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エリ3
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目の前がチカチカする。
叩かれたと気付いたのは、頬の痛みが感じられてからだった。
「な、なんで……」
「何でも言う事を聞くっていうのはね、言われた事以外は何もしなくて良いのよ。あなたはただ、私の言う事を聞いていればいいの。私はあなたの恋人ではないのだし、相手を好きにして良いのは私だけ。何でも聞いてくれるのでしょう?」
そう言って、あたしの正面にいた佐倉さんは、艶のあるロングヘアをひるがえしてソファに座り直した。そして背もたれに身体を預け、ゆっくりと脚を組む。
「でも、あなたが私にキスをしたいって思うのなら、……そうね、ここになら好きにキスをしても良いわよ」
組んだ脚を見せつけるように、佐倉さんは浮いたつま先をプラプラとさせた。艶やかなペディキュアの塗られた白い足が、黒い細身のスラックスから伸びている。
古本屋で見た時も思ったけど、ニットのハーフネックにタイトなパンツスタイルという彼女の服装は、色合いこそ地味なものの、豊かな身体のラインが露になって、佐倉さんがとても大人びて見える。
そんな彼女が、余裕のある表情でゆったりとソファに腰掛け、淫らな誘いをかけている。
あたしはジンジンと痛む頬に手を当てながら、コクリと唾を飲み込んだ。
クラスメイトの足に、キスをする。
それは、普通に考えれば屈辱の行為だ。友達同士のじゃれ合いではなく、恋人同士が愛し合うのでもない。
あたしの頭に浮かんだのは、物語で騎士がお姫様の手に誓いのキスをするシーンだ。主に向かって、身も心も捧げると誓う神聖な儀式。
でも、それを足にするとなると、意味は一変する。それは、一方的な隷属を意味する行為だ。身も心も捧げる事には変わりないが、そこにはお互いに対する尊敬の念が存在しない。
昔の映画か何かで、ファミリーとかコミュニティとかに参加する為の儀式として、族長の足にキスをするシーンを観たような記憶もあるけど、そこにはやはり組織や長に対する敬意があった。
でも、これは違う。
佐倉さんは多分、それほど深くは考えていないだろう。だからこれは、単純に、あたしが佐倉さんの言いなりになるという誓い。佐倉さんの言う『誠意』を見せる行為。
そしてこれは、多分『悪い事』だ。人として、やってはいけない事だ。人の尊厳を汚す行為なんだと思う。
だからこそ、心が震える。親や先生の言う事を聞くという、当たり前の事とは違う。あたしが、あたしの意思で、佐倉さんの下になる。この場のカーストは、佐倉さんが上位で、あたしが下位。それを示すための、屈辱的なキス。
「は……あ……」
あたしは小さく息を吐き出すと、悠然とソファに座っている佐倉さんの前に跪いた。
ここはあたしの部屋。視線を巡らせれば、あたしが安心していられる為のベッドもある。でも、ソファに座ってあたしを見下ろしている佐倉さんは、まるでこの部屋の本当の主のよう。教室では見た事のない、私の心を刺し貫くような笑みを浮かべている。そして、嬉しそうな顔であたしを見たまま何も言わず、これ見よがしに足を揺らしている。
クラスメイトの前に跪いて見上げるあたしも、無言で彼女を見上げている。
静かな、でも、とても濃密な空気が二人の間に満たされた。
甘い薔薇のような雰囲気を味わいながら、あたしは佐倉さんの足の甲にキスをした。
「ふ……」
佐倉さんの足がピクリとした。同時に、彼女の口から淡い吐息が漏れる。その吐息は、あたしの耳には、とても甘やかに感じられた。クラスメイトの足にキスをするという儀式めいた行為とは別に、単純な気持ち良さを感じているのだろうか。
あたしは両手で佐倉さんの足をささげ持つように掴むと、思い切って彼女の親指を口に含んだ。
「ふあ……」
今度は間違いなく、喘いだ声だった。その証拠に、見上げた先で、佐倉さんが思わずといった風に口元を押さえている。
なんとなく嬉しくなってしまったあたしは、彼女の足指全てに舌を這わせようとした。佐倉さんの口から、どんな声が漏れるのか期待しながら。
「ふぉも……もう、いいわ。十分よ」
でも、佐倉さんはそう言って足を引っ込めてしまった。そして天井を見上げると、両手で顔を覆って固まってしまう。
