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16 本物と偽物

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 体力を使い果たした気怠けだる微睡まどろみの中、亜紀は那津男の身体に寄り添って寝ていた。四肢の隅々にわだかまる快楽の残滓が、少女の身体を楽園にいるような気分にさせる。
 間もなく、姉の遥奈が林間学校から帰って来る。そうしたら、那津男を独り占めしている時間も終わる。
 大好きな『パパ』と、ただひたすらに愛し合う。少女にとってそれは、夢のような時間であった。だが、それが終わる事自体は、別に惜しくは無い。
 なぜなら、これからは亜紀も、遥奈と同じように那津男と気兼ねなく仲良くできるからである。姉と同じ立場になったのだから、普段から義父と一緒に寝たり、お風呂に入ったりもできる。
 亜紀と遥奈、どちらがどうとかではなく、共に思うまま、義父と愛し合えばいいのだ。
 遥奈にしても、妹に隠れて夜中に那津男の部屋に忍ぶ必要は無くなるのだから、夜は普通に義父の部屋で寝ればいい。それこそ、母親のいなくなった那津男の部屋を、二人の部屋にすればいいのだ。そうすれば、亜紀も自分一人の部屋を得る事が出来る。
 ……などと、都合の良い事を考えてしまうのだが、それは叶う事の無い妄想などではない。望めば手に入る現実的な願いだ。
 自分たち家族の、これからの未来を想像して、むしろ早く帰ってこないかと亜紀は思う。姉とは、話したい事がたくさんあるのだ。
 この三日間で、亜紀が那津男と何をしていたのか。姉がこれまで、那津男とどんな風に愛し合っていたのか。
 そして、亜紀がどれだけ、那津男の事が好きなのか。
 だが、一つだけ、遥奈の口から聞き出さないといけない事がある。それは遥奈が、那津男をどう思っているのか、である。
 とはいえ、答えはとうに分かっている。勘違いとか、思い違いとか、気のせいとかの入る余地は無い。なぜなら、那津男と身体を重ねて、亜紀も理解したからである。あんなに幸せそうな声を出す姉が、那津男の事を何とも思っていないはずは無いのだ。
 それでも、亜紀は姉の口から聞き出したい。
 遥奈の、心を。



「……そろそろ、遥奈が帰って来る時間だな」
「そうだね」

 だが、亜紀は動かなかった。裸で義理の父親に絡みついたまま、那津男のベッドから起き上がる気配を見せない。

「……コラ、さっさと起きて片付けるぞ。シャワーも浴びないとダメだ」
「えー、もうこのままいいんじゃない?」

 今の二人は、何も身に着けていない。昨夜からずっと裸のままである。普段から裸族というわけではないので、男と女が全裸で絡み合っていれば、どう見てもセックスをしていたようにしか見えない。そしてそれは、完全な事実であった。
 百聞は一見に如かず。
 確かに遥奈が二人のこの状態を目にすれば、色々と説明する手間が省けるだろう。
 だが那津男は、それをバツが悪く感じているようである。何かのけじめをつけなければ、などと思っているのかもしれない。
 亜紀はそんな、姉に似て真面目な部分を持っている義父を好ましく思っていた。
 姉と自分を比べたら、おそらく自分の方が母親に似ているだろうと亜紀は思っている。見た目ではない。心根の部分が、である。
 さすがに母親の芙由美のように、無軌道なセックスを何人もの男と繰り返すような事はしたくは無いし、するつもりもない。それは少女にとって嫌な事だし、那津男以外の男と肌を合わせる事など想像もしたくない。
 だが、相手が那津男であれば、いつまでも愛し合う事が出来ると思う。実際、昨日の夕方から遥奈が帰って来るまでの間、寝る間も食べる間も惜しんで義理の父親と身体を重ね続けたのだ。
 ヒトの三大欲求の内、性欲は満たされなくても死ぬことは無い。食欲と睡眠欲の方が優位なのである。だが、那津男と淫らに戯れている間、亜紀は口に物を入れながら蜜壷に肉棒を収め、寝落ちするまで腰を振っていた。
 少女は、義理の父親と触れ合うのが、堪らなく気持ち良かった。那津男とキスをすると、壊れそうなくらい幸せを感じた。義父の肉棒を口にした時は愛おしさを覚えたし、蜜壷に収めた時は天にも昇る気持ち良さを味わった。
 那津男のことが好き。
 『パパ』が大好き。
 一滴たりとも血の繋がりが無くても、那津男は亜紀の父親であった。そして、血の繋がりが無いからこそ、思うままに愛し合えた。

