ロルスの鍵

ふゆのこみち

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盗賊の街編

Lv.120 成り立ち

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「お待ちしておりました、神官様」

 どうぞこちらへと役人に促され、街へ入ったのは昼頃のことだった。現在時刻は風夜かざや。もう夕方になる。
移動中、話題の中心になったのは川のことだった。

「魔術師協会へ既に調査依頼を出しました。神官様の視点からもぜひご意見を頂きたく」
「情報が少ないためまだ何とも言えませんが、土地に原因がある可能性も考えられます。前例が無いか、記録を見ておいた方がいいでしょう。詳細についてはまず学者などに意見を求めるべきかと」
「記録はご覧になられますか」
「私たちは街の人間ではありませんから、全ての情報を開示していただけるとは考えておりません。判断はそちらへ委ねます。とはいえ儀式も控えていますので、水難に関する記述があればその点のみ抜粋し、共有していただきたいというのが本音です」
「では早速記録を確認しておきます。他に何かご入用でしたら遠慮なくお申し付けください。続きは、明日にでも」

 街の規模はこれまで立ち寄ったどの場所よりも大きく栄え、関所は重厚。用意された滞在先は構えられた門から離れており、馬車での移動が必要だった。
 白を基調とした建物は、(ファリオンさん曰く)神官専用の宿舎のようで、宿代わりにしていた空き家などよりも大きかった。
到着予定を事前に知らせてあったため、既に中の掃除は済んでいるとのことだ。

「儀式が行われるのは毎年のことですから、やはりこういったものを所有していた方が楽なのでしょうね。宿泊先を探すのも大変ですし」
「例年なら護衛も同行しますからね」

 神官一人に対しても従者が付き、護衛に当たるのが兵士か騎士かでも人数が変わってくる。兵士ならば単体で居ることが多いが、騎士には一人に付き一人から複数従者が付くためだ。
それなりの大所帯に膨れ上がる可能性もある中、その都度宿を押さえるのは難しい。

「思ったより部屋数がありますね。厩舎まであるとは」
「中庭に井戸あるー!」
「裏の、ちょっと狭いけど畑になりそうなところもあったよ」
「本当に!?」

 シーラが興奮気味にぴょんぴょん飛び跳ねながら井戸の周りをぐるぐると回った。
水汲みはどこですればいいのか、この大きな街で探すのは大変だと思っていたところだ。ありがたい。
そして何より、奥まで突っ切って行ったタスラが畑になりそうな場所を見つけたという事実。これは、とても素晴らしい!
 早速走って行って中庭や裏を見た。滞在期間が長いこと、冬を越さなければならないことも考えれば貯蔵はしっかりとしていたはずだ。畑というよりは、土の中に食材を入れて保存していたように思えた。

「食事は基本従者に任せるか、料理人が最初から同行している場合が多いようです。私たちは自分たちで用意することになりそうですね」
「ファリオンさんは神官役なので当然駄目ですけど、神官見習いの僕なら食材の買い出しくらいは大丈夫ですよね?」
「どうでしょうね。二人に任せるのが無難だと思いますが」

 神官一行と認識されなければいけない僕たちは、役に添った動きや振る舞いを求められている。
宿舎内に部外者の立ち入りがないだけ楽だが、外では常に気を付けなければならない。
 タスラとシーラが従者役ということは、外部との接触が最も多くなる。
咄嗟に庇えないのがなんとも不安だ。

「風の民を付ければ会話も出来るでしょう。勿論、声量に気を使わなければならないでしょうが」

 ファリオンさんの提案を取り入れることにして、今までとは勝手の違う決まりなどについて話し合う。
確認事項は思っていた以上に多い。

「タスラくんとシーラさんが外へ出ている間、我々二人は基本的に外出が出来ません。従者が居ながら、連れて歩かないというのは不自然ですので」
「わかりました」
「どの道記録資料の閲覧許可が下りれば、外出時間などほとんどないと思います。確認作業で手一杯になりそうですね」
「それにしても、川が無くなるなんて」
「二日前に雨も降りましたし、干ばつではないと思います。上流で川がせき止められた、流れが変わり別の場所へ水が行ってしまっている、とも考えられますが……」

