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佐倉2
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楽しい。
楽しい、楽しい、楽しいっ!
クラスメイトのあそこをツルツルにしちゃうとか、官能小説みたいなコトをやってきた私は、ニヤケそうになる顔を抑えながら家路を急いでいた。
本当に、エリのアソコは綺麗だった。肉厚の媚肉にスッと通った割れ目。その間から淫らな液体が漏れ出している光景は、本当にイヤらしかった。女の私の目から見ても、心臓の鼓動が抑えられない。冷静なフリをして彼女をいじっていたけど、心臓の音が聞かれなかっただろうか。
一本の毛も無くなった幼女のような見た目。それとは裏腹に、エリのアソコからはエッチな汁がとめどなく溢れてきていた。あれは、完全に女の反応だった。すごくイヤらしいことだったのだ。私だけでなく、エリも図書室でのあの行為に興奮していたのだ。
「はあ……っ!」
自分でも分かるくらいに甘い息を吐いて、私は学校を出た。彼女と一緒に帰る事も考えたけど、私と彼女はそういう関係ではない。
誰にも言えない秘密の関係。だからこそ、これほど心が昂るのが分かる。
私は駅に向かいながら、エリとこういう関係になった古本屋での事を思い出していた。
***
入り口から三列の通路。その間を仕切るのは、天井まで造りつけられた本棚。店頭には日焼けした古い雑誌。奥に行くほど値段の高い本が並んでいる。店主の座るカウンターの上には、二十万円の値が付いた国民的マンガの初版本。
私の年齢の何倍も古い店の中で、年季の入った無数の本が並んでいた。
私がこの古本屋を贔屓にしているのは、棚の結構なスペースを官能小説が占めているからだ。しかも結構安い。
今時の本は電子書籍で購入してスマートフォンで読む事が多いが、電子書籍の場合は古本というものが無い。新刊を定価で何冊も買えるような人であれば便利だけど、私のようなタダの高校生には、そんな財布の余裕が無い。だから、一冊百円で買える古本屋を重宝しているのだ。
それに、私はこの古本屋という空間も好きだった。店構え自体も年代を感じさせるし、古い本の匂いも心が落ち着く。何も買わず、冷やかしで半日も広くない店内をウロウロしていたこともある。流石に悪いかなと思って気になっていた女流官能作家の小説を二冊買ったら、シワクチャの店主からお茶に誘われた。
田舎の古書店にしては官能系の書籍が充実しているこのお店には、わざわざ遠方から通ってくる客もいるらしいが、私のような小娘はやはり珍しいそうだ。
以来、好みの作家を伝えておくと、古書市などで探してきてくれるくらいの馴染みにはなった。
そんなある日、いつものように官能小説を物色していると、視界の端に見覚えのある姿がよぎった。より正確には、見覚えのある後ろ姿である。
私は普段、教室の後方窓際に座っているから教室全体を見回せるが、あの華やかな雰囲気はよく目にしている。
校則違反と言われない程度に髪を染め、長い髪に緩やかなソバージュをかけた少女。こんな古書店でも艶やかな空気を醸し出しているのは、同じクラスのエリだった。
声をかけようとは思わなかった。私とエリは同じクラスとはいえ接点が無く、春にクラスメイトになってから一度も喋った記憶が無い。それに、私は彼女を見慣れているが、向こうが私を覚えているかも怪しい。何しろ、私が彼女を記憶しているのは、エリがクラスの女王などと言われて目立っているからで、そうでない他のクラスメイトの顔も名前も、私自身あまり覚えていないからだ。地味メガネなどと言われて教室の隅で本を読んでいるだけの私など、気にもした事が無いだろう。
私は地味な私服。向こうも普段の雰囲気に比べて目立たない私服。袖も擦りあっていない現状では、ただの通りすがり同士だ。
私は彼女を無視して物色を再開した。
しばらくして、店内から人の気配が消えた。店主とのやり取りは聞こえなかったから、多分、彼女も冷やかしだったのだろう。
