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佐倉3

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 エリの家は思った以上に大きかった。単純な土地の面積なら、合気道の道場を開いているウチの方が広い。でも、彼女の家は、一言で言えば豪邸だ。大きな外車が三台も停められている駐車場。池やガーデンテラスのある庭。公園にでもあるような大きな木。その根元には池もある。多分、水の中には鯉が泳いでいるんだろう。

「ただいま、千佳さん」
「おかえりなさいませ、お嬢様」

 ――お嬢様っ! マンガや小説以外で初めて聞いた。

「お友達ですね。客間へお通ししますか? それともお嬢様のお部屋へ?」
「あたしの部屋へ。お茶とお菓子をお願い」
「かしこまりました」

 マンガで見るような古風なメイド服を着た人が、マンガで見るようなやり取りをエリと交わして屋敷の奥へと去っていった。台所と言うよりも厨房と言った方が合っているようなキッチンへ行ったのだろう。多分、マンガで見るようなティーセットとケーキを持ってきてくれるに違いない。

「あたしの部屋、二階なの。上がってくれる……?」
「ここまで来て疑問形で聞くのも良く分からないわね……、ま、良いけど?」

 エリに先導されて、私は二階にある彼女の部屋に入った。

「……広っ」 

 トンデモなく広い部屋だった。私の部屋の三倍はあるんじゃないだろうか。
 クイーンサイズのベッドに大きな勉強机。窓際にはゆったりとしたソファセット。壁の一面は造り付けのクローゼットのようだ。反対側の壁には、チェロと思しき楽器と譜面台がある。その隣にあるガラスケースには、いくつものトロフィーや盾が飾られていた。
 一言で言って、お嬢様のお部屋だ。

「楽器なんてやってるんだ。チェロ?」
「ああ、うん。ママに言われてね」

 その言い方に、仕方なくといったニュアンスを感じて、私は妙な親近感を抱いた。私も自分の意思とは関係なく、子供の頃から父親に合気道の稽古をつけられていたから。

「ふうん。言われたからやっているにしては、随分と賞をもらっているのね」
「やるからには結果を出さないとね」
「……結果を出さないと、怒られる。なるほど、お嬢様も苦労してるんだ」

 私は適当に相槌を打っただけのつもりだった。だけど、私の答えをどう受け取ったのか、エリは大きく目を見開いて、不思議なモノでも見るような顔で私を見つめていた。

「……なに?」
「ああ、うん……、そんな風に言ってくれる人、今までいなかったから。みんな、あたしが何でもできて、何でも持ってるって思うみたいなの」
「ふうん。それってつまり、ネコを何匹も被っていたってワケよね」

 今度は分かった。彼女の表情からは、羞恥心が見て取れる。
 私はちょっと、面白くなってきてしまった。クラスの女王なんて呼ばれている女の子が、教室では見せた事のない表情を次々と私に見せている。イジメっ子がイジメを楽しむのって、こういう心境からなのかもしれない。
 さてどうやってからかってやろうかと思ったところで、部屋のドアがノックされた。

「お待たせしました、お嬢様。お茶をお持ち致しました」
「どうぞ」

 さっきのメイドさんが、お茶とお菓子を載せたお盆を持って現れた。そして、カチャリとも音をさせない丁寧な仕草でソファセットにお茶の用意を終えると、優雅に一礼して去っていった。
 メイド喫茶で媚びた笑顔を見せる紛い物ではない、本物のメイドの所作に、正直圧倒された。何でもそうだけど、やはりプロ、というか本物というのは違うのだろう。
 ただ、最後に千佳と呼ばれていたメイドが見せた、意味ありげな視線が気になった。

「とりあえず、座って。冷めないうちにどうぞ」
「それじゃ、遠慮なく」

 沈み込むようなソファに腰かけ、香りを楽しむようにしてティーカップに口を付ける。

「良い香り……。なに?」
「ううん。あたしより、佐倉さんの方がお嬢様みたい」
「ウチは父親の躾が厳しかったから」
「お父様?」
「合気道の道場をやっているのよ。だから、礼法にも厳しかった。あなたこそ、クラスじゃ女王様なんて呼ばれてるけど、正真正銘のお嬢様だったのね。良いわ。似合ってるじゃない」
「別に……、そんな事ないわ」
「それで? 話があるんじゃないの?」
「その前に、借りたお金を返しておくわ」
「ん? ああ、そうだったわね」