 落ちていた魚の様子では、急に水が引いて行ったように見えた。恐らくファリオンさんが引っかかっている点もそこだろう。

「もし上流に異変がなければ、今度は各地で同じ現象が起きていないかを調べる必要がありますね。その場合、魔術師協会との連携が必要になりますが。キサラくんの話では、優秀な魔術師は監獄塔へ集まっているんでしたね」
「テネスさんから聞いたことなので、間違いないと思います」
「こちらに人員を割く余裕があるかどうか、ですね。対魔獣戦で素材を回収したばかりですし、変異に興味が向かないかもしれません」

 何らかの現象、異変が起きた場合、魔術師協会へ調査依頼が行く。
魔導具を扱うだけの魔術師では原因の特定が出来ないため、所謂研究気質の魔術師が派遣される決まりだ。
 しかしほとんどが「興味の持てること以外どうでもいい」という態度でいるため、扱い辛いという共通認識がある。

 まず、通常の状態が無気力・無関心に近く、特定の話題に入ると驚くほど饒舌になる。
専門的な知識の羅列、独自の見解・考察。同業か学者以外話題についていくことが出来ず、彼らの生き方や考え方は理解を得ない。
それ故魔術師よりは幾分人当たりのよい神官の方が頼られやすい。神官は相談に真摯に答え、何より真面目だ。

 テネスさんの進言を「ただの興味」で片づけ、魔獣・ウィップの言葉ばかりを聞いていた役人たちが良い例だろう。
調査を担う魔術師でありながら、現地で発言が軽視される背景はここにある。
「言っても理解しないのだから説明する必要はない」という魔術師と、「またわけのわからないことを」と聞き流す役人、という図式が出来上がっているのだ。
 テネスさんが協力者は役人、と予想したのも無理はない。協力的でない、それだけで妨害になり得るのだから。

「魔獣調査を受けた魔術師たちには何らかの報酬があったと考えられます。素材か、実験許可か……。ここへ来ることの利点が一つでもなければ調査は動きませんね」
「異変の解明は利点にならないんですか?」
「なりませんね。学者の仕事だと言って終わりでしょう。本来神官の領分でもありませんし、私たちが解決のために動く必要もないのですが」

 日が段々と短くなっているせいか、夜になるのは早かった。
明日の昼頃、シュヒアルとの合流を計る。打ち合わせをしながら食事を済ませ、眠りについた。



「砂時計、三つになってる」

 停止した砂時計はナキアのもの、砂が流れている砂時計は僕のものだ。
砂が落ち切っている三つめは、恐らくガヴェラのものだろう。
 疑似空間に現れた変化に対し、ナキアには何の動きもない。
来る度に声をかけるが、呼びかけに応えることも相槌を返すこともなかった。

「今日は川が干上がってたよ」

 意識があれば絶対に食い付いていたはずだ。魔獣との戦いも面白がって聞いてくれただろう。
それどころか、一緒に戦ってくれていたかもしれない。
 もしも、なんてことを言い出したらキリがない程色々なことがあった。
鍵のこと、扉のこと。話したいこともたくさんある。

 手を伸ばして角に触れた。相変わらずひんやりとしたそれをなぞって、手を離す。
聞きたいことは、山ほど。

「よう、そいつどうだ」
「ガヴェラ。相変わらずだよ、反応はない」
「へぇ。まぁ一応見ておくか」

 外見だけではわからないような些細な動きを捉えようと、ガヴェラが魔法陣を描いた。
唸りながら進めているが一向に上手くいかないようで、描いては消しを繰り返している。
 毎回魔法陣の話題には置いて行かれるし、首を傾げるばかりだったのでなんだか親近感が湧いた。常に魔法に触れていてもわからないものなんだなと少し安心した。とても本人には言えないが。

 疑似空間が現在も魔法として成立している以上礎に魔力が常に行き渡っているだとか、言っていることはさっぱりだった。
次第に呻きが長くなっていき、お手上げだとばかりに両手を上げ深い溜息と共に倒れ込む。
 そんなガヴェラの横に屈んで、しっかりと目を合わせた。

「聞きたいことがあるんだけど。鍵のことで」

 ロルスに見せられた記憶。その中で『器が育ってしまった。最早隠すことは出来ない』と言っていた。
どこまでを把握していて、それは僕以上の知識なのか。ずっと気になっていた。

「どこで知った」
「ロルスから聞いた」
Uxkyzセドか。接触があったのに帰るとは、大したもんだ」
「僕が回収されなかったのは、猶予が与えられたからで」
「何だ」
「発音が、違う」
「そんなことか」

