグレ。その眼は何一つの事象も見逃さないという」

 セチュラグレはどんな真実をも見通すと言われた原初の天使で、語り継がれる伝説は“セチュラグレの真実”と呼ばれている。
だからこそ記録係なのだろう。真も偽も等しく知り得るその身で、あらゆる教えをもたらした。

「神話の書き手だが、その性質もあってか原初の七天使の中で最も情報量の少ない天使だ。初の裁判に立ち会ったとも言われているな。ともかく、記録を書き上げるための資料は膨大だったはずだ。そこを狙ってもいい」
「天界へはどうやって?」
「あー、天界は完全に沈黙、大戦以降の渡りは長らく行われていないって話だ。厳しいな」
「そもそも神話がセチュラグレの書いた記録なら、一体誰が持ち出して人間界に伝わったんだろう」
「わざわざ天使がそれをする必要はないからな、堕天使辺りがやったんだろう。理由はわからんが」

 記録の原本や資料を見ることが出来れば鍵の切り離し方がわかるかも知れない。が、そう簡単にいかないのが天界だ。
三界の中で最も閉鎖的で謎めいている場所なだけに、やはり人間界で手がかりを追うしかないだろう。

「俺も原初の時代に関して特別詳しいわけじゃないからな。手掛かりのアテもこれといったものはない」
「世界樹は間違いなく神話と関係あるよね」
「まぁな。よくよくお前とは縁があるらしい。レイルとミレアを覆っていた塊がなんだかわかるか」
「琥珀色の……」
「世界樹の樹液。いくら成り立ちアバといえど介入は出来なかったようだ。おかげで二人の消滅は免れた」

 世界樹はただ大きいだけの樹木ではないと、ガヴェラは確信していた。
天界、魔界、妖精界、人間界の全てに世界樹があり、その様相は異なるものの本質は似通っているはずだと。

「効果があるかは賭けだった。消える覚悟までしていたんだ、あの二人は勝手に逃がしたことを怒るだろうが、まぁ、些細なことだろう。根っからの捻くれもんに立ち会いを許したのが悪い」
「僕たちを置いて村を離れたのって」
「三人とも一か所に置いてたら流石にマズいだろ」
「分散させたんだ」
「ああ。二人を魔界に持ち帰るわけにいかなかったのはわかるな? ただの岩に見えるよう細工し厳重に隠しておいた。が、結果はお前も知っての通り、持ち出された。最初こそ物好きが持ってったと思ったんだがな」
「物好きって、魔術師とか?」
「他に居ると思わないだろ。思考がぶっ飛んでるのがただでさえ多い。一見岩でしかない物だろうが実験だの研究だの素材だのに持ち出しかねない……あそこまで体温が下がったのは初めてだ」
「あり得ない話じゃないね」
「だろう。守りは重ねておいたが、それで安心出来る程俺も能天気で居られねぇ。何度も人間界に介入しては探し歩いたが、まさか持ち出したのがUxkyzセドとはな。見つからないわけだ」

 これで僕たちを託されていたにも関わらず、ガヴェラが姿を消した理由もはっきりとした。

「予想が狂った点はもう一つある。セドがお前に甘いことだ」
「そんなことないと思うけど」
「いいや甘い。レイルとミレアが手元にあるってことは、それを対価として成り立つと認めたってことだ。お前が回収されずにいる要因の一つだとも取れる」

『君の行く末を見届けるよ』

 恐ろしい形相で睨まれたのは、僕が全てを台無しにしようとしていたから、なのかもしれない。
愚か者と言われもしたが、その中に失望や怒りは感じられなかった。
感情を揺らしたのは、父さんと母さんの覚悟や、ロルスの差し伸べてくれた手を払いのけるような僕の言動にだけ。
 僕を鍵として狙っている敵は、今も機会を狙っているはず。油断を見せたり存在を主張してしまえばすぐに足元を掬われる。

「せめて、僕が戦えたら」

 恥じることのない選択と、覚悟をとっくに終えていたのなら。
俯いた僕の頭上に、「それは無理だな」というガヴェラの声が降って来た。

「どう、して」
「違和感、持ったことはあるだろ。キサラ、お前は回収されるはずだったんだ。子供の頃に」
「知ってる」
「なら話は早い。お前の体の成長はあらゆる者からして想定外だ。回収される前提で造られた器じゃ、それ以降なんてそもそも考えられていないからな。俺からすれば、良く育った方だと言っていい」