「えと……佐倉さん?」
「……」
やり過ぎてしまったのだろうか。
同性のクラスメイトの足にキスをするという、淫美な行為。それは『良い子』として生活していては、決して経験する事のない『悪い事』だ。
そしてあたしは、その先も期待してしまった。あのマンガのように、陰惨で甘美な虐げられる遊戯が、クラスメイトの手であたしの身体にもたらされるのではないかと。
あたしはちらりと、ローテーブルの上に置かれたままになっているバイブレーターを見た。ケーキとティーカップの間にある、黒光する大人のオモチャ。もしも佐倉さんが、それを使うと言ってきたら……。
あたしがイヤらしい妄想に耽った瞬間、佐倉さんはソファを降りて片膝を突き、あたしと目線の高さを合わせた。
「あなたの誠意、しっかりと見せてもらったわ」
「え……あ……、うん……」
「あなたが私を教室で守ってくれる限り、そして私の言う事を聞いてくれる限り、クラスの女王のままでいられる。これは私とあなたとの、秘密の約束よ」
そう言って、佐倉さんは片手であたしの頬に手を当てると、感触を楽しむように撫で回した。そして唇に親指を当てると、そのまま口内に捩じ込んできた。
あたしは逆らう事なく、クラスメイトの指先を受け入れた。彼女の指先が、私の中で蠢いている。
「あ……が……」
「ふふ、良いわね。そうやって大人しく、私を受け入れなさい」
挿し込んだ指先を抜き、親指の腹であたしの唇をプルンと弾くと、佐倉さんは再びキスをしてきた。お互いの愛を確かめ合うような、情愛に満ちたキスではない。ただただ佐倉さんがあたしを愉しむためのキスだ。
「約束、忘れないでね。忘れたら、お仕置きよ」
「うん……分かった……」
佐倉さんを玄関で見送ったあたしは、自分の部屋に戻るとベッドに横たわり、一人で悶々とした感情を持て余していた。
あたしにとっての『悪い事』。
どうやらそれは、イヤらしい事のようだ。
お酒もタバコもピンと来なかった。万引きもドキドキはしたけれど、あたしには向いていない気がする。
でも、下着を脱ぐように言われて、素直に脱いだ。そして佐倉さんに、キスをされた。その時に感じた胸の高鳴りと全身が震えるような感覚は、あたしがずっと求めていたものだったように思う。
チェロのコンクールで優勝した時のような達成感とは違う。優秀な成績を収めて母親に褒められた時のような安堵感とも違う。
それは多分、背徳感と呼ばれるもの。
背徳感。
なんて心が躍る言葉だろう。
そして、そんな感情を抱いたまま、あたしは佐倉さんの足にキスをした。
「ふ……ふふ……、うふふふふふ……」
『良い子』のあたしが、あんな『悪い事』をしたのだ。下腹の奥から溢れる笑いが止まらない。
ふと、あたしは枕の下に隠したバイブレーターを取り出した。そして、新たに笑いが込み上げてくる。
「本当に、さっきは危なかったわ」
佐倉さんを見送った後、千佳さんがお茶の片付けをしようとあたしの部屋に入ってきた。その時、テーブルの上にバイブレーターを置きっぱなしにしていたのだ。慌てて隠したのだけど、見られていなかったろうか。多分、大丈夫だと思うし、見られてても千佳さんなら秘密にしていてくれると思う。
大人のオモチャを手にしたまま、あたしは想像する。
ファースト・キスは佐倉さんに捧げた。そしてあたしの身も心も、今は佐倉さんのモノ……になったと思う。だったら、あたしの初めても、佐倉さんにあげたい。無表情のまま無慈悲にコレであたしを貫くのか、キスをしながら優しく挿し込んでくるのかは分からない。
あたしはさらに想像を深める。
一糸まとわぬ姿でベッドに横たわるあたし。同じく生まれたままの姿で見下ろす佐倉さん。ゴルゴンに見つめられたように動かないあたしの女の部分に、佐倉さんは震えるバイブレーターをあてる。それだけで絶頂を迎えそうになるあたしだけど、佐倉さんはあたしの乳房を掴み、勝手にイクのは許さないと乳首をつねり上げる。痛みと快感に小さな悲鳴を上げるあたし。そして、佐倉さんがあたしの耳元で囁くの。
『あなたは私のモノ。あなたの唇も、可愛らしい声も、全部私のモノ。だから、あなたの初めても……』
そう言って、佐倉さんはコレを……。
「ふ……ふふ……、うふふふふふ……。あ……はあ……」
ああ、明日の学校が、こんなに待ちきれなくなるなんて!