 ガヴェラが上半身を起こし、人差指でぐるりと空間を掻き混ぜる。
その場で円を描くと、それらは透明な塊になった。
六つ現れた塊一つ一つを指していく。

「いいか、これらは成り立ちアバと呼ばれるものだ。古代に扱われていた魔法の根幹にあたる」
「六つ?」
「成り立ちという概念も含め七つ。左から物質、空間、生命、時間、光、闇とする。魔法属性は大体物質を突き詰めたものだと思えばいい」

 ガヴェラが物質とした塊に触れて魔法属性の話をするとキィン、と鳴った。
高い音を鳴らしたまま赤から青まで六色に色を変えて光り、やがて大人しくなる。

物質ゲツ空間カク生命セド時間ジウ。ここまでは割り振られた名だ。誰もが手に出来る仮初のもの。次にアズゴガ。この二つは既に真なるもの。お前は生命の名を得た。だから俺とは違う名で呼べる」
「ゴガは聞いたことある」
「そうか? この二つは力が強すぎる。隠しようもなく、隠す必要もなく、だ」

 物質、空間、生命、時間は正しい呼び名を秘匿されているらしい。
僕の場合は生命、ロルスの名を真に得たことになる。
 四つの要素が何故光や闇と同列で、どういった基準から魔法の根幹とされたのかまではわからない。

「監獄塔で以前俺が使ってみせたのが古代魔法だ。太古の時代、魔法はこれらに伺いを立てるものだった。捧げ、仕え、力を得る。名を得た者は、寄り添う、だったか」
「神様ではないの?」
「もっと別のものだ。神だと言う者も居るが、少なくとも祈れば救いを、という類ではない」
「僕がどんなものの鍵だかはっきり知ってたってわけだね」
「ああ」

 父さんと母さんも。
恐れはしなかったのだろうか。手放そうとは思わなかったのだろうか。
……考えなかったからこそ、ああなってしまったのだろうけど。

「僕は扉を開いた」

 素っ気なく言ったつもりだった。
しかし実際はどんな表情をしていたのか。痛ましいものを見たような、労わるような視線が刺さる。
 眉が下がったのを見るのは初めてかもしれない。
口が開いては閉じを繰り返し、言葉が見つからなかったのかガヴェラはそのまま口を閉じきってしまった。

「ゴガ。イヴァはそう言っていた」
「見たのか」
「一部だけ。もしかしたら、向こうはずっとこちらを見ていたのかもしれない」

 召喚に伴う効果だったのか、鍵だと気が付いたのか。

dRカク―我は―貴方に従おうたたえる―故に―“来たれ”』
GAゴガ―我は―貴方に従おうたたえる―故に―“溢れろ”“飲み込め”』

 ガヴェラの詠唱が古代魔法だというのなら、魔獣が大規模召喚の際に唱えたものも古代の魔法だ。
ガヴェラの魔法ではワイバーンが召喚され、魔獣の魔法では大規模召喚となった。その差は魔法陣だろうか。
 召喚士の死体が中央へ据えられた召喚陣。町全体が魔法陣に見立てられる程の巨大な仕掛け。

「大規模召喚に古代魔法か。相当量の魔物が出ただろうな」
「それは確かに」
「その場に居たのか」
「防いだよ」
「……そりゃすげぇ」
「ただ、おかしな点があるって言ってた。上級の魔物が一つも見られなかったって」

 大規模召喚。使用された古代魔法、防衛の状況、魔獣たちの様子、戦いについて。
覚えている範囲を語ろうとすると、透明の僕とイヴァが現れた。どうやら空間の魔法で記憶が見られるらしい。以前監獄塔に居たときに使ったのと同じだ。
 ガヴェラはそれを興味深そうに見続け、魔獣・ウィップや扉が現れる様子、ゴガを見た。

「何があったと思う?」
「テイザが居なくなったって言ってたな。神官も一人」
「ただの神官じゃないと思う。僕とイヴァの状態を言い当てた」
「そいつはお前から見てどうだ。人族の括りに当てはまるか」
「鱗も牙も角もないし、僕と同じ無族ダードクリアかな。もしも魔族で、擬態していたっていうのならわからないけど」