自分だけの空間と思っていたところへ知り合い未満の人間がいた事に、意外と緊張していたらしい。私は大きく溜息を吐いて店内を見回した。
と、その時、何かの違和感を覚えた。
それの正体を探るように、私は店内を見回す。
入り口から中程までは一般の雑誌や漫画、小説。それより奥にかけては成人向けの本。天井から申し訳程度に暖簾が下がっているが、目隠しなどの用途には程遠い。そして、今は空だが店主の指定席であるカウンター。その横にあるピンク色のアダルトグッズコーナー。
私の視線はアダルトグッズコーナーで止まった。
見慣れたものが無い。それは、男性器を象った黒いバイブレーターだ。私が読む小説にも頻繁に登場する凶悪なアダルトグッズである。店の奥に目立つように陳列されていたそれが無い。
クラスメイトが消えた。
品物が消えた。
店主はいない。
私はそれ以上考えるのをやめて、店を飛び出した。左右を見回して、華やかな後ろ姿を探す。
いた。
私は声をかける事なく、小走りで駆け寄った。声をかけると、そのまま走り去られるかもしれないと思ったからだ。後ろから無言で駆け寄れば、不安で振り向くかもという計算もあった。その分、楽に追いつける。
幸い、彼女は走る事なく、追い付く事が出来た。エリが肩から下げていたトートバッグの端を掴む。
「ちょっといいかしら?」
「な、なにっ?」
驚いたエリは私の顔を見て、一瞬安堵し、そしてまた驚いた。
「……地味メガネ?」
「知ってる? あのお店、古い作りだけど、カウンター周りにカメラがあるのよ」
挨拶もソコソコに、私は事実を突き付けた。それはつまり、エリが大人のオモチャを万引きした映像が記録されているという事だ。
「は……、ウソよ! ちゃんと確認したもの!」
もしかして、このエリというクラスメイトはバカなのだろうか? 小説以外で『語るに落ちる』というのを初めて見た。
そもそも、防犯カメラにも用途が二種類ある。実際に撮影する事と、これ見よがしに見せて防犯効果を期待する事だ。
あの古本屋は、半分は店主の趣味でやっているそうだが、あまりにも昔ながらのやり方に危機感を覚えた息子さんが防犯カメラを設置したそうだ。もっとも、店主は奥に引っ込んでいてもカウンターの様子が分かるからと、防犯と言うよりは実用的に使っているらしい。
いずれにしても、エリの犯行現場は記録されているだろう。
「それに、あなたには関係ないでしょ!」
「大有りよ。あの店でトラブルを起こされるのはゴメンなの」
あの店に警察が入るようになってしまうと、成人向けの商品をキチンと分けずに販売していた事がバレてしまう。つまり、私が官能小説を買うのが難しくなってしまうのだ。
以前、店主の代わりに知らない中年女性がカウンターにいた事があった。後から店主に聞いたところ、息子さんの奥さんだったそうだけど、「若い娘が読むものじゃ無い!」と言って、官能小説を売ってくれなかった。どちらが正しいかと言えば、その中年女性なのだけど、そういう融通の効かないお店になってしまうかもしれない。
「それに、ウチは進学校なんだから、万引きしたなんてバレたら、お終いなんじゃないの? ……しかも大人のオモチャとか。クラスのみんなが聞いたらなんて思うかしらね?」
彼女は今のところ、スクールカーストの頂点にいる。他人を貶めて悦に入るような性格ではないので嫌っている人間は少ないだろうけど、嫉妬を受けていないわけではないだろう。人間、何をきっかけに嫌悪が芽生えるか分からないものだ。
そういう人間関係が疎ましいから、私は一人でいる事を選んでいる。
しかし、どうやら世の中は、一人でいる事に耐えられない人間の方が多いらしい。トイレへ行くにも必ず連れ立っていくクラスメイト達は多い。それでいて他人とトラブルを抱えるのだから、私としては呆れるしかない。
もっとも、彼女がトラブルを抱えるとしたら、やはり嫉妬だろう。見た目が良くて性格も良いのであれば、誰からも好かれるだろうけど、それを持っていない人間からしてみれば羨望の塊だ。彼女が破滅するところを見て昏い喜びに打ち震えたいと思う人間もいるだろう。
もしかしたら、彼女の取り巻きの中にも。