 ぐ、とガヴェラが拳を握り込むと、六つの塊が一つに固まった。
手を開き左指を掌の上で泳がせる。それに合わせて透明な塊が変形していった。
 出来上がったのは人型だ。ガヴェラが摘まむような動きをすると、胸元から球体が現れる。

「魂を収める部分は大体同じ大きさだ。体の大小なんてのは関係が無い。二つも収めようとすれば押し込める力が強く働くのはわかるな?」

 パチンと指を鳴らすと球体が二つになった。同じ大きさだ。
指を下げる動きと同時に二つの球体が無理矢理体へ納まろうとした。体は体で、魂を逃すまいと必死に閉じようとしている。

「この動きは体の成長を阻害する。なんせ食べた物のほとんどが体を作るためではなく魂を留まらせる力として使われるからな。鍛えようにも筋肉は付かず、疲労だけが溜まる」
「それで兄さんと同じことをしても駄目だったんだ」
「仮とはいえ器を分けたのは良かったな。でなきゃあ想定以上の期間を生きたお前は、体が先に壊れていたはずだ」

 だからイヴァに肉体が。
ナキアは一言も言わなかったが、魔力譲渡からずっと延命のために手を尽くしてくれていたのだ。
 顔を見るが真意は語ってくれない。深い紫がぼやけて行く。

「何を考えてそれをしたのかはわからないが、お前にとって良いように作用したっていうなら労ってやれ」
「うん」
「俺なりのツテで色々と調べてはいるんだが、特徴のない呪いだ。詳しそうなのが居たら聞いてみろ。コイツと話たいだろ?」
「そうする」

 胡坐をかいて座り込んでいたガヴェラが人型を掴み取り、そのまま掌を地面に押し付けた。
持ち上げれば中央塔が出来上がる。

「ここで実験をしてたっていう奴は呪術にも精通していると考えられる。何か知っていることはあるか」
「転移陣が、陰険だったって」
「どっかで聞いたような話だな。他は」
「妖精王アプレッテの箱庭って知ってる?」
「あー、楽園がどうのってあれか。それがどうした」
「あれを模した空間を作っていたみたいなんだよね。半成を集めて、閉じ込めてた」
「……それ、こいつにも話したか」
「ナキアに? 勿論。攫われたの、僕の友達だったから」

 バシン、と音を立ててガヴェラが目元を覆った。次いで深く長い溜息が聞こえて来る。

「色々と合点がいった。続けてくれ」
「僕らは黒金ローブの男って呼んでる」
「見たのか」
「コルラスの目を通して、一度だけ。タスラは元々ローブ男の奴隷だったって」
「待て、知らないのが二人居るぞ」
「コルラスは僕と契約した妖精。タスラは妖精種の半成で、僕が拾った子」

 半目かつ物言いたげな顔で見られたが、続きを促されたので続けるしかない。
魔獣の大規模召喚に関して不審な点についても挙げていった。
 常夜の空間関連についても繰り返し質問される。根掘り葉掘り聞かれてぐったりしだした頃、何故かガヴェラまでぐったりしていた。

「村から出てなんでそう幾つも面倒事に巻き込まれるんだ。それに何だ、妖精界で海に落ちただと? そこで初めてコイツに出会ったってどういうことだ、何をしたらそうなる。常夜の空間、だったか? 用意もなしにエルフと怪しい場所に飛び込んだってお前、不用心すぎるだろ。悪魔はその間一体何してたんだ」
「背中に張り付いてたかな」
「つっかえねぇ!!」
「別にイヴァは僕のお守ってわけでもないし」
「お守は必要な自覚はあんだな? 全く……魔獣召喚の場に居て立ち向かったのも呆れた話だ。何度も言うが、お前の体は戦闘向きじゃない。テイザの後ろで大人しくして……そうだ、テイザだな。アイツは何してたんだ」
「居なくなったって言わなかったっけ」
「ああああああどいつもこいつも」

 もどかしそうに顔を歪めたガヴェラが吠える。
どうどう。体が鍛えられなくても精霊魔法は扱えるようになったと言うと、「気休めにもならない」と切り捨てられてしまった。一度コルラスとの連携を見て欲しい。

「僕のことに文句を言うけど、ガヴェラはどうなの。人間界に無理矢理介入して、どうして“討伐者”と仲良くなったりしたのか、わからないよ。堕天使の血筋なら敵同士でしょう?」
「急に痛いところを突いてくるな」
「一応天使に関することだし、聞いておきたい」
「……仕方ねぇな」