叩かれたと気付いたのは、頬の痛みが感じられてからだった。
「な、なんで……」
「何でも言う事を聞くっていうのはね、言われた事以外は何もしなくて良いのよ。あなたはただ、私の言う事を聞いていればいいの。私はあなたの恋人ではないのだし、相手を好きにして良いのは私だけ。何でも聞いてくれるのでしょう?」
そう言って、あたしの正面にいた佐倉さんは、艶のあるロングヘアをひるがえしてソファに座り直した。そして背もたれに身体を預け、ゆっくりと脚を組む。
「でも、あなたが私にキスをしたいって思うのなら、……そうね、ここになら好きにキスをしても良いわよ」
組んだ脚を見せつけるように、佐倉さんは浮いたつま先をプラプラとさせた。艶やかなペディキュアの塗られた白い足が、黒い細身のスラックスから伸びている。
古本屋で見た時も思ったけど、ニットのハーフネックにタイトなパンツスタイルという彼女の服装は、色合いこそ地味なものの、豊かな身体のラインが露になって、佐倉さんがとても大人びて見える。
そんな彼女が、余裕のある表情でゆったりとソファに腰掛け、淫らな誘いをかけている。
あたしはジンジンと痛む頬に手を当てながら、コクリと唾を飲み込んだ。
クラスメイトの足に、キスをする。
それは、普通に考えれば屈辱の行為だ。友達同士のじゃれ合いではなく、恋人同士が愛し合うのでもない。
あたしの頭に浮かんだのは、物語で騎士がお姫様の手に誓いのキスをするシーンだ。主に向かって、身も心も捧げると誓う神聖な儀式。
でも、それを足にするとなると、意味は一変する。それは、一方的な隷属を意味する行為だ。身も心も捧げる事には変わりないが、そこにはお互いに対する尊敬の念が存在しない。
昔の映画か何かで、ファミリーとかコミュニティとかに参加する為の儀式として、族長の足にキスをするシーンを観たような記憶もあるけど、そこにはやはり組織や長に対する敬意があった。
でも、これは違う。
佐倉さんは多分、それほど深くは考えていないだろう。だからこれは、単純に、あたしが佐倉さんの言いなりになるという誓い。佐倉さんの言う『誠意』を見せる行為。
そしてこれは、多分『悪い事』だ。人として、やってはいけない事だ。人の尊厳を汚す行為なんだと思う。
だからこそ、心が震える。親や先生の言う事を聞くという、当たり前の事とは違う。あたしが、あたしの意思で、佐倉さんの下になる。この場のカーストは、佐倉さんが上位で、あたしが下位。それを示すための、屈辱的なキス。
「は……あ……」
あたしは小さく息を吐き出すと、悠然とソファに座っている佐倉さんの前に跪いた。
ここはあたしの部屋。視線を巡らせれば、あたしが安心していられる為のベッドもある。でも、ソファに座ってあたしを見下ろしている佐倉さんは、まるでこの部屋の本当の主のよう。教室では見た事のない、私の心を刺し貫くような笑みを浮かべている。そして、嬉しそうな顔であたしを見たまま何も言わず、これ見よがしに足を揺らしている。
クラスメイトの前に跪いて見上げるあたしも、無言で彼女を見上げている。
静かな、でも、とても濃密な空気が二人の間に満たされた。
甘い薔薇のような雰囲気を味わいながら、あたしは佐倉さんの足の甲にキスをした。
「ふ……」
佐倉さんの足がピクリとした。同時に、彼女の口から淡い吐息が漏れる。その吐息は、あたしの耳には、とても甘やかに感じられた。クラスメイトの足にキスをするという儀式めいた行為とは別に、単純な気持ち良さを感じているのだろうか。
あたしは両手で佐倉さんの足をささげ持つように掴むと、思い切って彼女の親指を口に含んだ。
「ふあ……」
今度は間違いなく、喘いだ声だった。その証拠に、見上げた先で、佐倉さんが思わずといった風に口元を押さえている。
なんとなく嬉しくなってしまったあたしは、彼女の足指全てに舌を這わせようとした。佐倉さんの口から、どんな声が漏れるのか期待しながら。
「ふぉも……もう、いいわ。十分よ」
でも、佐倉さんはそう言って足を引っ込めてしまった。そして天井を見上げると、両手で顔を覆って固まってしまう。
「えと……佐倉さん?」
「……」
やり過ぎてしまったのだろうか。
同性のクラスメイトの足にキスをするという、淫美な行為。それは『良い子』として生活していては、決して経験する事のない『悪い事』だ。