「別にあなたがどうなろうと、私の知った事ではないの。でもね、さっきも言ったように、あのお店でトラブルは起こして欲しくないのよ。だから……」
私は掴んでいたトートバッグに、無造作に手を突っ込んだ。そして、片手に余るサイズの箱を引き摺り出す。
「……よくもこんなデカいモノ、盗もうなんて思ったわね」
ピンクの箱にブリスターパックされた大人のオモチャ。極太の男性器を模した黒光りするモノ。官能小説を読み慣れている私でも、じっくり見るのは初めてだ。
「か、返して!」
「あなたのモノじゃないでしょ?」
そう言って、私はエリの頬を叩いた。力任せではなく、落ち着かせるために、軽く。
しかし、効果はあったようで、エリは頬を押さえて呆然と私を見ている。地味で大人しくしていた私に叩かれたのが、もしかして相当ショックだったのだろうか。まあ、確かに、ウチのクラスにも、他人に手を上げるような人間は少ない。
「ちょっと待ってなさい」
「……え?」
私は彼女の反応を待たず、剥き出しのまま大人のオモチャを持って古本屋へ戻り、店の奥に引っ込んだままの店主を呼んだ。
「おじさん! おじさーん! お会計お願ーい!」
いつものようにカウンターに商品を置き、カバンから財布を取り出す。
「ほうおー?」
「何?」
「いや別に」
店主の目が好色そうな光を放った。それはそうだろう。私のような若い小娘が、大人でも尻込みするようなアダルトグッズを買おうというのだ。よく考えたら、これをコッソリ戻してピンクローターにでもすればよかったかもしれない。しかしもう遅い。
幸い、店主は「いつものように」何も言わずに会計し、黒い不透明なビニール袋にバイブレーターを入れてくれた。
「ありがと、おじさん」
「毎度。なんなら、他のモンも仕入れとくよ」
店主は、私好みの官能小説家の本を古書市などでよく仕入れてくれる。だから、私が希望すれば、同じようにオモチャもたくさん仕入れてくれるだろう。とはいえこれは、私の為のものでは無い。常連に対する心遣いはありがたいけど、流石にアダルトグッズを頻繁に買う趣味は無いのだ。
「そのうちにね」
私は曖昧に微笑んで店を後にした。
これで、あの店での万引き騒ぎは未然に防げたというワケだ。
店を出ると、さっきと同じ場所でエリが待っていた。
私は半分驚いた。とっくにいなくなっているかもしれないと思っていたのだ。
「えと……」
「はい、コレ」
「え? ナニ?」
「欲しかったんでしょ、コレ。ちゃんと買ってきてあげたわよ」
「で、でも……」
「ああ、別に勘違いしないでよね。はい、レシート。いつでもいいから清算して。それまでは貸しておいてあげる」
私としては、あの店でトラブルが起こるのを避けたい。ただそれだけである。全ては私の趣味の為だ。だから、数千円を貸しにしておくのも気にならなかった。すぐでなくても構わないが、彼女が素直に払おうとしなければ、今日の事を脅せば済む事だ。クラスメイトたち、とりわけ彼女の取り巻きには知られたくないだろう。
「それにしても、……なんでそんなモノを?」
アダルトグッズの用途など限られているだろうけど、私は敢えて聞いてみた。
オナニー用、調教用、イタズラ用。
自分で使うのか、彼氏に使ってもらうのか。
彼氏のお尻に使うというのもあるし、イジメの道具として誰かに突っ込むという使い方もある。
官能小説を読み慣れている私には、大人のオモチャの使い方などいくつも頭に浮かんでくる。
しかしエリは黙ったまま、俯いて私とは視線を合わせようとしない。まあ、それも当然か。クラスの女王が、地味メガネなんて呼ぶ相手に万引きの現場を押さえられたのだ。
「……」
「ま、別に良いけど……」
と、そう言って去ろうとした私の手をエリが押さえた。
「ウチに……、来てくれない? ここじゃ話しにくいから……」
もしかして、すでに脅されていると思ったのだろうか。だがまあ、彼女がどう思おうと関係ない。私の興味本位が満たされるのなら、それも面白い。
「良いけど?」
私の答えに、エリは少しだけホッとした顔を見せた。
楽しい、楽しい、楽しいっ!