 ガヴェラの腹部程の高さしかない中央塔に目をやると、中から小さな人が現れた。
背には黒い羽根がある。カレディナさんだ。
 カレディナさんが去って行った後の中央塔の横、ガヴェラが両方の人差指を置いて持ち上げると、人型が二つ現れる。
ガヴェラと、父さんだ。

「目的は同じ。必然的に行き当たる」

 二つの人型が中央塔の周りでグルグルと周り、中を窺うようにしている。
カレディナさんを追っている、ということなのだろう。やがて二人はぶつかって、喧嘩を始めた。

「“討伐者”が追うのは堕天使だ。塔から出たカレディナを追っていたのはレイルだった」
「カレディナさんが居なくなったことに気が付いたのは、最近だったってバゲル騎士は言ってたけど」
「気付いて当然だ。カレディナの妹、ミュリアの系譜に居たんだからな。“討伐者”は代々独自の方法でそれぞれの堕天使を追っている。塔から抜け出た頃から何代にも渡って追いかけてたはずだ。……うん? それでいうと俺たちは遠縁ってことになるか」

 言われてみれば、確かにそうだ。ガヴェラの母親がカレディナさんで、その妹の子孫が僕らだから……どういう関係になるんだ?

「で、二人は戦ったの?」
「当然。俺たちの間で勝敗はつかなかった。“討伐者”が英雄と手を組めば魔王とだって渡り合える」
「父さんの他にもカレディナさんを追ってた人が居たんだ」
「いいや、そういうわけじゃないが。ただ、レイルと共闘したのがいた。ミレアだ」
「母さんが!?」
「ミレアは英雄リオラードの系譜にある。レイルどころか本人も知らなかったようだが」

 母さんのニコニコと微笑む姿しか記憶にない。
怒ると確かに怖いけど、まさか父さんと一緒になって戦える人だったとは。そもそも父さんが戦闘に長けていたことも信じられないのだが。
 兄さんが騎士に憧れて木製の剣を振り回していたときなんて、「危ないからやめておきなさい」って注意していたし、一緒に打ち合いしようって誘われる度に「父さん弱いからなー」なんて言っていたあれはなんだったのか。

「堕天使を相手取るんだから、やっぱり魔法とかが主流なのかな。だから武器は使わないとか」
「いや、レイルは剣に槍に盾に弓になんでも使うぞ」
「ええ……」
「ともかく血の上では因縁だが、別に俺たちがどうなろうが文句を言われる筋合いはない。ありがたがったところで血は血だ。全身に流れ体が動けば上等、使命とやらを背負うかどうかは俺たちが決める」

 結果父さんは武器を置き、ガヴェラは拳を下ろした。
酒を飲み交わしては時々母さんに二人して怒られる、というのが定番になったとか。
小さい父さんとガヴェラは遠出したり酒を飲んだりと楽しげだ。時折母さんも混ざっている。

「いつの間にかレイルとミレアは結婚、子供は二人。赤ん坊だったテイザは床を這いまわりながら俺の足を溶かそうとしやがった」
「兄さんに浄化の力が?」
「無意識だったって話だ。アイツが強くなったら面白いが俺は戦闘狂いじゃないからな。面倒なんでテイザの力は封じて、産まれたばかりのお前の力も封じておいた」
「何してくれてるんだ」
「いやこれが効き過ぎたんだ、まさか揃ってただの人族みたいになるとは」

 どうりで天使の系譜というのがピンと来なかったわけだ。
本来血を受け継いでいれば使える力もガヴェラが封じ、その作用で天使の血脈であることを感じられなかった。
ロルスの話を聞いたときは、回収時僕が抵抗出来ないようめぼしい力を与えられなかったと思っていたのに。

「じゃあ、ロルスたちが僕にかけた制限って?」

 疑問を口にしたとき、ちょうど砂が落ち切った。目覚めの時間である。
ああ、結局ナキアのことについては特に話せなかったなと思いながら、現実に引き戻された。







 重たい瞼を開いて大きくあくびをする。
前に比べて丈夫な寝台、上等な手触りの掛け布と、前後をコルラスとイヴァに挟まれての起床だ。
既にシーラが起きているのか、廊下からパタパタと小さな足音が聞こえる。