 私は素で忘れていた。家の大きさや本物のメイドさんなど、リアルなお嬢様っぷりに圧倒されていたのかも知れない。
 お金のやり取りを済ませ、私は少しだけ温くなった紅茶に、再び口をつける。
 正面に座っているエリも、優雅なお嬢さまらしい仕草でティーカップを口元に運んでいた。
 そのまま、二人の間に無言の時間が訪れる。
 妙な沈黙が流れたところで、エリはおもむろに万引きしようとしていたバイブレーターを取り出した。そして何を考えているのか、無言で見つめる私の前で箱を開き、黒くて凶悪な姿をした大人のオモチャをテーブルに置く。
 優雅な雰囲気のお嬢様の部屋に置かれたバイブレーター。すぐ隣に英国風のティーセットとケーキ。中々シュールな光景だ。

「あたしはそんな良い子じゃないの。っていうより、良い子でいるのがね、ちょっと疲れちゃった。だから、万引きしようとしたの。別に……、コレが欲かったワケじゃないのよね」
「なるほど、ストレス解消のつもりだったと。いつもあんなコトしてるの?」
「ううん、アレが初めて」
「ふーん。初めての万引きで、選んだものがこんな大人のオモチャってワケ? 私は別に心理学者でもなんでもないけど、そういう願望がないと、こんなもの盗ったりはしないんじゃないかな」
「……」

 そういう願望とやらが何を意味するかは曖昧にしたのだが、頬を染めて目を逸らしたエリを見れば、大体のところは通じたようだ。
 つまり。

「あなたの本性は、変態ってワケだ」
「……!」

 その瞬間、エリの身体にピリッとしたものが走ったように見えた。迷いが消えたような、そんな感覚。なんだろう、ちょっとした意地悪のつもりで変態などと言ってみたのだが、何か変なスイッチでも入れてしまったのだろうか。

「それで、今日、私の家まで来てもらったのは、佐倉さんにお願いがあるからなの」
「お願い?」
「ええ、そう。さっき佐倉さんが言っていたように、あたしはこんなモノを万引きしたなんて知られたくないの。だから、今日の事は秘密にしてもらいたいのよ」

 ……やはり、おかしい。さっきまでのエリは、確かにビクビクとしていた。いや、今でもそういう雰囲気は出ている。でも、エリの表情からは何か芯の様なものを感じる。単に秘密にしてもらう為に、私を自分の部屋に誘ったわけでは無さそうだ。
 だから私は、カマをかけてみる事にした。そう、私がよく読んでいる官能小説みたいに、言葉で相手を縛りつけてみる。例えば、弱みを握られた人妻が、夫の上司に身体を求められるみたいに。
 私は思わず、自分の唇をペロリと舐めた。物語のようなシチュエーションが、今、自分の目の前にある。クラスメイトの万引きを防いだ時には想像もしなかったけど、もしかしたら、これは……

「ふーん。ま、良いけど? でも、私には何のメリットもないわね」
「メ、メリットなら、あるわ」
「へー、どんな?」
「あなたの……、佐倉さんの言う事を……、な、何でも聞くから……」
「ふーん、何でも、ねえ? お昼にパンでも買ってこいとか言えばいいのかしら?」
「へ? あ、うん……そういうのでも、いいけど……」

 彼女の求めている事が、何となく分かった気がする。そしてそれは、私の趣味とも一致する。
 でも、素直にエリの思惑に乗るのも面白くない。せっかくのチャンスなんだから、この状況をもっと楽しんでみてもいいだろう。

「ふふん、でも、そういうのはやめておくわ。だって、あなたの取り巻きが面倒臭いもの。休憩の度に集まってピーチクパーチク。あんなのに集られて、よく疲れないわね」

 これは本音である。私が学校生活で求めているのはただ一つ。静かな読書環境だ。

「そんな……、みんな良い友達よ?」
「あなたにとってはね。でも、私にとっては煩わしいだけなのよ。だから、私を守ってちょうだい」
「……え、守る?」
「そう」

 多分、エリは色々と想像していただろう。でも、その中には私を守るなんてのは入っていなかったに違いない。華やかな印象のクラスメイトは、ワケが分からないといった顔で私を見ている。

「私は静かに本を読んでいたいの。でも、あなたの周りにいる娘たちは、ピラミッドの上にいる為に、他の娘を蹴落とすのよね。頂点にいるあなたには分からないかもしれないけど。……クラスの女王様? 先生は、クラスのみんな仲良く、平等にとかいうけど、実際は違うわよね。まー、違うからこそ目標にされるんだけど。でも、私はそういう上だ下だとか面倒臭いから、クラスの誰とも距離を置いてるの。未だに名前も知らない娘だっているけど、別に気にならないし。トイレにだって一人で行くわよ?」