クラスメイトのあそこをツルツルにしちゃうとか、官能小説みたいなコトをやってきた私は、ニヤケそうになる顔を抑えながら家路を急いでいた。
本当に、エリのアソコは綺麗だった。肉厚の媚肉にスッと通った割れ目。その間から淫らな液体が漏れ出している光景は、本当にイヤらしかった。女の私の目から見ても、心臓の鼓動が抑えられない。冷静なフリをして彼女をいじっていたけど、心臓の音が聞かれなかっただろうか。
一本の毛も無くなった幼女のような見た目。それとは裏腹に、エリのアソコからはエッチな汁がとめどなく溢れてきていた。あれは、完全に女の反応だった。すごくイヤらしいことだったのだ。私だけでなく、エリも図書室でのあの行為に興奮していたのだ。
「はあ……っ!」
自分でも分かるくらいに甘い息を吐いて、私は学校を出た。彼女と一緒に帰る事も考えたけど、私と彼女はそういう関係ではない。
誰にも言えない秘密の関係。だからこそ、これほど心が昂るのが分かる。
私は駅に向かいながら、エリとこういう関係になった古本屋での事を思い出していた。
***
入り口から三列の通路。その間を仕切るのは、天井まで造りつけられた本棚。店頭には日焼けした古い雑誌。奥に行くほど値段の高い本が並んでいる。店主の座るカウンターの上には、二十万円の値が付いた国民的マンガの初版本。
私の年齢の何倍も古い店の中で、年季の入った無数の本が並んでいた。
私がこの古本屋を贔屓にしているのは、棚の結構なスペースを官能小説が占めているからだ。しかも結構安い。
今時の本は電子書籍で購入してスマートフォンで読む事が多いが、電子書籍の場合は古本というものが無い。新刊を定価で何冊も買えるような人であれば便利だけど、私のようなタダの高校生には、そんな財布の余裕が無い。だから、一冊百円で買える古本屋を重宝しているのだ。
それに、私はこの古本屋という空間も好きだった。店構え自体も年代を感じさせるし、古い本の匂いも心が落ち着く。何も買わず、冷やかしで半日も広くない店内をウロウロしていたこともある。流石に悪いかなと思って気になっていた女流官能作家の小説を二冊買ったら、シワクチャの店主からお茶に誘われた。
田舎の古書店にしては官能系の書籍が充実しているこのお店には、わざわざ遠方から通ってくる客もいるらしいが、私のような小娘はやはり珍しいそうだ。
以来、好みの作家を伝えておくと、古書市などで探してきてくれるくらいの馴染みにはなった。
そんなある日、いつものように官能小説を物色していると、視界の端に見覚えのある姿がよぎった。より正確には、見覚えのある後ろ姿である。
私は普段、教室の後方窓際に座っているから教室全体を見回せるが、あの華やかな雰囲気はよく目にしている。
校則違反と言われない程度に髪を染め、長い髪に緩やかなソバージュをかけた少女。こんな古書店でも艶やかな空気を醸し出しているのは、同じクラスのエリだった。
声をかけようとは思わなかった。私とエリは同じクラスとはいえ接点が無く、春にクラスメイトになってから一度も喋った記憶が無い。それに、私は彼女を見慣れているが、向こうが私を覚えているかも怪しい。何しろ、私が彼女を記憶しているのは、エリがクラスの女王などと言われて目立っているからで、そうでない他のクラスメイトの顔も名前も、私自身あまり覚えていないからだ。地味メガネなどと言われて教室の隅で本を読んでいるだけの私など、気にもした事が無いだろう。
私は地味な私服。向こうも普段の雰囲気に比べて目立たない私服。袖も擦りあっていない現状では、ただの通りすがり同士だ。
私は彼女を無視して物色を再開した。
しばらくして、店内から人の気配が消えた。店主とのやり取りは聞こえなかったから、多分、彼女も冷やかしだったのだろう。
自分だけの空間と思っていたところへ知り合い未満の人間がいた事に、意外と緊張していたらしい。私は大きく溜息を吐いて店内を見回した。
と、その時、何かの違和感を覚えた。
それの正体を探るように、私は店内を見回す。