「うーん」

 朝はファリオンさんが役人と会うことになっている。
タスラやシーラは付いて行かなければならないが、僕は見習いの役のためか同席は認められなかった。
昼まで時間を持て余しているので、ゆっくり過ごしても問題は無い。

「まずやることがあるだろ、キサラ。見習い服を洗え」
「そうだった」

 早くに干さないと乾かない。朝食を済ませてからすぐに中庭へ出る。
まずは水を汲んでから……。

「洗い終わったらどこに干したらいいかな。中庭もいいけど、日が動いたらたぶん日陰になるよね、ここだと」
「でぇい! この、この!」
「聞いてる?」

 容器の中に洗濯物と水を入れ、イヴァも入れた。
足を大きく上下させものすごい勢いで見習い服を踏んでいる。この分だと汚れもしっかり落ちそうだ。
イヴァの両脇に手を入れて持ち上げているせいで下半身がびしょ濡れだが、この際目を瞑ろう。お腹の辺りまで水が飛んできてるが、まぁ、着替えれば。

「冬に備えて服を買っておいた方がいいかもしれないなぁ。重ね着出来るやつ」
「神・官・ども・が!!」
「見習い服を着てなければ御忍びってことで出歩いても大丈夫そう」
「フン! だぁっ、まだ匂うぞ!」
「でも神官の人達って真面目だからなぁー。納得出来る口実がないと駄目か」
「落ちろ落ちろ落ちろ落ちろっズビッ」

 容器から水が無くなる程暴れ回ったイヴァだったが、匂いを完全には取り除けなかったと悔しそうにしている。室内でやらなくて良かった。
ここだけ集中豪雨でもあったのかという有り様にため息が出る。
 乾かすなら炎を出してやるとの申し出もあったが、たぶん塵も残さず燃やしてしまうので丁重に断った。
裏の庭に見習い服を干し、ファリオンさんたちを見送ってから僕らも出掛けることにする。

(これだけ大きな街だから図書館くらいあるよね。勉学のためにってことにすれば納得されそう。ついでに服も買おう、ちょうど神官からの報酬もあるし)
〔快適だ……あの香りがしねぇだけで最高だな。帰るのやめようぜキサラ〕
(残念、今夜は鳥の肉でも焼こうと思ったんだけど)
〔とっとと帰るぞ〕
(図書館を探すんだってば)

 神話関連や呪術のことについて調べられるかも。
どちらも神官が勉強しても違和感のない分野だ。呪術を知ることはそれを退けることにも繋がる。
なんなら、ケナーさんの上官を頼って詳しい話を聞かせてもらった方が良いかもしれない。

 二人して浮足立っていたせいか、後ろからぶつかってきた人に咄嗟の反応が出来なかった。

「すいません」
「チッ、フラフラ歩いてるんじゃねぇ。獣臭い毛玉抱えやがって」
「以後気を付けます」

 不機嫌そうな男が唾を吐きそのまま去って行こうとしたときだった。横から伸びて来た手が男の腕を捻り上げる。

「いだだだだだだ、何すんだこのアマ!」
「自分からぶつかっといて随分だねぇ」
「何言ってやがる、そいつがフラフラしてっからいけねぇんだ!」
「そうだねぇ、アンタも不用心だ。大事なもんはしっかり仕舞っときな」

 派手な髪色をした女の人が僕に向かって何かを投げた。
イヴァが受け止めたものを見て目を剥く。

「僕の財布」
「さて、ボウヤからお金を巻き上げたようだし、アタシはアンタのことを自警団の連中に引き渡したっていいんだよ」
「か、金は戻ったんだろ、」
「とっとと消えな」

 ドン、と男の尻を蹴り飛ばして女の人はこちらを見た。

「ボウヤ、こんだけ大きな街だ。泥棒だってうじゃうじゃ紛れてんだよ、ちゃんと持っとかなきゃだめじゃないか。こっちへおいで、中身を抜かれてないか確認しよう」
「え、あの」
「街中で堂々と財布なんて広げらんないだろう?」

 ニッと笑った女の人に手を引かれ、大通りを抜けて路地へ入る。
中は無事だったのでホッと息を吐いた。

「ありがとうございました。少ないですけど、これ、お礼になれば」
「イイんだよそんなもの」

 ぎゅ、と両手で頬を挟まれる。
心なしか女の人の目は輝いていた。

「可愛い顔してるじゃないか、ボウヤ」

 満面の笑みでそう言ったかと思うと、力いっぱい抱擁された。


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