そしてあたしは、その先も期待してしまった。あのマンガのように、陰惨で甘美な虐げられる遊戯が、クラスメイトの手であたしの身体にもたらされるのではないかと。
あたしはちらりと、ローテーブルの上に置かれたままになっているバイブレーターを見た。ケーキとティーカップの間にある、黒光する大人のオモチャ。もしも佐倉さんが、それを使うと言ってきたら……。
あたしがイヤらしい妄想に耽った瞬間、佐倉さんはソファを降りて片膝を突き、あたしと目線の高さを合わせた。
「あなたの誠意、しっかりと見せてもらったわ」
「え……あ……、うん……」
「あなたが私を教室で守ってくれる限り、そして私の言う事を聞いてくれる限り、クラスの女王のままでいられる。これは私とあなたとの、秘密の約束よ」
そう言って、佐倉さんは片手であたしの頬に手を当てると、感触を楽しむように撫で回した。そして唇に親指を当てると、そのまま口内に捩じ込んできた。
あたしは逆らう事なく、クラスメイトの指先を受け入れた。彼女の指先が、私の中で蠢いている。
「あ……が……」
「ふふ、良いわね。そうやって大人しく、私を受け入れなさい」
挿し込んだ指先を抜き、親指の腹であたしの唇をプルンと弾くと、佐倉さんは再びキスをしてきた。お互いの愛を確かめ合うような、情愛に満ちたキスではない。ただただ佐倉さんがあたしを愉しむためのキスだ。
「約束、忘れないでね。忘れたら、お仕置きよ」
「うん……分かった……」
佐倉さんを玄関で見送ったあたしは、自分の部屋に戻るとベッドに横たわり、一人で悶々とした感情を持て余していた。
あたしにとっての『悪い事』。
どうやらそれは、イヤらしい事のようだ。
お酒もタバコもピンと来なかった。万引きもドキドキはしたけれど、あたしには向いていない気がする。
でも、下着を脱ぐように言われて、素直に脱いだ。そして佐倉さんに、キスをされた。その時に感じた胸の高鳴りと全身が震えるような感覚は、あたしがずっと求めていたものだったように思う。
チェロのコンクールで優勝した時のような達成感とは違う。優秀な成績を収めて母親に褒められた時のような安堵感とも違う。
それは多分、背徳感と呼ばれるもの。
背徳感。
なんて心が躍る言葉だろう。
そして、そんな感情を抱いたまま、あたしは佐倉さんの足にキスをした。
「ふ……ふふ……、うふふふふふ……」
『良い子』のあたしが、あんな『悪い事』をしたのだ。下腹の奥から溢れる笑いが止まらない。
ふと、あたしは枕の下に隠したバイブレーターを取り出した。そして、新たに笑いが込み上げてくる。
「本当に、さっきは危なかったわ」
佐倉さんを見送った後、千佳さんがお茶の片付けをしようとあたしの部屋に入ってきた。その時、テーブルの上にバイブレーターを置きっぱなしにしていたのだ。慌てて隠したのだけど、見られていなかったろうか。多分、大丈夫だと思うし、見られてても千佳さんなら秘密にしていてくれると思う。
大人のオモチャを手にしたまま、あたしは想像する。
ファースト・キスは佐倉さんに捧げた。そしてあたしの身も心も、今は佐倉さんのモノ……になったと思う。だったら、あたしの初めても、佐倉さんにあげたい。無表情のまま無慈悲にコレであたしを貫くのか、キスをしながら優しく挿し込んでくるのかは分からない。
あたしはさらに想像を深める。
一糸まとわぬ姿でベッドに横たわるあたし。同じく生まれたままの姿で見下ろす佐倉さん。ゴルゴンに見つめられたように動かないあたしの女の部分に、佐倉さんは震えるバイブレーターをあてる。それだけで絶頂を迎えそうになるあたしだけど、佐倉さんはあたしの乳房を掴み、勝手にイクのは許さないと乳首をつねり上げる。痛みと快感に小さな悲鳴を上げるあたし。そして、佐倉さんがあたしの耳元で囁くの。
『あなたは私のモノ。あなたの唇も、可愛らしい声も、全部私のモノ。だから、あなたの初めても……』
そう言って、佐倉さんはコレを……。
「ふ……ふふ……、うふふふふふ……。あ……はあ……」
ああ、明日の学校が、こんなに待ちきれなくなるなんて!
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