 兄さんやジェリエくんが居なくなった南区画の惨状も説明していく。
防衛に参加していた全員が姿を消したことも。

「他に何かないか、気になることは。どんな些細なことでもいい、この際関係のないことでも」
「どうだろう、特に変だと思ったことはないけど。ただ、同行してるファリオンさんっていう人が、神官を後ろ盾にする必要があるって判断したことだけ」
「後ろ盾だ? そいつは何もんなんだ、まず」
「預言者の弟子だよ」
「胡散臭ぇな」
「でも学者かと思うくらい幅広く色々なことを知ってるよ。三界のこと、貴族なんかの事情とか動きとか。それから本人も魔術が使えるから、魔術師みたいなところもあるかな。自分で何か作ったりはしないみたいだけど」

 益々胡散臭いとのことだった。人を探す能力に長けていて、行方不明だった僕を探し当てたことや、予言の話をした。
監獄塔でのこと、セルぺゴが起こした誘拐のこと、ウィップの逃亡なども彼の師が言い当てたと。
 苦いものでも食べたかのような渋い顔で「上手く取り入っとけ」と言われた。敵に回ったら厄介だと考えたのだろう。

「そういえば、無理矢理人間界に介入したんだよね」
「人間界で俺を召喚出来る存在なんてそう居ないからな」
「古代魔法が使えたのはどうして?」
「仕組みが根本から違うから、だろうな。辺りの魔素が薄く、魔力の消費を避けたいってときは重宝する」
「イヴァは無理矢理な介入をして制限があったから、簡単な詠唱しかしていないんだろうって言ってたけど」
「アレにとってみればどんな魔法だって粗末なもんだろう。正体がなんだかわかっているか?」
「何も。悪魔っていうことしか」
「そうか」

 ならいい。
横顔から力が抜けて行くのがわかる。ガヴェラはイヴァについて何か知っているのだ。
それを僕に伝えないと言うことは、聞いても教えてはくれないだろう。

「古代の魔法は一体どこで」
「俺にも母親っていうのが居てな。お前も知ってる名だ」

 しゅ、と横に指を振るったガヴェラの前に、透けた人型が現れた。
これはガヴェラの記憶だろう。
 現れたのは背に黒い羽根、白い服、長い髪。
穏やかに微笑んだ姿に、「堕天使」と口をついて言葉が転げ出る。


「カレディナ。俺の母親だ」


 人間の体に、押し込まれた魔核。
中央塔に囚われていた堕天使。変質する体。動けないよう体を縛る、魔法陣。
 塔につけられた名前。呪いをかけられた騎士たち。
思考を放棄したバゲル騎士へ下された、罰。

「ラヴァヌの魔核は、カレディナさんの」

 監獄塔からラヴァヌを攫ったあの日。バゲル騎士へ投げかけたガヴェラの言葉は。

『カレディナは死んだよ』

 魔核を奪われて。



「ラヴァヌの奴が逃亡したことで秘匿の魔法が解かれた。そこからは、簡単に見つけられたな。何せ血が繋がってるんだ、間違えるわけがない。そうだろ」
「残りの、血は」
「竜、魔族、堕天使。お笑いだろう。このナリで、俺には浄化の力が使える。……だから裁いてやったんだ、罪の重さを知らしめる呪いで」

 全てが繋がった。
ガヴェラの顔から笑みが消え失せ、眉間には皺すら刻まれない。
ただ目の奥に怒りや憎悪を忍ばせているだけ。そのまま薄く現れていた人型を右手で掻き消してしまう。
 父さんと知り合ったのだってそうだ、人間界に居る理由がガヴェラにはない。
ずっと、探していたんじゃないだろうか。奪われた魔核を。

「カレディナにとって、古代魔法は生きていた時代の魔法だ。そう大層なものだという意識は無い。自分の知っていることを息子に教えたってだけでな。塔からの逃亡は長く、魔法の変化を知らないままだ。俺は真の名を得られはしなかったが、それでも扱うことは出来る」

 ピシュ、と音をたてて六つあった透明の塊を潰していく。
その上で指が四角を描くと、本が現れた。

「原初の天使が記録係をしていた。名をセチュラグレ。記録は現代で“神話”と呼ばれてる。キサラ、セチュラグレの残した記録に関するあらゆるものを辿れ。それが守りとなる」

 権能が魂に癒着したのなら、切り離す方法も存在する。かつて神様がそうしたように。
神話の中には関連する道具があるのではないか。ガヴェラはそう考えているようだ。

「お前は既にGAゴガの目に触れた。必ず何かが起きるぞ」

 ロルスへ鍵を返す方法を探る、そのための足掛かり。
手始めは、旅する蝶テベ・フェアプ


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