 ──でも……、もし、あたしとパパがホントの親子だったら……?

 ふと、亜紀はそんな事を考えてしまった。
 亜紀も遥奈も、父親の顔は知らない。
 母親の芙由美は、常に何人もの男と関係を持っていた女である。芙由美自身も、遥奈と亜紀が、誰の子供か分からないのだ。
 だから、可能性はある。那津男がまだ学生の頃に芙由美と出会っていて、その時に関係し、孕んだ相手が那津男だったら……。

「なーんて、そんな事ナイナイ」

 流石にそれは、どちらかが気付くだろうと思う。
 あの母親なら、結婚するほど身体の相性が良いと思った男を忘れるはずがない。
 それに、那津男も経験の少ない頃の話であろうから-、そんな年頃にあんな性欲モンスターのような女と出会っていれば、忘れるはずもないだろう。
 だから、亜紀はそんな妄想を頭の中から叩いて追い出した。
 だが、独り言は思いのほか大きな声で那津男に届いてしまったようである。

「何がだ?」
「んー? もしもパパが、ホントにあたしの『パパ』だったらなーって思ったの」

 その瞬間、那津男は愕然とした表情を亜紀に向けた。炎天下で食べようとしたアイスを、人にぶつかって落としてしまったかのような顔だ。

「あー、亜紀?」
「なーに、パパ?」
「いや、俺は確かに、お前の本当の父親じゃない。だけど、父親であろうとしてたし、お前も俺の事を『パパ』って呼んでくれるから、てっきり認めてくれてたんだと思ってたんだが……」
「え? え? パパ?」

 いきなり消沈してしまった那津男にワケが分からなくて、亜紀は戸惑いを隠せない

「いやでも、そうか……。『パパ』か……。『パパ』ってそう言う意味だよな……。俺が勘違いしてただけか……。ははっ、ゴメンな、亜紀。いやホント……」
「……………………あっ! ちち、違うチガウ! パパ、ごめん! あたしが変なコト言った! パパはパパだよっ! あたしの本当のパパっ!」

 那津男が何を勘違いしたのか理解した亜紀は、大慌てで義父の勘違いを正そうとした。

「大丈夫! 変な意味の『パパ』じゃないから! パパは、パパは……、えーと……」

 だが、言葉がすぐに出てこない。
 あの夜、那津男が亜紀の父親となったのは、亜紀が『パパ』と呼んだからである。だから亜紀にとって父親とは『パパ』であり、『パパ』とは父親の事だ。
 あの日あの時から、亜紀にとって那津男は『パパ』であり、それ以外の何者でもないのだ。
「パパは、あたしのパパだから、パパなんだよっ! ホンモノとかニセモノとか、そんなの関係無いから……、だから……、だから、そんな顔しないでよぅ……」
 意図せず、父親にヒドイ事を言ってしまった。
 唐突に表れた那津男の寂しそうな顔をこれ以上見たくなくて、亜紀は那津男に抱きついた。首に腕を回し、いなくなってしまうのを恐れるかのように力を籠める。

「あ、亜紀?」
「ごべんなざいー。ぐす……、パパが、ニセモノみたいなこと言って、ごべ、ごべんなざいぃー」
「ああ、いや、そうか……そういう意味か。大丈夫、亜紀は悪くないよ。俺が勝手に勘違いしただけだ。謝るなら、むしろ俺の方だ。俺が、お前の事をちゃんと信じてなかったからだな。すまない……わりぃ……許せ……」
「……そんなに何度も謝らなくていいよ」