入り口から中程までは一般の雑誌や漫画、小説。それより奥にかけては成人向けの本。天井から申し訳程度に暖簾が下がっているが、目隠しなどの用途には程遠い。そして、今は空だが店主の指定席であるカウンター。その横にあるピンク色のアダルトグッズコーナー。
私の視線はアダルトグッズコーナーで止まった。
見慣れたものが無い。それは、男性器を象った黒いバイブレーターだ。私が読む小説にも頻繁に登場する凶悪なアダルトグッズである。店の奥に目立つように陳列されていたそれが無い。
クラスメイトが消えた。
品物が消えた。
店主はいない。
私はそれ以上考えるのをやめて、店を飛び出した。左右を見回して、華やかな後ろ姿を探す。
いた。
私は声をかける事なく、小走りで駆け寄った。声をかけると、そのまま走り去られるかもしれないと思ったからだ。後ろから無言で駆け寄れば、不安で振り向くかもという計算もあった。その分、楽に追いつける。
幸い、彼女は走る事なく、追い付く事が出来た。エリが肩から下げていたトートバッグの端を掴む。
「ちょっといいかしら?」
「な、なにっ?」
驚いたエリは私の顔を見て、一瞬安堵し、そしてまた驚いた。
「……地味メガネ?」
「知ってる? あのお店、古い作りだけど、カウンター周りにカメラがあるのよ」
挨拶もソコソコに、私は事実を突き付けた。それはつまり、エリが大人のオモチャを万引きした映像が記録されているという事だ。
「は……、ウソよ! ちゃんと確認したもの!」
もしかして、このエリというクラスメイトはバカなのだろうか? 小説以外で『語るに落ちる』というのを初めて見た。
そもそも、防犯カメラにも用途が二種類ある。実際に撮影する事と、これ見よがしに見せて防犯効果を期待する事だ。
あの古本屋は、半分は店主の趣味でやっているそうだが、あまりにも昔ながらのやり方に危機感を覚えた息子さんが防犯カメラを設置したそうだ。もっとも、店主は奥に引っ込んでいてもカウンターの様子が分かるからと、防犯と言うよりは実用的に使っているらしい。
いずれにしても、エリの犯行現場は記録されているだろう。
「それに、あなたには関係ないでしょ!」
「大有りよ。あの店でトラブルを起こされるのはゴメンなの」
あの店に警察が入るようになってしまうと、成人向けの商品をキチンと分けずに販売していた事がバレてしまう。つまり、私が官能小説を買うのが難しくなってしまうのだ。
以前、店主の代わりに知らない中年女性がカウンターにいた事があった。後から店主に聞いたところ、息子さんの奥さんだったそうだけど、「若い娘が読むものじゃ無い!」と言って、官能小説を売ってくれなかった。どちらが正しいかと言えば、その中年女性なのだけど、そういう融通の効かないお店になってしまうかもしれない。
「それに、ウチは進学校なんだから、万引きしたなんてバレたら、お終いなんじゃないの? ……しかも大人のオモチャとか。クラスのみんなが聞いたらなんて思うかしらね?」
彼女は今のところ、スクールカーストの頂点にいる。他人を貶めて悦に入るような性格ではないので嫌っている人間は少ないだろうけど、嫉妬を受けていないわけではないだろう。人間、何をきっかけに嫌悪が芽生えるか分からないものだ。
そういう人間関係が疎ましいから、私は一人でいる事を選んでいる。
しかし、どうやら世の中は、一人でいる事に耐えられない人間の方が多いらしい。トイレへ行くにも必ず連れ立っていくクラスメイト達は多い。それでいて他人とトラブルを抱えるのだから、私としては呆れるしかない。
もっとも、彼女がトラブルを抱えるとしたら、やはり嫉妬だろう。見た目が良くて性格も良いのであれば、誰からも好かれるだろうけど、それを持っていない人間からしてみれば羨望の塊だ。彼女が破滅するところを見て昏い喜びに打ち震えたいと思う人間もいるだろう。
もしかしたら、彼女の取り巻きの中にも。
「別にあなたがどうなろうと、私の知った事ではないの。でもね、さっきも言ったように、あのお店でトラブルは起こして欲しくないのよ。だから……」