 これはもちろん、常に誰かと連れ立ってトイレに行くクラスメイトたちへの当て擦りだ。あれは本当に理解出来ない。結局は個室に入るのだから、誰かと一緒に行く意味なんてないだろうに。
 ……もしかしたら、二人で個室に入る趣味の娘たちもいるかもしれない。そんな私好みのクラスメイトがいるのなら、その時はお友達になりたいと思う。まあ、百パーセントありえないだろうけど。

「……」
「でもね、一人でいるだけで構ってくるのもいるのよ。今までは適当にあしらってたけど、正直、それも面倒臭いのよね。だから、私を守って。クラスの面倒ごとから」

 クラスメイトを面倒ごと扱いするのは大概だなという自覚はある。誰とも接触せずに学校生活を送るのが不可能だという事も分かっている。それでも、私は一人が良いのだ。

「やり方は任せるわ。私に対する態度も変えなくていい。今まで通り、クラスの女王様として、私を孤独にしてちょうだい」
「うん……、分かった」
「本当に分かったの?」
「ホ、ホントよ!」
「でも、誠意が感じられないのよねー」
「せ、誠意?」

 誠意だなんて、まるでヤクザみたいな言い回しだ。それを口にすること自体に興奮してくる。脅しの言葉を使わずに脅す。人妻陵辱ものでよく見た展開だ。

「そうね……。それじゃ、パンツ脱いで」
「……は?」
「何でも私の言う事を聞くんでしょう? それとも、何でもっていうのはウソ? なら話はこれでおしまい。帰るわ」

 変に間などおかず、私は躊躇いなく立ち上がって鞄を手にした。話に夢中で一口だけしか食べていないケーキを一瞥して、エリの部屋から出ようとする。

「ま、待って! あたし、本気だから! ちゃんと、あなたを守るから!」
「口だけなら何とでも言えるのよね」
「……!」

 そう、態度で示してもらわないと。
 エリの部屋のドアノブに手をかけたまま、私はエリを見つめた。
 上目がちに私の方を見つめていたエリは、頬を染めて恥ずかしそうに視線を逸らした。そしてスカートをたくし上げると、白い下着に手をかける。一瞬だけ動きを止めたエリは、意を決したように一息に下着を下ろした。薄い陰毛に覆われた少女の秘所が顕になる。

「は、はい、どうぞ……」

 そう言って、彼女は私に向かって白いレースの下着を差し出した。
 反射的に受け取ってしまったが、私は自分の怪訝な感情を抑えられなかった。

「……パンツを脱いでとは言ったけど、別に欲しかった訳じゃないわよ? そういう趣味の娘もいるかもしれないけど」
「ご、ごめんなさいっ!」

 エリは、私が差し出し返したパンツを慌ててひったくった。

「ま、良いけど。それじゃ、明日から、学校に来るときはその格好でね」
「え、ええ……?」
「何でも言う事を聞いてくれるんでしょう?」
「ええ……そうよ……」

 その瞬間に彼女が見せた顔は、どのように表現すれば良いのだろうか。唇の端をついっと上げた表情は、卑屈な笑顔にも似ているが非なるものだ。自らの意思で堕ちる。そんなマイナスの積極性が感じられたものは、負の笑顔とでも呼ぶべきかもしれない。

「ホントに分かってる?」
「分かってるわ。もちろん!」
「それじゃ、目を瞑って」
「ええ」
「少し俯いて」
「ええ?」
「そのままじっとしてて」
「ん……んん?」

 エリの方が、私よりも背が高い。彼女の正面に立つと、私の方が見上げる感じになる。
 目を瞑って私の方へ顔を向けるエリの顔を両手でそっと掴むと、私は彼女にキスをした。

「……んんっ!」

 私の唇を受けたまま、エリの身体がブルリと震えた。一瞬のあいだ硬直して、そして力が抜ける。ふるふると身体が揺れているが、それは心臓の鼓動と一緒に拍を取っているかのようだ。
 と、それまで遠慮がちにしていたエリの手が、私の身体を抱え込むように回された。そして、重ねられた唇が薄く開かれ、私の中に舌が入ってくる。
 しかし、私はそれを許さなかった。
 キスをするのは私であって、エリではない。エリに許すのは、ただ私を受け入れる事だけ。
 何事も最初が肝心である。私が読んでいる調教モノの官能小説にも、そう書いてあった。
 調教。
 女の子を、自分の好みに染める。
 そう、今から始めるのは、クラスメイトの調教だ。
 私は唇を離し、きょとんとしたクラスメイトを見上げると、彼女の頬を叩いた。

「きゃっ! ……さ、佐倉さん?」

 さっきの商店街の時とは違って、かなり強めに叩いた。私の手も痛くなるくらいに。
 エリの目には、怯えと戸惑いの色が広がっていた。

「勝手な事、しないでちょうだい」
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