 那津男の優しい声に落ち着いた亜紀は、少し身体を離して義父と顔を合わせた。自分がヒドイ顔をしている自覚はあるが、今、義理の父親から目を逸らしてはいけない事は分かる。

「パパは、あたしの『パパ』だよ」

 亜紀にとって、那津男を表現する言葉はそれしかない。
 亜紀は、那津男にキスをした。舌を絡ませるような濃厚な口付けではない。唇を合わせるだけの、親愛を込めた挨拶のようなキスだ。

「ああ。お前は、俺の可愛い娘だよ。……ところで、なんで本当の父親なんて考えたんだ?」
「うーん、あたしもお姉ちゃんも、お父さんが誰なのか分からないんだよ」
「まあ、あの女の事だからなぁ」

 ――そんなのと、よく結婚なんてしたなー、パパ。

 改めて思うと、自分の母親ながら呆れる話である。
 そして、そんな母親と結婚した那津男にも、亜紀は呆れを覚えてしまう。

「うん。だからね、もしかしたら、あたしが生まれるちょっと前に、実はパパとアイツが出会ってて、子供が出来るようなコトをしてたんじゃないかなーって思ったの。でも、そんな偶然ナイよね? にゃはは……」
「…………」
「ちょっとパパっ! なんで黙ってるのっ!」
「いや、俺も若いころは猿だったなーって思い返してるんだが……」
「ウソ……、ホント……かもしれないの?」

 そもそも、亜紀がそんな妄想を始めてしまったのは、不安からである。
 今の亜紀と那津男の関係は、数か月前には想像も出来なかった望外の幸せだ。それは、『血の繋がらない親子』という特別な関係性がもたらしたもの。ゆえに、もしも本当の親子であったなら、今のこの幸せな関係を続ける事が出来なくなる。
 そういう不安が、亜紀の心に鎌首をもたげてしまったのだ。

「ははっ。さーな。ガキの頃の話なんて、忘れたよ。でも、亜紀の言う通りだよ」
「あたしの? 何が?」
「さっき言ってたろ、本物でも偽物でも関係ないって。俺もそう思う。お前がもしも本当に俺の娘だったら、可愛くて可愛くて、結局はお前を食べてただろうな」
「はうう……」

 那津男と身体を重ねるようになってから分かったのだが、亜紀の大好きな『パパ』は、愛する言葉を躊躇わない。聞いている方が恥ずかしくなるような言葉を、何のてらいもなく口にするのだ。その言葉は、まさに亜紀が欲しがっていたもの。それが、少女の耳へ媚薬のように流し込まれるのだ。多分、姉の遥奈も、このベッドで同じように甘い囁きを注がれているのだろう。

「でもって、本当の娘じゃなかったとしても……、っていうか、今がその状況だな。美味しく食べてるワケだ。だから、本物とか偽物とか、関係ねーよ」

 亜紀の心臓が、甘い言葉によって締め付けられた。きゅうっとした感覚で顔は朱に染まり、心臓は激しく鼓動する。呼吸困難に陥りそうな息苦しさと、走って逃げだしたくなるような羞恥心が、同時に亜紀の心と身体に襲ってきた。
 一昨日から何度、この感覚を味わっているだろう。
 甘くて、辛くて、苦しくて、心地好い。
 この甘美な地獄をくれた義理の父親に、亜紀は全てを捧げたくなる。
 身も心もドロドロに溶かして、那津男の身体と一つになりたくなる。
 この男の全てを受け入れて、自分の内に包み込みたくなる。

「お姉ちゃんが帰ってくるまで、もう少しだけ時間があるよ……」

 亜紀は、甘い吐息で囁くと、今度は義理の父親と濃厚なキスを交わし始めた。
 そうして、遥奈が帰って来るまでの間、二人はお互いの身体を抱き締め合った。
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