私は掴んでいたトートバッグに、無造作に手を突っ込んだ。そして、片手に余るサイズの箱を引き摺り出す。
「……よくもこんなデカいモノ、盗もうなんて思ったわね」
ピンクの箱にブリスターパックされた大人のオモチャ。極太の男性器を模した黒光りするモノ。官能小説を読み慣れている私でも、じっくり見るのは初めてだ。
「か、返して!」
「あなたのモノじゃないでしょ?」
そう言って、私はエリの頬を叩いた。力任せではなく、落ち着かせるために、軽く。
しかし、効果はあったようで、エリは頬を押さえて呆然と私を見ている。地味で大人しくしていた私に叩かれたのが、もしかして相当ショックだったのだろうか。まあ、確かに、ウチのクラスにも、他人に手を上げるような人間は少ない。
「ちょっと待ってなさい」
「……え?」
私は彼女の反応を待たず、剥き出しのまま大人のオモチャを持って古本屋へ戻り、店の奥に引っ込んだままの店主を呼んだ。
「おじさん! おじさーん! お会計お願ーい!」
いつものようにカウンターに商品を置き、カバンから財布を取り出す。
「ほうおー?」
「何?」
「いや別に」
店主の目が好色そうな光を放った。それはそうだろう。私のような若い小娘が、大人でも尻込みするようなアダルトグッズを買おうというのだ。よく考えたら、これをコッソリ戻してピンクローターにでもすればよかったかもしれない。しかしもう遅い。
幸い、店主は「いつものように」何も言わずに会計し、黒い不透明なビニール袋にバイブレーターを入れてくれた。
「ありがと、おじさん」
「毎度。なんなら、他のモンも仕入れとくよ」
店主は、私好みの官能小説家の本を古書市などでよく仕入れてくれる。だから、私が希望すれば、同じようにオモチャもたくさん仕入れてくれるだろう。とはいえこれは、私の為のものでは無い。常連に対する心遣いはありがたいけど、流石にアダルトグッズを頻繁に買う趣味は無いのだ。
「そのうちにね」
私は曖昧に微笑んで店を後にした。
これで、あの店での万引き騒ぎは未然に防げたというワケだ。
店を出ると、さっきと同じ場所でエリが待っていた。
私は半分驚いた。とっくにいなくなっているかもしれないと思っていたのだ。
「えと……」
「はい、コレ」
「え? ナニ?」
「欲しかったんでしょ、コレ。ちゃんと買ってきてあげたわよ」
「で、でも……」
「ああ、別に勘違いしないでよね。はい、レシート。いつでもいいから清算して。それまでは貸しておいてあげる」
私としては、あの店でトラブルが起こるのを避けたい。ただそれだけである。全ては私の趣味の為だ。だから、数千円を貸しにしておくのも気にならなかった。すぐでなくても構わないが、彼女が素直に払おうとしなければ、今日の事を脅せば済む事だ。クラスメイトたち、とりわけ彼女の取り巻きには知られたくないだろう。
「それにしても、……なんでそんなモノを?」
アダルトグッズの用途など限られているだろうけど、私は敢えて聞いてみた。
オナニー用、調教用、イタズラ用。
自分で使うのか、彼氏に使ってもらうのか。
彼氏のお尻に使うというのもあるし、イジメの道具として誰かに突っ込むという使い方もある。
官能小説を読み慣れている私には、大人のオモチャの使い方などいくつも頭に浮かんでくる。
しかしエリは黙ったまま、俯いて私とは視線を合わせようとしない。まあ、それも当然か。クラスの女王が、地味メガネなんて呼ぶ相手に万引きの現場を押さえられたのだ。
「……」
「ま、別に良いけど……」
と、そう言って去ろうとした私の手をエリが押さえた。
「ウチに……、来てくれない? ここじゃ話しにくいから……」
もしかして、すでに脅されていると思ったのだろうか。だがまあ、彼女がどう思おうと関係ない。私の興味本位が満たされるのなら、それも面白い。
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